第313話  蛇蝎の如く


「へ? 『小鬼ゴブリン』?」


 侮っていた訳では無かったが、意外な魔物の名前に、九郎の口からは間の抜けた声が出ていた。ファルア達熟練の冒険者が嫌気を見せる存在と『小鬼ゴブリン』の名がどうしても繋がらなかった所為だ。


 九郎が『小鬼ゴブリン』と戦った機会は一度だけだったが、彼等がそこまで嫌がる魔物には思えなかった。九郎の中で『小鬼ゴブリン』とは、雄一に『大地喰いランドスウォーム』の撒き餌代わり使われた憐れな生き物と言う認識だった。

 錯乱して攻撃してきたのを数体纏めて倒したりもしていたが、脅威は少しも感じず、この辺りでは一番の雑魚と呼ばれていた『弾丸兎バレットラビット』の方が余程強敵に思える。

 あの時の数は脅威ではあったが、それもベルフラムの炎の壁の魔法を越える事も出来ず、自ら崖下に飛び降りて言ったくらいの体たらく。間違ってもファルア達が遅れを取る相手には思えない。


「なんじゃ? コルル坊は分かっちょらんみたいじゃの。ガラン坊説明してやっとくれ」


 拍子抜けしたような顔をした九郎を見咎め、シルヴィアが呆れた様子で溜息を吐く。本人は名前すら口にしたくないのか、眉の皺が見た事もなくらい深い。

 話を振られたガランガルンは、一瞬嫌そうな顔を顰め、シルヴィアと同じように大きな溜息を吐き出し口を開く。


「あのなぁクロウ……。俺ら冒険者は魔物を狩ってオマンマ食ってる。それは分かるよな? 『小鬼ゴブリン』を見た事は? まあそりゃ当然あるか。んでだ。見た事あるなら分かるだろ? あいつら全く金にならねえって……」


 ガランガルンの言う通り『小鬼ゴブリン』は子供程度の大きさの緑色の生き物だった。醜悪な顔の妖精と言った感じであろうか。どの部位も何かに使えるようには見えず、かと言って数だけは大量にいたので面倒臭いと言われれば、納得もいく。


「金にならねえだけなら別にいいんだ。だがな、クロウ? あいつらは俺らの飯のタネまで食い尽くしちまう」


小鬼ゴブリン』が嫌われているのはそれだけでなく、『冒険者』と獲物が競合しているのも理由にあるようだった。

 魔物を狩って生活している『冒険者』からしてみれば、貴重な獲物の価値も分からず食い尽くしていく『小鬼ゴブリン』は、商売敵でもあると言う。


 確かに彼等の対場からしてみれば、それは由々しき事態だろう。

 しかし、魔物が多く住まう土地で『小鬼ゴブリン』が魔物を減らすのであれば、それは他の人からすればありがたい事なのではないだろうか。

 九郎がそう思い口を開きかけると、ガランガルンは一瞬女性陣に目を向け、苦み走った顔で続けた。


「それだけじゃねえ。『小鬼ゴブリン』は雌なら何でも犯して繁殖しやがる。あいつらはな……小せえけど……悪魔なんだよ」


 悪魔――耳慣れた単語に九郎がファルアに視線を向けると、ファルアが凶悪な顔で睨んで来る。言外に「一緒にするな」と言いたげな顔だが、九郎からしてみればファルアの方が余程怖い。

 口元を引くつかせた九郎を睨み、その後ファルアは肩を竦めてガランガルンの言葉を引き付いだ。


「ちっ……テメエ何考えてんのか丸わかりだぜ……後で説教な。まあ魔族の姫さん達がいっから聞いて無かったか。外の世界から来たおめえと俺等じゃ認識が違うかもしれねえが……」


