第317話  危険な山の下り方


「おいっ、クラヴィス! デンテっ! ちょ、待てって!」


 クラヴィスとデンテの崖を登るスピードは犬と言うより山羊を思わせた。

 獣人は魔族とは違った形で暗視の力があると聞いていたが、それだけでは無いだろう。その動きは通い慣れた道を行くが如く淀みがない。


「すぐ連れて戻りますから、クロウ様はベル様についていて下さい!」


 クラヴィスは一瞬後ろを振り返ると、叫んで闇の中へと消えていく。

 登ったは良いが九郎には暗視の能力など備わっていない。だから追いすがろうにも先が見えない。夜の渓谷は灯りが無いと真っ暗闇で、伸ばした手の先すら闇の中だ。

 手首から先は道中に散らばったままなので当然である。


「子供が夜遊びすんにゃ、物騒すぎんだろがっ!」


 暗闇に向かって怒鳴りながら、九郎は少女達の後を追う。

 ベルフラムには頼りになる仲間達が付いているし、何より彼女は『不死者』となっているので心配無い。クラヴィス達の方が余程心配だと言うのに、何故それが分からないのかと、九郎は顔を歪めて走る。


「そーいう『自分だけは大丈夫っ!』って言ってる奴が、一番危なっかしいんだよ!」


 自分の事だけを棚に上げ九郎は叫ぶ。

 クラヴィス達の実力を疑っている訳では無い。彼女達は同年代に比べても、格段に戦闘力があるのは知っている。しかし熟練者でも些細な事で命を落とすのが戦闘だ。年端もいかない少女達が飛び込む世界などでは無い。


(ここに使い倒しても減らねえ命があんだろがっ! ファルアを見習え! 戦闘ばかり学んでんじゃねえっ!)

 

 少しでも危険があるのなら、一番に飛び込むのが自分の役目と九郎は思っている。

『不死』では無く、それどころか自分よりも遥かに若い姉妹に何かあったらと考えるといてもたってもいられない。


 クラヴィス達は崖下までは「毎日通っていた」と言っていた。

 何故この場所に通っていたのかは分からないが、彼女達の動きを見るにその言葉が嘘では無い事は明らかだった。

 しかし現在は『小鬼ゴブリン』の群れが押し寄せている。ファルアが言った悍ましい生態を聞いて傍観できる程、九郎の胆は太く無い。

 九郎は血を滴らせながら恐れる事無く闇を駆け、直後に空を踏みしめ落下していく。

 

(俺が命綱・・付けて崖登りすることになるとは……)


 お約束のように谷底へと落ちた筈の九郎だったが、その体は元の道へと戻っていた。何の意味も無く九郎は血を滴らせながら駆けていた訳では無い。溢した血液は足を踏み外しても直ぐに戻ってこれるようにする為のもの。自分の命は惜しまなくても、登る時間のロスは何より惜しい。

 大胆に闇の中を駆け、時折谷底目がけて足を踏み出し、赤い糸で滑落を逃れる九郎を龍二が見ていたのなら、その重力を全く無視した動きに「TASか?」と呟いたことだろう。


「トライ&エラーは俺の生き様だぜっ!!」


 九郎は闇を抜けて気勢を吐く。

 崖側は真っ暗闇だったが、山側に戻って来ると登り始めた月明かりで眼下を見渡す事が出来た。


(つーか早すぎんだよ! どんな脚力してんだっ!?)


 その月明かりの下でも、素早く動いているであろうクラヴィス達の影は目で追いきれなかった。

 来る時に残した欠片に移動すれば、クラヴィス達に先回りする事も可能だが、それでは混乱の中を全裸で駆け巡らなければならなくなる。

 高身長だから『小鬼ゴブリン』と間違われる事は無いと思いたい。しかし、これだけ人々が犇めき合い混乱している最中に、しかも女を犯す魔物がいる状況下で全裸でいると言うのは変な誤解を生みかねない。


(最悪俺ごと攻撃されかねねえ! ったく……)


