第291話  皆仲良く


 薄暗い森の中に松明の火が灯る。

 九郎とベルフラム、レイア、クラヴィスデンテの5人を中心にして、取り囲むのは九郎の仲間総勢11人。

 尋問の雰囲気に九郎はゴクリと唾を飲み込む。


「これから第7回「嫁会議」を始めますわ。議題は『何故クロウ様はベルフラムさんとイタすことが出来たのか?』です」


 ミスラの宣言で場内の空気がピリリと冷える。

 衆目の場で関係した事を発表され、ベルフラムが羞恥に顔を赤くする。

 龍二の「うわぁ……」と言う言葉が九郎の胸を抉る。

 リオの「見損なった」と言わんばかりの強い視線に居た堪れなくなる。

「いつの間に6回も行われていたんだよ!?」と突っ込む元気も、「何で皆の前で言うんだよ!?」と怒る気力も今の九郎には無い。自責の念が強すぎて、飯も喉を通らなかったくらいだ。


「クロウ……」


 腕に縋りついて見上げてくるベルフラムの目には涙が滲んでいた。

 針のムシロを感じているのはベルフラムも同じだろう。


 女性陣の華やいだ空気の中に投げ込まれた特大の爆弾。

 ベルフラムが九郎の知らない間に想いを遂げていたと聞かされては、九郎も苦い顔が張り付いたまま外れない。

 覚悟を決める暇も無く、既にやらかしていた後だと知った九郎は、その後しどろもどろに取り繕うベルフラムの言葉を聞きながら、天を仰ぐことしかできなかった。

 同時に思い出さされた「肉体の持つ記憶」にもはや言葉も出ない状態だ。

 男の下半身は別人格と言うが、九郎の場合それが比喩になっていない。それを再び思い知らされていた。


 ただ救いがあるとすれば、その時のベルフラムの熱い想いも、言葉も――しっかりと体が記憶していた事だろう。

 一人の少女が純潔を捧げてくれたと言うのに、覚えていないでは申し訳なさ過ぎる。

 結果的にその行為があったからこそ、忘れていた欠片の声が届いたと言うのも感付き、九郎の内心は複雑極まりない。


「ほんっとにお前の行動力には驚かされてばっかだぜ……」


 ただその行為があったからこそ、ベルフラムは九郎の横に今も座っている。

 その事を必死に訴えてくる体の意志に、九郎は弱々しい笑みを浮かべてベルフラムの頭に手を置く。


「ごめんなさい……」

「クロウ様……ベル様も追い詰められていて……」


 クラヴィスの弁護を聞くまでも無く、目を潤ませているベルフラムには反省の色は浮かんでおり、九郎も責めるに責められない。

 寝込みを襲われた形であるのは間違い無い。

 しかし「大人しくしてろ」と言う言いつけを破った、聞かん棒にも責任はあるのだ。


 色事の責任は全て男が被るべき。それが色男としての矜持である。


「別にデキるようなんたんだったら、もうどうでも良いじゃねえか……」


 リオの無体な突っ込みで、会議は早々に幕を閉じる。

 幼い少女に手を出した形の九郎に、色々思う所はありそうだが、彼女も彼女で「肩の荷が下りた」というのも正直なところなのだろう。


「どうでも良くなんてありません! とても重要なことですわ!」


 が、ミスラがそれを許さない。

 弄ぶ相手を見つけて攻めようと言う、いつものドSな顔では無く、切羽詰まった表情だ。

 ミスラはその表情をむりくり調え、ベルフラムに優しく問いやる。


「ベルフラムさん。わたくしは別に貴方を責めようとしているのではありません。ただ確認したいのです。今クロウ様に『抱かれたい』と思っている者は貴方を入れて3人・・。明らかに人数が合いません」


 思わず本音が漏れているのはミスラも狼狽えている証拠だろう。

 婚約を結んだ関係だが、ミスラは腐っていても・・・・・・お姫様だ。その身持ちは固く、結婚して初夜を迎えるまで、清い身である事が求められる。

 だからこそミスラの思考は自分を男に見立てての言葉。抱く側の言葉だったのかと、九郎は朧気に思い至る。

 思い返せば、男同士の情愛には色めき立つミスラも、男女となると控えめで初心な様子も覗かせていた。

 腐女子というのはそう言うものなのかも知れない。


「先程申し上げた通り、わたし達は同じ殿方を夫とする身。遠慮なく付き合って欲しいと言ったのは、余計な嫉妬や独占欲で無益な諍いを招かないようにとの思いもあっての事……」


