第7話「zero-sum」

「ふむ。では黒崎さんは「親切」で私たちにこの情報を「無償」で流してくれたというのだね?」


……怒ってる。うぅぅっ。怒ってるよぉ。所長。


希州が去った後、れむは希州から貰った地図を早速双葉に見せた。

予想通り、それを見た双葉の表情がたちまち不機嫌に顰められていく。


「あの…、所長。せっかくですし行ってみませんか?」


希州から貰ったメモには例の竜神様の祠への道を記した地図が描かれている。

夜斗が得た情報だ。

しかし双葉が次に取った行動は、更にれむの予想を裏切るものだった。


「行くぞ。春日君」

「あっ、はい。ではいざ竜神様の祠へ……」

「違う。春日君。今朝から言っているではないか。近隣住民へ聞き込みをすると」

冷ややかな視線をれむへ向け、先ほどのやり取りなどなかったかのように、さっさと歩き出してしまう。


「ちょっと、ちょっと~っ!所長っ。ここにその場所の地図があるじゃないですか」

「貸せ」

すると双葉は振り返り、地図を出せと手を伸ばしてくる。

れむはてっきり地図を見るのだと思って、すぐにそれを手渡した。

その瞬間……。


………ビリビリビリ。


ヒラヒラと細かな紙吹雪が双葉の指先から手品のように舞った。


「あ~っ!何やってるんですかぁっ。もうこんなに細かくなっちゃって」


風に乗って紙切れとなった地図が空高く舞い上がる。

そのうち、れむが手に出来たのはほんの一部のみ。

しかし双葉はそれに見向きもせずに歩き出す。


「さぁ、行くぞ。春日君」

「もぅ。所長、大人げないですよ。変なところで負けず嫌いというか……」

れむは手に残った紙切れを少しの間、名残惜しそうに見ていたが、すぐに双葉の後に続いた。


「はぁ~。もう結局こんなに遅くなるんだったら最初から黒ちゃんの地図を使えばよかったのに。効率重視が聞いて呆れますね」

双葉たちが口の堅い住民たちからやっとの思いで祠の場所の聞き出しに成功した頃には陽はとっぷりと暮れて、見るからに何か「出そう」な時間帯になっていた。


祠への道は獣道となっていて、鬱蒼とした森の中にある。

「君は何を言っている。そんな人間とは会っていないぞ。何者だ。黒ちゃんとは」

「所長~っ」

一体何の為に意地を張っているのやら。

巻きこまれたれむとしてはいい迷惑である。

「でも所長……」

「それ以上口を開くのなら即減給っ」

「あ~っ、もう言いませんっ」


双葉とれむは視界の悪い夜の森を草を分けながら更に奥へと入っていく。

森は雨も降っていないのにジメジメとして、ぬかるんだコケが緑の絨毯のように広く群生していた。


「おっ、あったぞ。こっちだ」

ややして、奥の闇の方から双葉の声がした。

れむは重い荷物を…ずっと背負っていた…を一番太い木の幹に括り付けると、風水羅盤だけ取り出して双葉の姿を探した。

夜露なのか手に触れる草はしっとりと濡れていた。

その感触にビクビクしながら、れむは声を張り上げる。


「所長~っ!どこですか~っ」

「春日君、ここだ」

すぐに双葉の声が返ってくる。

見るとすぐ手前の茂みの間から双葉の手がヒラヒラ揺れていた。

深い茂みで見落としがちになるが、祠だけあって立派な石畳が見えた。

だが長らく手入れをしていないのか、大半は雑草に埋もれている。

きっと昔はきちんと舗装されていたのだろう。


「おぅ、風水羅盤は持って来たな?」

「はい。勿論です」

双葉の商売道具を渡し、れむは双葉のいる場所を改めてじっくり観察する。


……ふ~ん。祠って本当にあったんだ。こうしてみると立派ね。


懐中電灯を手にれむは「それ」を見た。


鬱蒼とした羊歯の茂みの中にその祠は静かに佇んでいた。

まるで打ち捨てられたかのように、あちこちが倒壊した石造りの祠は長い年月を経て、すっかり周りの景色に溶け込むように同化していた。

ちょうどここは町のある集落からやや離れた山の中腹に差し掛かった場所にある。

普段、住民は余程の事がない限り、この山へは近づかないだろう。

しかし、ここにはこんな立派な祠が建っているのだ。

昔は人の出入りはあったはずだ。


やはりここには「何か」がある。


何故かれむはここに来てからそんな胸騒ぎめいた予感がしていた。

「ねぇ、所長。何か分かりましたか?」

「ちょっと待て」

双葉は難しい顔をして風水羅盤を持ち、祠の周りを歩いている。

微妙な針の振れも逃さない。そんな真剣な顔つきをしている。

れむは密かにその「お仕事モード」の顔が気に入っていたりする。

双葉の調査が終わるまで、れむは邪魔にならぬよう手ごろな岩に腰を下ろして待つ事にした。


「ふむ…。これは「龍」というより……「蛇」?いや、まさか……これはっ」

双葉は白い手袋越しに祠の扉にある紋章に触れた。

すっかり風化したそれはボロボロと乾いた音を立てて剥がれ落ちた。

双葉の顔が凍り付く。


その紋章が剥がれ落ちた下には恐るべき「何か」がいた。


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