 青い月明かりの下、山肌の所々で炎の灯り揺らめいていた。

 炎からは悲鳴や剣戟が響いている。

 暗闇の中での戦闘は、思っていた以上に混乱を生むのだろう。それでなくても戦う力をそれほど持っていない者達が混じる戦闘。聞こえる剣戟の中に同士討ちと思われる諍いの声も混じっており、思っていた以上に現状が悪い方へと傾いているのが伝わってくる。


「くそっ!」


 出来る事なら、あの悲鳴を上げている場全てに駆けつけ助成したい。

 しかし何より大事な者はクラヴィス達や子供達の命であると、九郎は自分に言い聞かせて意識を欠片に切り替えた。


 ――クラヴィス、デンテ! 待てって言ってんだろ! ――


 切り替えて直後、激しく揺れる視界とふよんとした柔らかな弾力を九郎は感じる。

 クラヴィスも随分育ったな――だとか思っている余裕は九郎には無い。

 繋いだ欠片から見えた景色には、九郎も見覚えがあった。

 滑らかに削り取られたような岩は、かつての『来訪者』同士の戦闘の痕。


(つーことはこっちか!)


 九郎は道を外れて一直線に切り立った崖に向かう。崖下を覗くと、思った通り遥か下で豆粒くらいのクラヴィスとデンテの姿が確認出来た。


「ふえ?」

「え? クロウ様!? どこからっ!?」


 いきなり近くで響いた怒鳴り声に、デンテが目を瞠って周囲に視線を彷徨わせていた。驚いた表情のクラヴィスを見上げながら・・・・・・、九郎は再度大声で叫ぶ。


 ――クラヴィス! デンテ! 相談無しに行動すんなってファルアがお怒りだったぜ! でも俺も同じ気持ちだったから一緒に怒られてやんよ! ――


 その声の出元に今度は姉妹も気付いたようだ。


「く、クロウ様っ!?」

「と……クロウしゃま骨になっちゃったでしゅか!?」


 クラヴィスとデンテは胸元で揺れる骨で出来たペンダントを見詰め、驚きの表情のまま固まっていた。


 ――おう! 持たせて良かったGPS付子供携帯! ……てな? ――


 表情は伝えられないが、九郎は最高のドヤ顔で自賛する。

 レイアがあのような目に遭わされ、ベルフラム達も窮地にいたのに気付けなかった九郎は、現在過保護が極まっていた。

 二度と同じ目に遭わせないよう、抜かりはない。

 何より後悔していた欠片の譲渡は、拠点に戻る前から皆に施していた最重要事項である。


 ベルフラムから経緯を聞かされた際には、「そんな所まで主に似なくても……」と思ったが、子供に持たせるGPSとしてこれ程便利な物は無い。

 ベルフラムの一件で死した体も再び予約出来る事を知った九郎は、密かに彼女達の胸元で揺れる骨のペンダントと意識と同調させていた。


 ――プリシラ達を探すのにお前らが適任だってのは認めてやっけどな! 子供だけで夜に出歩かせるのは保護者として見過ごせねえ! ちょっとそこで待ってろ! 直ぐ降りっから! ――


 言いたいことは多々あったが、子供達の為に危険を顧みず助けに向かった姉妹を頭ごなしに叱る事は九郎には出来ない。何せ新たな仲間となる子供の命を鑑みての行動だ。

 甘さの抜けない自分に辟易しながら、九郎は骨を震わせ声を出す。


「直ぐって……今何処に……」

 ――上だよ! 上! あいきゃんふらぁぁぁぁ――


 意識を本体に戻した九郎は、クラヴィスとデンテの姿を確認するやいなや、躊躇う事無く大地を蹴った。


 ――ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ! ごっ! ぶべらっ!? ――


 ベチャ


 夜の山道に赤い花が咲いた。


「クロウしゃまっ!?」


 突然上から声がしたと思った次の瞬間、傍に血みどろの肉塊が降って来て、デンテが目を剥く。初見であればトラウマ間違いなしの光景で名前を呼んで貰えた事に、九郎はそっと胸を撫で下ろす。

