第272話 開かれた扉
「おいっ!? 別れたぞ、アイツらっ!」
暗闇の中でリオの焦りの声がフォルテの耳に届く。
下水路を駆けまわり火を放っていた少女達は、一瞬抱き合った後2手に分かれていた。
赤髪の少女は西へ、獣人の少女達は東へ。
こっそりと後を追いかけていたフォルテは一瞬悩んで赤髪の少女の後を追う。
「姉さんと陛下はあの子達を追ってください」
「お、おいっ!? フォルテっ!?」
駆けながら振り向き、フォルテは耳を指さし意図を伝える。
別れて追うのが危険な事は百も承知の上だが、今の場合こう別れるのが最善に思えた。
九郎の欠片を持つ自分と姉は分かれた方が良い。最悪どちらかに危険が迫っても、駆けつけて来てもらえる。
いざと言う時カクランティウスに頼れないのでフォルテも不安は残るが、赤髪の少女は魔法が使えていた。獣人の少女達が魔法を使っていなかったので、カクランティウスはあちらに着いてもらった方が良い。
(それに……陛下は強いけどニブイから……)
暗闇の中でフォルテは苦笑を溢す。
フォルテが知る限りにおいて一番の強者のカクランティウスも、索敵能力では自分達の方が秀でていた。
絶対的な強者であり『不死者』故に、敵意には鈍感なのだと以前溢していた。
先程は炎に気が付きフォルテたちを助けてくれたが、それはどちらかと言うと知識に依るモノ。小動物の共感覚で危険を察知できる『
「おいっ、クロウ! こっちは良いから絶対フォルテを守れよ!? 分かったか!」
暗闇から姉の苛立ちを募らせた小声が聞こえる。
普段であれば姉も食い下がっていたのだろうが、分かれて行動するのも初めてでは無い。
緊急事態なのも分かっているのだろう。
(姉さんも……クロウさんだけは信用してるよね)
アルム国境沿いの森での戦いを思い出し、フォルテは含み笑いを噛み殺す。
あの時は姉の方がいっぱいいっぱいで、仕方が無かったとも言えるが、あの戦いの最中でも誰にも傷一つ付けなかった九郎に、姉がかなりの信頼を置いているのは見ていれば分かる。
まだ自分に対する過保護は治りそうには見えないが、九郎が共にいれば大丈夫だろうと言う安心は、姉の中にもあるのだろう。その信頼を少しは弟にも分けて欲しいとフォルテは思う。
今の所これと言って危険が無いのが理由かもしれないけど……とフォルテは笑みを自嘲に変えて少女の後を追いかけた。
少女を追うのは簡単だった。
少女の頭上近くには仄かな白い灯りが常にあり、足もそれほど速く無かったので、フォルテの足でも十分に追えた。獣人の少女達の素早さは、フォルテの目では追えないくらいだったので、姉の方は苦労しているのかも知れない。
(何があるか分かんないから、準備しとかなきゃ……)
フォルテは魔眼を発動させ、道行く道中見かける小動物に『
弱ければ弱いなりに先手を打って準備しておく。これは九郎に教えられた、戦い方――いや守り方だ。
フォルテは九郎を弱いとはこれっぽっちも思っていなかったが、九郎は自分を弱者と捉えていた。
戦う強さではカクランティウスやアルトリアの足元にも及ばないと、常々溢していた。
アルトリアが戦うところは見た事が無いので、フォルテは何も分からないが、確かに九郎は、カクランティウスと鍛錬していて、一度も勝ったためしが無い。そう言う強さでいうのなら、カクランティウスの方が数倍上なのだろう。
ただ、フォルテは九郎の強さを別の部分で見ていた。
九郎の強さは心の強さだ。どんな相手にもひるまず、容易く身を投げ出す献身――優しさだ。
それは男心に憧れる、死を恐れない『英雄』の行いとして少年の目に映る。
九郎は『不死者』だから死を恐れない。それを知った後でも、フォルテは九郎の献身に胸を打たれていた。
(君たちに犠牲を強いている僕は……優しい男には程遠い……)
『魔眼』に中てられ、求愛の仕草を向けてくる鼠の群れを見つめ、フォルテは眦を下げて顔を歪める。
フォルテは今迄ずっと優しさに甘えて生き延びてきた。
愛を囁く虫を食べ、身の危険を顧みず助けに来た姉に救われ、今も九郎の優しさに甘えて生きている。
