第275話  城内乱闘


 ――『白の理』ソリストネの眷属にして、断罪を行う罪無き咎人――


 王宮のホールに静かな戦いの音が響く。

 淡々と襲い掛かってくる『魔動人形ゴーレム』の攻撃を全て受けきり、ゴミクズのように九郎の体は散らばるが、次の瞬間元に戻り、代わりに『魔動人形ゴーレム』がバラバラになる。

 感情を表に出さない不死者同士の戦いは、一人の少女の冷たい声をBGMに静かに続いていた。

 普段なら一人喧しく気勢をあげ狂気の宴を催す九郎も、今ばかりは口数が少ない。

 

 ――両手に持ちたるは縄を断ち切る赤錆びた斧――


 九郎が床に自分の血で境界線を画く。

 その線を踏んだ『魔動人形ゴーレム』達が、灼熱で溶け落ちる。

 いくら熱に強い『魔動人形ゴーレム』でも、岩を溶かす熱には敵わない。


 ――その身に纏いしは群衆の怨嗟。頭上に頂くは終月の18、2の鐘の音。位階は4――


 九郎が体を内側から爆散させ、肉片を周囲にばら撒く。

超絶エクスブロー美人ドボムシェル』を使うと、いつもは頭が割れるように痛くなる。情報量が増えすぎて頭が処理出来なくなるのだ。

 痛みも僅かながらにある。体を飛び散らせる事に対して自傷の痛みは適用されていないが、圧力を自らに懸ける際の『握痛』を感じていた。

 だが今の九郎はそのどちらも感じていない。

 痛みを感じる心が麻痺している。自分が感じる痛みよりも、大事な人の心の痛みが九郎の心を冷たくする。

 九郎は散らばった肉片を灼熱の炎に『変質』させ、次に『冷気』に切り替える。

 バグン! と歪な音が鳴り、『魔動人形ゴーレム』達が崩れ落ちる。

 熱した直後に急冷すれば、『魔動人形ゴーレム』などこのざまだ。


 ――古より定められた時の理。理に叛きし者に恩赦の斧を! ――

   『フルカ・ラブリュス・ムルト』!!!」


 そして静かで狂った戦闘も、少女の一声で終わりを告げる。

 中空にいきなり巨大な八芒星が現れ、次の瞬間白く輝く刃がホールの中に降り注ぐ。

 ギロチンに似た光の刃は、全てを透過するかのように地面に吸い込まれる。

 一拍置いて今度はガラガラと音を立て、『魔動人形ゴーレム』がただの人形に還り崩れ落ちていた。



☠ ☠ ☠



「後はここくらいでしょうか……」

「人形ばっかで人がいねえ……どうなってやがんだこの城は」


 大きな扉を前に、九郎とミスラがぼやく。

 城中を駆け回って大立ち回りをしてきたが、その中に命ある者は一人もいなかった。

 聖涙教会の神官に嘘を吐かれたのだろうか。一人ぐらい殺さずに持って来れば良かったかと、九郎は後先考えない自分の短慮に顔を歪める。


「誰か一人は『魔動人形ゴーレム』……『アンデッド』を操っている者がいるはずです。恒久的な魔力か生命力を得なければ、『アンデッド』の意思は徐々に希薄になって行きます。うちの者達もそうですから……」


 九郎の内面を読み取ったかのように、ミスラが呟く。

死霊レイス』従えるミスラは『アンデッド』に関しては特に造詣が深い。

 彼女の言葉を信じるのなら、もう目の前の部屋しか残っていない。

 王族の寝室――下から順番に城で動く者を全て破壊しつくし、最後に行きついた部屋の前に立ち、九郎が静かにミスラに告げる。


「ボス戦になんだから、下がってろよ? 今迄の雑魚とは違うだろうからよ……」

「あら? ご心配してくださるの? わたくし一応魔王の娘ですのよ?」

「当然だろ……」


 ミスラの茶々に九郎が息を吐く。

 今日ミスラは何度も儀式魔法を使っており、その度に幼齢化している。

 九郎の欠片で魔力の回復は容易とは言え、ミスラの額には玉の汗が浮いていて、辛さを堪えているのが丸わかりだ。魔力が回復しても消耗時の辛さが消えさる訳では無い。

 そもそもミスラは報復に付きあう理由すら曖昧で、九郎としては申し訳なさも覚えると言うもの。


「そんな顔しないでくださいまし。貴方様がわたくしを心配するのと同様に、わたくしも貴方様を心配して何がいけないのですの?」


 ミスラが弱った笑顔を浮かべ、九郎の頬を撫でる。


「俺は『フロウフシ』だぜ? 心配なんて必要ね――」

「……心まで不死とは限りませんわ」


 九郎の言葉を指で遮り、ミスラが片目を瞑る。

 ミスラは死霊術師ネクロマンサーであり、『死』の向こう側を見る者。アンデッドの不死性が『思い』に因って留められている事を知っていた。

 国を案じて現世に残った『死霊レイス』の兵士も、兄を想って長年仕える『追随する者フィルギア』のクルッツェも。そして最期の最後まで生きる事を定められた自分達『吸血鬼ヴァンピール』も。

