第269話  弱者の勘


夢魔族サキュム』と言う種族は獣人族より優れた暗視能力を持っている。

 魔力に対する感知力が高いので、真っ暗闇の中でも周囲の状況が分かるのだ。魔力の残滓の輪郭を見ているのだと言われているそうだが、フォルテとしてはまだその辺りの原理が理解出来ている訳では無い。

 魔族はその多くが闇夜を見通す目を持つと言われているが、全てがそうと言う訳でも無いらしく、『有翼族ハルピュイア』の多くは闇を見通す目を持っていないそうで、――アルフォスとベーテは『有翼族ハルピュイア』の中ではかなり稀有な存在らしい――と最近知った程度である。


 ただ多くの『魔族』にとって闇は恐れる物では無いのは間違い無い。

 恐怖の感情を殆んど失ってしまっている自覚の無いまま、フォルテは姉のへっぴり腰を横目に小さな溜息を吐き出す。


「姉さん……戻った方がよくない?」

「おっ……お前が戻るんだったらなっ!」

「しー……」


 小声で問いかけると、闇の中震えた姉の声が返ってくる。

 場所が場所だけにどちらも口元を押さえているので、声は広がらないだろうが、それでも声量を押さえて欲しいとフォルテは苦笑を浮かべる。


 再びこの場所に来るとは思っていなかった。朧気にそんな感想を思い浮かべて、フォルテは周囲に目を向ける。

 暗闇の中、どろっとした液体とも個体ともつかない汚物が、壁や足元を汚していた。糞尿なのだから色は見なくても分かるが、やはり匂いが凄まじい。

 奴隷として生まれ、臭気や不潔にも慣れた身だからまだ耐えられるが、それでも目が染みてくる。

 姉のリオの目にも涙が薄っすら浮かんでいるのは、恐怖だけが理由でもなさそうだ。


 昨夜も感じた事だが、存外下水路は温かかった。

 フォルテもリオも、今は下着以外を脱いだ状態だが、寒いとは感じていない。

 もとから熱さ寒さには強い体だったが、加えてこの臭気が齎す熱が関係しているのだと、ミスラが話していた気がする。腐敗ガスを知らないフォルテは、「夜にする小便が湯気を立てるのと同じ原理だろうか」と朧気に思った程度だ。

 そんな暗闇の中で、少女達の声が微かに反響していた。


「ベル様……ここはもう……人は残っていないかと」

「そうね……汚水が流れていないものね……塞がなくても良いわ」


 暗闇の中、小さな白い灯りがフォルテの見つめる先から漏れていた。

 聞こえて来るのは、昨夜九郎が保護した幼い少女達の声。

 話の内容の意味までは分からないが、壁から滴り落ちる汚水の量を調べているらしい。


(どうしてあの子達はここに戻って来たんだろう?)


 フォルテは浮かぶ疑問の答えを探しながら、じっと息を顰める。


 朝の稽古に汗を流していたフォルテは、周囲を伺いながら宿を出ていく彼女達に気が付き、こっそり後を付けていた。

 寝ぼけ眼の姉が止めるのも聞かず、「彼女達に迫る危険」と「彼女達に何かあったらクロウさんが悲しむ」と言う二つの予感を感じ取り、加えて彼女達――特にベルと九郎が呼んでいた少女――から漂う、不思議な匂いに魅かれてである。


 足早に下水道へと消えていく少女達を見失わないようするのに精一杯で、九郎達に知らせる余裕は無かった。ただそこはあまり心配していない。

 フォルテは耳に嵌った骨のカフスを触り、笑みを浮かべる。

 九郎の肉体から切り出した骨のカフスは、姉のリオとお揃いだ。

 これがあれば、いつだって九郎と言葉が交わせるし、駆けつけて来てもらえる。

 だからフォルテはとりあえず、彼女達を見失わないようにだけに集中していれば良い。


(姉さんも怖いんだったら引き返せば良いのに……。僕にはクロウさんもいるんだし……それに……)


 暗闇の中、へっぴり腰で先頭を歩いている姉の背中を見やり、フォルテはまた苦笑を溢して頭上を見上げる。


「むぅ……。この骨に付いた汚れと言うのは、元の姿に戻った時にどうなるのであろうか……毒にはある程度の耐性がある為、病気にはならぬであろうが……やはり気分的に……」


