070

「あ~、危なかった……」


 あの後、「もういいもういい! 出ていくのじゃぁっ!」とか唾を撒き散らしながら追い出されてしまった。まぁ、上手く言い訳出来たとは思う。

 が、魔王が気分屋なのも新たな情報だ。今後も気を張っていかなくてはいけないな。

 魔王があの間から動けない事も含め、今度ニッサに聞いてみよう。

 前回戻った時に、ヴァローナから聞いておいた話はとても参考になった。

 話とは、人間と魔族との戦争の始まりについて……。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「本当に人間から攻撃したの?」

「さぁ?」

「さぁっておい。だって前に聖獣から神獣になったっていう麒麟きりんの話してくれただろう?」

「私だって獣伝手づてに聞いたんだ! そんなに詳しくわかる訳ないじゃないか!」

「何でお前が怒るんだよ!? つーか獣伝手って、お前そんな話を偉そうに話してたのか!?」

「ふふん! 事実、私は偉いからな!」


 なんて不敵な笑顔だ。鳥刺しにして食べてしまいたい。

 仕方ない、違う場所から聞いてみよう。


「じゃあ、その獣って誰の事なんだ?」

「教えないっ!」


 今、ぷいってあっち向いたぞ? 何なのこの子供?

 そんな神獣様の背後から、ゴリさんが見えた。ゴリさんは何やら手招きしているように見えた。

 ゴリさんが呼んでいるなら仕方ない。そう思い、俺はツンツンヴァローナを横目に、ゴリさんの下へ向かった。

 木陰に隠れたゴリさん。

 珍しい。なんとも珍しい。内緒話なんて……なんと獣らしくない事か。


「実はな、私はその獣がどなたなのかを知っている」


 小声で話すゴリさん。しかし気になる。「どなた」と言ったな。

 つまり、それだけ高位の存在なのだろう。


「【神獣ケリュネイア】、それがあの方の名だ」


 どこかで聞いた事のある名前だ。


神鹿しんろくとも呼ばれているな」


 ……思い出した。元の世界では女神アルテミスの聖獣とされた鹿だ。

 確か、五頭いて……四頭はアルテミスの戦車を引いたけど、残りの一頭はアルテミスでも捕まえられない程足が速く、後にヘラクレスが捕まえたとか。

 なるほど、神から逃げられるような鹿であれば、他の四頭と同じく聖獣でなく、神獣とされてもおかしくない。


「という事は、生まれながらの神獣ってやつ?」

「そういう事だ。元々麒麟様はケリュネイア様が魔獣にし、その後の活躍で神獣となったそうだ。当然、仲が良かったらしく、昔話としてヴァローナ様に話したのだろう」

「へぇ~。そのケリュネイアって神獣はまだ生きてるの?」

「この世界のどこかにはいるって噂だが、詳しくは知らないな」

「なるほどね。ありがとう、参考になったよ。いやぁ~、ヴァローナと違ってゴリさんは優しいなぁ~」


 笑いながら俺が言うと、ゴリさんは溜め息を吐き、俺を嘆くように言った。


「今回の事は別だ」

「ん? どういう事?」

「ヴァローナ様がコディーにケリュネイア様の話をするはずがないだろう……」

「……何で?」

「あぁ見えてヴァローナ様あの方は独占欲の強いお方だからな」


 この話のどこに独占欲という単語があったのだろうか?


「ようするに、コディーがケリュネイア様のところに行ってしまわないか、心配なのだろう」

「あー……そういう?」


 なんとも…………獣らしくない。

 そういう事なら仕方ない。鳥刺しの件はなかった事にしてやろう。

 そう思うコディーさんだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 なんて事があったけど……あれ?

 ヴァローナの話は一切参考になってないな? ほとんどゴリさんが話してくれた内容だったのでは?

 そんな俺が首を傾げながら魔王城を出ると、魔王の姉であるミザリーが俺を迎えた。


「閣下、陛下とのお話はもうよろしいので?」


 よろしいから出て来たんだけど、ミザリーの立場上、聞かなくちゃいけないんだろうな。


「あぁ、つつがなく」

「では、こちらへ」


 ミザリーが用件を言わずに俺を連れて行くとは珍しい。

 俺はのしのしと歩きながら彼女の後ろに付いて行く。

 やはりおかしい。ここは魔王城の真裏。

 ……ん? あれ? こんなところに地下への階段なんてあったのか。

 ジメジメとした狭い空間。まぁ、俺が通れるくらいだから人間にしては広いのだろう。

 だが、深部へと行く程、俺の疑念は募った。

「まさか、俺が人間たちと共存しようとしている事がバレたのか?」と。

 そう考えれば考える程、俺はちらちらと背後を気にしてしまう。


「閣下、何か?」

「あ、いや。なんでもない」

「もう間もなくです」


 何だこれは……鉄の臭い?

 夜目が利くのは良い事だ。それは嗅覚情報と共に見えた。


「……地下牢か」


 魔王城地下のカビ臭い場所にある牢屋。

 金属の檻は赤く錆びており、そこまで手入れされていない印象を受ける。

 そして、その奥に見えるは縮こまる一人の影。

 強い警戒と殺気。完全に俺たちを敵として見ているであろうその鋭い視線を、ミザリーは軽く流す。


「先程、捕らえました。おそらくノレイス国の間者でしょう」


 なるほど、不審者が侵入したから俺に報告をした訳か。

 ……さて、相手にとっても俺にとってもこれは難関なのだが、どうしたらいいだろうか。


「ところで、閣下のお好きな拷問は?」


 今晩の食事を決める感じで聞くなよ。

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