『不死者』を『不死』足らしめるのは、心――魂と言い換えても良いかもしれない――に因るのだとミスラは捉えていた。


 九郎は口を開きかけて口ごもる。

 ミスラは何度も「完全な不死者はいない」と九郎の行動の危うさを咎めてくる。

 それはカクランティウスも同様で、アルトリアでさえ「不滅は無い」と時折溢す。

 しかし九郎としては自分の死が全く想像出来ない。消滅してさえ蘇る自分の体が『不滅』で無くてなんと言うのか。


「とりあえず俺を庇うなんて真似だけはしてくれんなよ」

「頑健なのは存じております。無様さえお晒しになられなければ、私も殿方の戦いに嘴を突っ込むはしたない真似などいたしませんわ」

「ぐっ……善処する……」


 九郎の何度目かの注意に、ミスラはつんと澄まして横を向く。

 そう言われてしまうと九郎としては耳が痛い。九郎の戦い方は後の先が基本で、まず殺られなければ始まらない。

 ただそうなると見ている方としては、一方的にボコられているようにしか見えず、手を貸したくなるようで……。結果いつまで経ってもこのやり取りは終わらなくなる。


「それにクロウ様もわたくしを気に掛け過ぎです。戦闘中に後ろをチラチラ見られては……そのなんだか気恥ずかしいですし……。わたくしも『不死者』であり『魔王の娘』ですのよ? 悲鳴を上げて縮こまるような弱い女とお思いですの?」


 ここぞとばかりにミスラが文句を言って来る。

 ミスラは魔法も戦闘もどちらもこなせる万能型オールラウンダー。槍術の腕はかなりのもので、自分もダメージを負うとは言え、儀式魔法すら使う事が出来る。単純な強さで言えば、九郎の仲間の中では3本の指に入るだろう。

 しかし九郎はミスラが心配でならない。


「『きゃぁ』とか『やん』とか聞こえたら気になるだろ、普通……」


 九郎が胡乱気な瞳で言い返す。

 九郎が言うのもなんなのだが、ミスラの戦い方は危なっかしかった。

 九郎もこの世界に来て5年目を迎える。殆んど各地を放浪していたので、場数にして言えばかなりの数をこなしてきた。その殆んどが魔物が相手であり、命の危険も無縁だった為に、傍から見れば危なっかしい事この上ないが、一応のセオリーも覚えている。死なないからやっていないだけで。

 その知識から言うと、ミスラは実力はともかく、圧倒的に戦闘経験が足りていないように思えていた。


「まあっ!? そこまで言うのならわたくし次は絶対悲鳴を上げませんわ。もし上げたら……一つだけ何でも言う事を聞いて差し上げますわ!」


 プライドを刺激されたのか、ミスラが眉を吊り上げ言って来る。

 九郎は眉を寄せて頭を掻き、「んじゃ、悲鳴を上げたら俺に任せて後ろで見ていてくれよ」とぼやく。

 耳に聞こえるミスラの「あら? 可笑しいですわね……こう言えばクロウ様は途端に狼狽え『な、何でも?』とか言うと思ったのですが……」との言葉を聞き流し、九郎は重そうな扉を押し開ける。


「――きゃっ!??」


 九郎の後ろでミスラが悲鳴をあげた。



☠ ☠ ☠



(まあ、これは俺も予想外だったわ……)


 ミスラが九郎の影に隠れて、ズボンの裾を掴んでいた。

 九郎の背中に隠れて顔を赤らめ目を逸らすミスラの様子は、いままで見た事も無いような初々しさだ。


「……あの男は……生きている人間かと……」

「見りゃ分かんよ……」


 小声で言って来るミスラに、九郎は眉を顰めながら溜息を吐き出す。

 時間的にも場所的にもなんら可笑しい所は無いが、真っ最中とは予想していなかった。

 大きな部屋の中央。豪華なベッドの上で、裸に神官服を羽織っただけの太った男が、一心不乱に四肢の無い裸の女に腰を打ち付けていた。

 ミスラが悲鳴を上げるのも止む無しだろう。


「あら? でもあの女はヒトでも……それどころか『魔動人形ゴーレム』でもありませんわ」


 ところがミスラは一瞬ジト目で奥を見つめ、拍子抜けしたように言いやる。

 思わず悲鳴を上げたのが悔しい――とでも言いたげなミスラに、九郎は頬を引きつらせる。


 四肢の無い裸の女は微動だにしていない。声も出さず、表情にも変化が見えない。

 太った禿男は、見られたら羞恥にのた打ち回ること必至の姿を晒しているにも拘らず、なんら九郎達を気にした様子も見せていない。それどころか一度一瞥しただけで、再び腰を振り始める始末。呆れるような図太さだ。

