第256話  心残り


「わあっ! またあったよ!」


 午後の日射しを遮る細い山道で、ピュッケが歓声をあげる。

 まだ雪が残る道端。白い大地に青く輝く欠片が散らばっていた。

 その一欠けらを拾い上げ、太陽に透かして笑みを浮かべる少女の姿に、龍二は眉を顰める。


「まだ価値あるかも分かってへんのに、そんな荷物ぎょーさん増やしてどうすんねん」

「私が持つんだからいーでしょ!」


 ミスラに押し切られ、アルトリアと共に九郎の恋人を探すと言う、訳の分からない状態に巻き込まれている龍二の機嫌は悪い。本来ならば王都でだらだら過ごしていた筈が、何の因果か旅道中なのだ。餌に釣られた身とは言え、不承不承ふしょうぶしょうは拭えない。


「こんだけ見つかんねんから、価値無いんとちゃう?」


 龍二は呆れを相してピュッケに言いやる。

 今日で2度目。昨日を合わせれば3度目。雪の中に散らばっていた青い結晶を見つけてはしゃぐピュッケに、文句の一つも出てくる。


 ピュッケが掲げる青い石は「宝石と言われればそうなのかな?」と納得できそうな輝きはあった。しかし龍二には全く価値があるとは思えなかった。


 ついこの間まで引き籠りの高校生だった龍二が何を言うのか――と言わせないだけの自信が龍二にはある。

 地球にいた頃には触れる機会など無かった宝石だが、この世界に来てからは何度も宝石を手にしている。金貨や銀貨は重いしかさばる。ある程度宝石等に変えて持つのが金持ちの常識だ。

 宝石商の心を読み、価値のある無しの見分け方と言うのも、ある程度心得ている。


 その点から言って、ピュッケが見つけた結晶は論外だった。脆かったのだ。

 宝石は美しさや大きさも重要だが、硬さも重要だ。加工しようにも脆くては宝飾品として成り立たない。

 指に力を加えれば、途端崩れてしまう石では宝石としての価値は無い。

 それくらい盗賊稼業出身のピュッケなら、分かっていそうなのだが――と龍二は肩を竦めて溜息を溢す。


(色つきの塩の結晶かっつーの……。それはそれで価値があんのかも知れんけど……)


 現在龍二は金に困っていない。今回の旅費も経費も、全てアルム公国が賄ってくれている。

 将来を考えれば金はあるに越したことは無いんやろうけど……龍二は心の中で呟きながら、遠くで手を振るアルトリアを恐る恐る眺める。


「ほれ、ネーさんあんなとこまで行ってもーとんで? はよ行かな!」

「リュージはアルトさんに甘いよね? やっぱりおっぱい?」


 焦りを浮かべた龍二にピュッケがジト目を向けてきた。

 勘違いも甚だしいと、龍二はげんなりと顔を歪める。

 『勇者』とまで呼ばれるようになった龍二が、一番恐れているのが彼女なだけなのだが、どうにも仲間の少女達はアルトリアの実力を分かっていない。


 単なるアンデッドならば、龍二はこれほど恐れたりはしない。龍二にとってアンデッドは「体力の多いだけの魔物」に過ぎない。だが龍二が恐れを抱くのは当然だった。


 なまじ『詳解プロフィール』で相手の能力を数値化出来る力を得ていた為、龍二はこれまで「危ない橋」を渡って来なかった。元の臆病な性格もあって、不利ならば即座に逃げ道を探る事が龍二にとっての常道だった。

 それでも龍二は、彼女に出会うまでは天狗でいられた。

 相手の能力と自分の能力を比べても、今迄であれば遥かに格下ばかりだったからだ。


 髙くなった龍二の天狗の鼻は、九郎と言う見かけも能力も乏しい『不死者』にポッキリ折られていたが、それに輪をかけ龍二を凹ましたのは、アルトリアの存在だった。


 性格が良いのはもう知っている。誰に対しても朗らかな笑みを向け、他人に対して一歩引いた立ち位置に自分を置く彼女は、自分の忌まわしい能力を理解しているからだろう。それでも他者に対して悪感情を抱かず、純粋に関わり合いを求める彼女は、ある意味いじましいとすら感じてしまう。

 アンデッドと言う存在でなければ、龍二も絆されていたかもしれない。それだけの魅力が彼女に充分備わっている。


 しかしアルトリアは「分かる者が見れば分かってしまう」恐ろしさも備わっていた。

 すさまじい膂力。意味の分からない領域を維持して、全く減らない負の生命力。そして視界の端に常にチラつく黒く塗りつぶされた不明な能力。

 本人から正体まで明かされていると言うのに、それでも底が見えないのが何より恐ろしい。


「あれだけ綺麗で優しい女性ヒトですもの……」

(おいっ! 節穴聖女! まだアンデッドって気付いてないんかい!)


