第298話  愛の巣作り


「コルル坊っ! ここっ! ここが気に入った! 儂はここがええ!」


 燦々と降り注ぐ太陽の下、シルヴィアのはしゃいだ声が響き渡る。

 場所は展望台の裏手の森。風呂にも近い『ライア・イスラ』の上顎にあたる部分。

 綺麗な水が流れ込み、植物も大いに生い茂っているが、鳥の鳴き声や獣の息遣いは遠くの方でしか聞こえない。

 安全面に於いても申し分なく、開けた湾を望むこの場所のロケーションは抜群だろう。


「ツリーハウスか。なんだか懐かしいぜ」

「儂はずっとあそこでコルル坊を待っちょったからの!」


 九郎が巨木を見上げて懐かしむと、シルヴィアが隣で小さく胸を張る。

 逸る気持ちを抑えきれない子供の様な笑顔に癒されながら、九郎は彼女の新たな住居を想像して頬を緩めた。


 既にある程度完成されていた街の区画もあったが、できるだけ近い場所で暮らしたいと言うお互いの言い分や、長く住むのならそれなりにしっかりした部屋をとの思いもあって、九郎達はシルヴィアの家を建てる場所を見繕っていた。


『ライア・イスラ』の口元、見上げるような洞窟に食い込むように建てた九郎の家は、二階建てで大きなベッドも備え付けられている。

 なぜラブホにあるような大きな丸いベッドにしたのかと、小一時間ほど設計者のミスラを問い詰めたい気もしているが、存外寝心地は悪く無い。

 一階は大きな居間として使っているが、操縦席も兼ねているので、むやみやたらと改装するわけにはいかない。また、九郎はこれからも多くの女性を囲わなければならない身だから各々の部屋も必要だと、ミスラの助言に従った形だ。


 ハーレムを目指してはいるが、その多くが未知の世界の九郎にとって、ミスラの助言はいちいちありがたい。

 父親カクランティウスも重婚経験者なので、タメになる助言をいくつも授けてくれている。

 一夫多妻に関して男側の視点と、女側の視点。そして子供の視点を一気に得られるのは、本当に運が良かったとしか言いようが無いだろう。


 母屋から海へと伸びるように連なった南国リゾート風の部屋も沢山あるが、そこは半分改築して、身内専用の船着き場のようにする予定になっている。

 移動式貿易島を目標に掲げた事で、海側に対応しやすくしようとする狙いがあると、ミスラは説明していた。怪魚の口の真ん前に船を止める事など、サクラと親しく無ければ出来ない所業なので、セキュリティーも万全。護衛の兵士もいらないので、経済的だとも……。


 ちなみに今ある部屋の一つはリオとフォルテが使っている。九郎は一人一部屋のつもりだったが、リオのたっての希望で今は二人で一部屋だ。フォルテは個人の部屋を欲しがっていそうなので、一応隣の部屋も使って良いとは伝えてある。


 陸地側に立てられていたミスラの屋敷は、迎賓館の側面を持たせるために、どんどん立派になりつつある。一応彼女の屋敷が身内の屋敷群の玄関口にあたるのだろうか。

 ミスラも贅沢思考が強い訳では無いが、流石に拠点の最重要管理者――サクラが良く出没する居間や、九郎の寝室に客人を招く訳にもいかない。現在洋風の大きな応接室も建設中だ。

 こういった施設は、各地に赴いた際に難癖を付けて来る事が予想される、貴族に対する備えの意味もあるようで、余計な諍いを招かない為とも聞かされていた。


 木材や石材は豊富にあり、絨毯や家具等は既に『魔動人形ゴーレム』化していたアプサル公国貴族の中古品を買い求めていると言う。

 ただ海風が強い場所なので、少し南国風になるのは止む終えない。

 南国ホテルのロビーといった趣だろうか。

 アルフォスやベーテは彼女の従者なので、その屋敷の一室に住んでいるが、別に嫉妬は覚えない。

 彼等を信用しているのもあるが、九郎にとっては生贄を捧げた感も強い。


 その裏山にはアルトリアの家。彼女は贅沢思考が全く無いので、彼女の故郷の家に似た、小さな小屋が、現在の彼女の部屋となっている。ただ畑を合わせると一番広い面積を保有しているとも言える。アウラウネのナズナは最近そこに植わっている事が多い。彼女達のおかげで、新鮮な野菜に事欠かず、食卓は豪華になる一方だ。裏山と言っても日当たりは抜群――と言うより拠点が動くので西も東もありはしない。


