第307話 コープスパーティー
肌を焼くような日射しを避け、
熱帯の午後の日射しを高い天井で押し止め、店内は木陰よりもいくばかひんやりとしている。
「姉さま~。ロベルカリアの葉っぱの在庫が尽きそうで~す!」
小さな雑貨屋と言った趣のある雑然とした店内に、僅かな風が吹きこむ。
所狭しと並べられた毛皮や枯れた植物が入り口を隠す、奥の倉庫からあどけない少女の声が響く。
「…………へ? 棚の二段目の引き出しにまだあったでしょ~?」
カウンターの椅子に腰かけ、少しばかり微睡みかけていたシャルルは、弾かれたように飛び起き大声で言いやる。
『素材屋』の仕事は夕方からが本番で、今の時間は暇を持て余し気味になる。
冒険者と呼ばれる者達が狩ってきた魔物の革や牙を買い取り、各工場へ卸すのが『素材屋』の仕事だ。
なので早朝と夕方以外は在庫の整理や手芸で暇を潰すのが、シャルルの日課になっていた。
「シルヴィ達……もう船に乗れたかなぁ~?」
手元に散らばった作りかけのアクセサリーを弄びながら、シャルルは独り言を呟く。
同郷の姉貴分であり友人でもあるシルヴィアが、2年の月日定めて冒険の旅に出たのは、3ヶ月も前の事だ。
悠久の時間の中に生きるシャルルからすれば、2年など人族で言う2ヶ月ほどの別れでしかない。しかし騒がしい友人達が揃っていなくなることに、少しの寂しさは感じてしまう。
子供達を看取り、孫たちに囲まれる生活は、幸せではあるけれど、どこかで終わりを見てしまう。種族の間にある残酷なまでの時の差は、夢の中で走るようなもどかしさを感じさせる。
時間の中に取り残されるような錯覚。
忙しくしているであろう、街の雑踏から離れた場所に建つ『素材屋』に、シャルルは奇妙な縁を感じ、眠たげに瞼を擦る。
その時、店の呼び鈴が慌てたように音を鳴らした。
「シャルル~! おるかぁ~?」
丁度今思い浮かべていた、老婆の口調の澄んだ声。
眠気も吹き飛びシャルルは目を大きく見開く。
「シルヴィ~? どうしたの~? 忘れ物~?」
思わず立ち上がるシャルルの前に、自分の家のように扉を開いて入ってきた緑髪の少女がシシと笑う。
つい3ヶ月前に旅立った姉貴分は、腰に手を当て薄い胸を張り、驚くシャルルの顔を目一杯に堪能していた。
「おう、シャルル! 戻って来たぜ?」
「こいつは土産だ! 鑑定してくれ!」
「へ? 何?」
緑髪の少女、シルヴィアの後ろから、人相の悪い赤髪の男と髭の短い鉱山族の男がドカドカと入って来る。
鉱山族の男が訳も言わずに甘瓜くらいの大きさの包みを掲げ、子供のような笑みを溢す。赤髪の男はそれを後ろからニヤニヤ眺め、とても悪そうな笑みを浮かべている。
どちらも見知った顔である、ファルアとガランガルンの笑みにそこはかとない不穏な空気を感じながらも、シャルルは包みを受け取る。
共に冒険をした仲だからか、遠慮の欠片も無い振る舞い。
しかしそれをシャルルは密かに嬉しく感じていた。
「軽い? なんだろ~……」
「いいから開けて見てみろって!」
シャルルが冒険者として活動していたのは2年にも満たない短い期間だ。実力は目の前の者達に大きく劣り、以前の冒険でもシャルルは護衛対象としての参加でしか無かった。それでも目の前の友人達は、シャルルと今でも仲間のように接して来る。
その、口にはしない嬉しさを上手く隠してシャルルが包みを受け取ると、ガランガルンが急かして来る。
受け取った包みは甘瓜くらいの大きさで、固くて丸い――軽く振ろうとした際、ガランガルンとファルアが慌てた様子から、結構繊細なものらしい。それにしては差し出して来た際には乱暴な扱いにも見えていて、訝しがりながらもシャルルは包みを開く。
「?」
包みを開いてシャルルは再び首を傾げる。
開いた包みの中から、再び包みが出て来ていた。
極彩色の布で巻かれた、椰子の実程の大きさの塊。2重に包装してあるのだから、かなり貴重なものなのかと、シャルルは玉ねぎの皮を剥く要領で、ゆっくりと布を解いていく。幾重に重ねられた布の奥から、白い物体が顔を覗かせ――、
「………………」
シャルルは言葉を失っていた。
包みから出て来たのは人骨だった。
まるで今取りだしたかのような、真っ白で黄ばみも無い、人の頭骨。
目を見開いて小刻みに震えるシャルルを眺め、ファルアとガランガルン、そしてシルヴィアまでもが肩を震わせている。
暫く店内に静寂が満ち、徐々にシャルルの目に涙が溜まる。
悪趣味な友人の手土産に、シルヴィアがオロオロしだした頃――、
「ひ、久しぶり……シャル」
「クロウ君!」
「うぼわっ!?」
髑髏が口を開くと同時に、感極まったシャルルの声。
迷子の子供と再会した母親のように、シャルルはしっかと胸に白い頭骨を抱きしめていた。
腕の中の頭骨は汗腺も無いのに、汗をかくかのように湿ってくる。
「シャルル姉さま~? 今シルヴィア姉さまの声が……あーー!! 前尻尾! 誰が持って来ちゃったんですか!?」
大声をあげたシャルルに続いて、妹分のゲルムの驚きの声が響く。
