第297話 ロリの残り湯
「向こうも楽しそうじゃのぅ……」
「こっちも楽しいですけど?」
「敬語はいらんと言うとろうに……」
シルヴィアに背中を預けながらベルフラムははにかむ。
「レイアちゃん、どう~? 気持ちいい?」
「ぴぃぃっ!? じょ、女性同士だとそんな洗い方をするのですか!?」
「ううん? ちょっとした予習だよ~?」
心配していたレイアも、最初こそ毒を発生させたが、徐々に湯の感触を思い出した様子だった。
九郎が懸念していたアルトリアの『
「クロウしゃま~! デンテそっちに行きたいでしゅ!」
「ん~? まあデンテやクラヴィスだったら良いけど?」
「ちょいまちっ! 何言うてんねん! あのちっこい子はともかく、クラヴィスってお姉ちゃんの方やろ? 俺を殺す気か!」
「何でだよ? クラヴィスまだ12歳だぜ? 小学生と同じじゃねえか。お前ロリコン?」
「どの口が言うねん!」
聞こえてくる会話も平和なものばかり。
ベルフラムの頬も自然と綻ぶ。
「まさかベル坊の想い人がコルル坊だったとはのぅ……」
「コルルボウってクロウの事だったんですね……」
「これ、敬語は好かんちゅうとるじゃろうに。同じ旦那様を持つ身じゃろう?」
「きゃっ!? あっ……あははははっ……やめ」
脇を擽られてベルフラムが身を捩ると、シルヴィアも顔を綻ばせていた。
(あの時もこうしてくれてたっけ……)
優しく髪を撫でてくるシルヴィアの指の感触に目を細めながら、ベルフラムは最初の出会いを思い出す。
2年前、自分を勇気づけてくれた
母の面影を見た女性と同じ人を好きになった事に、奇妙な感じも覚えるが、存外それも悪く無い。
お互い惚気ていた相手が同じ男だった事を思い出し、ベルフラムとシルヴィアは顔を合わせて笑いあう。
「アニキ、そう言えばいつの間にか魔力が増えてるで?」
「マジっ!? 俺もついに魔法が……使えるかも知れねえって事だよな?」
「60ちょい……一般人より結構上やで? まあ俺は2000越えやけどな~。
……って素養はアニキの方が多い……なんでや……」
「へ!? 魔力!? 魔力量を確かめているのですか? そんな美味しいイベント見逃す訳には行きませんわ!」
「姫さん、流石にアタシも見てらんねえよ! 今のアンタの格好は奴隷だったアタシでも引く! その鏡みてえな魔法でまず自分の姿を見てくれっ!」
「ええい、リオ。止めないで下さいまし! 光を屈折させようにも、湯気が邪魔で見えないのが悪いのです!」
「おい、ミスラ! 龍二の『
「だってお風呂場ですのよ!? わざわざ見なくても、こうくんずほぐれずすればっ……」
「わざわざくんずほぐれずする必要がねえよ!」
きっと九郎の魔力が増えたのは、自分の心臓が関係している――今も絶え間なく音を刻んでいる胸を押さえて、ベルフラムは幸せを噛みしめる。
「……個性的な面子が揃っちょるのぅ……」
シルヴィアは壁に寄りかかりあられもない姿を晒している、絶世の美少女を眺めて苦笑している。
「私、魔族ってもっと怖い人達かと思ってた」
「ミスラ嬢は知れば知るほど面白い
「リオさんも……」
再会した九郎の周りにいた女性達は、皆揃って美しかったが、それ以上に個性的だった。
『
しかし見れば見るほど、知れば知るほど、「思っていたのと違う」との感想しか出て来なくなる。
特に今レイアの腕を大きな胸を使って洗おうとしているアルトリアや、壁を透視しようと儀式魔法を唱えかけているミスラを見ると、「自分の想像力もまだまだだった」との思いがしてならない。
九郎と共に暮らす為に、『人に優しいアンデッドの物語』を創作していたベルフラムにとってしてみれば、余りのギャップに笑いもでると言う物だ。
「まあ……ミスラ嬢の父上は流石の儂も緊張したがの」
「まさか魔王様だとは思わないもん……」
シルヴィアは苦笑いを浮かべて、壁の向こうで娘の醜態に頭を抱えているであろう男に話題を向けた。
ベルフラムもここ数日で常識と言う物が、どんどん崩れていく気がしている。
「骨のお姿を見た時は泣きそうになっちゃいました……」
クラヴィスが恥ずかしそうに壁の向こうの空を眺め、ポツリと呟く。
その視線にはもう恐怖の感情は無く、それどころか尊敬の念すら感じる物だ。
