第46話 魔法量検査

 セリカたち四人が、人の出入りの多い入り口付近を通り抜けて、長い廊下を奥に進んで行くと、だんだんと人影が少なくなってきた。


突き当りに威圧感のある大きな扉がある。


― なんだか手術室の扉みたい。


やだ、奏子ったら怖いこと言わないでよ。

それでなくてもここは薄暗いのに。


検査ってどんな風にするんだろう?

何をされるかわからない不安で、心臓が早鐘を打つ。



手前にあった部屋に、コールが一人で入っていった。

どうも検査の手続きをしてくれているようだ。


すると私たちが通って来た廊下の方から、足早に男の人がやって来た。


「失礼します。ラザフォード侯爵閣下、ジュリアン殿下がお呼びです。」


ダニエルはそれを聞くと、天を仰いだ。


「ワンズ、どうして私が来ていることがわかった?」


「閣下がお出でになったら、連絡が入るようになっていました。」


「…ったく、どこへ行けばいい?」


「宮殿の第一謁見室です。」


「そうか、まだ近いな。ブライス夫人、すまないが…。」


「検査時間を遅らせるんですね。伝えてきます。」


エレナがコールに伝えるために部屋に入って行った。

二人が出て来たので、四人でワンズさんの後をついて行く。



ダニエルは王族には会わないと言ってなかったっけ。


― まあそう拗ねないの。

  ジュリアン王子なら会ったことがあるから、気楽じゃな

  い。


念話でね。

検査に加えて、精神的負担が…。



ワンズさんは途中で曲がって、赤い絨毯じゅうたんが敷かれた廊下を通ると、一番手前のドアを開けて私たちが入るのを促した。


中に入ると豪華な応接間があった。

窓際には会議室にあるような長いテーブルもある。


私たちが応接セットのふかふかしたソファに座ると、すぐにお茶が出て来た。



座って落ち着いたことで、セリカは不安に思っていたことをダニエルに聞くことにした。


「あの、魔法量検査というのはどんな検査なんですか? 痛いこととかあります?」


「心配しなくても身体を傷つけるような検査じゃない。寝てれば終わる。」


ダニエルは何でもないようにそう言った。


ほっ、針とかナイフは出てこないのかも。


― 良かったわね。



皆のお茶がなくなった頃に奥のドアが開いて、ジュリアン王子がお供を二人連れて入って来た。


大きい。

ダニエルと変わらない背丈だ。

やはり血が繋がっているのがよくわかる。ジュリアン王子も金髪に碧眼だ。

目はダニエルよりも明るいブルーだけど。


でも念話器で見た可愛い様子とは全然違う。

ニヤリと笑う笑顔にもどこか威圧感がある。


「待たせたな。」


「呼び出しておいて、ゆっくりな登場だな。」


「ダニエルが来る日にちを言っておかないのが悪いんだろう。まぁ、お前のことだからここ二、三日のうちに来るとは思ってたけどな。」


ジュリアン王子はそう言って椅子に座った。

皆にも座るように言う。


しかしカールとエレナは立ったまま、私たちの後ろに移動した。


セリカも躊躇ちゅうちょしたが、ダニエルにうながされて隣に座った。


「セリカ、久しぶりだな。」


「王子殿下には、ご機嫌麗しゅう…。」


「まて、バノックの教えは公式の場だけでよい。念話の時と同じように話してくれ。」


「はい、お久しぶりです。これからよろしくお願いします。」


「ああ、よろしく。」


「それで何の用だ?」


「うん。セリカの魔法量検査には、うちの手の者を検査室に手配した方がいいのではないかと思ってな。特に今日の検査係になってる者は、ビショップ公爵の縁戚の者とお喋りクルトンだ。お前もよりにもよって、こんな日にセリカを連れてこなくてもいいだろう。」


今度はダニエルがニヤリと笑った。


「その日を選んで来たんだよ。」


「しかしセリカの魔法量は…少ないのだろう?」


あれ?

クリストフ様は、私の魔法量が多いことを殿下に言ってなかったのかしら?