 悍ましい姿を何度も見せて来たことが幸いした。

 山頂から滑落した今の九郎は、それはそれでグロかった。手足はありえない方向に曲がり、所々骨が肉を破って飛び出ている。どれだけ鍛えていようとも、人の皮など世界にとっては紙くず同然。腹部は滑落した際の衝撃で破け、内臓が少し零れてしまっていた。


「クロウ様っ! 血! 血がっ!」


 クラヴィスが九郎の姿に慌てふためく。


「んな事はどーでも良いんだよ! 俺の命は『無限』なんだから……つーか、クラヴィス、デンテ! お前らが強くなってる事は百も承知してっがなぁっ! それでも女の子なんだ! 心配すんだろっ! 相手はエロ漫画の王道竿役なんだぞっ!」


 しかし九郎にしてみれば、どれだけ凄惨な姿であろうと無傷と何も変わらない。

 九郎は姉妹の驚き顔に説教しながら体を修復させる。

 ありえない方向に曲がった手足や、零れた内臓が元に戻る様子も、見ていて気持ちの良い物では無いだろう。しかしその辺は我慢してもらうしか他ない。全裸の男が胸元から湧き出すよりかは幾らかマシだ。


「抜け出したのは3人ですから……私達で充分……」


 クラヴィスは胸元の骨のペンダントと九郎を見比べ、項垂れながら尚も食い下がる。その態度には、「手を煩わせたくない」との彼女の心の内が透けて見えた。


(デンテは結構甘えてくれんだけど……クラヴィスはなんつーか、頑な? 出会った頃のベルを見てるみてえなんだよな……)


 クラヴィスは元から思慮深い少女だった。しかし時折驚くような行動に出る。

 その大胆な行動に助けられたりもしてきたが、それでも子供を心配する者の気持ちを分かって欲しいと、九郎は無遠慮にクラヴィスの頭を撫で、そのまま彼女を抱え込む。


「うるせえっ! 子供の夜間の外出には保護者同伴が基本だ! 後でお前ら俺と一緒にファルアの説教だかんな!? 怖えぞっ! マジ、ちびっからな?」

「で、でも! 私達の方が足が速いから……」


 唐突に抱き上げられ、九郎の腕の中でクラヴィスが身をくねらせた。

 ただ力だけなら拠点トップに並ぶ九郎の腕から抜け出すのは容易では無い。


「そりゃあお前らと駆けっこしたら俺はびりっけつだろうけどなっ! ほら、デンテも来いっ!」

「あいっ!」


 脚が遅い事を自覚していた九郎は、クラヴィスの言葉に苦笑しつつデンテを呼ぶ。

 デンテはクラヴィスと違い、呼べば直ぐに九郎の腕の中に飛び込んできた。


「ショートカットありなら俺の方が早えんだよっ! 見てろっ!」


 二人の姉妹を両脇に抱えた九郎は、言って再び体を宙に投げ出す。

 登るとなると仕込み無しでは時間が掛かる九郎も、下りならば他の追随を許さない自信があった。


「あぁぁい、きゃぁぁぁあああんっ! ふりゃぁぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!!」

「や、ゃぁぁぁぁあああっ!!!」

「にゃぁあああああっ!?」


 九郎の降りるは落ちると同義。

 姉妹の悲鳴が九郎の鼓膜を震わせていた。

 デンテの悲鳴に九郎は心の中で突っ込みを入れた。


☠ ☠ ☠


 乾いた地であるレミウス領であっても、夏の季節の一時、しかもピニシュブ湖に近い旧街道沿いでなら木々も枝葉を広げている。

 横に広がる屋根の様な樹木の下、水の入った長靴を踏む音に似た、ギュブギュブと言う耳触りの悪い声に、人の怒号と悲鳴が混じり合う。


「早く進め! 何をしておる!」


 黒塗りの馬車の中から、苛立った声がしきりに響いていた。


「エルピオス様! せめて灯りの魔法の一つでも唱えて貰えぬでしょうか!?」


 アルバトーゼの街の警護を与る騎士団長、バムル・ビアハムは主君と同じく苛立ちを隠さず大声で叫び返していた。その内心では、自分の不運が未だ止まらない事への呪詛の念も混じっていた。