誰かの慈悲に縋って生きる事を、奴隷時代には不思議には思わなかった。周囲全てがそうだったし、逆に慈悲を受けれない者は死んで行く定めにあった。
しかし今の自分はそうじゃない。惨めなままの自分では無い。フォルテはそう思いたかった。
ただ人はそんなに急に強くはなれはしない。
弱いままでは庇われ守られるばかりで、決して庇う側には立てない。
だからフォルテは強さを求めた。頼られるような男になり、その果てに犠牲になれる強さを。
(まずは……君たちがくれる優しさを、僕以外の誰かに……)
フォルテは求愛して来る鼠を操り、駆ける少女の周囲に忍ばせる。
幼少の頃から『魔眼』を使い続けていたフォルテの『
それはフォルテの心情の変化も関係していた。
『
☠ ☠ ☠
(さて……ここからが問題ね……)
長い距離を走り終え、ベルフラムは息を整え大きく開いた横穴を見つめる。
2年の間に王都の下水路は全て把握し終えている。ただしここから先は未知の領域になる。
レイアの監禁場所を探る時、ベルフラムは多くの可能性を考えていた。
レイアは王宮には囚われていない。
これはベルフラムが城を脱出する際、他の牢に彼女が捉えられていなかった事と、後のアルベルトが王都に自分達を探しに来た際、日を開けずに戻っていった事が理由になる。
アルベルトが『
たまたまその時牢屋にいなかった可能性も考えられるが、ベルフラムが城の牢から逃げ延びているので、逃げられる可能性のある場所は避けるだろうとの考えもあった。
雄一ももう一人の『来訪者』も転移の術が使えていたので、完全に別の場所の可能性もあったが、雄一は九郎に対する保険――人質として自分達を欲していた。
いざと言う時直ぐに盾に出来なければ、人質としての価値は無くなる。雄一の性格を考えると、人質を遠くに置くとは思えなかった。
そこまでを仮定すると、今度はレイアを生かす為の世話が必要になって来る。
王宮で生活していた人々は、王族を除いて全てアンデッドが動かす『
どれだけ命令に忠実なのか、どれほど繊細な動きが出来るのか。詳しくは分からないが命の無い者に、大事な人質を任せるとは考えにくい。
調べた結果、魔法封じの結界は、王宮を取り囲む5つの神殿より内側に掛けられていた。
王宮にいない以上、神殿のどこかにレイアが囚われている筈。ベルフラムはそう考えた。
赤、青、黄、緑、白。
レイアの監禁場所として候補に挙がった教会の内、最初に除外出来たのは赤と緑。
赤の神は兵士と魔術師の神。赤蹄教会は学社を兼ねていることが多く、そもそも牢屋が存在しない。
緑の神は旅人と商人、そして盗賊の神。翡翠教会は商館の意味合いが強く、こちらは牢屋が存在するが、同時に多くの商人、ならず者に情報が知られてしまう。
どちらも共通して人の出入りが激しく、人質を隠すには向いていない。
そうして残るのは青、黄、白。
ベルフラムは最初に白――聖輪教会にレイアが捕えられていると予想し調査を始めた。
聖輪教会は政治と調停を司っているので、政治犯を捕える牢が存在する。雄一が以前は神官長に就いていた事もあり、一番可能性が高かった。
そして聖輪教会はその担う役割故に拷問室が存在する。レイアの境遇を考えると、一番先に調べておかないといけない場所でもあった。
(それでも2年……ごめんね、レイア……)
ベルフラムは2年の月日を思い返し、心の中でレイアに詫びる。
見つかれば最後、レイアの命の危険が増す。そう考えるとどうしても慎重にならざるを得ない。
だがもしこの場所にレイアが……と思うと焦らずにはおられない。
2年の歳月をかけ、慎重に調べた結果は、「レイアは聖輪教会には捕えられていない」と言う、落胆を伴うものだったが、同時に少し安堵したのを覚えている。
そうして残ったのは青と黄。
予定では残りの教会も調べ終えてから、今の手法を使い、混乱に乗じてレイアを救出しようと企んでいた。ただもう時間は残されていない。九郎が王都に来ている事を雄一に知られてしまえば、レイアは再び王宮に連れ戻される。