― どうも最初の連絡だけだったみたいね。



「まあどうなるか見てろ。」


「ん? 私が知らないことがあるのか? ふーん、ここまで来たんだからついて行くかな。」


「ジュリアン…忙しいんじゃないのか?」


「なんか面白そうな匂いがする。」




◇◇◇




 なんと王子様もセリカたちについて来ることになった。


大人数になった私たちが検査室の所に戻ると、連絡があったのか緊張している係の人が二人、廊下に出て立っていた。


「これは、王子殿下。」


「よい、私は今日はただの見学だ。セリカの世話をしなさい。」


「は、はいっ!」


検査室の大きな扉は、この世界では珍しくスライドして開くようだ。


中に入るとひんやりとした空気が漂っていた。

建物の中というより洞窟にでも入ったように感じる。


髪がぼさぼさの男の人が左側のドアを開けて、皆を機械に囲まれたオペレーションルームのようなところへ連れていく。


セリカも行こうとしたら、もう一人の青白い顔をした男の人に止められた。

その人はセリカとエレナだけを案内して、右にあったドアを開けた。


ドアの向こうには下に降りる階段があった。

どうやら地下に向かって続いているようだ。


セリカたちは前を行く男の人を追って、階段を降り始めた。


― わぁ、スパイ映画で敵の秘密基地に潜入するみたい。


ちょっと、どこまでいくんだろ。

長い階段だね。


壁も途中から岩肌になって、ところどころから水が染み出しているのか、少し肌寒くなってきた。


階段を下りきると、そこには巨大な機械があった。

ブーンと軽い振動音がしている。


― MRIの機械を大きくしたような見た目ね。


MRIって、磁気で身体の中の病気を調べるもの?


― ええ、そうよ。

  でも魔法量を計るんだから、磁気で調べるんじゃない

  わね、きっと。



「ここへ寝て下さい。寝台が少し揺れますのでベルトをしてもらいます。お付きの方はベルト装着の方をお願いします。」


「はい。」


男の人はいくつもある機械のスイッチを操作して準備をしているようだ。

ブーンといっていた音が段々大きくなってくる。


セリカがエレナに手伝ってもらってベッドに寝転ぶと、高い天井に近い壁にガラス窓が並んでいるのが見えた。

何人かの人影が動いているので、あそこにダニエルたちがいるのだろう。



「準備ができました。」


エレナがそう告げると、男の人がこちらにやって来た。


「奥様、これからこのベッドごと機械の中に入ってもらいます。私が扉を閉めますと、しばらくして機械がゆっくり上昇していきます。一番上まで行きますと、一瞬止まりますから、そこからしばらく息を止めておいてください。じゅう数えるうちに下に落ちてきますので、下まで落ちたらまた息をして結構です。」


なになに?

上がって、落ちるのぉ~?!

息を止めて下さいって、簡単に言ったね、この人。


― うげっ、もしかしてフリーフォールみたいなやつ?

  私、あれ苦手だったわぁ。


でも魔法で飛ぶ時みたいなもんじゃない?


― 違うって。

  そんなにふわぁとしてないの。



ゴトゴトと音がしてベッドが移動すると、重たい音と共に機械の扉が閉まったのがわかった。

シーンとした閉塞感のある空間で、独りで寝転んでいると不安になる。


ウィーンという音がし始めると、自分が上に登って行っているのがわかった。


だんだんと熱っぽくなって、アン叔母さんの家に行く前の状態のように、身体中が怠くなる。



― 魔法量の変化が起きてるみたいね。


うん。

怠いし、いつもより息苦しい。



機械が止まったので、セリカは言われたように息を止めた。


するとこの空間全体が、一気に下降するのがわかった。

ものすごい圧迫感だ。


それと共にセリカの身体から七色の光の本流が湧きだしてきて、眩しくて目を開けていられなくなった。


セリカは目を閉じて、何とか息を止めているのを維持する。



ガタンッという音がして、一番下まで降りてきたのがわかると、やれやれと深呼吸をした。


薄目を開けて見ると、もう眩しさは消えているようだった。

体調も元に戻っている。



あー、終わったみたい。


― なんだかふらふらね。


でも痛くなかったから良かったよ。



セリカはのんびりとそんなことを考えていたが、上のオペレーションルームでは大騒動が巻き起こっていた。

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