 ギロリと目を剥きファルアが九郎に向く。


「クロウ……お前が考える『悪魔』ってなんだ?」

「ん~? なんてーか、神様の敵って感じ?」

「まあ大体違いはねえみてーだな。ならおかしいと思わねえか?」

「へ? …………あ!」


 九郎が何気なく言った言葉にファルアは鷹揚と頷き問いかけてくる。

 意味が分からないと一瞬首を傾げた九郎も、自分の言葉の奇妙な点に思い当たる。


 九郎も耳にタコが出来るくらいに聞かされてきた、この世界の成り立ち。

 神に認められた者・・・・・・・・しか存在しない世界に於いて、神の敵がいることの可笑しさ。


「じゃあ……『小鬼ゴブリン』ってどうやって存在してんだ?」

「お? やっと分かって来たか?」


 ファルアは片眉を上げて、九郎の思い至った考えを暗に肯定してくる。

 どうして『小鬼ゴブリン』は悪魔と言われているのか。

 強くも無くそれどころか臆病そうにすら見えた緑の妖魔達が、なぜそこまで嫌われているのか。


「飯時に話す内容じゃねえ気がするなぁ……」


 九郎が更に尋ねようとすると、ファルアは頭を掻きながら言い辛そうに眉を顰めた。


「クロウ……『小鬼ゴブリン』の繁殖方法は知ってるか?」

「いや……さっきガランが言ってたじゃねえか。どんな生き物でも孕ましちまうって……」

「それがおかしいってんだよ。『小鬼ゴブリン』が孕ませたメスは『小鬼ゴブリン』しか生まねえ。それが牛であろうが山羊であろうが『小鬼ゴブリン』しか生まれてこねえんだ。どう言う意味か分かるか? あいつらの増え方は命を介しちゃいねえんだ」


 聞く所に因ると『小鬼ゴブリン』の増え方はジガ蜂のような『寄生』に近かかった。他の生き物の雌の子宮を仮宿として種を植え付け、一方的に生まれてくるのだと言う。しゅが違っていても関係無く、肉の部屋さえあれば事足りる、いわば女性の尊厳の乗っ取りとも言える悍ましい繁殖方法。


 シルヴィアが嫌気を表した理由も納得が行く。

 エロ漫画で良く見られる『小鬼ゴブリン』の繁殖方法も、改めて聞くと恐ろしい事この上ない。


「奴らは雄しか存在しねえって言われてっが、増え方が歪すぎんだよ。母体の因子を必要としてねえ。卵産みつけてるようなもんだ。雄しかいねえのによ? 雌雄同体てな意見もあるが、雄は大体餌とされちまうから、やっぱ雄だろってのが一般的な見解だ。だから『小鬼ゴブリン』は嫌われてんだ。この世界の『存在』を食い尽くしちまうからな」


 ファルアはそう言って眉を顰め、肩を竦めた。

 話を纏めると『小鬼ゴブリン』はその存在自体が歪な魔物と言える。

 命の廻りで成り立つアクゼリートの世界に於いて、世界の不変の『理』を介さず数を増やす生命体。神に認められていないにも拘らず、他種族を食いつくし世界のリソースを奪う生き物。『小鬼ゴブリン』はこの世界の侵略者と言う位置付けだった。


「『悪魔』つーのはな……この世界の『理』から外れちまった輩の総称だ。『小鬼ゴブリン』にゃ内臓も脳もある。心臓刺せば死ぬし、足ぶったぎりゃ歩けなくなる。そう言った点は俺らとなんら変わんねえんだけどよ……ありゃ、この世界ににゃいちゃいけねえ・・・・・・・生きもんなんだよ。お前も俺の事悪魔、悪魔言うけどよ? あれ『魔族』相手にゃぜってえ言うなよ? 殺されても文句言えねえんだからな?」

