第316話  死地に向かう


 アルバトーゼの街に向かって押し寄せた『小鬼ゴブリン』の大軍は、津波と見紛う数だった。

 どれだけの数が潜んでいたのかなど、もはや数える気にもならない程。

 かつてジャングルで目にした黒い川――「スケルトンメーカー」を思わせる緑がかった点の群れは、街に向かって雪崩のように押し寄せていた。


「ありゃぁ、もう『暴走スタンピート』状態になっちょらんか……」


 進路を確認し終えて戻ってきたシルヴィアが呟いた『暴走スタンピート』の単語に、子供達の顔が更に不安に陰る。


「平野でかかられたら面倒だったな……」

「オババがヘタってもベル嬢ちゃんもクロウもいんだから、何とかなったとは思うが?」


 そんな子供達を横目にファルアが息を吐き、その呟きに戻ってきたガランガルンが口を挟む。

 あの数であっても何とかなるとの言葉は、ベテランであり数々の苦境を乗り越えてきた彼等だからこそ言える言葉なのだろう。


「ガラン、堀の種類は?」

「言われなくても半壺、逆打ちにしてあんよ。後で毒塗っといてくれ」

「強度は?」

「20で崩れる程度だ。逆打ちもう一段増やしとくか?」


 長年ジャングルで活動してきた彼等は、群れを成す魔物の対処に慣れていた。


 半壺とは鼠返しの様な形の事で、逆打ちとは縁の裏側に棘を仕込む仕掛けの事だ。

 大森林には『小鬼ゴブリン』は元より、猿の魔物も数多く存在する為、その対処法を施したと語るガランガルンの言葉は頼もしい。かつてパーティを組んでいた時、何も知らない九郎に逐一教えてくれていた罠の数々。


 20匹程度が集れば崩れる仕掛けと聞いて、脆く感じるかも知れないが、あまり頑丈に造り過ぎると、逆に無茶な方法で登って来る可能性があり、そう言う相手にダメージを与える狙いがある。いわば堀自体が倒壊罠と言う訳だ。

