075

 ノレイス国の王は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐じゃちぼうぎゃくの獣を除かねばならぬと決意した。


「えぇい! 一体どうなっておる!? 我が軍の馬は一体どこへ消えた!?」


 白髪が入り交じった金髪の中老。

【カイゼル・ラハート・ノレイス】、彼こそがノレイス国の王である。

 最強の軍事国家を作り上げ、民からは人類の希望とも呼ばれる偉人。

 そんな彼が、馬小屋を見ながら叫ぶ。その怒りは留まる事を知らない。

 脇に控える長い髭を蓄えた大臣が言う。


「ど、どうやら全て、魔王軍に奪われたようです」

「奪われただと!? 獣が懇切丁寧に騎士を下ろし、馬だけを奪ったというのか!?」

「報告によると……くだんの熊の言うことに従うように付いて行ったと」

「馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!? 一体どれだけの被害になったと思っているっ!! 死人こそないものの、あの闇色の大爆発で城の外壁はまるで風化したかのようだ! 修繕費だけで国家予算の三分の一はかかる! その上……馬もだとっ!? くそっ! くそっ! くそっ!!」


 大地を強く踏み憤りを露わにするノレイス王に、大臣は更なる追い打ちを掛けた。


「それだけではありませんぞ、陛下」

「これ以上何があるのだっ!?」

「騎士団の装備一式、全て持っていかれております」

「っ!? 何だとっ!?」

「熊は、気を失った兵や冒険者の装備を剥ぎとり、全て魔界へと持ち帰ったそうです」

「ぼ、冒険者のもだとっ!?」


 ノレイス王が驚愕した理由はそこにあった。

 何故なら、冒険者ギルドとノレイス国はある契約、、、、をしていたからだ。


「今回の緊急依頼には冒険者に保険が適用されます。保険内容は装備一式の補償と、心身ダメージを被った際の見舞金。当然、通常報酬も支払わなければなりません……」

「騎士団はともかく、冒険者の武具がどれだけ高いか知っているのか!? ランクSの冒険者なぞ億単位の金が動くぞ!?」

「こればかりは修繕ではありませんからな。全損による補償ともなれば……天文学的な数字になるかと……それに――」

「――まだあるのか!?」

「見舞金が非常に高くなるという報告も上がっております」

「な、何故だ!?」

「皆、怪我は大した事はありませんが、心を病んでおります。完治がいつになるかわからない以上、非常に申し上げにくいのですが、それまで国が責任を持って支払わねばなりますまい」

「そ、そうだ! 心を病んでいるのであれば、冒険者も保険を適用するなぞ言って来ないのではないかっ!?」

「陛下、それはありえません」

「何で!?」

「冒険者ギルドが意地でも徴収に来ます。彼らの損失は冒険者ギルドの損失でもありますから」

「きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!! 何故! 一体何故こうなった! 何なのだ、あの熊は!? 騎士団千、冒険者二百の精鋭だぞ!?」

「定かではありませんが……魔王軍の新たな幹部かと。物見ものみによると、熊の奥には無数のゴブリンがミスリルの槍と鎧を付けていたという報告もあります」

「ミスリルゥッ!? 魔界にはミスリルがあるというのか!?」

「偵察に雇った冒険者……【風刃のシンディ】からの報告ではそのような事実はないと」

「だが実際にゴブリン共が持っていたのだろうっ!?」

「はっ、それに不可解な点が」

「くっ、どれだけ出てくるんだ……っ!」

「ゴブリンのサイズが明らかにおかしかったと。ゴブリンはホブゴブリン以上、ホブゴブリンはゴブリンジェネラル以上、ゴブリンジェネラルはゴブリンキング以上、ゴブリンキングは…………まるで巨人のようだったと」

「そ、そんなのはどうせ物見の見間違いに決まっている! それよりも箝口令だ! 箝口令を敷け! こんな醜態、ライオス国にバレる訳にはいかぬ! これがバレれば、ライオス国への侵攻どころかこちらが侵略されてしまうわ!」

「か、かしこまりました! ただちに!」


 ◇◆◇ 十日後の楽園 ◆◇◆


「って訳でさ、ダニエル君。今、ノレイス国の国庫とか兵力? そこらへんヤバい事になってると思うんだー」

「いや、それよりコディーさんが魔王軍の総司令官ってところにビックリなんですが……?」

「ジジにも言ったんだけど伝わってないみたいでさ。ダニエルからも言っておいてよ。あ、ノレイス国の噂もちゃんと流しておいてね」

「もしかしてアッシ、今、もの凄い事聞いちまったのでは……?」


 呆然とするダニエルを前に、聖獣コディーは屈託のない笑顔を振りまいていた。


「ばう?」


 そしてその後、ライオス国に貴重な情報が届けられる。

 ダニエルが流布した情報を裏付けるとある人物が、ライオス国にやって来たのだ。

 彼女はノレイス国の密偵だった。しかし、支払いが悪く契約違反が起こったため、ライオス国に情報を売りに来たと言うのだ。

 ライオス国にも彼女の名前は届いていた。当然、彼女を知る者も多かった。

 そしてその余りある功績から、彼女の言葉が信頼に足る言葉だと、すぐに結論づけられたのだ。

 彼女はライオス王の前でこう名乗った。

 ランクS冒険者――【風刃のシンディ】と。

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