069

 まったく、何故事実を話しただけで、ニッサに怒られなければならないのか。

 魔王も魔王で「雰囲気が大事」だぁ? あんなの耳が痛くなるだけだろうが。

 とか色々考えていたらいつの間にか魔界へ戻って来ていた。


「閣下」


 出迎えるのはやはりこのお方――悪魔デーモン種のミザリーちゃん。


「今、戻った」


 この堅苦しいしゃべり方もいつかは改善した方がいいのだろうけど、いかんせん立場が立場だしな。魔界にもプライベートスペースが欲しいものだ。


「準備は?」

「着々と進んでおります。山から切り出した石材を南方へ運搬。勿論、人間には気付かれておりません」

「木材があればもう少し早いのだがな」

「申し訳ありません」

「いや、いい。ただの無い物ねだりだ」


 魔界はその名の通り荒れた地ではある。

 だが、資源がない訳ではないし、ないなら作ればいいのだ。

 木々が生い茂る土地に変われば、人間も手を出しにくくなる。

 人工林計画も進んでいるのだ。焦る必要はない。だが、急ぐ必要はある。

 現在ミザリーに指示しているこの石材の移動は、人界と魔界の線引きとして使うものだ。

 そう、我々は作らなければならない。

 魔界の門を。


「しかし可能なのでしょうか? ノレイス国の正面に巨大な壁を作る事など……」

「時間はかけない。だから工事に必要な素材だけ先に集めておく。間に合わなければ私が堀を作ってまかなうさ」


 墨俣一夜城みたいに上手くはいかないだろうが、人界と魔界を隔てる壁さえ出来れば、人間の間者も減り、こちらも大きく動く事が出来る。


「作戦の開始はいつに致しましょう?」

「必要な材料が集まり次第だ」

概算がいさんでひと月というところでしょうか」

「わかった。それまではハルピュイアたちのフォローを頼む」

「かしこまりました。……あら?」


 見上げた先にいたのはハルピュイアクイーンのルピー。

 ルピーは静かに降りてくると、俺たちの前に跪いてから言った。


「閣下、魔王様がお呼びですわ」


 魔王が? 珍しい事もあったものだ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「戻ったかコディー!」

「はっ! ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

「よいよい。其方そなたが魔界に尽くしている事は余の耳にも入っておる」


 こんなハキハキと喋る魔王も珍しいものだ。どんな幼少期を送っていたのかが非常に気になる。いや、今も幼少期か。

 しかし、それ以上に気になるのはやはり――、


「其方も気付いておろう。余がこの部屋から一切出ていない、、、、、、、事に」

「僭越ながら……」

「それもそのはずでのう。余がこの場にいる事で、魔族は生きていられるのじゃ」

「それは一体……?」

「簡単に言うとのう、余がここを離れれば魔族の魔力は枯れ果て、その命を削る事となる」


 やはり、魔族は魔王の魔力の恩恵を受けて生きているのか。

 だがしかし、それが事実だとすれば、魔王の……リザリーの自由はどこにあるんだ?


「だからこそ、魔界の進展はこれまでなかったのじゃ。全てを配下に任せていたからのう。がしかしじゃ、其方の登場で魔界は変わった。毎日姉上から聞く施策の全てが面白い。コディーに総司令を任せて正解じゃったな」

「……ありがたき幸せに存じます」

「じゃが、其方が余を気に掛けていたように、余にも気になる事がある」

「私に……という事で?」

「そうじゃ」

「どのような事にございましょう?」

「其方、領地に人間を置いているそうじゃな?」


 領地……って事は楽園のニッサの事か。

 情報の出所は、ルピーかな? 一度一緒に歩いているところを見られてるしな。

 だとしたら、隠すというのは悪手だろう。


「その通りにございます」

「何故じゃ?」


 さて、この返答には気を遣わなくちゃいけないぞ?

 もし、魔王を怒らせるような返答をしようものなら、俺の命はここで尽きる。

 友人と言っていいものか? いや、それは魔族への裏切りともとれる。

 ルピーは勝手に勘違いしてニッサの事を俺の奴隷だと思っているようだが、魔王の質問の意図はそうじゃない。たとえ奴隷だとしても、何故人間をそばに置いているのか。それが気になっているのだ。

 なら、これしか答えはない……か。


「あの者は、私に魔力の使い方を授けてくれた者です」

「ほぉ、魔力を? しかし、既に其方の魔力の操作能力は余に近い程じゃ。最早必要ないのではないか?」


 鋭い視線。「用済みならば何故殺さないのか」と言いたげな目だ。

 だが、ここで引いてはいけない。一瞬でも隙を見せればそれは俺の弱点となる。

 ならば、ここは魔王を引き合いに出してみようじゃないか。


「先の話……」

「先の話とな?」

「魔王様がこの場におられる理由につき、私は常々考えておりました。当然、その真実も」「ほぉ、気付いておったと?」

「然り。あくまで答えの一つとして、ではありますが」

「それは素晴らしいのう。じゃが、それと人間の話と何の関係がある?」

「それはもう、密に」

「何?」

「魔力の操作能力が卓越した魔王様でも、この場を離れる事は出来ない。そうなのでありましょう?」

「何が言いたい?」

「私がそれ以上の能力を目指している……と言えばどうでしょう?」

「……まるで余にとってかわり魔王にでもなるかの物言いじゃのう?」

「魔王様は唯一無二。私如きがとってかわろうなど恐れ多い事です」

「読めぬのう……?」

「ならば具申ぐしん致しましょう。私が人間の知を得て、更なる魔力操作技術を習得すれば、魔王様がここを離れられるようになるのではありませんか?」

「……余の…………ために…………?」


 ここで満面の笑みくまさんスマイルである。

 しかし、それが物凄く怖かったのだろう。魔王は俺からさっと目を逸らし、虚空に向かって言ったのだ。


「そ、それならば仕方ないのうっ! そうかそうか! 余のためならば仕方ないのうっ!」


 顔を真っ赤にしてまくし立てていたが、はて?

 トイレでも我慢していたのだろうか?

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