 ベルフラム達の家は、九郎の家の隣に現在建設中である。

 ミスラの屋敷の別館といった趣だろうか。

 それなりに立派な建物にしようとしているのは、魔族と人族が仲良く暮らしている面を見せたい狙いもあるからだと、ミスラは言っていた。

 九郎は現場監督のカクランティウスに、密かにアルバトーゼの屋敷を模したものになるよう頼んでいる。


 龍二は今、その屋敷群から少し離れた場所を住居にしている。

 龍二はともかく、ユーリ、マリーシャ、ピュッケの三人が九郎の家の近くを嫌がったのも理由の一つ。

 トラウマ植え付け過ぎ――とは龍二の談で、九郎も少し反省している。


 ファルアとガランガルンはこれから出来るであろう、街の酒場予定地の近くの部屋をぶんどっていった。


 ――いつまでいるかは分かんねえケドよ? 暫く退屈しなさそうだからいてやるよ。お前が寂しくて泣かねえようにな! ――

 ――島は宝の山だってファルア言ってたじゃねえか。素直じゃねえなぁ……って、オイ! こええから睨むなっての! ――

 ――睨んでんじゃ無くて恥ずかしがってんだよな? りーだー……あ、やっぱこええっ! さーせんっ! ――

 ――けっ! ――


 密かに心配していたファルアとガランガルンも、暫くゆっくりするそうだ。

 素材屋の候補にシャルルを誘ってみようとの話もしていたので、九郎はこのまま徐々に定住するよう、仕向けるつもりだ。


 そして残る最後――シルヴィアの家は、それらを見下ろす場所に建とうとしていた。

 皆を見守るような場所。彼女の優しい性格が出ているように感じる。


「シルヴィちゃ~ん。どのくらいの大きさが良い~?」

「おい、アルト! なんで小指立ててその手つきなんだよっ!? 唐突にエロを混ぜ込んでくんじゃねえ!」


 基本的な土木作業の面に於いては、カクランティウスやガランガルンと言った黄の魔法――所謂土の魔法に長けた人材がいると手早く済むが、今日その二人は別の作業に駆り出されている。

 なので次に力仕事が得意な九郎とアルトリアが手伝うつもりで来ていたが、シルヴィアが木の家を所望したので、どうやら九郎の出番は突っ込み以外無さそうだ。


 アルトリアがもにょもにょ呟く。

 彼女の足元から湧き出した、黒い闇が巨木に吸い込まれ、中からカリカリカチカチ音が鳴る。

 巨木に小さな穴が開いたと思った次の瞬間、その穴はどんどん広がって行き、かつて九郎が住んでいたような、巨大なうろが出来上がっていた。


「あ、クロウのはここまで大きくなかった……カナ?」


 巨大なうろの出来栄えに満足そうに頷きながら、「しまった!」とでも言いたげにアルトリアは口元に手を当て振り返る。


「……オイ」


 九郎は半眼で突っ込む。

 人の背丈ほどの大きさのうろを前にして、何を言っているのか。だいたい何故穴の形を、そのように象ったのか。小一時間ほど説教したい。


(確かに木のうろってそう言う形も多いけどよ!)

「す、すまんのぅ、アルト嬢。手伝って貰うて」


 凄まじい勢いで広がったうろに、シルヴィアは感嘆の声を漏らしていた。

 その様子からも、彼女は今の会話の意味や、入り口の卑猥さに気付いていない様子だ。

 同じ処女、長年生きて来た者同士。何故これ程差があるのかと、思わずにはいられない。


「ん~ん。ボクはこう見えて黒の神様の巫女だからね! 植物相手だったらちょちょいのちょいさ。やっぱり上の方に部屋があった方が良いよね? 物見台も兼ねてる感じで! 階段どうしようか? こう……蔦を使って……。あ、この突起はランプを吊るすのにどうかなぁって」

「ほぅ……なかなか洒落とるのぅ……。入り口じゃし、外側にも灯りはあった方がええもんのぅ」


 九郎の呆れ顔に小さく舌を出した後、アルトリアはシルヴィアの謝意に柔和な笑みで応えていた。

 植物の生長促進、萎凋いちょうが自在のアルトリアの魔法で、ツリーハウスは瞬く間に出来上がっていた。

 ちなみに九郎も昨夜魔力が増えている事が発覚しており、その中に黒の魔法の素養もあると聞いて、試そうとしている。ただ、龍二に比べて明らかに魔力量が乏しく、彼が言う「想い描く」だけで魔法を使う事は出来そうにない。

