012
『はっはっはっはっは! あの森をいただくか! 普通の獣は、そんな大層な事を考えないぞ、コディー! はっはっはっはっは!!』
ヴァローナは涙を流して笑っていた。俺の背中で。
まるで指定席のように、ヴァローナは背中でくつろいでいる。クマ毛皮百パーセントだ。さぞ気持ちいいのだろう。
『あの森の事よく知ってるんだろ? 教えてくれよヴァローナ』
『はははは。あー、笑った』
ようやく落ち着いたヴァローナ。直後、声を落とし、諭すように俺に言う。
『……悪い事は言わない。命を無駄にするな、コディー』
『そんなに強い魔物がいるのか?』
『ふむ……今のコディーならある程度の魔物は倒せるだろう。しかし、あの森の主は一筋縄ではいかない』
森の主という事は、あの森で一番強い生き物という事か。ヴァローナが何故ここまで詳しく知っているのかわからない。
しかし、有益な情報を持っている事には違いないだろう。
『オークジェネラルという魔物だ。魔王軍幹部の一人、オークキングの右腕だと聞く』
『オークジェネラル……』
確か以前ジジに見せてもらった魔物辞典に載ってたな。
オークジェネラル、巧みな槍捌きのランクA討伐対象。
ジジより強い自負はあるが、ジジはランクCになったばかりだ。つまり俺がどの位置にいるのかというと、冒険者ランクC〜Bなのか、B以上なのかはわからないという事だ。
ランクAの魔物がどの程度強いのか……ここら辺にはランクDまでの魔物しか見かけないからな、いまいち想像がつかない。
『でも、いるのは森の一番奥なんだろう?』
『そうだな。滅多な事がない限り、そこから出ては来ない』
『ならやりようがあるんじゃないか?』
すると、ヴァローナは目を丸くさせて黙ってしまった。
『これだけ言っても諦めないとは、かなり強情なんだな、コディー?』
『まぁ強情ってのは否定しないけど、様子を見て無理そうだったら諦めるって』
『ふむ、コディーが納得するならそれでいいかもしれないな』
ヴァローナはそう言った後、口を結び静かになった。
ヴァローナの懸念と心配も勿論わかる。けど、ジジが旅立った今、俺も冒険をしなければいけないような気がしたんだ。
大丈夫。半年も野で生きた。それでいて人間という過去を持つ俺だ。やってやれない事はない……! と、思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、まずは確認だ。
半年前のあの時も、外にいたのはオーク一匹のみ。
今見ても、外にいる魔物はいない。不気味な程静かだ。
『なぁヴァローナ、やっぱり魔物は外に出て来ないのか?』
『ん? あぁそうさ。
『こちら側?』
『あの森を空から見るとよくわかるんだが、大きな円状になっているのさ。あの川を巻き込んでね。オークジェネラルはあの森の中央に腰を落ちけているはずだ』
そういう事か。これまで川の向こう側は岩肌になっていたが、あの森の中で対岸に出るのか。必然的に水を求める獣が森に入って来る。
そこを魔物たちが狩るのだろう。基本的にあの森の中で水と食料を賄えるんだ。あえてこちら側に出て来る必要はないのだろう。
はて? あの時のオークたちは何故こちら側に来たんだ?
食料を探していたのか? しかし奴らは食べ物を手に持っていなかった。そりゃ俺を見つけた時は追ってきたが、理由は他にあるのかもな。
『……やる事は決まった』
『ほぉ?』
『名付けて。水場にきた魔物の不意打ち大作戦』
『まんまだな』
それ以外にどう言えというのだろう?
『という事は、森の中へ入って対岸に行くという事か』
『そういう事。オークジェネラルが中央にいるのなら、対岸に行く事くらいは出来るだろう』
『さて、そう簡単にいくものかねぇ?』
『え、もしかして対岸って森の中央にある訳じゃないよね?』
『いや、それはないが、上手くいくとは思えないからな』
ヴァローナはそう言うと、『空から見物させてもらう』と言い残し、飛び立ってしまった。
まったく、ちょっとくらい付き合ってくれても……いや、命がかかってるんだ。こんなものか。
『さて、行くか』
俺は一歩前に出て、緑が色濃い森の中に歩を進めて行った。
出来ればこちらからの侵入は気付かれたくないのだが、はてさて?
「ブヒ」
うぉっと。あれはハイオークか?
いきなりランクDの魔物だが、まだ発見されていない。
このままやり過ごそう。出来るだけ風下から……大丈夫、時分の鼻と勘を信じるんだ。出来る。出来るぞ。
『あった、川だ』
俺は川の中に少しだけ顔を付け、中を見た。
なるほど、水の中にも魔物がいると思ったが、正にその通り。
こりゃちょっと大変だな。
川べりをしばらく歩くと、水の中にモスフロッグがいない一帯を見つけた。
モスフロッグの特徴から察するに、おそらくここは他の魔物の水飲み場となっているのだろう。
「っ!?」
瞬間、俺は
身体の全てが反応し、身を伏せながら草むらの中に跳び込む。
「ふしゅ……フシュルルル……!」
そんな声のような威嚇のような音が聞こえた。
おそるおそる顔を出して見ると、そこには成長した俺よりも大きな身体を持ったオークが水を飲んでいた。
黒銀の甲冑を身に纏い、身の丈程の巨大な槍を脇に持っている。
普通のオークより明らかに強い威圧感と身体。
なるほど……あれがオークジェネラルか。
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