第262話  さよなら、私の小さな……


 ウルス王子がしたり顔で掲げた人の腕。


「どう……して……」


 それを目にしてベルフラムよりも先に、レイアが声を漏らしていた。

 先程までの自信ありげな表情は一変して青褪め、カタカタと金属が震える音がホールに響く。呆然と呟くその横顔に、ベルフラムの胸に寂寥の思いが渦巻く。


(レイアはまだクロウの事を――)


 化物と思っているのか、憎んでいるのか――その疑問を口にする事無く、ベルフラムは必死に否定の言葉を探す。

 レイアは勿論クラヴィス達にも言っていない、ベルフラムの秘密の腕抱き枕

 レイアにとっての咎の形でもあり、彼女を一時ベルフラムから遠ざける事になった理由でもある。

 彼女が九郎の腕抱き枕を見て動揺するのも無理はない。

 そう自分に言い聞かせるベルフラムに向かって、王子はニンマリ口を曲げる。


「なに、丁度・・噂の真偽を確かめに行った私の手の者が、偶然・・そなたの寝所に潜り込んだ賊を捕まえたそうでなあ?」

淑女レディーの寝所を引っ掻きまわすだなんて、とんだ下衆もいたものね!」


 王子の明らかな嘘に対して、ベルフラムは暗にそれが自分の物だと認めるセリフを言い放つ。

 言いがかりだ。難癖だ。そう誤魔化す事はまだ可能にも思えていたが、ここに至ってベルフラムは確信していた。

 王子が自分達を罠に嵌めようと、最初から目論んでいたのは明らかだ。

 あの腕は、偶然見つけられるような場所には隠していないし、何より賊が欲しがるような物では無い。

 ただ、何のために? との疑問は未だに残っている。

 もともと罠に嵌めるつもりならば、ここまで労を割く必要も無かった筈だ。自分の何かが王子の癪に触ったのかは分からないが、ベルフラムの見た目は未だに幼い少女であり、邪魔だと感じたのであれば、暗殺者でも送り込んだ方が話は早い。

 わざわざ王都に呼び寄せ、貴族達を召集してまでこの場を設ける必要性が感じられない。

 王子の思惑が何処にあるのか――ベルフラムは王子を睨みながら考える。


「そう睨むな。レミウスの末娘よ」


 と、王子は意外な事に、敵意を向けるベルフラムに向かって大きく両手を広げる。

 迎え入れるように袂を開く王子の仕草に、ベルフラムの中にまた疑問符が浮かぶ。

『魔女』の嫌疑を疑われ、その証拠は既に揃えられていた。ならば後は異端審問にかけられ、処刑を残すのみ。

 既に逃げ道を探り始めていたベルフラムは、気勢を削がれて眉を上げる。


「短命な人族は、常に死に怯える。権力を、力を持つ者なら尚更生になあ。貴様が2度も処刑を潜り抜けた、かの『芋の英雄』に目を付けたのもそこであろう?  

 従者に毒の研究をさせていたのも、不死アンデッドを親しい者と見せようとしていたのも、全て『不死』を目論んでいた為……この腕は『不死』の研究の成果であろう? いや、なかなか感心しているのだ。貴様も私と同じ方向を目指していたのだからな。そう、『動く死体ゾンビ』など、見るに堪えぬ。夏場は臭くて叶わん。腐らない素材を探すのが当然の事よ」


 何意味の分からない事をくっちゃべってんのよ! ――その言葉を飲み込みベルフラムは王子を睨みつける。


 キリキリキリキリキリキリキリキリ


 いつの間にか奇妙な音がホールに鳴っていた。

 いつから鳴っていたのか。周囲から聞こえてくる筈のざわめきの代わりに満ちる音が、自分の運命の歯車の歪みに聞こえていた。



☠ ☠ ☠



 ベルフラムは腰の杖を、ゆっくり引き抜き掲げる。

 背中でクラヴィス達がスカートを翻して武器を取り出す音が鳴る。

 王のいる間に武器を持ち込む等と、咎める者は今はいない。

 王と近くに侍る3人、自分達を除いて――意志ある者は・・・・・・誰もいない・・・・・


 もっと早くに気付いていれば……そう思うがもう後の祭りだ。

 

