第8話「gameset」
次の瞬間、視界が真っ白になった。
辺りは青白い閃光に包まれ、自分の手足すらも見る事が出来ない。
「春日君っ、早くこちらに来いっ。早くっ!」
「は…はいっ」
前方から凛とした双葉の声が響く。
すぐにれむはその声の方へ駆け寄ると、すぐに腕を引かれて抱き留められた。
双葉の体温と微かに彼の使うコロンの香りがした。
徐々に視界が晴れていくと、祠は壁や床に幾筋もの亀裂が走り、倒壊寸前になっていた。
もう調査どころではないだろう。
唸るような地鳴りの後、すぐに今度はより激しい地震が襲ってきた。
「きゃぁぁっ」
バラバラと音を立てて祠の白っぽい壁の一部が剥がれ落ちていく。
そんな中、祠の扉がより一層の輝きを放った。
再び視界が白く焼かれる。
扉の中にはそれは禍々しい気に満ちていた。
「なっ…」
双葉はより強くれむを抱きしめる。
その時、双葉は見た。扉から何かが生み出されようとしているのを。
「双葉っ、れむっ」
それを遮るかのように、二人の前に小柄な人影が飛び出して来た。
「夜斗くん?」
現れたのは少年の姿になった夜斗だった。
萌黄色の髪の間からは獣耳が覗いている。夜斗しちらりと双葉の方を見た。
「双葉、早くれむをつれてここから逃げろ。ここはオレたちが食い止める」
「夜斗……」
「おう。その方がいいぜ。双葉」
夜斗の後から黒い山伏装束姿の希州も姿を現す。
手には金色に輝く錫杖を持っている。
轟音をあげる祠からは「何か」が今にも出て来ようとしていた。
「来るぞっ!」
希州の声と同時に、辺りの揺れが更に強まり、白銀の稲妻が祠に落ちた。
「うわっ」
「きゃぁぁぁっ」
「私がやるっ。春日君はここで大人しくしているんだ」
双葉はれむの身体をそっと離すと、希州の隣へ並んだ。
「おっ、おい。双葉…」
希州は驚いた表情で双葉とれむを交互に見ている。
「所長、どうする気ですかっ。危ないですよ。それに一体何が起こっているんですか?」
グラグラと揺れる地面に足元を掬われそうになりながらも双葉に訴えるが、双葉はこちらを見ようとしない。
仕方なく夜斗が回り込んでれむを支えた。
「夜斗くん…、ねぇ、教えて。何が起こってるの?」
「これからこの祠の真の主がお出ましになるようだぞ」
「真のある…じ?何なの、それは」
夜斗は薄く笑った。
「それは後で双葉にでも説明してもらうのだな。ま、もっともここから無事に出られたら…の話だが」
そう言うと、夜斗は希州の後に続いた。
「オン・ハンドマダラ・アボキャジャヤニ・ソロソロ・ソワカ!」
希州が金の錫杖を掲げ、片手で印を結び、真言を唱えた。
すると祠の中の「何か」がそれを拒むように震えるのが分かった。
祠の内部が細かく振動する。
「くっ…」
希州の力に抵抗するように祠の周囲が淡く光り、それが激しく明滅している。
「ほぉ。完全に出てくる前に封印する気ですか?」
双葉が感心したようにそれを覗き込む。
「出来ればそうしたいものだがね。まだ頭部も出てない状態だしな」
希州は笑顔を作ろうとするが、上手くいかなかった。
錫杖を握る手からはビシビシと気圧の刃に削られ血が飛沫いている。
「私が変わります。手を離してください」
それを見て双葉が希州の錫杖に手を伸ばす。
「いや。このくらいまだまだ平気さ。いいから黙って見学しとけよ」
すると双葉は軽く舌打ちしてスーツの内ポケットから呪符を取り出した。
そして呪符に小さく真言を唱え、霊力を送り込む。
………シュッ
…………ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
呪符は祠の中の主を貫いた。
その時、れむは祠の主の姿を一瞬だけ捉えた。
「蛇?」
