018

 あの後ヴァローナは俺の眼前で祈るように目を瞑り、ブツブツと言った後、身体中が光った。

 そしてその光が俺に移動した後、いつものような軽快な態度で『はい、終わり!』とだけ言った。


『魔獣コディー……いや、魔熊まゆうコディーの方がイカしていると思うんだが、どうだろう。なぁコディー、どう思う!?』

『はぁ、好きに呼べよ。大体そういうのって自分じゃなく、他のヤツが呼んで決まるものだろう?』

『だから私が決めようとしているんじゃないか』

『だったら当人に聞くなよ……』

『むぅ、確かにそれはそうかもしれないな……』


 ヴァローナはブツブツ呟きながら、広場の切株の回りをとことこと歩いている。

 あぁしてみると本当にただのからすなんだけどなぁ。

 本当に神獣なのだろうか、ヴァローナは。

 まぁ、疑ってもしょうがないか。俺を魔獣にしたのかはともかく、普通の烏にあんな発光出来る訳ないしな。

 そして、普通の烏はあんなに大食漢じゃない。オークジェネラル一匹だけで、一体何キロの肉があると思うんだ? 俺より身体が大きいんだぞ?


『はぁ、それも今驚くところじゃないか……おっと、そうだったそうだった。岩塩とってこなくちゃ』

『出かけるのかい、コディー?』

『あぁ、ちょっと忘れ物をとってくる。ついでに夕飯も。夜には戻るよ!』

『では、魔力操作を覚えるといい。筋力に対して魔力が注ぎ込まれるイメージだ。ある程度の負荷を身体に与えれば自然と発揮出来るだろう』


 ヴァローナの言っている事はよくわからなかった。

 だが、身体に負荷をかけろって事は、力を込めろって事なんだと勝手に解釈した。

 そして、ジジから貰ったショルダーバッグを回収した後、森を出て、あの川べりに向かって走り始めた。

 すると、身体の奥底から熱いナニカが漲っているような感覚になっんだ。なんだろう、この新たな余力が生まれたような感覚は……!

 これが魔力なのだろうか。俺は使い方もわからない湧き出る力に困惑しながらも、それに身を預けるように更なる力を込めた。瞬間――――、


『うぉ!?』


 まるで高速道路を走っているような速度感覚。これは追い越し車線にいける程の速度だろう。

 驚く程の速度に、身体を強張らせていたが、俺は徐々にその感覚に慣れていった。まさか魔獣になる事でここまで変わるとは思わなかった。

 単純に速度だけで二倍くらいになったのではないだろうか? ふむ、チーターにだって速度で勝てそうだったな。


『はは、もう着いちゃったよ……』


 いつの間にか半年過ごした川べりに着いた俺は、隠しておいた岩塩をとり、ショルダーバッグに入れた。

 そして俺は、近くに落ちていた焚き火用の石を持って振り被った。


『どりゃぁ!』


 瞬間、投げた石は遠く彼方に消えていったのだ。大リーガーも真っ青なその投球に、俺は戦慄した。


『え……何これ、怖っ』


 遠隔攻撃でオークの集団を全滅させられるだろう。いや、もしかしたらオークジェネラルにだって致命傷を与えられるかもしれない。

 そんな膂力に驚き、恐怖し、そして期待しながら……俺はヴァローナの下へ戻った。

 途中、川で魚を獲ったが、ヴァローナはやはり食べなかった。

 どうやらヴァローナの舌はオークの味に恋しているようだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 オークジェネラルを倒してから一週間が流れた。

 森から逃げたオークたちが人里を襲わないか心配だったが、森の外でウロウロしていたので、ヴァローナの土産にした。

 だが、そんな事以上の問題。そう、俺たちは新たな問題に直面していた。


『さて、困ったな』

『何が?』


 そう、俺は、、新たな問題に直面していた。


『あんなに頑張って森を解放したのに、誰も来ないじゃないか!?』

『そりゃそうだろう。まだあれから一週間だ。そういうのが獣たちに浸透するのは時間がかかるものだ』

『この前ようやく鹿が一頭、水を飲みに来たのに、声掛けたら逃げられたんだぞ!』

『前提としておかしな話だが、ヒグマが鹿に声を掛けて逃げられるのは当然なんじゃないかね?』

『俺は! 友達が欲しいんだよ!』

『何ぃ!? 神獣であり八咫烏の私では不服と言うのかお前は!』

『違うのがいい!』

『がーん』


 ヴァローナは両頬を押さえ、ショックを隠せない様子だ。

 しまった、言い過ぎたかもしれない。


『ち、違うのいい』

『そういう問題ではないだろう! まったく、軽率な態度は魔獣という称号のはく奪対象となるぞ!』

『え、そんな事あるの?』

『ないと言えば嘘になるな。まぁはく奪は主に全能の神が行う。酷い行いばかりしていると、ある日突然魔力が使えなくなるんだな、これが』


 知識をひけらかす時のヴァローナのドヤ顔は相変わらずだが、そういう事もあるんだなぁ。気を付けないと。ん? 待てよ?


『それって神様が決めるんだからヴァローナへの態度は関係なくない?』

『ぐっ、か、関係ある!』


 嘘だな。

 これは明らかに、構って欲しくて嘘を吐いている目と口調だ。

 ほら、目を逸らした。

 まったく、軽率な態度はこういった神獣さんに言える事ではないのだろうか?


『そ、それで、どうするんだ?』


 話すらも戻したか。


『んー、営業でもかけてみるか』

『えいぎょう……?』

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