 多重妻帯者の父を持つミスラだけに、その言葉には説得力が満ちている。

『エツランシャ』の『神の力ギフト』を持つミスラは、重婚の危うい側面も熟知している。その嫉妬心や独占欲を利用してカクランティウス不在のアルム公国を維持していた事もあり、彼女が拘るのも当然と言える。

 誰が九郎に想いを寄せていたか。それが分からないと、新たな争いの種になりかねない。

 

「ただ一つ……。わたくしが調べた『神の記述』の捉え方に間違いがある可能性もございます。……『5人の女性に本心から体を許して良いと思われるまで、子を成す行為を禁じる』。この解釈に見落としがあったのかも知れません」


 同時に九郎も感じる「なぜ突然!?」との疑問を、ミスラが代わって口にする。

 ベルフラムの同衾を受け入れたのは、九郎も「まだイタせる体では無い」との安心がそこにあったからこそ。滾っていても禁忌で抑制されるので、間違いなど起こる筈も無いと思い込んでいたのも理由の一つだ。


「そこでお尋ねしたいのですが……ベルフラムさん」


 男もいる衆目の場で聞く事は憚られたのか、ミスラがベルフラムに近付き、耳元で小声で尋ねる。


「来て……ないわ……」


 ベルフラムはその問いに、寂しげに眼を伏せ答える。

 九郎の耳には届いていた「月のモノは?」との単語に、九郎も項垂れざるを得ない。

 11歳で成長を止めたベルフラムはまだ初潮を迎えていなかった。

 すなわち子供が出来ないと言う事で、女としての幸せの一つの道を閉ざしてしまった事になる。

 命の代わりに幸せを奪ってしまった――九郎の心が再び自責の念に囚われる。


 ミスラは「禁忌に抵触していないのでは?」と考えたようだ。

 しかしそれなら所謂「安全日」なら、九郎はイタすことが出来ていたとも考えられる。

 ミスラもそれに思い至ったのか、アルトリアとシルヴィアとでこそこそ話し合い、顔を真っ赤に染めて俯いている。シルヴィアの顔も火が出る勢いで真っ赤になって行く。

 アルトリアが何をしゃべったのかは聞かない方が身の為だろう。


「え、ええっと……一つ目の仮説は無くなりました。と言う事でここからが本題です。この中でクロウ様に『抱かれたい』と思っている方は挙手をお願い致します」


 フォルテとアルトリアがすかさず手を上げた。

 リオが慌ててフォルテを嗜めているが、フォルテも譲れないと意地を張っているようだ。

 一瞬九郎と目が会ったリオは、気まずそうに視線を逸らす。

 最近少しは信頼の情も感じるようにもなっていたが、今日の一件で彼女の好感度は確実に下がっただろう。

 それでなくても口にもできない壮絶な過去を辿って来たのは、彼女達もレイアと同じ。それを知る九郎としては、心を取り戻す難しさを感じずにはいられない。


 デンテもすかさず手を上げたが、意味を履き違えているのだろう。

 シルヴィアが目を瞠り、恥ずかしそうに後に続く。


 ミスラの目はクラヴィスを捕えており、彼女はクラヴィスが九郎に想いを寄せているのではと考えていたようだ。

 しかしクラヴィスは戸惑いながら九郎を見上げ、尻尾を下げる。

 九郎はクラヴィスの頭を撫でながら、安堵の溜息を吐き出す。

 見た目はかなり成長しているクラヴィスだが、その年齢は12歳。最初から肉体関係を仄めかしていたベルフラムはともかく、九郎にとってクラヴィス達は妹分としての思いが強すぎる。それを言ってしまえばベルフラムもそうなのだが、彼女とは親の前で「貰う」と宣言した事もあり、「大人になったら」と約束していた。


 九郎の隣でベルフラムがおずおず手を上げるのを見て、ミスラは首を傾げて悩み始める。


「なんじゃ? ちゃんと5人揃っとるじゃないか……。儂の旦那様は儂が思っちょった以上にモテよるのぅ……」


 シルヴィアも流石にデンテは幼すぎると思ったのか除外した様子だが、フォルテを数に入れているようなので後で色々説明しなければならない。

 新たな誤解を生まなければ良いのだが……九郎は眉を下げて項垂れる。

 ただミスラが先程うっかり言った言葉を考えると、今上がっている手は実質3人だ。

 九郎もミスラと同じく首を傾げてしまう。


「となると……わたくしの未来の覚悟も数に入って……。いえそれでも一人数が足りない……それに現れたなら・・・・・との言葉は今を表す言葉……。未来であるならクロウ様は不死……となると残る可能性は……」


