013

 あれがオークジェネラル。心臓が俺の全身を叩いているのがわかる程の鼓動音。この音がオークジェネラルに届いたら万事休すかもな。

 なるほど、ヴァローナが言っていた事はあながち間違いじゃなさそうだ。

 しかし、俺はこうも思った。勝てない訳ではなさそうだと。

 まずはここをやり過ごさなくてはいけない。

 もしこの場で戦えば、森にいる魔物がこぞってここに集まるだろう。

 そうなった時、俺に勝ち目はなくなる。

 オークジェネラルと戦う時、いかに一対一に持ち込むか。これが重要だ。

 出来ればあの槍も奴から引き剥がしたいところだ。

 ふむふむ…………なるほど。この臭いか。覚えたぞ。


『はぁ~~~……見つからなかったー。よかったよかった』


 オークジェネラルは水を飲み終えると、俺に気付かずそのまま森の中央に向かって歩いて行ったのだ。

 まさか出くわすとは思わなかったけど、なるほどな。だからここの水場には水中にも魔物がいないのか。


『よし、早いところ渡ってしまうか』


 俺は静かに水に入り、泳いで川を渡る。

 ふむ、遠目に森の出口が見えるな。

 一度出てからがいいか? それとももう始めてしまうか?

 いや、外の様子を見ておくのも大事か。そう判断した俺は、静かに、しかし素早く森の外まで出た。


『ははははは、とんでもないな。あの森を通り抜けて来るとは!』


 外へ出ると、岩肌のちょうどいいところにヴァローナがとまっていた。

 なるほど、岩肌のちょうど間という感じで、狭い道だった。

 正に獣道。ここを通ってくるのは人間には難しそうだ。


『オークジェネラルを見かけた時はビックリしたが、まぁなんとかね』


 すると、ヴァローナが目を丸くした。


『よく無事だったな?』

『上手い事隠れたんだよ』

『ふーん、それでどうする?』

『いいかヴァローナ。しっかり見ておけよ? 獣だってやれば出来るってところを見せてやる』


 ヴァローナは薄目に俺を見てニヤリと笑う。あれは絶対に楽しんでいる目だな。生前、良質なC~B級映画を見ている時の友人が、あんな目をしていた。

 まぁ、憎めないやつだし、別にいいけどな。

 俺は身体をほぐしながら、再び森の中へ向かう。

 そして入口付近から、気配を全面に出しながら歩いた。けど警戒を怠る事はしない。いつでも草むらに隠れられるようにフットワークだけは軽くしておかなくては。

 魔物が獣を狩るのであれば、こっち側。何故なら、獣はあえて危険な川を渡ろうとしないからだ。別の目的があるのならばそれは違うが、水を飲むだけならばここで十分。ならば、魔物も川を越えたここら辺で獣を狩るはず。


『ん?』


 正面から気配。この臭いはハイオークか。

 俺はすぐに草むらに隠れ、ハイオークたちは川を渡りこちら側へやってくる。数は五匹か。

 焦るな。獣の特性を十分にかすんだ。

 一匹になった時、背後から確実にこのミスリルクロウで頭を仕留める。

 …………今だ!


「っ!?」

「うぇっ?」


 うおっと。……ふぅ、大丈夫か。危ない危ない。ミスリルクロウのあまりの攻撃力に、思わず声が漏れてしまった。

 四本の爪は見事にハイオークの頭を通り抜け……いや、何でもない。これ以上は、あまり気にしない方がいい。

 俺はハイオークの死体を草むらに隠し、同じ要領で残りの四匹を倒す。

 そして、ヴァローナがいる森の出入り口にその死体を運んだ。


『ハイオークだ。食いたければ食ってもいいぞ』

『ハハハハ、それは助かるな!』


 いつも以上の笑い声を聞かせたヴァローナを横目に、俺は三度森に入って行く。

 そして今度は川で水音を出し、水中の魔物をおびき寄せる。

 モスフロッグやその亜種、鰐のように地を這うアクアリザードもいた。

 それら全てを倒し、死体を持ち外に出る。

 ヴァローナの目の前に死体がどんどん積み重なっていく。


『おいおい……まさかこんな地道な事を続けるつもりか?』

『日本人はな、地道な事を淡々とこなすのが得意なんだよ』

『にほん……じん?』


 首をカタリと傾げるヴァローナだったが、俺はそれに答える事なく、またも森に入って行く。

 オーク、ゴブリン、ハイオーク、ランクCの武装したオークファイターも倒した。

 面白いように不意打ちが決まる。調子に乗って無駄に倒しまくったかもしれない。いやいや、無駄ではない。ちゃんと森の掃除という名目があるのだ。

 獣の世界で生きてきてよくわかった。弱肉強食の世界は甘くない。野で欲しいものは奪い取るしかないのだ。

 俺はこの森が欲しい。それだけだ。


『実に百二十七体のオークたち。そしてゴブリンやらなんやら……まさかここまでやるとは思わなかったよ』


 またデカくなってるな。ヴァローナのヤツ。何か充電完了したみたいなスッキリとした顔をしている。


『まだまだ沢山いるからな。けどこれくらいやらないと魔物をあの森から根絶出来ないよ』

『根絶! ハハハハ! 根絶ときたか! ん? 何をしている?』

『骨を隠してくる。森から出て来た魔物がこれを見つけると面倒だからな』


 俺がそう言うと、身体の大きくなったヴァローナが羽を広げる。


『手伝おうじゃないか』

『……こりゃ明日は雨だな』

『そっちの方が都合がいいんじゃないか?』


 見透かしたようにヴァローナが言ってきたが、正にその通りだった。

 雨が降れば、別の行動に移れるからな。

 翌日……ヴァローナの厚意という名のフラグが現実になった気がした。


『……降ったな。見事なまでの大降りじゃないか、ハハハハ!』


 これはツイている。いよいよ本格的に動けるぞ……!

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