それは細長い竜なのか蛇のような判別し難い生き物に見えた。
一瞬の事なので色や質感は分からなかったが、確かに祠には何かが潜んでいた。
双葉の呪符がそれを貫くのと同時に地震が止まる。
「くっ……」
「所長っ!」
双葉がガクリと膝をつく。れむがすぐに駆け寄る。
「オン・ソラソバ・テイエイ・ソワカ!」
仕上げに希州が弁財天の真言で締めた。
「はぁはぁはぁ………」
双葉が片膝を立てて、肩で息をしている。
「所長、大丈夫ですか?あっ、血が…」
双葉の口もとからは血が溢れ、顎のラインを一滴、伝っていった。
どうやら祠の主は一度もその姿を見せる事なく応急処置ではあるが、再び祠に封印されたようだ。
希州と夜斗はこの辺りの土地を鎮める為の真言を唱えている。
それを見て双葉は安堵したように座り込む。
「バカだな。お前さん。無茶すんじゃねぇよ。あんな場面で強引に呪符使う奴がいるか」
双葉はれむの肩にもたれかかりながら、力の入らないぼんやりとした瞳で希州を見た。
「もうアンタに何も失って欲しくなかったんですよ……」
ポツリと呟いた双葉の言葉に希州の瞳が悲し気に伏せられる。
「お前まだ「あの事」を……。いいか、あれは何度も言ったように「事故」だったんだ。それにお互い未熟だったしな。忘れろとは言わん。だが、もうこれ以上気に病むのはよせ」
「…………」
双葉の脳裏に「声」が蘇った。
…………僕の………僕のせいなんです。僕のせいで白羽は……。
…………それは違うよ。双葉。白羽は君を大切に思っていたから「あの場」にいたんだ。だから君のせいじゃない。
声と同時に過去の映像が双葉の頭に再生される。
ツバの広い帽子を被った美しい女性。
それは決して好きになってはいけない女性だった。
だからこそ惹かれたのかもしれない。
会う約束を交わしたわけでもないのに、気付けばいつも彼女はそこにいた。
互いの名前も知らなかったあの頃。
思えばその頃が一番幸せだったのかもしれない。
ただ互いの存在だけを感じられる。それだけで幸せだった。
本当にそれだけで良かったのに……。
「所長?」
れむの声に双葉の瞳が見開かれ、現実に引き戻される。
「あ……あぁ。悪かった。私ならもう平気だ」
「そうですか。良かったです。ちょっと様子がおかしかったので」
「おかしかった?私がか」
「ええ…。でも大丈夫なようですね」
れむは安堵したように優しく微笑みかけた。
彼女の手には血のついたハンカチがあった。
ずっと双葉の口もとの血を拭ってくれていたのだろう。
双葉はその優し気な微笑みを見て、胸が切なくなった。
「春日君。この仕事はとても危険だ。それにまだ終わったわけではない。危険はこれだけでは済まないだろう。だから……」
「だから帰れって言うですか?」
「春日君?」
微笑みを一転させてれむが眉を吊り上げる。
「所長が一緒に行こうって言ったんですよ。なのにどうしてですか。あたしはそんなに頼り無いですか?一緒にいて「お荷物」ですか?」
「春日くん……?」
双葉は呆気にとられたようにポカンとした顔でれむを見上げている。
「おいおいおい、こんなところで喧嘩かい?」
今まで二人を傍観していた希州が慌てたように口を挟む。だがれむは止まらない。
「あたし、所長の事を尊敬してました。憧れてました。だけど今の所長、最低ですっ!行きましょう。黒ちゃん。夜斗くんっ」
れむは大声でそうまくしたてると、希州と夜斗の背を押して、双葉をその場へ残したまま山を下りて行った。
「れむ……。泣いていたのか?」
後に残された双葉は彼女たちが去っていった方向をいつまでも見ていた。
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