 部屋には香水の匂いが立ち込めており、鋭敏な嗅覚を持つクラヴィス達も、気付けなかった。と言うより、流石にこれは・・・予想出来なかったに違いない。


 あの物見高い貴族たちが、あれ程の見世物を前にして、誰一人声も漏らさなかった。

 貴族は兵士でも騎士でも無い。一斉に揃って傅く態度など取れる筈が無い。

 貴族は『動く死体ゾンビ』でも『動く骸骨スケルトン』でも無い。黙っていても息遣いもざわめきも……命の音が聞こえてこない筈が無かったのだ。

 僅かに感じていた違和感が、キリキリと音を立てて答えを表す。


「お人形遊びに興じる歳でも無いでしょうに……。下衆を思い出して吐き気がするわ……」


 杖を構え、眼前を睨んでベルフラムが呟く。


 キリキリキリキリ


 軋む音を立て、傅いていた筈の貴族達の首がありえない方向に回転していた。

 傅いた姿勢のまま、首だけが一斉にこちらを向く。

 先程まで好奇の視線と感じていた目は、虚ろなガラス玉。

 嫋やかに笑っていた夫人も、侮辱の言葉を言ってきた貴族の男も、全てが揃って同じ表情。

 無機質な目。感情の通わぬ口元。


 『動く死体ゾンビ』や『魔動死体レブナント』の大軍との戦闘経験が無ければ、気の強いベルフラムでも悲鳴をこらえきれなかっただろう。

 それはある意味動く死体などより余程不気味な、人の形をした人では無い何か。

 人の世界に混じる異物が、人を装い成り代わっていた。


「ほう? 一目で『魔動人形ゴーレム』と見抜くとは……。賢しいとの噂は本当だったようだな? 貴様も考えていたのか? 腐敗しない素材として――」


 王子が意外そうに顎を撫でる。

 その言葉にベルフラムの目が驚愕に彩られる。

 ベルフラムは彼等の正体に気付いてはいなかった。貴族達の感情の籠らない虚ろな視線に、かつての一幕を思い出していたに過ぎない。

 そもそも喋る『魔動人形ゴーレム』など聞いた事が無い。

 ちりちりとうなじに感じる違和感は、かつて感じたモノと同じ。

 不死アンデッドの軍勢を前にした時感じた、死の向こう側の気配。


「良く出来ているだろう? こやつ等は自ら望んだのだ。永遠に衰えぬ肉体を。終わらない命を。だから与えてやったに過ぎない。まあ……一度終わりを迎えてからではあるがなぁ?」

「まさかっ!? 憑依!?」


 王子のしたり顔に、ベルフラムは思わず叫ぶ。

 感じた気配は間違いでは無く、彼等は既に死んでいた。『動く死体ゾンビ』と違い、朽ちぬ肉体を与えられ、自分が死んでいる事にも気付かないまま。

 2つの白の魔術の融合。しかしそんな話は聞いた事が無い。

 霊的不死アンデッドは、死した肉体にしか宿れない。土くれに宿れるのであれば、不死アンデッドはそれこそ滅びが無くなる。

 神々すら不滅でない世界に於いて、それは神をも凌ぐ存在だ。


「ちゃんとは残してある。側だけ取り繕っているに過ぎない。まだまだ研究の余地は多い」


 王子が指揮者を気取って両手を掲げる。

 続いて黄色の神官服の男が、指を僅かに動かす。


(操っているのはあいつ? でも黄色の神官服はベファイトスの……)


 噂に聞く放蕩王子がそんな高度な魔術に通じている筈がない。

 しかし黄色――ベファイトスは土の神だ。『魔動人形ゴーレム』の素体は作れても、操る事は出来ない筈――。ならばもう一人。あの不気味な仮面の男が関わっているのだろうか。