二人にとってしてみれば、毎日目にする頭蓋骨。悪戯を企んだであろうファルア達よりも見慣れた顔だ。あれほど恐れを見せていたゲルムも3年も経てばすっかり慣れてしまっている。
二人の様子に今度は彼等が目を見開く。
「無事だったのね! よかった~!」
頭骨に対して全くそぐわないセリフがシャルルの口から零れ出る。
「ちょっ!? シャルル!?」
「だから言ったじゃねえか……骸骨なんてこの国じゃ犬の
その様子を見て目を見開いていた友人達が、悪戯の失敗を悟り仏頂面を浮かべている。
「シャルルっ! シルヴィ見てっから! てかシルヴィよりも大き……あ痛っ!?」
☠ ☠ ☠
ハーブス大陸の南端に位置する小国家ミラデルフィア。
その南西にある港町フーガの大通りを、奇妙な集団が歩いていた。
異国を思わせる服装の者が多くを占める、雑多で纏まりの無い集団。
しかし道行く人々はその中に見知った顔を見つけて、乱暴な挨拶を投げかける。
「おう、『
「暫く見ねえと思ってたら女衒に転職してやがたのか? まあ、その方が合ってるかもな」
「こいつらは俺の恋人だっ! 誰が女衒だ! ぶっ飛ばすぞ!」
『生きてたのかよ?』はこの国に於いては普通の挨拶だ。
誰もが明日を生きる保証が無い国。その中に於いて、直ぐに死にそうと思われていた男が現れた事に、驚きを交えてからかいの言葉が飛び交い、九郎は腕を振り上げ威嚇している。
「きゃぁ~、やっぱりクロウ君力持ちだよね~」
「シャルル、ちょっとくっつき過ぎじゃなかろうか! ほれ、ベル嬢が戸惑っちょるし……」
「ちょっとクロウ!? もう私の事、女って見てくれてるのよね? なんで肩車なのよ!?」
享楽的で刹那的な国民性故、ちょっとやそっとでは他人の行動を見咎めないフーガの人々も、その集団には目を奪われていた。
多くの男達は、キャイキャイと華やいだ空気を広げる美少女達に目を奪われ、女達は異国の物語から飛び出て来たような眉目秀麗な男3人を目で追いかけている。
シルヴィアとシャルルはこの街では有名なので、そこまで新鮮なものではないが、「あのお堅いシルヴィアが……」「何故『素材屋』の曾女将が?」と言った目が、九郎の腕に集まっている。
もうひょろ長い男が女
突然姿を消し、突然姿を現した幾つもの二つ名を持つ青年の凱旋は、熱気と混沌を混ぜ合わせたような街に於いても、一際熱を放っていた。
「おい、ファルア……何の集団だ?」
「ああ? そだな……
集団から少し離れて歩く、なじみの顔に一人の男が小声で問いやる。
その問いにファルアは眉を上げて、この国の祭りの花形に例えて答える。
死の身近なミラデルフィアでは、死者の祭りが年の暮れに行われる。余りに毎日人が死ぬので、葬式を一度で済ませてしまおうと言う、なんともな理由で行われている祭りだが、お国柄かその送り方も騒がしい。誰もが髑髏の面を被り、死者との最後の杯を交わす。言って見れば国を上げての飲み明かしだ。
その祭りの花型とも言えるのが、髑髏の面を被り極彩色の布で着飾った集団、『
「はんっ……綺麗所引きつれて『
男はファルアの答えに狐につままれたような顔をした後、嘲るように鼻を鳴らした。ファルアの過去を知るこの男からすれば、『
しかしファルアは自分の例えた言葉が、存外しっくりきて口の端を歪めると、突然大声を張り上げる。
「『
悪魔が祭りの開催を宣言していた。
一瞬静まり返った街が、一斉に沸き立つ。
シルヴィアが九郎の腕にぶら下がったまま「なっ!?」と目を見開いていたが、ファルアは気にしない。なにせこれは約束だ。3年前に交わした約束を、今日清算するだけの話だ。
「街中の酒樽の栓を抜けぇっ! ナガラジャをエール色にしちまおう! 今日死ぬやつぁ、馬鹿野郎だっ! 黄泉路の川に酒は流れちゃいねえぜえ!」
ファルアの意図に気付いたのか、ガランガルンがすかさず乗る。
悪乗りに関して全力で乗っかって行くのが、自分達のパーティの不文律だ。
二人してニヤケ面をシルヴィアに向けると、シルヴィアは弱った顔で九郎とファルア達を見比べ――、
「儂の旦那様のお通りじゃぁぁぁ! 皆の衆、『鴉狩り』が『鴉』を捕まえてきよったぞぉぉぉ~!! 祝いじゃぁぁぁ! 酒持ってこぉぉぉぉいっ!」
ヤケクソ気味に大声を上げた。
フーガの街において誰よりも年上の、ある種領主よりも有名な『長老』の鶴の一声は、道行く人々の顔を笑顔に変える魔法の言葉となって響く。
彼女を直接知る者も、遠目に見ただけの者達も、奇妙な集団の後を追う。
髑髏の仮面など被っておらず、『死』を微塵も感じさせない恍けた青年。
彼が『
両肩に獣人の少女を乗せ、美しい赤髪の少女を肩車し、背中に胸の大きな娘を纏わりつかせ、両腕に森林族の娘をぶら下げた呆れるほどに幸せそうな青年。隣に胸の大きな金髪の女中を侍らせ、後ろに目も眩むような青髪の美少女と褐色の肌の黒髪の娘と銀髪の少女を引きつれた青年が、誰よりも自分の死を見詰めて来た『不死者』であることなど。
『不死者』を先頭にしてぞろぞろと数を増やす人の群れ。
その目に今日の『死』は浮かんでいなかった。
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