074

 ランクS冒険者であるシャドウが、大きな弧を描き飛んでいく。


「「…………ぇ?」」


 それは、冒険者や騎士団にとって悪夢の始まりだった。

 先ず最初に被害を受けたのは騎士団だった。


『全! 隊! 止まれぇえい!!』


 コディーが発したのは獣の言語だった。

 人間も、そして後方で控える魔族もその内容を知ることはない。

 だが、人間側にも獣はいる。それが騎士団の騎士たちが跨がる【馬】である。

 魔力を伴ったコディーの言葉は彼らにとって強力な命令でもあった。

 主人の言葉以上に重いコディーの言葉は、瞬時に彼らを止めたのだ。


「ぬぉ!?」

「ぐはっ!?」


 馬の急激な減速により、騎士たちは次々に落馬していく。


「おい、どうした!?」

「動けっ!」


 落馬こそしなかった騎士も、微動だにしない馬に困惑していた。

 だが、それも束の間、今度は冒険者側に異変が起こった。


「おぅら!! どぉおおおおん!!」


 快活な声を上げながら、コディーは跳び上がった直後、空を蹴って大地に着地した。その巨体も相まってか、まるで地震かのように大地が揺れたのだ。

 足場もままならない冒険者たち……その先頭にいる者から順にコディーに投げ飛ばされていく。


「ほれほれほれほれ!」


 宙を舞う冒険者たちは悲鳴をあげながら、凄まじい回転で後方にいる魔法使いにぶつかる。


「――ットライークッ!」


 コディーは投げ、打ち、デコピンをした。

 コディーと触れた瞬間、彼らの意識は今日この場から消え去った。

 やがて先頭集団の冒険者が全てコディーにやられると、下馬した騎士団が工事現場に向かって走り出した。


「だぁああああしゃい!」

「ひっ!?」


 一足跳びで彼らの眼前に跳んだコディー。

 これを見たオークキングのブレイクが立ち上がる。


「五十メートルは跳んだぞっ!?」


 コディーは騎士の構えた盾を奪い、直後ニヤリと笑う。


「モグラ叩きって知ってるか?」

「……はぇ?」


 カタリと首を傾げた騎士は、その後自身の盾によって意識を刈り取られてしまった。


「てい! この! ふんぬ! まだまだぁ!」


 金属の盾がゆがみ、変形し、遂には割れる、、、

 コディーは次の盾を得た後、騎士もぐら叩きを続けた。


「くっ! 熊との戦闘より妨害を優先して!」


 冒険者側が動こうとするも、


「行かせるかよ!」


 コディーはまたも反対側に跳び冒険者の進路を塞いだ。

 これを見ていたブレイクは、隣に座るルピーに聞いた。瞳からコディーを放さずに。


「なぁルピー」

「なぁに、ブレイク」

「閣下は人間の侵攻ぼうがいを食い止めると言っていたな」

「そうね」

「我が目に狂いがなければ、閣下の位置が……徐々にノレイス国に近付いているような気がするのだが……?」

「安心して、あなたの目は正常よ。異常なのは閣下の武力。でも、それも時間の問題かしら?」

「むっ! 人間側の魔法使いが動くか!」


 ブレイクの視線の先に移ったのは、先程冒険者たちからリィナと呼ばれていた女だった。

 彼女は【リィナ】。ノレイス国屈指の魔法使いでありランクSの冒険者。

 彼女の爆裂魔法は全ての敵を粉微塵こなみじんに吹き飛ばした。討伐部位すら焦げと化す強力な魔法を持つ彼女は、後に【殲滅のリィナ】と称された。

 そんなリィナが杖を掲げ、コディーに向かって叫んだ。


「殲滅の女神が懐にたゆたう哀れな子羊よ、全ての始まりにして終わりの破壊の宴にようこそ! この炎と雷は、いかなる生命をもほふる終焉の始まり! 女神の怒りに触れし悪しき獣よ、我が爆裂の前にひれ伏せ! 殲滅爆裂魔法イクスプロージョン!!」


 次の瞬間、コディーの足下が大きくぜた。

 周囲に響く轟音ごうおんと、舞い散る砂や岩。大地を穿ち数メートルの大穴を開けるその威力に、人間も魔族も息を呑む。

 砂煙から見える黒き影。

 動かぬ影にリィナは口の端を上げる。


「ふふん♪」


 しかし、その笑みが長続きする事はなかった。


「ぺっぺっ! あー、もう! 口の中に砂入ったし! 最悪っ! つーか危ねぇだろ! 俺が守らなくちゃ他の冒険者皆死んでるぞ!?」


 そう、動かぬ影とは、気絶した冒険者たちの山。

 コディーは魔力壁を築き彼らの盾としたのだ。

 そしてリィナは気付く。最早もはや前衛と呼べる者がほとんどいない事に。


「ならこっちも……えーっと、あそこら辺なら人がいないだろう」


 威嚇のためと、コディーは自身を取り巻く魔弾の一つをつまみ、ぴんと爪で弾いた。

 周囲三十メートルは無人の荒れ地に着弾したそれは、直後天にも届くかのような闇色の火柱を上げた。まず最初に闇の光が。次に人間たちの鼓膜を奪う轟音が。その少し後に風と熱が同時に届く。世界の終焉を見たかのようなリィナの瞳には絶望しか映っておらず、その場にへしゃりとへたり込んでしまった。

 黒雷こくらいほとばしる焦土の火柱を見上げるコディーは、微笑みながら呟く。


「核かな?」


 過去、コディーの魔力操作の師であるニッサは言った。


 ――――圧縮したから爆発範囲はほんの一角。


 だからこそコディーは使用した。

 確かに外部への被害は少ない。しかし、着弾した周囲三十メートル無人の場所は……何かもなくなってしまった。

 空から雲は消え、大地は巨大な深淵を覗かせた。


「ば……化け物…………」


 誰もが口々に呟くように言った。

 だが、誰も動けなかったのだ。

 何故なら……皆腰を抜かし、足がすくみ、失禁し、果ては気絶していたのだから。

 この爆発の影響が魔族側にもあったという事は……コディーはまだ知らない。

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