第9話 手紙の中身

 翌朝、店の準備をしながら家族で今後の予定を立てていくことになった。


まずはセリカの持ち物の整理だ。


いつダレニアン伯爵邸に移れと言われてもいいように、荷物をまとめていかなければならない。


これはセリカと母親で、店が終わった午後に少しずつ荷物を作っていくことになった。



次に春のダンスパーティーのことだ。

 

ダレーナの街では、若者が結婚相手を探すのが主な目的なのだが、表向きには民間の交流をうたって、春と秋にダンスパーティーが開催される。



そのパーティーでは、十三歳から十四歳までの女性は白色のバラを髪に飾る。


成人した十五歳から二十歳までの人はピンクのバラ。


二十歳以上の行き遅れと言われる人たちは赤いバラを飾る。



男性も同じように肩に白色・青色・緑色のリボンをつける。


相手が決まっている人や既婚者は何もつけない。



今回のことを受けて、セリカはバラをつけないことになった。



― 下手に申し込みを受けても困るものね。


そうなのよ。


でもバラをつけてなかったら、またレイチェルたちに何か言われそう。


― それでもじきに皆にも言わなくちゃいけなくなるんじゃ

  ない?


だよね~、騒ぎになるでしょうね。


友達にこの結婚のことが知れ渡るかと思うとうんざりする。



そして今回のダンスパーティーで一番重要なことは、カールの結婚相手を見つけることだ。


すぐにでも我が家で働ける人を見つけて、セリカのしている仕事の引継ぎをしないといけない。


「あの人、クリストフ様は本当に春のダンスパーティーに来るのかなぁ。」


「そうね。何と言っても今回は納屋・・だし。あれは冗談だったんじゃない?」


カールは、ダレニアン卿に結婚相手を探すのを手伝うと言われたことに、ビクビクしてるようだ。



「ラザフォード侯爵様はどうされるんだろうね。」


「母さん、あの侯爵様と『納屋』は似合わないと思う。」


「だってセリカ、それならお前はダンスが出来ないじゃないか。」


ダンスのことを考えるのは冬の間の楽しみだったが、ここまで状況が変わるとそんな些細ささいなことは言っていられない。



「お情けでハリーにでも踊ってもらうわ。」


「ハリーが勘違いしなきゃいいけど。」


そっか、それはあるかもね。


成人してから嫁がどうのと言うことが多くなってたし。



「それならお喋りを楽しむまでよ。農業特区の人たちが参加するのなら、野菜の直接仕入れについて聞いてみてもいいわね。」


「セリカ……。これからお前は店に関われなくなるんだよ。」


母さんの言葉に、セリカは改めて衝撃を受けた。



小さな頃から息をするように考えるのが当たり前だった店の経営のこと。


セリカの生活の中心であり、セリカという人間の根幹をなしていた飯屋のこと。



これを取った後、セリカの中にいったい何が残るんだろう。


結婚という現実が、全く違う角度からセリカに覚悟を迫ってきている感じがした。




◇◇◇




― 今日は彼、来なかったわね。


誰のこと?


― ラザフォード侯爵よ。


そう言えばそうだな。

ピザを二タイプ食べられたから、満足したのかな?



最初は興味を持っているけど、目新しさがなくなると訪れることもなくなり、放っておかれる。


…昨日教えてもらった貴族の結婚生活というのは、こんな感じなのかもしれない。


それで二人とも気の毒がってくれていたのかしら。



「そう言えば、手紙。私が来るまで開けるなと言っていたけど、侯爵様はあれから何も言わなかったね。」


― 忘れてたんじゃない? 

  まさか「結婚」問題にまで発展するとは思ってなかったで

  しょうし。


「だよねー。どうせ読めないけど、何が入ってたのか開けてみようか。」



セリカはベッドから起きだして、消していたロウソクを再びともした。


本棚に置いてあった手紙を持ってくると、ペーパーナイフを使って封を開ける。


すると赤いバラの印が押し付けられていた封蠟ふうろうがポロリとがれた。



「あれ? 紙じゃなくてちょっと厚めの板が入ってる。」


板の材質は木ではなかった。

でも金属のような重たさはない。



セリカが封筒からその板を出すと、しばらくして板の表面がキラキラ光り始めた。


そしてギョッとすることに、そこから手のひらサイズの男の人が現れた。


― あら3D映像だわ。進化系の携帯みたい。


『あー、ゴホンッ。まさか寝室で開けられるとは思わなかったな。』


― セリカっ大変、ガウンを羽織ってっ! 

  相手にこちらの映像が見えてるみたい。


奏子の指摘に、セリカはベッドの枠にかけていたガウンを慌てて羽織る。



「どちら様でしょうか?」


『私はジュリアン・テレンス・ファジャンシル。ダニエルの、ダニエル・ラザフォード侯爵の従兄弟だよ。まさか、念話してくれるとは思わなかったな。』



念話?


― クリストフ様が言ってたやつじゃない? 

  セリカ、これは私が使ってたテレビ電話みたいな

  ものだと思う。


ああ、昔、奏子から聞いてた、あれね。



ちょっと待って、ジュリアン・テレンス・ファジャンシルって言ったら……第一王子様じゃないのっ!!


「失礼しました。このようなものが入っているとは思っていなくて。こんな遅い刻限に…。」


『いや、まだ宵の口だよ。そうか、平民は明かりがないから早く休むんだね。』


「は、はい。」



『ダニエルが惚れた女性を一目見たくてこれを届けさせたんだが、これは思ったよりも面白いな。セリカ、私はクリストフが言っていたピザという食べ物を見てみたい。また食事のときにこの念話を使ってみてくれないか? 十五刻の日没以降だと、私の仕事も終わっているんだが。』


え? そんな遅い時刻だともう食べ終わってるんですけど。


でも何とかした方がいいよね。相手は王子様だし。



「はい、わかりました。それでは明日の十五刻過ぎに念話いたします。」


『ふふ、楽しみだな。』


「あの、この機械はどうやってスイッチを切ったりつけたりできるんですか?」


『封筒の中に魔法を遮断できる布が入っている。その中に入れると念話は切れるようになっている。』


「そうなんですか。教えていただき、ありがとうございます。それでは失礼します。」


『ああ、おやすみ。レーセナの夢を。』



セリカは急いで封筒をひっくり返して布袋を見つけると、おかしな板をその中に突っ込んた。


ああーー、ビビった。

なにあれ。


― 魔法が使えると便利ね。

  日本での電気があるような生活が出来るのかも。


「でも心臓に悪いよ~。王子様と夜中に話すなんてっ! どんなに想像力がある人でも思ってもみないと思う。」


― まあまあ、でもいろんな情報がわかったじゃない?

  念話の方法、貴族生活では電気のようなものがあること、

  侯爵様はセリカに一目惚れしたと勘違いされてること、

  貴族は平民のような食事を取らないこと、

  それに『レーセナの夢』って何かしら? 

  たぶんお休みの挨拶ね。


「奏子はよく聞いてたね。私はテンパってたから、何も覚えてないよ。」


― だって、この世界で目覚めて、今までも同じように

  不思議に思いながら色々覚えてきたんだもの。


「そうか。今日はちょっと落ち込んでたけど、奏子が一緒にいてくれるなら私は百人力かもしれないね。ダレーナで生まれ育った十六歳の人間以上の知識があるんだから。」


― ふふっ、そう言えばそうね。

  二人で力を合わせて、今回の結婚も乗り切りましょう。


「おーーっ!」


― セリカ、夜中よっ。


「本当だ。おやすみ、奏子。」


― おやすみ、セリカ。

  レーセナの夢を。

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