 ガランガルンの土魔術は派手さは無く、また攻撃力も殆んど無いが、それも使い方次第で、落とし穴や石罠など狩猟罠と組み合わされば、いきなり殺傷能力が跳ね上がる。


 一匹一匹は弱い魔物。それは大量に湧き出る虫や蛭を退けるのと左程変わらない。

 彼等は『生き延びる事』に特化した冒険者。個々の強さは英雄クラスに及ばなくても、窮地を逃れる術を数多く持っている。

 ただその頼もしい言葉に、息を吐き出す子供達の数は少数だった。


「街は大丈夫なんか!? ファルアッ! ガラン!」


 子供達が声に出せずにいる言葉を、九郎は代わって問い尋ねる。

 どれだけ大量にいようとも、かつては九郎とベルフラムの二人だけでも退ける事が出来た魔物。頼もしい仲間達がいる今、遅れを取る気は九郎も無い。

 しかし街の人々はきっとその限りでは無い。彼等も『小鬼ゴブリン』を雑魚と見做していたが、それは数匹ならではの話だ。

 山から下りてきた『小鬼ゴブリン』達。その数は膨大で、遠目には街を飲み込むかに映っている。


「どうだろうな……。街の人口が1万ちょいと考えると……戦えるのは3000が良いところか?」

「石壁ってのがなぁ……防衛戦には向く造りだが、ありゃあ獣を想定して造られてるみてえだから、『暴走スタンピート小鬼ゴブリン』相手じゃマズイ気がすんぜ」

「じゃが街中には『魔法使いソーサーラ』もおるじゃろう? 壁の魔法を使えば、勝手に自滅せんかの?」

「北側から来やがったのがちとヤベエ気もするな……」


 皆の注目に頭を掻きむしりながら、ファルアが呟きシルヴィア達と分析している。

 北側にエーレス山脈を望んでいたアルバトーゼの街は、対人を想定しておらず、猿に近い姿形の『小鬼ゴブリン』相手には辛いだろうと言うのが冷静に下した判断のようだ。


「じゃあっ!!?」


 濁流のように壁に激突して進路を変える黒い影を睨みながら、九郎は再び答えを求める。聞きたいのはそう言う言葉では無い。

 たった一言、「大丈夫」と言って貰いたくて叫んだ問いに、ファルアは困ったように眉を下げ、肩を竦めた。


「まあ大丈夫だと思うぜ? どれだけの使い手があの街にいるかが分かんねえから断言できねえケド、『小鬼ゴブリン』自体は雑魚に違いねえからな。

暴走スタンピート』ってのは数が増えすぎてにっちもさっちも行かなくなった末に起こる状態の事だが、逆に言うと冷静さが欠けちまってる状態だ。もともとアイツ等は頭もあんまし良くねえが、『臆病』だからこそ面倒な部分がありやがる。しかし見ての通り、今のアイツ等は食欲だか性欲だかで暴走・・しちまってっから、俺らみたいな搦め手が得意な野郎が200人もいれば、どれだけ数がいようとも持ちこたえられるだろ。だから――まあ、指揮官がしっかりしてりゃ……心配ねえさ」


 その言葉を聞いて子供達も皆胸を撫で下ろしていた。

 彼等も何年も暮らした街であり、孤児と言う事で冷遇されていたとしても、知己も友人もゼロでは無い。今生の別れのつもりで街を後にしていたとしても、死別などとは思ってもいない。


 一行の中で一番偉そう(怖そう)なファルアがそう言った事で、緊張していた空気が少し緩む。


「おいおい、俺らの方が今後面倒になる可能性が高えんだ。息を吐いてる暇なんてねえぞぉ? おら、クロウ! 腕だけ貸せ! んで荷物まとめとけ! おい、ガラン! いつまでのんびり眺めてやがる!」