「クラヴィスは一時『クロウかも知れない』って調べてたものね。やだ、クラヴィスも結構ミーハー?」
「ち、違いますっ!」
からかう様にベルフラムが言うと、クラヴィスは顔を赤くして反論した。
九郎を探して各地の情報を集めていた中に、『不死の魔王』の伝承もあった。
ただ数百年も前の人物だった事と、別の大陸の伝承だった事で気に留めていなかった。
その人物が壁を隔てた向こう側で、
「ミスラっ……吾輩が悪かった……。だからこれ以上アルムの恥を積み上げてくれるなっ……」
「お父様こそっ……これ以上
と親子喧嘩を繰り広げているのかと思うと、ベルフラムの苦笑は止まらない。
「しかし……一番驚いたのはやっぱり……」
シルヴィアは大海原を眺めて感慨深げにベルフラムに目配せする。
「お? サクラも入りたいのか? おい、龍二! そんなマジマジ見てんじゃねえって! 流石にデリカシーに欠けるんじゃね? いくら子供だって言っても女の子だってのに……やっぱロリコン……」
「いやいやいや! 常に全裸やん! て言うか虫やん! アニキ大丈夫? 頭おかしなってへん?」
「何言ってやがる! サクラはこんなに可愛いだろうが!」
丁度九郎が名前を上げたので、ベルフラムもシルヴィアが言わんとしていた事に気付いて、
「今いる場所が魔物の背中だって事……でしょ?」
片目を瞑って笑みを浮かべた。
☠ ☠ ☠
「サクラぁぁぁぁ……。兄ちゃんと入りたいんか? 言ってくれればいつでも大歓迎だったのに」
「キューキュキュクキュ!」
「え? 知らせなかった俺が悪い? スマンかった! その通りで言い訳の言葉も出ねえ……」
突っ込みが追いつかない……そう思っているのは龍二だけでは無いだろう。
(……なんで言葉が通じとんねん……)
何度も思った感想を再び噛みしめながら、龍二は薄いピンク色の大きなウオノエを眺める。
自分に敵う者などいない――そう自惚れていたのも過去の事。
九郎を皮切りに、どれだけ足掻いても勝てない相手が、この世界にも数多く存在している事に気付かされた。ただその3人? 匹? 目の相手にはもう溜息すら出て来ない。
九郎は強さは無いが殺す事が適わない相手。
アルトリアはその膨大な負の生命力と、全てにおいて一撃死する可能性を秘めた戦うには危険な相手。
そしてサクラはその操る魔物が規格外過ぎて、戦う選択肢が思い浮かばない相手と言えた。
この世界に於いて強者と言われる側の、トップクラスにいるであろう龍二も、億を超える体力の『ライア・イスラ』相手では、勝てる道筋が浮かばない。
サクラ自体のステータスは全く脅威に感じない。それどころか、今迄龍二が相手にしてきたどの魔物よりも弱々しい生き物だろう。しかし、彼女を倒して『ライア・イスラ』が暴れれば――考えるだに恐ろしい。
ある意味世界最強の生き物が、世界最弱とも思える虫に負けている現状が、龍二の強さの尺度を揺さぶっていた。
「サクラ、湯加減はどうだ? ぬるい? んなこと言って強がってねえ?」
「キュクキキュキキ!」
早速小さな穴を岩盤に穿って貰い、そこにお湯を引き入れながら顔を蕩けさせている九郎を眺め、龍二は考える事を放棄する。
九郎が一年以上海の底を漂っていたと聞いても、『不死』だからで納得できるが、「その間サクラの家族の所に居候していた」と聞くと、「どうしてそうなった!? そもそも何故その状況を受け入れた!?」と否応なく突っ込まされる。
言いたいことは山ほど浮かび、一昼夜
(『来訪者』は徐々に狂ってしまうて……何かに書いてたっけ……)
ルクセンに滞在していた頃読んだ文献を思い出し、龍二は可哀想な人を見る目で九郎を見詰める。
神の力を有した『来訪者』は、人の身に余る力に徐々に狂うとされていた。
そんな馬鹿なと今の龍二は笑う事は出来ない。
九郎に出会うまで龍二もかなり増長していた。
相手の実力を数値化して見る事が出来る『
(…………シリアルキラーも真っ青やで……)
そして自らの命に危機に瀕した事で、狂いかけていた自分にも気付かされる。
これまで自身のステータスに表示されていたレベルの部分。その真の意味を知って、龍二は密かに落ち込んでいた。
これまで実力の数値化だと思っていたレベルは、人を殺した数だった。