 今まで近くで大立ち回りをしており、いつもほど喧しくは無かったが、それなりに大きな音がしていた筈。それすら歯牙に懸けない様子は、図太いというよりも強者の余裕に思えてくる。


「てめえがノヴァって野郎かぁ?」


 九郎が再び怒気を孕んだ声を溢す。

 聖涙教会の職員たちの態度から、ノヴァと言う人物はそれなりに強者だとは予想していた。

 九郎の言葉に男はゆっくりとこちらに向く。


 だらしない体。禿げた頭。四角く平坦な顔。

 見た目からは強者のようには全く見えない。しかし後宮の私室にずかずか入り込んできた九郎達を見ても、全く狼狽えていないことから、明らかに実力者の余裕が見える。

 なにより九郎達を見つめる群青の小さな瞳には、本質的に九郎達が映っていない。

 人を見ていながらも人を認識していない目。その目が九郎を更に苛立たせる。


「どちら様です?」

「青の教会の禊女の事……知らねえとは言わせねえぞ」


 低く籠った声が九郎の口から零れ出る。

 その目の奥に捕えるのは、大きなベッドの隅に転がる青い人の結晶だ。九郎の顔が更に険しく怒りを表す。

 結晶化した人間を見ると怒りに気が狂いそうになる。

 結晶化した人間は、すなわちレイアに暴行した者。本人をこれ以上苦しめられないのが惜しいと思う程、九郎の心は憎悪に滾っている。


 目を背ける先にはぐちゃぐちゃに穢された男の死体が転がっている。

 糞を塗りたくられ、股間は潰され、人と辛うじて分かるくらいの残酷さだ。

 その隣には正面で青と黄色に分けられた奇妙な仮面が転がっている。


(間違いねえ……)


 ミスラを後ろ手に立ち止まらせ、九郎は大股で男に近付く。

 言葉を口にしてはいるが、言い訳を聞く気は無い。


「はあ。あの『青水晶製造機』になにか不備が?」

「殺す」


 男の口から出た言葉に、九郎は一言呟き床を蹴っていた。

 床が弾け、九郎が一気に距離を詰める。


「なんですか、アナタ。躾がなってませんね。『鉄拳制裁』!」


 禿げ男が九郎を指さす。


「ごあっ!?」


 次の瞬間九郎が後方に吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

 ダンプカーと正面衝突したかのような衝撃が、九郎の全身を走っていた。


「てめえ……」


 九郎が呟きギラリと前を睨む。虚空から金色の巨大な腕が現れていた。


「無詠唱……虚空から土魔術!? クロウ様! もしかしたらこの男は……『来訪者』!? イソロク・カツラ?」


 その光景にミスラが警戒の声をあげる。

 黄の魔法。6色の魔法の中で物質を顕現させられるのは黄の魔法だけ。しかし大地の神の魔法は、どれも地面を起点として発動する。海ではカクランティウス程の腕前でも、黄の魔術が弱くなるのは、それが一番の理由にある。

 何も無い場所から物質を生みだした男の力に、ミスラは直感的に『来訪者』を思い浮かべた。

 いるかも知れないと予想していただけに、不安も手伝って口から出たと言っても良い。


「おや、どこかでお会いしましたかな、お嬢さん? 夜這いとは……お気持ちは嬉しいのですが、私は女と交われなくなってしまっていてですね。ですがご安心ください。アナタのそっくりの肉人形が、ほら、私の手に掛かればあっという間に!」


 男が眉を片方跳ね上げ、ミスラの声に正解を仄めかす。

 男はミスラをめ付けると、虚空に手をかざす。

 ミスラが顔が青ざめさせて「ヒッ!」と息を飲む。

 ぶよぶよとした物体が虚空に現れたかと思った瞬間、ミスラと良く似た人形が出来上がっていた。

 一糸纏わぬ姿のミスラを模した人形は、大股を広げて男の腰の上に納まる。

 自分と同じ顔の裸の人形が、いきなり他人に抱かれる事がどれほど怖気を催すか。


「どいつもこいつも『来訪者』ってのはホントに……嫌になってくんぜ!」


 九郎はゆらりと立ち上がると思わず笑みを浮かべる。

 もう笑うしか無い――そんな悲しい笑みだった。

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