 ベルフラムが突破口を探る中、貴族の形をしていた異形が一人、いきなり胸元をはだけた。


「悪趣味極まりない所業ですな……」


 クラインの苦みの混じった呻き声がベルフラムの耳に届く。

 元貴族の『魔動人形ゴーレム』の胸元には、涎を垂らしたミイラのような人間が埋め込まれていた。

 恍惚の表情を浮かべたまま青黒く変色している、乾いて縮んだ・・・・・・小さな死体が。


 アラミス国王が好々爺の笑みを携えたまま、満足気に頷き言う。


「終わらぬ国家の繁栄を求めるのは、王として当然の事。だが貴族が考えるのはいつも自己の欲望とつまらぬ足の引っ張り合いばかり……。国家を憂う身としては、こうするのも仕方が無いと思わぬか? なに見た目は何も変わっていない。それどころか良い人間ばかりになり、国家は安寧を迎えられる」


 人を人と見ていなかったのは王子だけでは無かった。

 民を統べる地位にいた彼もまた、人に人を求めていなかった。

 彼が求めているのは人でなくても構わない、ただ恭順を示すだけの人形だった。


「人を……命をなんだと思っているのよ!!」


 何も変わらないと嘯く国王も、ベルフラムには狂って映る。

 ベルフラムにとって何より苛立つ視線。目の前にいる人間を全く見ていない、『魔動人形ゴーレム』と同じガラス玉の瞳。


「青麦を無毒化する聖女が本物かどうか……気になっていた理由が分かってもらえたかな? この『魔動人形ゴーレム』の生成には、忘我の境地が必要でなぁ?」


 王子がしゃべる度に疑問の答えが埋まって行く。

 何故王家が自分達を罠に嵌めようと企んでいたのか。独自で不死を研究していると誤解され、自分達が行っている計画にとって、ベルフラムとレイアが邪魔に映ったのだ。


「貴様も不死を望んでいるのだろう? なれば私が与えてやろう! 不滅の肉体と永遠の恭順を!」

「――『深淵なる赤』、ミラの眷属にして温もりを与える幽かそけき炎よ! 集え!

   『トゥテーラ・フラム・テトラ』!!」


 王子が獰猛な笑みを浮かべて両手を開くと同時に、ベルフラムの詠唱がホールに木霊する。

 魔力は既に練ってある。王子が九郎の腕を掲げた時点で、ベルフラムは準備を既に始めていた。

 罠に気付いた時点で、「どう切り抜けるか」を考えるのが、家臣の身を与る主としての当然の事。長々と王子達の演説をただ聞いていたのではない。

 魔封の結界の中、いつもよりも輝きを落とした炎の球が周囲に浮かぶ。


「クラヴィス! 退路を探して! クライン! レイア! 援護をお願い!」


 戦端は一気に開かれた。



☠ ☠ ☠



「なかなか頑張るではないか。いつまで持つかは分からぬがなぁ?」


 王子が高笑いを上げる中、剣戟の音が王宮に鳴り響く。

 家臣に人を求めていなかった王が住まう場所。既に全てが人形と化していた。

 続々とホールに押し入る兵士達もまた皆、物言わぬ人形。

 命を持たぬ人形が動く無機質な音に、命ある者が溢す荒い息遣いが混じり始める。


「老骨には堪えますなぁ……」


 祖父のボヤキの声。レイアの額に汗が浮かぶ。


(どうにかしなければ……)


 疲れることのない『魔動人形ゴーレム』の攻勢に、レイア達は終始押されていた。

 少女とは思えない量の魔力をその身に宿すベルフラムの魔法も、魔力封じの結界の中では思うように効果が出ていない。

 何より彼女の得意とする炎の魔術は、『魔動人形ゴーレム』と相手に分が悪い。

 不死アンデッド相手には効果的な炎の魔法も、燃えない『魔動人形ゴーレム』では効果が薄い。


「――『深淵なる赤』、ミラの眷属にして鋼を溶かす原始の炎よ、舞い踊れ! 

   『アブレイズ・フラム・ムルト』!!