 頭の2つ分高い所で、紫色の髑髏が独り言を溢していた。


 フォルテの朝稽古に付き合ってくれていたカクランティウスは、流れに身を任せるかのように、この場所にまで付いて来てくれていた。

 下水道に潜ることも厭わず、それどころか少女達が降りて行った穴が昨日よりも狭かった為、骨の姿になってまでである。自分達の事を心配してなのか、それとも少女達が気になったのかはよく分からない。


 ただ、何が待ち受けているのかも分からない下水道の中を進むのに、これほど頼りになる人もいない。

 フォルテとリオ。弱者二人きりでは心細いかもしれないが、今はカクランティウスも一緒にいる。怖いと感じる姉の方が可笑しい。

 フォルテはその思いを姉の背中にぶつける。


「陛下……すみません……」

「今はカクさんと呼べと言っておろうが……む?」


 ただやはり、王であるカクランティウスに付き合わせるには、この場所は些か以上に気が咎める。

 フォルテの謝罪にカクランティウスは鷹揚と頷いて見せると、奥を伺い声を潜めた。


「―――『深淵なる赤』、ミラの眷属にして燻り続ける小さな種火よ! 灯れ! 

    『フラム・インセディウム』!!」


 直後に少女の澄んだ声が聞え、同時に熱波が体を過ぎる。


「下がっていろ」

「わっ?」「ひっ!?」


 カクランティウスが声と同時にフォルテとリオの肩を掴み、後ろに引き倒す。

 二人が短い悲鳴を上げると同時、カクランティウスの上半身が炎に巻かれた。遅れて轟音が響き、頭上からパラパラと埃が落ちてくる。


「ふむ……粉塵爆破か? いや……この臭気に火を付けたのか?」

「へいか……カクさん……。お体は……大丈夫……みたいですね」


 ブスブスと黒煙を立ち昇らせながら、カクランティウスが首を傾げていた。

 フォルテが目を丸くして尋ねるが、そう言えばこの王様は炎にも強かったことを思い出し、胸を撫で下ろす。「流石に火竜の炎は当たると厳しい」と言っていたが、薪の炎では何の痛痒も感じている様子が無かった。一瞬の炎の渦くらいは何ともないのだろう。

 フォルテは安堵の表情のまま姉を見る。腰を抜かしかけているが、それはいつもの事なので、手を握る。

 姉はガクガグ震えていたが、フォルテの手をぎゅっと握りしめて、なんとか正気を保ったようだ。


 考えてみれば姉も難儀な性格をしている。

 初見で看破されるくらい臆病な性格だと言うのに、フォルテの前だけでは意地を張る。

 彼女が自分を大事に想い、守ろうとしてくれているのは分かっている。

 しかし最近少々それがフォルテは不満でもある。


夢魔族サキュム』が弱い種族なのは、フォルテも充分分かっていた。

 しかし男として生まれた以上、やはり強さに憧れる。守られるだけの存在では立つ瀬が無い。


「大事無い。威力もそれ程と言うものでも無いから、これならお前達でも耐えられたかもな。しかし……何故なにゆえいきなり炎など……」


 カクランティウスが訝しがるように奥に目を向け、少女達の様子を再び伺う。

 少女達は炎が燃え広がるのが分かっていた様で、皆蹲って頭上を確認しているようだった。


(上が騒がしい……え、もしかして放火?)