暗殺者と言う認識も希薄なまま、勇者とおだて上げられ、龍二は一年と少しの間に何十人もの人を殺していた。
アルトリアの一千万を超えるレベルを見た時にはバグかと思っていた。
しかし同じ『来訪者』である雄一の10万を超えるレベルを見てしまって、なのにその他の数値が自分と変わらない事に気付いてしまって――。
龍二が殺して来た人の殆んどは、龍二を殺そうとして来た者達だ。
この世界に於いて咎められる物では無いし、自衛の為との言い訳も立つ。
しかし人をいともたやすく殺して来た事に、龍二は『狂った自分』を実感した。
『
だが人の命を草花を狩るように奪う自分など、生前では考えられない。
ゲームとは違う――かつて九郎に怒鳴った言葉は、そのまま龍二に跳ね返って来ていた。
(レベルが表示されへん人らもモブやなかった……)
龍二が町人に対して抱いていた認識も間違っていた。
誰も殺していない人であればレベルが表示されなかっただけだ。
現に九郎が助けた赤髪の少女――九郎が「炎の魔法に関しては龍二以上」と評していたベルフラムのレベルは、表示されない。
ただレベルが表示されない人の方が少ないのは、龍二にとって小さな救いであり、この世界の厳しさを表しているとも言えた。
デンテもレベルが表示されなかったが、彼女の姉、クラヴィスのレベルは3。疑り深い龍二ですら心を許してしまいそうになる、優しそうなシルヴィアでも10を超えている。
今し方、龍二を危ない道に引きずり込みかけたフォルテのレベルも結構高い。あれだけ臆病なリオですらレベルが表示されている。
(考えようによっちゃ、アニキの狂い方は平和やなぁ……)
寄生虫に人を見ている九郎を眺めて、龍二は自嘲の溜息を漏らす。
ペットとしてでは無く、九郎は明らかにサクラに人の人格を見ている節がある。
自分の妹と臆面も無く紹介された時はどうしようかと思った物だ。
しかし自分に懐く動物に心を許し人格を見ていると考えれば、普通にすら思えてくる。
この厳しい世界で、人を殺さず生きていく事は難しい。野盗、悪党、ならず者と魔物以外の敵も多く潜む世界だからこそ、人の多くにレベルが表示されている。
「ちゅーか真っ赤になって来てへん? そのコ……」
「いや、サクラがもっと熱くて良いって言うから……って!」
ただこの先自分はレベルを誇る事は無いだろう――礼代わりに茶化す言葉を掛けた龍二に向かって、九郎が眉を吊り上げていた。
「おい、龍二! サクラを虫扱いしてながら、その目つきはなんだっ! やっぱロリコンだろ、お前っ!」
「は、はあ!? なにゆってんねん!」
「じゃあ、その涎説明しろよっ! ファルアやガランもっ! くそっ……サクラが可愛すぎっから……」
九郎に指摘されて龍二が口元を拭うと、無意識に涎を垂らしていた。
そんな筈は無いと言いたいのだが、その事実に龍二は狼狽え言葉に詰まる。
(てかその前俺なんつった!? そのコて……あかん……なんや可愛く見えてきよる……)
愛嬌のあるくりっとしたサクラの赤いに目に見詰められて、龍二の鼓動が大きく波打つ。
まさか自分もサクラに人を見つつあるのか――龍二が胸を強く押さえると、代わりに腹がグゥと鳴った。
「クロウっ! お前だって涎出てんじゃねえかっ……つーか何だこの美味そうな匂い……」
「サクラの魅力がっ……お湯に染みだしちまって……」
「アニキっ! その子に人格見ててその目つきはヤバいっ! 今のアニキは幼女の残り湯飲もうとしてる変態やっ!」
「そう言いながらにじり寄って来るんじゃねえ! ガラン、喉を鳴らすな! おいベーテ! 何しれっとサクラの残り湯掬おうとしてんだ! アルフォス、その細い筒どこから調達してきやがった!?」
「むぅ……クロウ殿。独り占めしようとするのはどうかと思うぞ?」
「カクさん!? ななな、何言って……」
アミノ酸の溶け込んだ芳醇な香りに、男湯が騒がしくなっていた。
「…………なんだか思っていたのと違います……」
「会話だけ聞いてると、とても変態ちっくだね~……」
逆に女湯の方は少し大人しくなっていた。
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