 ってああもうっ! なんでこんなに小っちゃいのよ!?」


 鉄を溶断する炎の剣も、威力が弱まり装甲に弾かれている。

 皆を想って鼓舞する声にも、徐々に焦りが混じって聞こえる。


「くぅ!」

「姉ちゃ!」


 クラヴィスの小さな悲鳴とデンテの叫びが耳に過る。

 素早い動きで敵を翻弄し、一撃で魔獣を仕留めるクラヴィスも、硬い装甲を持つ『魔動人形ゴーレム』相手に防戦を強いられている。

 急所である死骸が装甲で覆われてる為、クラヴィスのナイフも弾かれるばかり。

 得物がナイフのクラヴィスよりも、金槌のデンテの方がまだ戦えている。


(魔力封じの結界が……これほど厄介なものだとは……)


 レイアの背中に冷たい汗が流れる。

 魔力封じの結界は、魔法使い以外も弱体化させるとは思ってもいなかった。魔力を紡いで体を強化し戦う戦士もまた、結界の影響を強く受けていた。

 今の自分では剣に魔力を通す事すら出来ない。

 手に持つ剣が普段より重く感じ、具足を付けた足も今は鉛のようで……。


「アルケヴィータ! お願い、皆を守って!」


 ベルフラムが気焔を吐くと、祈るように両手を組む。

 レイア達が止めるのも聞かず、既にベルフラムは儀式を慣行していた。

 どれだけ魔力を消費したのか。守ろうとしている主の目や鼻からは、赤い血潮が伝っている。

 炎の形をした鼠が、ベルフラムの願いに応えて、熱気を放って数体の『魔動人形ゴーレム』を消し炭に変える。しかし結界の中では、あの日目にした神々しさは感じられない。山一つを覆う魔法も今は使えないのか。


(どうにかっ……どうにか突破口を……)


 『魔動人形ゴーレム』から繰り出される腕の一撃を、無理やり手甲で弾いて、レイアは周囲に目を走らせる。お祝いにと主から貰ったばかりの手甲でなければ、そのまま腕ごと折られていただろう。

 そう感じるに十分な重い一撃。静かに、無機質な目で攻撃を仕掛けて来る『魔動人形ゴーレム』達。その数は一向に減る様子を見せず、どれだけ攻撃を加えても怯む様子も見せてくれない。

 そう言うものだと分かっていても、焦りはどんどんレイアの心を苛む。


 このままではまずい――胸に広がる不穏な影にレイアはゴクリと唾を飲み込む。

 物言わぬ敵の津波は、あの時の『死』で溢れた行軍を思い起こさせる。

 権力者が高笑いを浮かべ、主を追い詰める光景は、いつかのあの日と重なる。


(今度こそ……私がっ……)


 あの時色ガラスと共に降り注いだ、御伽噺の化物騎士はいない。

 自分がこの手で追い払った。

 今度こそ私が――再度ベルフラムの騎士になれたあの日、涙と共に誓った覚悟が試されている。

 レイアは自分に宿った弱気な心を無理やり立たせる。

 望んでいた場所。ずっと夢見た場所に、今の自分は立っているのだから――。


「クラヴィスさんっ! ベルフラム様を!」


 レイアは迷う事無く選択する。

 もう一人の憧れ。たった一言で全てを悟ってくれる、賢い少女の名を叫んで、レイアは敵陣へと飛び込む。


「ちょっと、レイア! 待ちなさっ……クラヴィス、何するのよ?!」


 背中にベルフラムの悲鳴を聞きながら、レイアは満足気に笑みを浮かべる。

 思った通り、クラヴィスは自分の思いを汲んでくれた。

 今のままではやがて力尽き、前と同じように進退が窮まる。

 ならばまだ力が残っている内に選ぶべきだ。


 犠牲を――。


「そういうのは私からだろうに……。この馬鹿孫が……」

「お爺様!? 私の花道を取らないでくださいよ……」

「一人では荷が重かろうと思ってな。轡を並べて戦えるのが一度きりと言うのは、少し寂しい気もするが……お前が騎士を目指した時に、私も覚悟はしておったよ」


 祖父の哀愁を含んだ苦笑に、レイアが口を尖らせる。

 あの日騎士の生き方を説いた祖父も、同じことを考えていたようだ。家族揃って騎士の家柄。思う事は同じであり、選んだ手段も全く同じ。

 似たもの同士の祖父と娘は、目だけで別れを済ませて左右に飛ぶ。


「やめなさい! クラヴィス! 離して! 命令よ! デンテ、クラヴィスを止めて!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ベルフラムの悲鳴にクラヴィスの苦悶に満ちた謝罪が混ざる。


(損な役回りを押し付けてごめんなさい。クラヴィスさん……)


