078

「――という訳で、とんとん拍子に話が進みまして、今度ノレイス国のカイゼル王がこちらにいらっしゃいます。そこで陛下と私、カイゼル王とあちらの大臣を含め綿密に話を進め……ゆくゆくは同盟を目指します」

「面白い! 面白いぞコディー! まさか人間との共存を視野に入れるとは思わなかったのじゃ!」


 まさか魔王がこれに賛同するとは思わなかったのじゃ。

 最近、魔王の感性が変わったというか、何でもかんでも俺に任せる傾向がある。

 部下たちにしてもそうだ。俺の全ての言葉を受け入れているんじゃないかってくらい従順で怖い程だ。まぁ多分、魔王すら認めているという部分が強いとは思うけどな。


「余の加護が良い方向に働いているのう」

「はて、加護というのは?」

「何を言っておる。ノレイス国に出向く前に授けたであろう? 【獣王】の称号を」


 え、あれってそういう効果もあるの?


「あれは単なる肩書きではない。余の加護を持っているのじゃ」


「のじゃロリ」の加護と言われても困るのだが、魔王の加護と聞けばなるほど。確かに効果はありそうな気がする。それであの時、カイゼル王の馬が大地にキッスをする程頭を下げたのか。


「これは気付けませんで、申し訳ありませぬ」

「ふふふふ、構わぬ。余は今機嫌が良い!」


 最近、俺の前だといつも笑っている気がするのだが? それは気のせいなのか?


「それで、人間の城はどうであった!? 我が居城よりも広いか!? 玉座はどうであった!?」

「これはこれは、失念しておりました。この身も緊張しており、確認を怠っておりました故、記憶にございませぬ」

「あははははははっ! 其方そなたが緊張するだと? 冗談はその魔力だけにしておけ! がしかし、素晴らしき冗談であった! 城の話はまた今度にしよう!」

「はっ! 失礼致します!」


 今日は特に絶好調だったな、リザリーのヤツ。

 そう思いながら魔王の間の外へ出ると、魔王の姉兼、俺の秘書的ポジションであるミザリーがひざまずいていた。しかし俺は、最初彼女が跪いているとは思わなかったのだ。


「どうしたミザリー? 靴紐でもほどけけたか?」

「忠誠を」

「は?」

「獣王コディー様、閣下に改めて忠誠を捧げています」


 ……何でまた?


「ほぉ?」

「私はこれまで閣下に対し不信を抱いておりました」


 確かに、ミザリーにはこちらがどう接しようとも壁のようなものがあった。

 それもそのはずで、俺がいきなり魔王軍総司令に就任した事も大きいだろう。

 それは魔力の多寡で片付けられる。しかし俺は純粋な魔族ではない。

 あくまで肩書きは魔族のNO2だが、それを受け入れられる程彼女の頭は柔らかくはない。

 他の魔族とは違う。何故なら彼女は魔王の実の姉、、、、、、なのだから。


「どんなに実績を残そうとも、拭えない不信感。それはこの指輪を頂いてから……あいえ、あの魔界大門の建築を機に、次第に変わっていきました」


 今、指輪って言ったよね? 魔界大門関係ないだろ絶対。


「そして何より、陛下の……リザリー、、、、の笑顔を増えました」

「っ!」

「閣下は知っていらっしゃいますか? 私が奥へ進めば陛下がどんな話をされるのか」

「…………いや」

「リザリーは言います。『コディーはどうしておる?』、『何か情報は? 特にコディー』、『コディーか!?』。遂には私の入室まで閣下だと思い込むようになりました。ふふふ、これは少々妬けてしまいました……」

「そうか……」

「ですが、これまでとはまるで違うリザリーを私に見せてくださいました。閣下の一挙手一投足に意味があるのだと、信頼に足る行いなのだと、自覚に至りました。聞けばリザリーの拘束を解く法を探しておられるとの事。あの時のリザリーは本当嬉しそうでした。魔王としての重責……リザリーが背負っているモノは大きく重いものです。それが少しでも変わるのであれば、私の命などいつでも捧げるつもりでした。ですが違いました。命を捧げたところでリザリーの重苦を解放する事は出来ない。私はそれを閣下から教わったのです。命を捧げるのではない……燃やすのだと。必死に生き、必死に学び、必死に行動する事でリザリーの呪いが解けていくのだと。私は知っています。閣下とリザリーの魔力が……最早それ程変わらぬ領域に達しておられる事を」

「いや、それは……――」

「――何を隠そうリザリー本人から聞いたのです。あの子は私の前で嘘は吐きません。最初あった大きな差は日に日に縮まり、遂には互角に至ったと。最早閣下は各幹部の信を集めております。ならば幹部たちを率い、謀反を起こす事も可能。ですが閣下はリザリーに敵対しようとはされない。魔王に打ち勝つだけの力があるのに……――」

「――お、おい。陛下に聞かれるぞ」

「構いません。リザリーには既に話しました」


 なるほど、最初からミザリーは魔王リザリーの密偵として俺の補佐に付いていたって事か。


「それでも尚、閣下は……リザリーに尽くしてくれました……!」


 ようやく顔を上げたミザリーの顔は……涙に塗れていた。


「閣下のお姿、閣下のお心、閣下のお力は……今や魔界の大きな柱です。どうか……どうかリザリーを……!」


 いつの間にかミザリーの小さな肩を抱いていた俺の耳に、精一杯嗚咽を殺したミザリーの言葉ねがいが届く。


「助けて……ください……!」


 今まで見た事のない……妹の安息を願うミザリーの言葉。

 これまでこれほど美しい涙を見た事がなかった。

 これまでこれほど悲しい言葉を聞いた事がなかった。

 そして、背後にある魔王の間から聞こえる悲しき嗚咽も。


「……任せろ」


 その後、せきを切ったかのような二人の女の泣き声が……虚空に響いた。


「任せろ」


 何度も、何度も、俺はそう言う事しか出来なかった。

 彼女たちを、絶対に助けてやるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る