 つられるようにフォルテも天井に耳を澄ますと、人の足音とざわめきがにわかに大きくなっていた。

 炎が上に登るのはフォルテでも知っている。逃げ場を無くした炎は、下水路を伝って地上に噴き上げたのだろう。


「搖動……か? しかし何の為に……」


 搖動――カクランティウスの自問の声に、フォルテも自問を繰り返す。

 先程少女達が話していた会話は、臭気の通り道を選別していたのではないだろうか。汚水が流れて来てない場所――人の痕跡が無くなっていた場所にだけ、炎を立ち昇らせるために。

 しかし何の為に――カクランティウスと同様、フォルテもそこが分からないと首を傾げる。


「む? 動く様だぞ。動けるか? なんならお前達は先に外に出て……」

「っそ、そうだな……な? フォルテ?」

「行きます!」


 カクランティウスの提案に、リオがこちらを見やり、フォルテは首を横に振る。

 カクランティウスに任せておけば、彼女達の安全は保障されたも同然だろう。しかし足手纏いと言われようとも、フォルテは彼女達に付いて行こうと決心していた。


(僕が……クロウさんを連れて行かなきゃ……)


 この時フォルテは、奇妙な使命感に突き動かされていた。

 脳裏に響く警鐘は、大きく鳴り続けている。この音は自身の危機に関するもの。恐怖を感じなくても、本能に刻まれた生き残る術を知らせる音だ。

夢魔族サキュム』の特徴は共感覚を感じる事に集約されている。危機の感知は小動物や虫達の不安心理を感じて行われる。

 だからこそ、フォルテはその音に逆らい進む道を選択する。

 虫が、小動物が――そして少女達が、何らかの不安を感じているのは間違い無いのだから――と。


 昨日の九郎の様子から、彼女達が九郎にとって大事な人だと言うのが分かっている。

 ならば自分が彼女達を守らなければならない。憧れの人が大事に思う人を助ける。それはフォルテが見つけた、自分の進むべき道だった。


(姉さんはいいよ……。女なんだから。……クロウさんに愛して貰えるしさ……でも……僕は……)


 フォルテは顔を上げると、握っていた棍を握り直して少女達の後を追う。


(強くならなきゃ……僕はクロウさんに必要とされない……。分かってる。強く無くてもクロウさんは僕を見捨てたりはしない事くらい……。でも……)


 恐怖を忘れたフォルテの心で、小さな傷が疼きだす。

 必要とされなくなれば、死が待つ奴隷の生活は、少年の心に早々命の使い道を探らせていた。

 その心に刻みつけられていたのは、全てを擲ち仲間を庇う男の、安堵を浮かべた横顔だった。



☠ ☠ ☠



「どう?」


 頭上から降る土埃に眉を寄せながら、ベルフラムは小声でクラヴィス達に尋ねる。


「西区1の5。燃えたようです。騒ぎはまだ小規模かと」

「あっちのほうから一杯人が集まってましゅ」


 天上を見上げて耳を引くつかせていたクラヴィス達が、ベルフラムの問いに答えてくる。

 白い光が僅かに周囲を照らす中、埃の動きや天井越しに伝わるざわめきが、大きくなって来ていた。

 レイア救出作戦の狼煙が今上げられたのだ。


「一応魔力が戻って予定してたよりもかなり難易度は下がったけど、油断しちゃ駄目だからね!」

「はいっ!」「はいでしゅ!」


 人の動きが確認できると、ベルフラム達は直ぐに駆け出し次を目指す。


 2年の潜伏期間の中、少ない戦力でどうやってレイアを助け出すのか。ベルフラム達が計画していたのは、王都で次々火事を起こし、騒ぎに乗じてレイアを救出しようというものだった。

 無関係な人々を巻き込む事に、葛藤が無かった訳でも無かったが、レイアの身には代えられない。

 一応人の住んでいると思われる場所には炎が噴き出ないようにはしていたが、それはなにも王都の人々を案じて――という訳でも無い。これには別の思惑も絡んでいる。


 ――おっ……お前らっ、なんで炎の中で飯食ってんだよぉ!? ――

 ――旦那様っ! 服が燃えて――ひいぃぃぃいい!! ――


 配管を伝って、人の恐怖に慄いた悲鳴が響いてくる。

 これこそがベルフラム達が目論んでいた、第二の騒ぎの呼び水だった。


 人の生活にいつの間にか溶け込む『魔動人形ゴーレム』は、レイアの救出作戦に於いて、目の上のたんこぶだ。彼等に見つかれば、途端に自分達の居場所がばれてしまう。

『来訪者』達はどちらも転移の術を持っているし、そうなれば逃げる事も難しくなる。

 だからこそ、ベルフラム達は2年の間地下に潜り、機会を伺い続けていた。

 姿を晒さず『魔動人形ゴーレム』の居場所を探り当てるのに、下水路というのは殊の外役立った。どれだけ人の社会に溶け込もうとも『魔動人形ゴーレム』は排泄しない。家の者全てが『魔動人形ゴーレム』に変った家からは、汚水が流れて来なくなる。