 クラヴィスに心の中で謝罪を返しながら、レイアは『魔動人形ゴーレム』にぶつかっていく。

 『魔動人形ゴーレム』相手に細い細剣エストックでは歯が立たない。

 両手に嵌めた手甲を掲げ、レイアは体ごと飛び込んで体重を浴びせかける。

 鈍器と変わらぬ人形の腕が、レイアの頬に赤い線を画き、掲げた手甲が凹む。

 無理やりこじ開けた退路に響く、ベルフラムを抱えたクラヴィス達が駆ける足音。


「―――――――――――――」

「クライン! レイアっ!」


 レイアの口から零れた別れの言葉は、少女の悲痛な泣き声に紛れて消えた。


 ――さよなら、私の小さな――


 レイアが見たベルフラムの姿は、薄雲に曇る太陽の光の中に消えていった。


☠ ☠ ☠


「最期に……私は騎士に……戻れた……でしょう……か」

「ああああああああ!」


 背中に祖父の今際の言葉を聞きながら、レイアは喉から雄叫びを上げる。

 涙は頬を伝っていたが、悲しみに暮れてはいない。

 そう言う生き方、そう言う道を選んだ者同士。その死を悼む必要は無い。


 主の為に何が出来るか。祖父も同じく考えていた。

 小さな少女を支える為に、一心に身を粉にしてきたのはクラインも同じだ。

 一度は主を絶望させ、死を仄めかされた祖父もまた、レイアと同じく日々悔恨の連続だったに違いない。

 失った信用を取り戻すには、それまで以上の努力を必要とする。

 少女の流した涙に、昔の主に剣を向け、当然のように死出の旅路を語ったあの時、既に祖父の覚悟は決まっていた。


 祖父の最後の言葉が孫への言葉で無い事は、レイアにとっての誇り。

 騎士とは職業では無く生き方だと、祖父クラインは最後に示したのだ。

 今際の際に思うのは、主の行く末のみ。必要であれば、孫娘の命も厭わない。

 それこそが騎士の生き方であり、在り方だと。


「ぐぅっ……」


 ボグン! と鈍い音を立てて、レイアの両肩が外れる。

 魔力の通わぬ肉体で、何度も『魔動人形ゴーレム』の攻撃を受けていた為、肉体が先に限界を迎えたようだ。

 だがそれでもレイアは必死に立つ。

 一秒でも長くこの場に留まれば、それだけ主が逃げる時間が稼げる。そう信じて。

 主を託した少女達は、尊敬できる同僚。

 幼いながらに主を支え、祖父も認めた頼りになる少女達だ。


 家臣の為に血を流し、必死に守ろうとする優しい主を逃す為、あの一瞬で家臣一同が感じた未来。

 あの場に留まり続ければ、最初に命を失うのはベルフラムだ。

 止めるのも聞かずに危険な儀式を行使し、血の涙を流しながら魔法を放つ少女に、誰もが恐れる未来を見た。

 だからこそそれぞれの動きが、打ち合わせも無く揃った。

 主を生かすために自分達に何が出来るか。即座に選択できた。


「ぐぅぅぅぅぅうっ!」


 抜けた腕を振り回し、レイアの顔は苦痛に歪む。

 結界の中では得意としていた回復魔法も使えない。だからそのまま壊れた腕で戦うしかない。

 それでも膝を着くのは、命が尽きる最期で良い。

 痛みで、疲れで膝をつくなど許されない。


(足掻く……。諦めなかったからこそ……私はベルフラム様の騎士に……なれた!)


 諦めきれなかったレイアの夢の拠り所。

 何度も彼女を泣かせ、何度も拒絶されて、それでも拘り続けたレイアの生きる理由。

 その為に半生を捧げ、その為だけに命を使う。それがレイアの望んだ一生であり、子供心に憧れた騎士の姿だ。


(泣かないでください。ベルフラム様……。私はあなたの笑顔の為に戦うのですから……)


 最後に聞こえた少女の悲鳴が、いつかは笑顔に変りますように。

 そう祈りながらレイアは戦い続ける。


 物言わぬ人形の中に混じって、抜けた腕を振り回し戦うレイアの姿もまた、糸の切れた人形のようだった。

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