 その緩んだ空気を引き締めるようにファルアの怒鳴り声が木霊した時、ガランガルンが眼下を見下ろし顔を顰めた。


「おい、やべえぞ……どこの馬鹿か知らねえが、南門開け放ってやがる……、んだぁ? おい、兵士共連れて逃げようとしてる奴がいんぞ!!?」


 信じられないと目を瞠り、先程の九郎達よりも顔を強張らせたガランガルンの視線の先には、立派な黒塗りの馬車が映っていた。


☠ ☠ ☠


 想定外の場所に開いたダムの穴。

 一度亀裂が入った壁は、どれだけ頑強に出来ていたとしても、瞬く間に崩れていく。


「馬鹿じゃ無いの! 一体何を考えてるのよ!!」


 ベルフラムが見覚えのある黒塗りの馬車に、悲鳴のような悪態を吐く。

 何人もの兵士に守られるようにして出てきた立派な馬車。

 かつて九郎も乗った事のあるその馬車の屋根には、レミウス家の紋章がたなびいていた。


「『小鬼ゴブリン』より臆病なお貴族様ってのは、笑い話の中だけだと思ってたぜ……」


 苦虫を噛み潰したような表情で、ファルアが呟く。


「とっとと門を占めりゃまだ……」


 ガランガルンの祈るような呟きがそれに続く。

小鬼ゴブリン』の大軍の話を聞いて、臆病風に吹かれたのだろう。

 街の為政者がいの一番に逃げ出した事は問題だが、恐怖に駆られて逃げ出したのが彼等だけならそこまで戦力の低下には繋がらない。

 兵士を連れ立っているが、目算では200人の手練れがいれば防ぎきる事も可能な街。冒険者の数が2000人程と考えれば、そこまで慌てる物でも無い。


「ッ! ありゃあ駄目だ。引きずられちまってる奴らがいやがる……」


 しかし一度狂い出した歯車は次から次へと問題を引き起こす。

 為政者が逃げ出した事で市民が恐慌状態に陥ったのか、南門から人影が次から次へと溢れていた。


 こうなるともう門は閉まらない。

 今はまだ北側の壁に目を向けている『小鬼ゴブリン』達も、いずれ東や西へと散開して南門に行きつくだろう。

 安易に予想できる最悪の事態に九郎の顔が青ざめる。


 どうにかならないのか――九郎が望みを託してファルアの顔を見やると、その口からは非情な言葉が紡がれた。


「ありゃあもうどうにもなんねえ。素人どもがパニックになりやがったら、もう防御戦もへったくれもねえ。魔法も打てなくなっちまうし、飛び道具どころか剣も振り回せなくなっちまう。ま、仕方ねえわな。身内の裏切りで戦線が崩壊することなんざ、珍しくもなんともねえ」


 吐き捨てるように淡々と紡がれた言葉に、子供達の顔が悲痛に歪んだ。


「ちょっと、待ちなさいっ、プリシラ! デンテ、捕まえて!」

「離してください、デンテさん! あの街にはまだっ!」


 街に残した親しい誰かを思い浮かべたのだろう。

 先と打って変わって残酷に響いたファルアの言葉に、誰もが最悪を想い描いていた。

 デンテに抱きすくめられて暴れる少女を一瞥し、ファルアが眉を顰めて愚痴を吐く。


「ちっ……こっちに向かって来やがる……。『小鬼ゴブリン』共まで引き連れやがって……。おい、急がねえと俺らも面倒に巻き込まれんぞ?」


 黒塗りの馬車は新街道では無く、旧街道を目指していた。

 平野で大軍に襲われる事を嫌ったのだろうが、馬車で山道を登るなど、常識外にも程がある。その後ろに大量の民衆が群れをなし、逃げ出した為政者に縋るかのように続いていた。


 着の身着のままの者もいれば、家財道具を荷車に積んだ者も。家畜を引きつれた者、荷物を抱えた者。赤子を抱いた母親や、のろのろ杖をついて進む老人。

 遠目にですら識別出来る人影の多様さは、それだけで混乱をあらわしている。

 墨を溢したかのように街から広がる民衆は、怒声や罵声、悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。


「あいつら馬鹿じゃねえのか? わざわざ入口知らせやがって……。家畜なんざ連れてたら餌蒔いてるようなもんだろうに……」


 苛立った様子でガランガルンが唾を吐く。

 馬を繋いだ荷車や、豚や羊の群れも混じり、群衆の逃走は遅々として進んでいない。その苛立ちが罵声と怒号を呼び込み、結果『小鬼ゴブリン』達をも呼び込む結果になる事など見なくても分かる。


 夕陽に照らされ赤くなった麦畑に幾つかの火柱が上がる。

 誰かに雇われた護衛の冒険者が魔法を放ったのだろう。

 南門に近付いてきた『小鬼ゴブリン』を撃退するための物なのだろうが、突然上がった炎に、敵に見つかったと言う事実に、群衆は更に大きな悲鳴を上げる。


「なんとか――」


 あの場所で誰かが襲われている。

 九郎の口から零れた悲痛な声に、ファルアは冷え冷えとした声で言い放つ。


「助けられねえかってか? 無理だ、諦めろ。見ろよ。あんなに広がっちまってんだ。お前は一体誰を助けるつもりなんだ? 足手纏いでしかねえ、むしろ邪魔にしかならねえ。見ず知らずの奴らに俺らが命を張る意味はどこにあんだ? 他人を庇って仲間を危険に晒してえのか?」


 その言葉は九郎の心の中を冷たい現実で満たして行く。

 自分の守れる範囲が狭い事を嫌程思い知ったのはつい数か月前だ。

 九郎が誰もを守れる程強ければ、ベルフラムは『不死』になど成っていなかっただろうし、それ以前雄一を仕留め損ねてレイア達を苦境に落す事も無かった。


(前に選んでただろっ! 王都を破壊し尽くした時、俺は……)