 もう少し魔力があれば、あの卑猥な入り口をマシな形に出来るのに……と九郎は自分の不甲斐無さを嘆く。


(つーか、この二人も一気に仲良くなったな……)


 あまりの自分の役立たずっぷりに少し消沈しながら、九郎は部屋の広さや窓などを相談しあい、キャッキャとはしゃぐ二人の少女を眺め見る。

 考えてみればどちらも社交的で温和な性格。仲良くなるのも当然かとも思えた。


「クロウ~! ベッドの大きさ測るからちょっと来て~!」

「な、なんでコルル坊を――」

「んも~、一緒に寝れる大きさじゃないと駄目でしょ? それとも密着し合う大きさが、ご・き・ぼ・う? シルヴィちゃん、ちっちゃくて可愛いもんね~? でも二人の関係を見てると、クロウの方が甘えてきそうだよね? ん~……そうなると対面座位かなぁ……。床の部分は丈夫に作ったから、軋まないだろうけど……よく考えてみると、上は揺れちゃう!? やーん、一発で分かっちゃう! 『あ、今シてるなー』って……でも風もあるから――」

「な、な、何を言うとるんじゃぁぁぁ……。破廉恥じゃっ! 破廉恥じゃよぅ……アルト嬢やぁぁぁ……」


 シルヴィアのからかいやすそうなところも、他者に壁を感じさせない要因だろうか――真っ赤な顔でおたつくシルヴィアに、アルトリアは楽しそうに眼を細めていた。



☠ ☠ ☠



「よ……よしっ!」


 パンと小気味よい音を立てて頬を張ると、シルヴィアは椅子から立ち上がる。

 そのまま少しの間落ち着きなくうろうろ部屋を歩き回り、再び椅子に腰を下ろす。

 そんな奇妙な行動を、シルヴィアはもう何度も繰り返していた。


(な、なぜにこんなに緊張しおるんじゃぁぁ?)


 熱を帯びた頬が、叩いた所為なのかも分からなくなっている。

 体は赤みを帯びる程しっかり磨いた。

 この日の為にと密かに買っていた香水を付け過ぎて、慌てて二度目の風呂に入って来たばかりだ。一人湯船に浸かって悶々としたまま、危うく茹るところだった。

 あれからもう時間も立っており、今の様な薄着の格好では普通なら湯冷めしてしまうだろう。なのに、一向に体温が下がらない。手足はもうヒリヒリしていないのに、赤みは一向に戻らない。


 新たな新居の一日目にして、ここまで右往左往することになるとは思ってもいなかった。

 慣れない家で気が落ち着かない――そんな筈は無い。

 作って貰った新居は、ミラデルフィアの九郎の家――シルヴィアの憩いの部屋とよく似ている。

 一日目だからと獣脂の蝋燭では無く、植物油の灯りを灯しているのが原因だろうかと考え、シルヴィアは首を振る。温かみのある色合いを広げるランタンの光は、どちらかと言うと心を落ち着かせる物だ。

 香を焚く必要も無いくらいに、瑞々しい木の香りが充満していて、これも普段であれば落ち着く匂いに違いない。なのに――胸の鼓動は大きくなるばかりだった。


「前ん時はこんな、緊張せんかったじゃろぅに……」


 シルヴィアは両頬を押さえて熱を確かめ、眉を寄せる。

 この拠点に着く直前、あの山小屋の晩は元から抱かれるつもりで無かったから、ここまで緊張していなかったのだろうか。

 今のシルヴィアには、あの晩見せた年長者の余裕は微塵も無い。


 頭を抱えて机に突っ伏し、涙目で顔を上げるとシルヴィアは温くなった茶を飲み干す。

 乾いた砂漠に染み込むように、苦みが喉を潤した。ただ喉の渇きは癒えそうになかった。


(あの時……儂は……)