「すまねえファルア……これからは893に留めとく……」

「ぶっ殺すぞ……くそっ……テメエにゃこの脅しが効かねえから調子狂うな……」


 ファルアは最後に忠告すると、げんなりとした顔で食事を再開していた。

 魔族が他種族よりも『母親』に拘るのは、姿かたちがどれだけ異形であろうとも、母から生まれてきた事を心の拠り所にしているから。

 ゲームや漫画で育った九郎からすると、『悪魔』はそこまで否定的な存在では無かった。厨ニ的な考えからしてみると、神よりも余程慣れ親しんだ存在とも言えた。

 しかしこの世界に於いて『悪魔』とはある種の禁忌タブーである事を知り、九郎は素直にファルアに頭を下げる。


「じゃあ増えてちゃまじいんじゃねえの?」


 言わば世界の敵とも言える魔物『小鬼ゴブリン』。九郎が不安気に皆を見渡すと、ファルア達冒険者一同は揃って眉を顰めていた。


「まじいのはまじいんだが……」

「言った通り『小鬼ゴブリン』退治にゃ得るもんが何もねえから……」

「儂等も見かけたら放っておかんがの……」


 同じリソースを奪い合う相手であるが、あまりに『小鬼ゴブリン』退治には旨味が無い。増えているからと言っても、相対しないかぎりわざわざ探し出して倒す事もまた労力に見合わないのだと、3人の表情が語っていた。

 ガランガルンがチラリとベルフラムに視線を向けぼやく。


「まあ……『小鬼ゴブリン』退治にゃ、領主や町長が依頼を出すってのが、一般的なんだわ。アイツラ自体は弱えからそこまで脅威じゃねえんだけど、数が増えっと途端に面倒臭くなりやがっから……」


小鬼ゴブリン』自体は弱い。九郎が感じた通り、雑魚の中でも雑魚と言う位置付けであり、1対1なら戦闘経験の無い者でもそこまで脅威では無いと言う。

 しかし増え方が歪で悍ましく、放置しておくとどんどんと数を増やして来る。害獣であっても肉にも毛皮にも使えない。九郎はそれらの説明から、田舎の猿を思い浮かべた。ただ悍ましさはその比では無い。

 放っておく訳には行かない。しかし全く益も得られない魔物を狩る余裕は、冒険者に無いのも事実。ガランガルンの言う通り、街の責任者が懸賞金でも掛けなければ、数は増える一方である。


「あいつは……放っておくでしょうね……」


 ガランガルンの視線の意味に気付き、ベルフラムは俯きながら呟く。

 僅かな血のつながり以外無く、今や関係もすっぱり切れた兄であっても、元の為政者との立場が顔を曇らせたのだろう。


 この街の今の為政者であるエルピオスが、『小鬼ゴブリン』退治に金を出すとは九郎にも思えなかった。会った事も無い妹ですら自分の出世の為に使おうとした輩である。街の為に自身の財を使うとは考えにくい。


「ま、2、3日の滞在なら問題ねえだろ。クロウ、姫さん達には連絡しといてくれ。心配しなくてもあっちの面子がいりゃ、万の『小鬼ゴブリン』が出たって平気だろうがな。つーかあいつら基本臆病だから島に近付かねえと思うが……」


 難しい顔で考え込むベルフラムを眺めていたファルアは、そう言って引きつった笑いを溢した。


 本能が原始的になればなるほど、『ライア・イスラ』の存在に怖気付く。

 ピニシュブ湖に降り立った時にも警戒していたが、あの湖にいた多くの魔物は『ライア・イスラ』の存在に怯え、姿を見せなかった。

 かつてレイアを湖の底に引きづり込んだ『吸い込む岩インフェイルロック』も、九郎のトラウマである『蝕肉蛭エクリプスリーチ』も湖底深くに身を潜め、全く襲ってくる気配が無かった。


 またファルアの言うように、『サクライア』に残っている面子であれば、万以上の『小鬼ゴブリン』でも心配は無用に思える。

 広域殲滅を得意とする龍二や、『来訪者』に比肩しうる実力を持つカクランティウスとアルトリアを相手に出来る戦力など、考えもつかない。アルフォスやベーテが空から哨戒している現在の『サクライア』は不落の要塞と言っても過言では無い。