 ミスラが自問を繰り返し、顔を上げて九郎の隣に目を向ける。


「アゥ……」


 ベルフラムの隣にはレイアが座っていた。

 自我を感じさせない声色で、ベルフラムの腕に抱きつき、ぼんやりと月を見上げている。


 それはねえよ……九郎は言いかけ口ごもる。

 何度も九郎を攻撃してきたレイアは雄一の『支配』に操られていた。

 雄一の「レイアは九郎を憎んでいた」との言葉も、ある意味真実味が感じられた。

 ただ九郎を抱きしめて来た手の感触と、自らの目を抉ったレイアの行動に、言い知れぬ希望を抱いていたのも確かな事だ。


(やっぱ俺って気が多すぎんだろ!? 忘れられなかったのは確かだけどよぉ……)


 九郎は思わず自嘲を溢す。

 心臓を貫かれ腕を切り飛ばされたにも拘らず、九郎はレイアを嫌いにはなれなかった。

 それどころか心の片隅にずっと残り続けていた。

 この世界で初めて好きになった相手であり、受け入れられる直前だっただけに、レイアとの思い出は今尚九郎の中に鮮明に残っている。


 攻撃されたことを恨みに思う事も無かった。彼女の言った言葉は、ずっと九郎が想っていた事であり、一つの真実なのだから。

 出会い頭に首を落として来たリオにも、惹かれ始めている自分がいる。

 アルトリアなど何度九郎の首をねたか数えきれない。

 痛みも殆んど感じず、むしろ進んで傷付けて貰っている今の九郎にとって、攻撃などスキンシップの延長でしかない。


(女々しいってか? ……分かってんよ、んな事くらい……。でも……)


 九郎がレイアに抱いていたのは憧れの気持ち。

 挫けているのに立ち上がる。恐れているのに立ち向かう。

 九郎の中でレイアはずっとカッコ良かった。

 九郎はずっとレイアに認めて貰いたかった。レイアがベルフラムに望んでいた事を、九郎はレイアに望んでいた。


 ただ今のレイアに答えを聞く事は出来ない。

 レイアが最後に向けて来た怯えの視線も瞼の裏に焼き付いている。

 レイアの心が壊れているのは、もしかしたら救いなのかも知れない。そう思ってしまった九郎は、酷く身勝手な自分に気が付き、頭を抱えてまた落ち込む。


「アゥゥ……」


 その時レイアが九郎とベルフラムの袖を引いた。

 何かに怯えるような、それでいて二人の間を取り持つような寂しい声に、場の空気が形を変える。

 早急に求めても答えの出ない問題――それを気付かされるかのようなレイアの呆けた声に、シルヴィアが肩を竦める。


「儂等の旦那様が多くの人に愛されとぅのは、ええことじゃぁ……。人の輪を避けて孤独に泣いちょったコルル坊が、今はこんなに多くの人に愛されちゅう。それは喜ぶことであって、心配することじゃ無かろう? 儂は今はこの通り臆面も無くコルル坊への愛を口にしちょるが、昔はそれはそれは初心でのぅ。秘めたる恋も恋の内……。それでのうてもコルル坊はこれからも多くの人に愛されにゃいかん身じゃ。儂等に求められるのはそれを受け入れる度量だけ……。レイア嬢もそう言いたいんじゃなかろうかのぅ?」


 しみじみと語るシルヴィアは、そう言ってレイアに片目を瞑って見せた。

 ゆっくりと語られる「女は度量」との言葉に、ミスラは小さな溜息を吐いて、弱々しい笑みを浮かべる。「秘めたる恋」の単語も彼女の琴線に触れたようだ。


「…………ゥアー……」


 レイアは夜空をボンヤリ見上げて、安堵したかのようにもう一度呆けた声を響かせていた。


「でなんで俺等も参加させられてたんだ?」

「夢と希望と可能性は把握しておくべきですもの!」


 ガランガルンの疑問の声に、ミスラの本音が少し漏れ、アルフォスが顔を歪めて空を仰ぎ、カクランティウスが両手で顔を覆ってさめざめ泣いた。

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