 そこに目を付け、生身の人がいない家を燃やして、生身の人々にその真実を明かす事こそが、この作戦の一番の目的だ。

 王都が混乱すれば、為政者側に座る雄一やセンセも少しは慌てるだろう。『魔動人形ゴーレム』だけの国を目論んでいた王族としても、放っては置けない事態になる筈。

 乱暴な手段だが有効に感じたのなら、迷わず選択する。国を追われようとも、誰かに恨みを持たれようとも、既に彼女達の覚悟は決まっていた。


「次、東区に急ぐわよ! あの辺は貴族街だったから殆んど無人と変わらないわ! 派手に燃やして慌ててもらうわよ!」

「はい!」「でしゅ!」


 ベルフラムはクラヴィス達を見やり、激を飛ばす。

 ここまで来たらもう止められない。賽は投げられたのだからと、止まるつもりも無かった。

 


☠ ☠ ☠



「少しは落ち着いたらどうですか?」


 ミスラが九郎を見つめ、やんわり言う。


「うるせえっ! これが落ち着いていられるかってんだ!」


 かなり乱暴に言葉を返して九郎は苦悶をまた作る。


 ベルフラム達がいつの間にか出て行った事を知らされたのは、九郎が起きてすぐの事だった。


 ベルフラム達の部屋には、短い文章で「心配しないで」とだけ書かれた書置きが残されていた。

 が、そんな短い一文で九郎が安心できるわけがない。

 昨日の様子から考えても、ベルフラム達が何かのトラブルに巻き込まれているのは確実であり、これから安全な逃げ道を探りだし、サクラの元に一旦帰ろうと考えていただけに、いきなり予定が狂った形だ。


「この国の王様が何か企んで、それでベル達が身を隠さなきゃならなくなってたんだろ? 俺が言って来てやんよ! ベル達に辛い思いさせやがって……ぶちのめしてきてやらぁ!」


 ただ九郎はその予定すら、どうでもいい所まできていた。

 なぜ自分を頼ってはくれなかったのか。なぜ皆に内緒で出て行ったのか。

 昨夜と同じく九郎の頭の中には幾つもの『なぜ』が犇めき合っていたが、それすらもう後回し。

 このまま王城に攻め込む事まで、九郎は安易に口走る。アルムの使節団としてこの国に来ている事も忘れ、戦争を嫌うミスラの思いまでを蔑ろにするセリフだが、形振り構う余裕も無いとはこの事だ。


「居場所は掴めているのですし、既にクロウ様は彼女達と共にいるのと同じではありませんか。己の安堵と彼女達の思い。どちらを優先させますの?」

「…………!! …………」


 だというのに、隣のミスラに言い咎められると、途端に自分勝手な思いなのかと、打ちのめされる。

 ベルフラム達が何故自分の元を離れて行ったのか。その理由が分からなければ、また同じ事を繰り返す。

 そう言われ何も言い返せない自分が、酷くもどかしく無力に感じ、それが更なる焦りを生む。


「フォルテっ! どうだ? ベル達は無事か!?」


 九郎は自分の内側に向かって、焦りのままに問いかける。


 ――今のところは大丈夫そうです。陛下も一緒ですし、僕も頑張りますから! ――


 フォルテが気合の籠った声で囁いてくるが、欠片を通して見えるのは、白い仄かな灯りだけ。

 ベルフラム達の声は、遥か遠くにいるかのように、九郎の耳には届いて来ない。

 聴覚が優れている訳でも無く、暗闇を見通す目も持っていない九郎には、真っ暗闇しか見えていない。

 まるで今の自分のようだと感じながらも、九郎は無理やり自分を押さえ込む。


(くそっ……落ち着けっ、俺! まだ最悪じゃねえっ! 皆もいるんだっ!)