 炎に巻かれ逃げ惑う人々の声を耳にしながら、「知った事か」と無視してきたのはそれが分かっていたから。見ず知らずの他人の命よりも大事な人を優先したから。


 なのに今になって誰も彼もを助けたいなど、虫が良すぎる。

小鬼ゴブリン』達が脅威でないと言う言葉は、仲間達がいてこそ言える言葉だ。

 戦えない小さな子供達を伴っていても、やり過ごす事が出来ると胸を張ったファルアの表情に揺らぎは見えない。更に混乱した状況の中で、仲間と護衛対象を守る為の策略を、再び修正して練っているのだろう。

 適切に人が動けば守りきれると言った直後に街が窮地に追いやられているのは、一部の人間の勝手な行動が招いた結果。

 今自分が助けに向かえば、逃げ出した為政者と何も変わらない結果を招く。


「…………リーダー指示をくれ……。俺はどうしたら良いんだ?」


 僅かな間逡巡し、九郎はしぶしぶ頷く。

 納得出来るかと言うと、出来ない部分も残っていた。しかしそれでも選ばなければならないのなら、大事な身内を優先させる。仲間を犠牲にしてまで助けたい他人の命などありはしない。


「暫く休憩した後、様子見て出発だ。崖崩れの部分がありやがるから、ガキ共の体力を回復させなきゃなんねえ。予定ではお前に担がせていくつもりだったが、『小鬼ゴブリン』が来てるとなりゃ、お前は殿だ。代わりにガランの土魔術で道を作る。任せられるな?」


 不承不承との気持ちが顔に現れていたのか、ファルアは九郎の顔を覗き見て念を押した。その「大丈夫かよ?」と言いたげな視線に、九郎は無言でもう一度頷いた。


☠ ☠ ☠


「落ち着きなさいっ! 死にたいのっ!?」

「離してくださいっ! お嬢様がっ! 旦那様がっ!」

「貴方方が今戻って何になると言うのです! 静かにしなさい、エレン!」


 納得は出来なくても無理やり納得させていた。


「静かにしないと私達まで危険になるの! 黙ってて!」

「だってクラヴィスさん言ってた! ベル様は凄いんだってっ! 魔法でどんな敵でもやっつけられるって!」


 しかし無理やり納得出来たのは、現実を分かっている者達だけであり、今朝街を出てきたばかりの子供達にそれを求めると言うのは酷な事。

 見送りに来てくれた、今迄自分を育ててくれた恩人が襲われている。

 それを見捨てて逃げる事を純粋な子供心が許しはしない。


「ならあなた達が向かって何をしようというの!? 運よく助かる命を無駄にしたいの!?」


 子供達の無責任な言葉に、クラヴィスが苛立った様子で声を荒げる。

 ベルフラムには夜道を照らす役割がある。

 闇の中の崖道を進んでいる今、彼女がここを離れるわけにはいかない。

 そんな事も分からないのかと語気を強めたクラヴィスの肩に、ベルフラムの手が置かれる。


「今クロウが助けを呼んでるわ。だからもう少し我慢して……。そうすれば私も手が空くから……」


 クラヴィスを嗜めるように首を横に振り、ベルフラムは静かに言いやる。

 縁と言う意味ではベルフラムはもっとも街との繋がりが深い。

 それに感情的にはどうであれ、子供達が拘る縁を結んだのはベルフラムだ。身内より数段下になるとは言え、関係無いと突き放せるほど彼女は冷淡では無い。


「すまねえ、アルト。急いでくれ。ミスラ、受け入れの準備を宜しく頼む!」

 ――任せてっ! 直ぐいく! カクさん砲準備よ~しっ! ――


 それは九郎も同様であり、彼女以上に他者の命に価値を見ている。

 身内と比べれば低い価値でも、自分と比べれば遥かに貴重な命。仕方ない、どうしようもないで諦めきれるほど安くも無い。


 ――いくら『暴走スタンピート』状態とは言え、サクラさんの……いえ、『ライア・イスラ』の脅威に『小鬼ゴブリン』が耐えられるとは思いません。湖の近くまでくれば『小鬼ゴブリン』の追撃は止むと思います。そこまで誘導してもらえれば……今船を準備しておりますので……――