(アルバトーゼに足を踏み入れてからか……吾輩が運に見放されたのは……)


 かつてこの街にエルピオスの使いとして訪れた時には、今の自分の姿など全く思いもしていなかった。

 エルピオスの騎士となり20余年。引退を考え始めていた折に訪れた、バムルにとっての不運の始まり――アルバトーゼ。

 あの日が自分の運命の分かれ道だった事を再び思い出し、バムルは背中に響く声に顔を歪める。


「煽りを食って吾輩までこんな辺境の地に……」


 仕える主人を間違ったと言うのが、バムルの率直な感想だった。

『青の英雄』と知られた『来訪者』と懇意となり、早々教皇の座を頂くと嘯いていた主人の姿が、バムルの脳裏に浮かんで消える。

 近しい者には安寧をと謳われた『来訪者』のお近づきになれば、繁栄など約束されたも同然だとバムル自身も思っていた。

 しかし蓋を開けてみれば、没落も没落。

 王都での華やかな生活は一変し、麦すら貴重な地域への出向。愚痴の一つも吐きたくなる。


「それでもっ! 妹御よりはマシなのであろうか!」


 苛立ちを手近でぶつけるかの如く、叫んでバムルは剣を振る。

 ギュプと短い呻き声を上げて、緑の妖魔が黒い血を撒き散らして大地に転がった。


 あの時の目にした幼い少女は、王都に召還された後、行方不明になり死亡したと伝えられていた。今いるアルバトーゼの街の元為政者だったのだから、噂は他よりも多く飛び交う。


「今朝街を出たと聞いていたが……上手く逃げおおせたのか、それとも今頃『小鬼ゴブリン』の子を孕んでいるのか……」


 あの生意気そうな姫君に比べれば――そう自分を慰めていたバムルは、今日になってに聞かされたベルフラムの生存に嫌気を表し唾を吐く。

 出来れば悲惨な目に遭っていて欲しいが、ベルフラムは手練れそうな冒険者と共にいたと聞いているので望みは薄い。しかし自分が落ちぶれる事になった切っ掛けであり、元凶。不幸になって欲しいと願うのは、間違っていない。

 そんな暗い感情ばかりが頭に浮かんでくるのも、仕方がない――自分に言い訳するバムルの脳裏にも暗い『死』の気配が漂い始めていた。


「伝統ある騎士爵家ビアハムの名誉が『小鬼ゴブリン』よって、潰えるとは……」


 先頭に立ち道を切り開いているからこそバムルには現実が見えていた。

 一匹一匹は雑魚であり、脅威も何も無い小さな妖魔も、この数になると話は別だ。極小の虫けらでも数が纏まれば脅威となるのと同じように、たかだか子供程度の戦闘力しか持たなくても、これだけの数ともなれば、軍でもなければ相手にならない。

 しかも今襲ってきているのは『暴走スタンピート』した『小鬼ゴブリン』だ。魔法一つで蜘蛛の子を散らして逃げると言われた臆病な『小鬼ゴブリン』も、今回ばかりは逃げ惑わない。

 自暴自棄を思わせる無謀な突進を繰り返す『小鬼ゴブリン』を一瞥し、バムルが再び低く剣を構えた。暗い思いを抱えていても、彼も武を志した者。

 戦いの中で死ぬ事の矜持を思い、剣の握りを確かめる。

 とその時、『小鬼ゴブリン』の後方の闇の中から、聞こえない筈の、ありえない筈の男の雄叫びが聞えてくる。


「うっらぁあああっ! やべ!? 下にゴブいんじゃん!? クラヴィス、デンテ、一回放り投げっかんな! ちゃんと受け止めっから大人しくしといてくれよ?」

「そんなっ! クロウ様一人で戦うおつもりですか!」

「デンテやるでしゅ!」

「ばっ! それ以前に俺と一緒に地面に激突したらヤベエだろ! お前らはっ! 自慢じゃねえが俺は華麗に着地を決める自信なんて少しもねえんだ! 元々こうする予定だったんだよっ! 行くぜぇっ! ほ~ら、高い髙~いっ!!」