「心配しなくても、俺らも『小鬼ゴブリン』程度に遅れを取る気はねえよ」

「ああ……頼りにしてんぜ……」


 九郎の不安を感じたのか、ガランガルンが飯を詰め込みながら片目を瞑る。

 現在5人の女性を伴っている者からしてみれば、『小鬼ゴブリン』の話は当然不安を感じてしまうだろうとの心配りに、九郎は弱々しい笑みで答える。


 九郎達はこの街で暫く滞在しながら、ゆっくりと過ごす予定だった。

 この近辺の魔物はそこまで強くはなく、クラヴィスやデンテも慣れ親しんだ場所だけに、気晴らしにも丁度良いと思っていた折に聞かされた『小鬼ゴブリン』の存在。

 頼りになる仲間達がいる今、『小鬼ゴブリン』に遅れをとるつもりは九郎も無い。大地を埋め尽くす数の『小鬼ゴブリン』相手でも、そこまで脅威は感じなかった。

 悍ましい生態を聞いた後だからこそ、女性陣を心配する気持ちはあったが、あの当時でさえある程度簡単に退ける事が出来た魔物だ。今のメンバーなら拠点に戻るだけの時間は充分に稼げるように思える。


(けど……)


 しかしながら奥歯に物が挟まったような、言いようのない感情に九郎は眉を顰める。


「一度……行って見る?」


 ベルフラムは九郎の気持ちを察したのか、それとも彼女も同じ思いだったのか――そう言って九郎を見上げて弱気な笑顔を浮かべた。


☠ ☠ ☠


 夏場のアルバトーゼの街は九郎にとって初めてであり、市場の品もまた見た事の無いもので溢れていた。ただ九郎はその目新しい作物に目を奪われる余裕は無かった。


 かつてよく通った道を迷うことなく歩きながらも、九郎は眉を顰めて考え込む。


「もう、クロウっ! 皺が取れなくなっちゃうわよ? ほら、笑って?」

「クロウしゃま、い~でしゅ! い~」


 二人の少女に手を引かれながら、難しい顔で歩く九郎。

 ファルアが懸念していたとは言え、街中まで『小鬼ゴブリン』が入って来ていたのならそれはもう末期である。アルバトーゼは中規模な街とは言え、兵士も冒険者も数は多い。街に滞在している間に脅威に晒される心配は無いと言える。


「聞こえてないのかしら? ホント、ミスラさんが言ってた通り。一つの事に掛かりっきりになっちゃうんだから……デンテ。擽ってみ――きゃあっ!」

「クロウしゃま、デンテ歩けましゅ……んふ~」


 とは言えファルアは憶測では物を言わない。

 彼が増えていると感じたのなら、それは確実に増えている事を意味する。

 たった2、3日滞在する街。そう単純に考えられるのならば、ここまで懸念したりはしない。


「もう、子供じゃ無いっていってるのに、どうして急に抱き上げたり……もう……。ってデンテ!? 尻尾振り過ぎよ! 下着見えちゃうわ」

「んふ~」


 街ゆく人々を眺めながら、九郎は両手に抱え上げた二人の少女の事を考えていた。

 たった二人の少女で手の中がいっぱいになってしまう自分に、こんな事を考える資格は無い。それが分かっていても目の前に広がる人の営みもまた、眩しく感じてしまう。

 言葉を交わした事も無く、4年ぶりに顔を見せた九郎は愚か、ベルフラム達にすら気付く様子を見せていない。彼女達の苦境を知ってか知らずか、他人事として受け止め生活を続けてきた人々。しかしそれでもその命が眩い事に変りは無かった。


「なあ、ベル。『小鬼ゴブリン』退治の報酬って相場知ってるか?」

「ちょっと、デンテ――って……う~ん。確かクラインが一匹30グラハムって言ってたような……ホント、お人好しよね。クロウ……」


 ベルフラムが九郎の問いかけに意表を突かれたように目を見開き、その後眉を下げて微笑む。


「お人好しなんかなぁ……どっちかって言いうと我儘な気がすっけど」


 何とも慈愛の含んだ笑みを向けられ、九郎は首を傾げて口ごもる。

 今の九郎の中にある感情は、かつてフィオレの里を守ろうとした時と同じである。

 この世界に来てから4年以上の月日を過ごし、多くの街に滞在してきた九郎だったが、このアルバトーゼの街は思い出深い街だ。最初に長く滞在した街であるし、ベルフラム達との縁を確かにした街でもある。

 滞在した期間は一月にも満たず、その後のミラデルフィアやアルムの方が余程長く過ごしてきていたが、やはり最初の街との認識が強いのか、思いの外こだわっている自分がいた。