 九郎と同じく他者の命に限りない価値を見出す者。アルトリアとは対照的に、ミスラの声は心なし暗かった。島の運営を与る彼女は、何か別の問題を懸念しているようにも聞こえる。


「すまねえ、助かる! っと『冷たい手ウォームハート』!!」


 しかし今それを尋ねる余裕はない。

 徐々に近づいてくる人の諍いの声に、『小鬼ゴブリン』のギュブギュプと言う特徴的な声が多く混じっている。

 悲鳴と怒声が混じった声を欠片で感じて九郎は『冷気』を迸らせる。


「クロウしゃま……手が……」


 離れた意識下で自分を踏んだ『小鬼ゴブリン』の足が凍りつき崩れたのを確認していた九郎の背中に、デンテの涙交じりの声が掛かる。

 何度も何度も両手を擦りおろし、いまや九郎の両手は存在していない。

 九郎の血肉は、点々と辿った道にばら撒かれたままだ。

 逃げ惑う人々を導くかのように残した肉片は、誘導灯のように赤く禍々しい色で輝き、時に『小鬼ゴブリン』を撃退していた。

 どれだけの人がこの欠片が『小鬼ゴブリン』しか攻撃していない事に気が付くのか――多くが気付く事を願わずにはいられない。


「デンテ、心配いらねえぜ? 俺はこの通りピンシャンしてっしな」


 心配気な目を向けてくるデンテに九郎は片目を瞑って強がる。

 暗闇で脂汗が見えていない事を願いながら、ニィっと笑った九郎に、デンテは尻尾を下げてスカートの裾を握りしめていた。


☠ ☠ ☠


 問題が起こったのは夜中をさしかかる頃だった。


「……プリシラ、カイル……エレン」


 ベルフラムが眉を下げてその名を呟く。

 無理やり押さえつけて大人しくさせていた子供達の内3人が、いつの間にかいなくなっていた。

 おりしも崖を降りるため、誰もが慎重に息を潜め各々のやるべき事に集中していた時だった。


「申し訳ありません! 私が探して――」

「待ちなさい、レイア! 貴方の視力じゃ探せないわ!」


 子供達の傍にいたレイアが責任を感じて動こうとするのを、ベルフラムは強い口調で封じ込める。

 目端の利くファルア達冒険者が、安全を確認しており、クラヴィス達もそれに付き添い下り易い道を探していた。ベルフラムは灯りの魔法でそれを補助していた為、子供達を見ていたのはレイア一人だった。

 しかしレイアの視力は弱い。大勢の子供達の中、ひっそりと抜け出す数人に気付かなかったのも仕方がない。


「俺が探しに行く! ここを下ればもう湖まですぐそこだ! ファルア、良いだろ!」


 人数の少なくなった子供達に、九郎が青ざめた顔で願い出る。


 九郎は遥か後方で一人『小鬼ゴブリン』を押し止めており、後ろからひっそり抜け出す子供達には気が付かなかった。

 気付けなかった自分に責任があると言わんばかりに頭を下げた頼む九郎に、皆が言葉を出せないでいる。


「わざわざ死にに行ってどうなる!?」と咎めた筈なのに、それでも行ってしまった彼等に小さな怒りと諦めの心境が覗いていた。

 勝手な行動が他者を『死』に向かわせるのを目にした筈なのに、それでも居た堪れず自分勝手に行動した子供達。

 特に冷静なファルアとクラヴィスの顔には「見捨てて行くべき」との言葉が浮かんでいる。

 子供達は10歳から14歳。子供の年齢ではあるが、分別はつく年頃だ。

 自分の意思を尊重した結果がどんな結末を迎えようとも、自己責任と言えなくもない。

 