「~~~~~~~!!!」「ふぁ~~~~~~!!!」


 妖魔が押し寄せてくる闇の奥で響いた人の声。

 よく聞き取れはしなかったが、「高い高~い」と甲高い子供の悲鳴はバムルの耳にもはっきりと届いていた。


 グシゃめきゃゴキクチャ×△□


 その直後に響く形容しがたい音にバムルの背中に怖気が走る。


「丁度良い感じに飛び散ったな! 燃え上がれっ!! 『鳴かぬ蛍サイレントフェアリー』!!!」


 その闇の中で男の雄叫びが再びあがる。

 その声と同時に『小鬼ゴブリン』達の断末魔の悲鳴も上がっていた。

 そしてバムルの口からも怖気の走った悲鳴が漏れる。


 一瞬にして燃え上がった『小鬼ゴブリン』達の中央で、蠢く人の形をした何かが両手を広げていた。

 人の形をした何かと言っても、それはこの世のものとは思えない程禍々しかった。炎の中で揺らめくソレは『動く死体ゾンビ』によく似ていた。

 捻じれて取れかけた首。ぐしゃぐしゃに拉げた腕。飛び出した腸。


 暗闇に慣れた目にいきなり飛び込んできた炎を纏う『動く死体ゾンビ』の姿に、悲鳴を上げない者などいない。

 

 蝋燭の炎のように一瞬にして燃え上がった『小鬼ゴブリン』達は、次の瞬間黒く炭化し崩れ落ちる。


「っと……とりあえず一番遠くに散らばった奴等はそのままにして……っと! おし、露払い完了! よっとと……」


 僅かに燻る炎の灯りの中、その化物は首をコキリとならして一人言ちる。


「……クロウ様も相談無しなこと……多いですよね……」

「で、デンテ空を飛びましゅた……」


 その両手にはいつの間にか旅装束の美しい少女と、まだあどけない少女が収まっていた。


☠ ☠ ☠


「匂いはどっちに続いてんだ?」

「もう少し戻っていると思いますです。あの子達も街の子よりは逞しく育っていたようで……」

「そこは落ち込むとこじゃねえだろ……」

「そんな事より、クロウ様っ! 今も血の匂いがしてますです! お怪我は!?」

「クラヴィスよぅ……お前頭良いんだからそろそろ慣れてくんねえか? 俺は血が武器になんだから、流しっぱなしの方が都合が良いんだよ!」


 遠くに散らばった肉片で新たな境界を造り出しながら、九郎はクラヴィス達を地面に下ろしその頭を軽く叩く。

 怪我も何も、今の九郎の手首から先は道中に散らばったままなので、見た目は常に痛々しい。

 しかしその手首でクラヴィスの頭を小突いても血は一滴も付着しない。

 血液を止める事など、今の九郎であれば造作も無い。


「しくったなぁ……折角飛び出た腸……武器代わりに残しとくべきだったぜ……」


 ありえない事をさも当然のようにのたまう九郎に、クラヴィスは弱り顔を向けてくる。咎めるような視線に、「全裸でなくてもそんな人間攻撃されてもおかしく無い」と気付き、冗談ぽく肩を竦めて九郎は誤魔化す。


「そんじゃ、案内してくれっ! 脚の遅さは全力で頑張っからよ! あんま離れるんじゃねえぞ!」


 なにより言い合っている時間が惜しい。

 かなりの距離をショートカットしたつもりだったが、子供達は既に人ごみに混じってしまっているようで、探す難度が跳ね上がっている。


「ベル様が言ってたです……。クロウ様は誰よりも頑固だって……」

「お前らも大概な気がしなくもねえんだがなぁ……」


 齧りついても着いて行く様子の九郎に、クラヴィスは小さな溜息を吐き出していた。

 九郎を見上げるクラヴィスの目は、無茶を咎めに追いかけてきた九郎が、一番無茶苦茶だと暗に語ってきていた。

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