 何とか緊張を治めようと、シルヴィアはあの日感じた思いを頭の中に呼び起こす。



☠ ☠ ☠



「シルヴィ、すまねえ! 遅くなっちまった!」

「ひょわわわわわ…………ち、違うんじゃコルル坊っ!」


 朝日を背に扉を開けた全裸の九郎に、シルヴィアはすかさず言い訳していた。


 丁度シルヴィアは、自身の肉体をほっぽらかしてレイアの元へと向かった九郎の抜け殻から、服を剥ぎ取っていた最中だった。

 折角仲間達が用意してくれた(実はシルヴィアが見つけて殆んど掃除していたのだが)山小屋なのだからと、シルヴィアは野営地に戻らず一夜を明かしていた。

 すごすごと戻って、ファルア達にからかわれるのを、危惧した部分も少しあった。


 九郎がレイアの元へと向かった時点で、服を剥ぎ取り荼毘にしていたら、この現場を見られる事など無かっただろう。存外九郎の抜け殻が温かく、抱き枕代わりにしてしまっていた事で、少し予定が狂っていた。

 本来遂げる筈だった行為を妄想して、悶々としながら下ばきを脱がそうとしていたのも、少し拙かったかも知れない。


「ち、違わなくも無く無く無いかも知れんが、ちょっこっと違うんじゃっ! お主のは以前に見とるし、目に焼きついちょる! って違う、知らんし! 儂、覚えちょらんし!」 


 顔を朱に染め、荒い息遣いで男の下着を剥ぎ取ている時点で、どんな言い訳も通用しない。

 見た目は完全に痴女である。

 動かない男から服を剥ぎ取り、顔を赤くしている女を他に表す言葉は無い。


「ちょこっとだけじゃ! チラ見するくらいのつもりじゃったんじゃ! 確認……予習じゃ予習! なんせこのコルル坊には魂は入っとらんしの! 儂が欲しいんは熱いココ……違っ!? 心じゃっ! こ~こ~ろ~!」


 だがその悪評を甘んじて受ける訳にはいかないと、シルヴィアは言い訳を捲し立てていた。

 シルヴィアは混乱していた。恥ずかしさで目を背けてしまったのも悪かった。

 魂の籠っていない肉体では無く、熱い心を持った九郎に抱かれたい――そう言いたかったのだが、指さしたのが股間では、目も当てられない。

 ただ、涙目で目をぐるぐるさせながら捲し立てたシルヴィアの言訳は、九郎の叫び声で遮られていた。


「言ってくれたんだ! レイア、もう死なねえって! もう一度生きてみてえって!」


 真っ赤な顔で言い訳を並べるシルヴィアに、九郎は子犬の様な笑顔と共に抱きついてきていた。

 その体を抱きしめ返しながら、シルヴィアはジンワリとした幸せを感じていた。


「レイア酷い目にあっちまってたから……俺、頭悪いから、どう言えば良いか分かんなくって……死んじゃ駄目だっつーことしか言えなくて……」


 自分の躰を強く抱きしめ、不安を吐き出すように、自らの成した偉業を誇るかのように叫ぶ九郎を、シルヴィアは微笑みながら受け入れた。

 九郎は、手の中に残った命が嬉しくて誇らしくて、自分が今、女を抱いてきた事を別の女に報告している事すら気付いていない様子だった。なのにシルヴィアは、不思議と嫌悪感や嫉妬は覚えず、喜びを感じていた。


 シルヴィアも、九郎が大勢の女性を娶る事に、思う部分が全く無いとは言えなかった。いくら夫婦の認識が薄い森林族の生まれであろうとも、シルヴィアは100年以上人族国家で過ごしてきている。

 妹分のシャルルの夫も、彼女以外に妻は娶っておらず、知り合いの多くも妻は一人。愛する男の全てを独り占めする事に、憧れが無かった訳では無い。


 しかしシルヴィアは、「憂いの無い九郎に抱かれたい」と言った直後に駆けて行き、その晩の内に悩みを解決して来た九郎に、懸命に生きる人の熱さを見てしまった。それほど自分を抱きたかったのか――と、呆れながらも嬉しく感じた部分も、少しある。


「全く……ほんに、無限の時を持っちょるのに、せっかちな奴じゃ……」


 九郎の背中を撫でながら、シルヴィアは万感の思いで呟いていた。


 九郎に魅かれた切っ掛けは、彼が「自分を置いていかない男」と感じたからだが、惚れた理由はまた別にある。無限の時が約束されているにも関わらず、日々命を燃やすように生きるその情熱を、好ましく思ったからだ。