 どうしてあれほどの信頼の目を向けてくれていたベルフラムが、何も言わずに自分の元を離れて行ったのか。その答えを見つけ出さなければ、彼女達を救う事にはならない。確かにミスラの言う通りだ。


 幸いベルフラム達の近くにはカクランティウスもいてくれている。そうそう危機には陥らないだろうし、いざとなったら助け出す手筈にはなっている。仲間の中でも特に信頼のおける人物が、彼女達の近くにいるのなら、自分はどう動くべきか。


 九郎は必死に頭を回して、考える。


「彼女達が火を放っているのは王城を囲む四方八方。どうやら中央から外に目を向けさせたいようですわね」


 ミスラが窓の外に目をやり、手元の地図に印を付けている。


 フォルテの報告から、ベルフラム達は王都のあちこちに火を放っていることが知らされていた。

 ベルフラムを良く知る九郎としては、耳を疑う報告だ。

 彼女達が放火をする理由など、どれだけ考えても思い浮かばない。安易に考えるのなら復讐――つらい時間を過ごさせた王都に対する恨みからかと思えるが、昨日のベルフラムからそんな暗い感情は見えなかった。

 ただ出会えたことに安堵の涙を流し、あの時のままの好意を向けてくれたベルフラムが、そんな暗い感情で動くだろうか。九郎には否定の言葉しか出て来ない。


「さて、ではそろそろ動き出しましょうか?」


 九郎が悩んでいると、ミスラが微笑み何かを手渡してきた。


「なんだよ……コレ……。今ふざけてる場合じゃ……」


 九郎は手渡された物に目をやり、眉を吊り上げ怒りを表す。

 ミスラから手渡された物は、九郎の世界でいう天狗……によく似た木彫りの面だった。

 

「よくお考えなさいませ。クロウ様。あの子達はクロウ様にあれほど情を傾けていたと言うのに、手を借りようとはしなかった。それどころか、助けて直ぐに出て行った。あの子達はクロウ様の『不死』をご存じなのでしょう? 考えられる理由としては――クロウ様が居ても役に立たない」

「ぐっ!」


 眉を吊り上げた九郎に対してミスラは静かに言って来る。

 九郎は吊り上げていた眉を少し落とす。

 つい先程自分の不甲斐無さに落ち込んでいただけに、役立たずと言われても即座に言い返せない。

 自分の力で何とかなるのなら、ベルフラム達も頼ってくれていた筈。九郎も思い浮かんでいた言い分だ。


「後は……クロウ様がいると逆に不利になってしまう何かがある」

「ぐぅっ!」


 ミスラの続く言葉に九郎はまた眉を落とす。

 その答えには行きついていなかったが、言われてみればその可能性も十分にある。

 考えてみれば自分はこの国ではお尋ね者だ。自分との関わりを疑われて、彼女達が今の状態になってしまった可能性も考えられる。

 ならば自分がのこのこ出て行けば、彼女達の立場は更に危うくなるかもしれない。確かにそれはありそうだと九郎は口を結ぶ。

 直ぐにこの国を離れてしまえば――そう考えていたが、4年の間に彼女達が築いてきた人のしがらみもあるだろう。動けない理由はそれが関係しているのだろうか。考えれば考えるほど、自分の短慮が恨めしい。


「それから……クロウ様には知られたくない何かがある。私達にも……と言うには余りに時間が短すぎますわ」

「ぬっぐぅっ!」


 今日のミスラは何かと容赦が無い気がする。

 ミスラの続けられた言葉に、九郎の吊りあがっていた眉は見事なハの字を作っていた。

 これはある意味、どう転んでも正解に思えた。

 寂しいと添い寝をせがんできたベルフラムが、一言も無く出て行ったのは何か秘密があったから。

 それだけは間違い無いだろうと思えて、九郎は俯く。

 鼻の高い奇妙な面が九郎を見つめていた。


「じゃあ……これは?」

「彼女達がとりあえず騒ぎを起こして何かを企んでいるのは明白ですわ。でもクロウ様の存在は知られてはならないご様子。なら、素性を隠して手助けするのが、一番かと……」


 ミスラは九郎に般若? と思しき面を掲げてニッコリと微笑んでいた。

 

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