「なら私も……」


 ベルフラム自身も僅かにそう思う気持ちはあったが、口を突いて出た言葉は別だった。

 子供達の命を心配する気持ちもあるが、それ以上に九郎の想いに沿いたい気持ちが大きかった。

 僅かでも言葉を交わせば九郎は情にほだされる。

 命の選択を強いられ自らの思いを呑み込んでいても、彼のお人好しが変わるものでは無い。

 そのお人好しさに救われ今の自分がいるのだから、ベルフラムは九郎の想いを出来る限り尊重すると決めていた。


「駄目だ。嬢ちゃんの魔法の腕は知ってるが、動きはクロウ以下じゃねえか。それにこの先、灯りの魔法は必要不可欠だ」


 しかしファルアが冷徹な声でベルフラムの言葉を却下した。

 以前この場所を通った時も、ベルフラムはデンテや九郎に担がれていた時が殆んどだった。成長していない今の自分では、かつてと同じ事を繰り返してしまう。


 ファルアの言葉以上に過去を思い出してベルフラムの顔が曇る。

 子供達を探しに向かうにしても、自分が最初から荷物となっては意味が無い。


「じゃあ儂が……」

「シルヴィも駄目だ。この先滝でもあってみやがれ。落下制御の魔法が必要になるかもしれねえじゃねえか。何よりシルヴィも夜目が利かねえ。どうやって探すつもりなんだよ……」


 ベルフラムに変わってシルヴィアが手を上げようとして、即座にファルアの待ったがかかる。

 この中で夜目が利くのは数人しかいない。

 灯りも無く子供を探すには、明らかに無理が多い。


「だからってこのまま放って見捨てんのかよ! 他人なら! 知らねえ誰かの命なら、俺はお前らの命を優先させっぜ? でも……もうあいつらは他人じゃねえじゃねえか……。一日一緒に旅して……言葉を交わして……笑い合って他人だなんて俺は言えねえっ! なあ、ファルア! お前なら俺がいなくてもこいつら無事に送り届けられるだろ? 頼むよ……」


 誰もが残酷な選択を飲み込もうとしていたが、九郎だけは頑なにそれを拒んでいた。僅か一日の付き合いで命の価値が跳ね上がる。そう言う男、そう言う性格だからこそ、自分達は九郎に信頼を置いている。


 誰もが九郎の矜持に心を揺り動かされたその時、小さな影が二つ動いた。


「私達が探して来ます! どのみちこの先は私達も知らない道です。役に立てる事はありません。大丈夫です、私達は夜目も利きますし『小鬼ゴブリン』と戦った事もありますです! ベル様は先に戻っててください!」

「匂いですぐ見つけてきましゅ!」


 切り立った崖をスイスイ登りながら、クラヴィスとデンテが駆け出していた。


「おいっ! ちょっ……くそっ! どいつもこいつも……お前の自棄が伝染してんじゃねえかぁっ、クロウ! くそっ……行って来い! 連絡切んじゃねえぞっ! あと、あいつら覚悟しとけって言っとけ! クソッたれ! クロウ……優先順位……間違えんじゃねえぞぉっ!」


 渓谷にファルアの苛立った叫び声が木霊する。

 その言葉が言い終わらない内に、九郎の手首の断面から赤い光が立ち昇り、崖の上へと伸びていく。


「頼りにしてんぜ、リーダー! 皆……死ぬんじゃねえぞ!!」


 重力に逆らって弾丸のように崖の上へと引っ張られていく九郎の叫びが、渓谷に響き渡っていた。

 死地に向かっているのは自分だと言うのに、その声にもその言葉にも、自らの死は欠片も考えていない。それは誰の耳にも明らかだった。



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