 直ぐに離れる街ではあっても、そこに不幸が訪れて欲しくないと思ってしまうのは、自分のエゴだと九郎は感じている。

 何より金だけ出して放りだすのだから、無責任なことこの上ない。

 自己満足の偽善――これからやろうとしている事は、そう言った類の事だと九郎は認識していた。


「でも……お金あるの、クロウ? 私が出すわよ?」

「俺だって毎日働いてんだ。ちゃんと持ってんよ!」


 二人ともエルピオスが金を出すとは全く考えていない。

 一応伝えておこうと向かっていたが、上手く行くとは思っていないからこそ話はその先に向かう。


 二人の少女の父親みたいな今の九郎の布陣も、いろいろ考えての事だった。

 九郎はベルフラムと二人で向かう予定だったが、その場合二人とも足が遅いのがネックになる。それを補うのがデンテの役割だった。

 デンテはベルフラムを持ち運ぶのにも慣れており、足も速い。最悪エルピオスが攻撃しようとしてきても、九郎が暫く時間を稼げばその間に逃げおおせる。


 敵地に乗り込むような心境ではあったが、いらぬ波風を立たせようとしているのは自分達の方なので一応穏便に済ませる予定だった。

 シルヴィア辺りに着いて来てもらえばもう少し安心出来たのだが、屋敷に残す面子の心配もあり、結果幼女二人を抱きかかえる武器も持たない青年――これ以上に無いくらい平和的な今の布陣が出来上がっていた。



 九郎とベルフラムが金をどちらが負担するかで話あっていると、いつの間にか雑踏から離れていた。

 西区貴族街は人通りが少ない。金持ちは馬車を使うし、そもそも暑い日に外に出るくらいなら小間使いを使う。


 下町よりも数段綺麗に舗装された石畳の道。等間隔で植えられた街路樹は、緑の少ないこの街での贅沢の象徴なのだろう。

 青々とした葉の隙間から漏れる木漏れ日。人々の賑わいが遠くに聞こえ、蝉ともコオロギとも違った異世界の虫の鳴き声だけが近くで響く。


 不思議な懐かしさを感じて九郎が木漏れ日に目を細めると、


「懐かしいね、クロウ」


 同じ感慨を感じたのか、九郎の腕の中でベルフラムがはにかんでいた。


「あんときゃ俺ぁベルとこんな関係になるとは思ってもいなかったぜ」

「あら? 私はそのつもりだったわよ?」


 せっかく憩を感じにこの街に立ち寄っているのに、色々な懸念に振り回されている感がある。その心配を年下の少女に背負わせるのは偲びないと、九郎がおどけるとベルフラムは済ました顔で胸を張った。


「ませたガキだと思ってたけどよ……クラインさんの言った通りになっちまったな」


 かつて疑いを持たれた時、その疑念を晴らすつもりで歩いた道を、同じ少女と歩くのは感慨深い。しかも疑われた通りになってしまった手前、複雑な思いがする。

 九郎が苦笑しながら答えると、ベルフラムは少女の顔で大人びた微笑を浮かべた。


「もうっ……不満なの?」

「んな訳ねえって……おいっ!? デンテもいんだぞ?」


 抱きかかえられ子供にしか見えないベルフラムが、言い繕う九郎の口に軽く唇を寄せてくる。周囲に人影がいないにしても、天下の往来で舌まで入れて来るのは頂けない。

 確実に見た目事案なベルフラムの行動に九郎は慌てて声を荒げる。


「んっ……寝ちゃってるわ。クロウの腕の中は一番安心出来るもの」


 ベルフラムは少し不満そうにした後、九郎の腕の中で寝息を立てるデンテを眺めて微笑む。朝早く起こしたから今になって睡魔が再び来たのだろうと、早起きの訳を知る九郎もつられて笑みを浮かべる。


「そう言えば、お前ら全員運びながら寝てたもんな」

「だってクロウ、ベッドよりも寝心地いいんだもの……」

「家電どころか家具全般担えるようになっちまったぜ……。あんときゃまだライター代わりでしかなかったんだけどなぁ……」


 二人の囁くような小声の会話が、静かな夏の午後の日射しに溶けていた。

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