019
『おい、本当にやる気かね?』
『やる気も何も、やる気がないとこういう事は出来ないんだよ』
岩陰から隠れている俺とヴァローナ。そこから覗き込むと、遠目に見える無数の白山羊。
俺たちは森を出て、川の対岸の先にある広大な平野に来ていた。
ヴァローナも最初は面白がって付いて来ていたが、途中で俺の案を聞いた時、物凄く不味い物でも食べたかのような顔をしていた。まったく、一体何が気に入らないのだろう。
ヴァローナは羽で両目を覆っているが、俺はそんな事を気にしない。なんたって魔獣だから。
『やぁ君たち! 困っていないかい!?』
顔全体から溢れる爽やかスマイル。白山羊さんたちの目も俺に釘付けだ。
『クマだー!』
『皆、逃げろぉおお!』
『お父ちゃーん! うわーん!』
俺の目は俺の目で、白山羊たちが逃げる姿に釘付けだ。
『こ、こま……って……え?』
『困ってるようだね、コディー君?』
ヴァローナの言葉に、それ見ろといわんばかりのニュアンスが籠められている。俺は涙目になりながらヴァローナを見ると、ヴァローナはうんうんと頷きながら羽で俺の前脚をぽんと叩いてくれた。
『友達が欲しいんだよぉおおおおお!』
『わかってる。わかってるぞ。だから私でいいじゃないか。な?』
『もっと色んな友達と和気あいあいとしたいんだよ!』
『仕方ない。あまりお勧めは出来ないが、一つ手がない訳じゃあない』
『おぉ!』
俺は我がパラダイスの智将ことヴァローナに期待の眼差しを送った。するとヴァローナは、遠くを指してこう言った。
『我々は獣だ。それはコディーもわかっているだろう』
『うんうん』
『獣の世界とはつまり弱肉強食の世界だ。それもわかるな、コディー?』
『うん!』
段々と声の調子を落としながら、ヴァローナは俺の耳元で囁いた。
『では簡単だ。密かにどこぞの獣の巣に入り込み……』
『入り込み?』
『その巣にいる子供を
『駄目ですぅううううううううう!』
俺はバシンと地面を叩き、ヴァローナをビクつかせた。「ひゃん」と言った後、ヴァローナは少しムッとした表情になって俺を見た。
『ではどうする!? 私が考えられる効率的な友達増殖法はこれ以外にないぞ!』
『知るかよ! つーか神獣が子供攫いなんて提案するなよ! ……ん? あ、そうだ! ヴァローナが言ってただろう! あの俺が勝ち取った森には別の獣がいるって!』
俺がそう言うと、ヴァローナは途端に気まずそうな顔をして顔を背けた。おかしい。何故コイツは俺と目を合わせないのだろう。
『む、えっと……あれはだな。わ、忘れてくれ』
『何でだよ!?』
『じ、実はあの森には二匹の獣がいたのさ。しかし、一匹はコディーと会わなかった半年の間で出て行ってしまったんだ』
『じゃあもう一匹は!?』
『目の前にいるじゃないか』
……………………お前かよ!
道理であの周辺で出会うと思ったよ。本当、言われてみればだな。
俺はなんとも言いようのない憤りを感じ、その場で地団駄を踏んだ。世界は何で俺に冷たいのだろう。
俺はその日、その岩場でボーっと虚空を見つめていた。やがて陽が傾きかけ、ヴァローナのくだらないジョークに乾いた笑いで応えていた時、遠くから異音が響いた。
何か木が大きな音を立てて崩れるような、そんな音が響いたのだ。
俺と、そして当然ヴァローナもその異音に向けて首を向けた。
『聞いたか?』
『凄い音だったな』
『行くか』
『様子見だからな』
そんな忠告のようなヴァローナの言葉を聞いた後、俺は音がした方に向けて駆けた。どこかの神獣様は相変わらず俺の頭の上である。
『ったく、緊張感ないな、お前!』
『中々おさまりがいいんだよ、ここ!』
少しは空から様子を見てくれても構わないのに、本当にいざという時にしか動かないよな、コイツ。まぁ、それは性格だからどうしようもないけどな。
『見えた!』
『ありゃ馬車だな。何者かに襲われている。あれは……人間だな。おいコディー止まれ。ただの人間同士の衝突だ』
ヴァローナがそうは言うも、俺は止まっていられなかった。何故なら見えるからだ。鮮血に染まる身体が。何故なら聞こえるからだ。幼い子供の泣き叫ぶ声が。
『お、おいコディー! ……っ!』
ヴァローナは俺の頭から飛び立ち、俺は馬車を襲う野盗のような奴らの前に立った。
「何だぁ?」
俺をいち早く睨んできたのはやたらガタイの大きい男。
「コ、コディアックヒグマだ!」
「用心しろ。下手な魔物より手強いぞ!」
二人の部下のような男が二人。皆顔は目元以外隠しているが、声で男だとわかる。
遠くには甲冑を着た兵士のような人間が何人か倒れ、馬も横たわっている。やはり野盗だな。この野盗たちの仲間であろうやつも何人か横たわっている。
おそらく捨て身覚悟でこの馬車を襲ったのだろう。騎兵が護衛に付いているとしたら、それ相応の身分。金目の物でも狙ったのだろうか。
『っ!』
いや、違う。
金目の物以上のモノを大男は持っていた。男のゴツゴツとした指で乱雑に持たれていたのは、年端もいかぬ子供だった。
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