『不死者』だというのに、九郎は驚くほど臆病だ。

 掌から零れそうな命に縋るその様は、人となんら変わらない。

 ただそれが自分以外の誰かの命というだけだ。


 だから九郎に無為な時間は少しも無い。平和な時間を宝物のように愛し、脅かされない命に涙ぐむくらいに、一日一日を大切にしている。

 それこそがシルヴィアが九郎に惚れた理由――永遠を生きるにも拘らず、今を感じさせる生き方そのものに魅かれたと言っても良い。


 結局その朝、シルヴィアは九郎に抱かれる事は無かった。

 ひとしきり顛末を語った後、九郎はシルヴィアの腕の中に沈み込むように寝入ってしまっていた。


 重ねて失礼にも程のある顛末だが、シルヴィアは微笑みながら九郎の寝顔を飽きることなく眺めていた。


 九郎がずっと眠っていなかったのは、シルヴィアも気付いていた。目をぎらつかせ、必死の形相で馬車を見守る九郎の姿は、一度でも夜警を担当すれば気が付く。

 レイアが生きる希望を口にした事で、九郎の張りつめていた緊張の糸は、ぷっつり断ち切れてしまったのだろう。

 あの時――自分の前で弱さを見せる九郎に、そして掴み取った命を嬉しそうに語る九郎に――この男となら喜びも悲しみも共に分かちあえると、シルヴィアは思いを確かにしていた。


「命を懸けて……女はその言葉に弱い……。守られちゅう思て……嬉しゅうなるんは儂も同じじゃ……。じゃが、儂は守られるだけでのぅて一緒に歩いて行きたい……そう思うたんじゃ……」


 感じた想いを口にし、シルヴィアは目を瞑る。

 人が命を懸けて守れる人は一人。だから女は夫の唯一を望むのかも知れない。

 しかし九郎は愛した女全てを守ろうとするだろう。女だけでなく、誰に対しても自分の命を擲って――。

 だからこそ九郎であれば多くの妻を娶っても良いと納得していた。

 自らを納得させる言い訳なのかも知れないが、それで充分なのだとも思えた。


儂も・・あやつの全てを貰える……。シャルルらと何ら変わらん……」


 口にした言葉はそのままストンとシルヴィアの胸の落ちて行った。

 100年生きるのも稀な人族と違い、九郎はずっと生きていてくれる。人族の生き方を好ましく思いながらも、寿命の差に怯えて手を拱いていた自分にとって、彼以上などありえない。

 死ぬまで愛せる。その日その日を懸命に歩いて行ける――それは、1000年生きようとも身に余るほどの愛情だと言えるだろう――とシルヴィアは感じたまでだ。


☠ ☠ ☠


 あの日感じたじんわりとした幸せを思い出し、シルヴィアはゆっくりと目を開ける。

 頬の熱はまだ熱く、心臓の鼓動も大きいままだったが、頭の中は晴れやかになっていた。

 大分落ち着いた事を確認し、シルヴィアは大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


「そうじゃ! 儂はコルル坊と並んで歩きたいんじゃ! 時に助け時に甘え、そう言う仲に成りたかったのじゃ! 何、緊張せずともコルル坊も、ベル嬢の時は受け身じゃったと聞いておる。前のレイア嬢が、久しぶりの逢瀬じゃったちゅうことじゃもんの! なら経験の差など無いも同然じゃ!」


 言葉にしている内に、段々気持ちが大きくなってくる。

 考えてみれば辿って来た年月の長さが違う。恥ずかしくて避けてきた話題ではあるが、それでもシャルルから何度も惚気を聞かされてきた。

 経験は無いが、それなりに知識はあるほうだと自負している。

 頭の中で引きつった笑いを浮かべて首を横に振るシャルルから目を逸らし、シルヴィアは鼻息を荒くする。


「それどころか儂の方が人生経験は長いんじゃから、リードしてやらにゃいかんの、うん! 前と同じような感じで、誘うくらいでちょうどええわい!

 こう……『いらっしゃ~い』……みたいな感じで――」


 調子に乗ったシルヴィアは、しなを作って胸元のシャツを捲り上げ、扉に向かって手を伸ばし――


「シルヴィ、すまねえ! 遅くなっちまった!」

「ひょわわわわわ…………ち、違うんじゃコルル坊っ!」


 丁度タイミングよく扉を開いた九郎に、かつてと同じ寸劇を再現していた。


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