だからベルフラムは危険を承知で二手に分かれ、レイアの救出に乗り出していた。
本来なら無謀とも言えるベルフラムの単独行動も、魔法が使えるようになった今なら希望が持てる。
クラヴィスは最後まで反対していたが、強引にねじ伏せ言いくるめた。
どの道失敗すれば後は無い。今なら戦う力は自分の方が上なのだからと。
(て言ってもクラヴィス達の方が危険なのよね……。戦いは避けるって言ってたけど……)
ベルフラムはクラヴィスに絶大な信頼を寄せている。動きも頭脳も自分では敵わないと思う程に。
ただ彼女はベルフラムの身を一番に考えてしまい、そうなるとどんどん冷静な部分が失われていく。
彼女は彼女で考えがありそうしているのだろうが、自分や妹のデンテの命も必要に迫られれば容易く犠牲にしようとする。
それではベルフラムが望む未来とは相いれない。
逆に自分と別行動を取った方が、姉妹で生き延びる道を選ぶとも思えていた。
クラヴィス達が向かった先は黄の教会。
神鉱教会は銀行の側面を持っていて、多くの金銭を蓄えている性質上、昼夜問わず厳重な警備の目があり、加えて罠があることも予想出来る。その分レイアが捕えられている可能性も高いのだが、罠の事を考えると、素早いクラヴィス達の方が適任で、足の遅い自分は逆に足手纏いにすらなりかねない。
アルバトーゼにいた頃、いつの間にか街の暗部にまで入り込んでいたクラヴィスは、罠にも多少は造詣があると言っていた。
もう信じるしかないのだけれど……と心の中で呟きベルフラムは気合を入れる。
ベルフラムがこれから侵入するのは、青の教会。
残る可能性の中で聖涙教会が一番低いとベルフラムは考えていた。
書物で得ていた知識に於いては、聖涙教会と雄一の性根が結びつかなかったからだ。
聖涙教会が担うのは病気や怪我の治療と、弱者の救済。所謂病院だ。
人を癒すことが根幹にある聖涙教会にレイアを監禁すれば、誰か心の優しい者が見捨ててはいないようにも思え、除外しても良いかもとすら考えていた。
ベルフラムは慎重に狭くなった横穴を進み頭上の蓋を押し上げる。
下水路に繋がるのは当然厠と思っていたが、出た場所は汚物を纏めて流す場所のようで、多くの肥壺が並んでいた。
「きゃっ?」
と、肌にくすぐったい感触が登り、ベルフラムは小さな悲鳴を上げる。
暗闇から目が慣れる前に、ベルフラムは肌を擽る正体に気付き胸を撫で下ろす。
鼠がベルフラムの体を駆け登り、次々外に飛び出していた。
鼠はベルフラムにとっては食料でしかなく、肌の上を走ろうとも恐怖は感じない。こんな時で無かったら数匹捉えているくらいだ。
「うわっ! なんで鼠がっ!」
「近頃全く見なかったのに!」
「おい、早く殺せ! 青の教会で病気が蔓延したら洒落にならねえぞ!」
「放っておけよ。どの道アレ食って死ぬだろ」
「馬鹿っ! 『青水晶』齧られたら大目玉じゃ済まねえぞ!」
ただ病院の側面を持つ聖涙教会にとって、鼠は忌むべき存在だったようだ。
部屋の外から数人の声が聞え、鼠を追って走り去る音が続く。
(ついてるわね……)
ベルフラムは小さく息を吐き出し、周囲を伺い外に出る。
遠くで鼠の断末魔の鳴き声が聞こえていた。
(でも聖涙教会で牢屋なんて……あら?)
軽い軋み音にビクつきながら、ベルフラムが扉を開けると、そこはまだ地下だった。
下水道からまだ一度も上には上がっていないので当然なのだが、聖涙教会に地下があった事にベルフラムは少し驚く。
貴族出身で病気や怪我は専門の医者がおり、ベルフラムが聖涙教会を訪れたことが無かった為、彼女は知らなかった。
黒の教会が無いアプサル王国では、貴族に対する犯罪以外――市民に対する強盗、強姦、殺人などの罪は、聖涙教会が裁いていた。聖涙教会で人知れず処刑が行われている事など、貴族の身分にあった彼女は――知りえなかった。
そして――――人間の心に巣食う闇の深さを、彼女は想像出来ていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます