010
「はぁ! このっ!」
「甘い。その力じゃ俺には届かない。もっと虚を衝かなくちゃ」
組手中、ジジは俺の指摘により顔をぷくりと膨らませる。
「む~、よっ! はぁ! っ、こうっ!?」
「そう。それだと俺の死角を上手く利用出来てる」
指摘通り虚を衝き、うまく木の枝を俺の腹部に当てたジジ。
最近ジジは、冒険者ギルドでクエストを受けるより、俺との組手をしにくる。
どうやらそちらの方が経験になるそうだ。
俺も成長出来るから全然構わないのだけど、ジジは人間の世界でのけ者になっていたりしないだろうか?
それが不安なのだが、ジジの笑顔を見ると、そんな不安などどうでもよくなってくる。
「んー? どうしたのコディー? そんなにじっと私の顔見てー?」
「いや、気にするな」
俺はそう言って顔を背ける。
「ふーん? そう? それにしてもコディー、本当に喋るの上手くなったねっ。もう私より上手いんじゃない?」
「そんな事ない。これでも結構大変だ」
「そうは見えないけどなー。ま、いいか。それじゃあ今日もジジ先生しちゃうよー?」
「はい! お願いします!」
ジジは雰囲気づくりのために持って来た伊達眼鏡を掛け、くいと上げる。
そう、俺は今ジジに文字の読み書きを教わっているのだ。
まるで人間のような知的欲求にジジも驚いていたが、俺が本気と知ると、ジジは「喜んでっ」と言って快諾してくれた。
獣として生まれた以上、人間の文字の読み書きなんて必要ないかもしれない。
しかし、俺には予感がある。こんな生活が続くのはそこまで長くない。
ジジは冒険者。冒険者なんだ。
ここらの魔物はそこまで強くない。おそらく駆け出しの冒険者が集まる地域なのだろう。それ故、俺も助かった。そういう事だ。
ジジが旅立つ時、俺が付いて行く事はないだろう。
俺がいるべき世界は獣の世界。ジジと生きるのは……俺がよくてもジジが生きにくい。
だからもう少し。もう少しだけこのジジの笑顔を見ていたい。
「こらコディー、ちゃんと聞いてるのー?」
「聞いてる聞いてる。『絵の具で彩られた満漢全席』だろ?」
何だこの問題文は?
「ぬー、ホントちゃっかりしてるんだから、コディーは」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジジと出会って半年が経った。
あれから俺も更に大きくなり、ジジとの組手に明け暮れる毎日だ。
たった六ヵ月だというのに、俺は既に成体のコディアックヒグマと遜色ない程大きくなっていた。
本来成体までは二年程かかるものらしいが、俺は違った。
ジジと共に魔物討伐をして、その分け前でいい物を食べているからかもしれない。もしくは普通のクマより大きめなのか。それはわからないが、生きていく上で、大きな身体は有難いものだ。
……勿論、全てが良いって訳じゃないけどな。
「見て見てコディー! ほら、冒険者ランクCだよ!」
「おぉ! おめでとう!」
「うんうんー! ありがと~っ!!」
そう喜び、ジジは俺に抱きついてきた。
獣が相手だから遠慮がないのだろうが、俺としてはとても満足である。
しかし、これでもうジジがあの町にいる時間も短いだろう。
ジジの話では冒険者ランクCは、冒険者として一人前の証拠。これからジジは大きな町に行き、そこで著名な実力者たちと共に成長し、鎬を削り、名を上げていくのだろう。
「出発はいつだ?」
「……ねぇ、コディー。一緒に行こうよ。コディーなら絶対に上手く出来るって!」
「駄目だ。ジジはジジで、俺は俺で頑張る。そう決めただろう」
俺は
「もう! 何でよ! いいじゃん! コディーのケチ!」
およそヒグマにケチと叫んだ人間がいるかといったら、そうはいないだろう。
「何と言っても変わらない。俺がいるとジジに迷惑がかか――」
「かからない!」
食い気味で言ってきたな。
いつにも増して言ってくるって事は、もしかして出発が近いのかもしれない。
「じゃあ言ってやる」
「どーぞぉ?」
「ジジに付いて行ってな、ジジとパーティを組む連中はいい。その内俺の存在を理解してくれるだろうからな。けど行くところ行くところ、俺という存在を見られたら、前にしたら、人間は一歩引くんだよ。必ずな」
「そんなの時間を掛ければ――」
「それが毎度毎度起こるんだ。ジジはよくても俺が参っちゃうの! いい加減わかれよ」
そう言うと、ジジは目に涙を溜めたまま俺を睨んだ。
しかし涙は流さない。ジジは必死で涙が流れるのをこらえていた。
怒ってはいない。何も言い返せなくて自分に苛立っているのだ。それくらいジジと過ごした半年があればわかってしまう。
「じゃあ約束!」
「何を?」
「私が国を代表するような冒険者になったら、私と一緒に冒険しよう! それだったら誰にもコディーの存在に文句を言わせない!」
……そういう事か。
著名な人間になれば、ヒグマと共に行動しようがそれは冒険者の
ふん、ジジにしては考えたじゃないか。
「わかった、約束しよう」
「っ! うん! 約束!」
そう言ったジジの笑顔は、まるで太陽のようだった。
俺も、この笑顔をまた見るために頑張らなくちゃいけないな。
なるほど、ジジは焦っていた訳で、出発はその翌日だった。
出発の直前、ジジは町の門前に立った。
見送りに来た遠目に見える俺へ、別れの挨拶のつもりなのだろう。
「「いつか必ず!」」
不思議と声が揃ったのは、偶然じゃなく、必然だったのだろう。
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