 ほわんとした目でアルトリアを眺めるユーリに、龍二は心の中で突っ込む。

 魔族に対してまだまだ差別心と言うか、わだかまりを抱える神官の少女は、アルトリアが見た目人族と言う事で、騙されていた。トラウマしか植え付けていない九郎は論外として。

 騒ぎだすとメンドクサイので放っているが、知らなければ幸せなのだろうかと龍二は頬を引くつかせる。


(親父で懲りたやろうに、進歩せえへんやっちゃな……)


 思い浮かべた疑問に哀愁を混ぜて龍二は溜息を溢す。

 彼女ももう何人もの魔族と出会い、魔族が教えられていた「邪悪なだけの存在」では無い事に、気付いてはいるだろう。と言うより、人族でも魔族でも悪い奴も良い奴もいる。その事くらいは気付いて当然だろう。

 だが長年培われた物の見方と言うのは、そう簡単には変わらない。心を読むまでも無く、葛藤しているのを良く見かけている。


「それに農民とは思えない力持ちだ。私も農民への認識を変えさせられた」

(そこでヒトとして疑わへんのはなんでやねんっ!)


 何故誰も気付かないのだろうか。気付かない振りをしているのだろうか。

 馬を引くマリーシャのセリフに、龍二は半ば苛立ちを交えて再度突っ込む。


 遠くで手を振るアルトリアは、身の丈を優に超える大荷物を背負っていた。

 自分が言い出した我儘だからと、彼女は龍二達の荷物も全て引き受けていた。

 重さにして馬車・・一台分。道が細くなっていたので、本来ならば引き返すか馬車を置いて行くかの2択だったのだが、彼女は事も有ろうか馬車をそのまま担いでいた。


 人外どころの膂力では無い。龍二であっても、そんな事は出来ない。しようとも思わない。

 なのにどうしてそれを受け入れられるのか。

 魔族に対しての偏見が、人族と言う事で自分達に都合の良いポジティブな何かを見せているのだろうか。


「お前等……ほんま……」


 使えない――その言葉を飲み込んで龍二は歩き出す。


 期待を裏切られた感じがしてなどと言う、淡い感情は龍二には無い。

 彼女達と今だに行動を共にしているのは、何となくの部分が大きい。

 身の回りの細々とした事をやってもらっていたりしていたが、それに対する感謝の気持ちを龍二は持ってはいなかった。どちらかと言うと「見捨てていない」事に対する当然の対価と考えていた。


 戦力の面で言うならば、仲間の少女達もそれぞれ一般の兵士以上に戦う力は持っている。だがどれも龍二とは比べるまでも無い。

 盗賊出身のピュッケがいなくても、索敵、斥候は『俯瞰ビューワー』と『詳解プロフィール』で事足りてしまう。

 赤蹄教会の聖女とまで呼ばれたユーリの魔法よりも、龍二の魔法の方が何倍も強力だ。

 剣の腕も騎士に鍛えられたマリーシャよりも龍二の方が上である。


 ではなぜ彼女達を引きつれているのか――龍二は心の中で首を捻る。


 どれだけ美しい少女に言い寄られようとも、禁忌の所為で最後までスルことは出来ない。逆に酷い目に遭うことを、龍二は最初の誘惑で思い知らせらされていた。

 あの痛みを知って尚、する為に邁進している九郎は、もう馬鹿だと思っている。「そうまでして求めるに足りる価値があるのか?」と興味が全くないわけでも無いが、いかんせん経験の無い龍二にとっては、地獄の痛みを覚悟してまで求める物だとは思えなかった。


 それに心を読める龍二にとって、打算にまみれた誘惑は逆効果だ。

 国を追われ行き場を無くした彼女達が、今も龍二に付き従っているのは、もう生きる場所がそこしか存在してい無いからだ。魔族の国に仕える事を決めたのも、やむを得ない事情の上で選択した不本意な物に過ぎない。


 それが分かっていて手放せないのは、男としての独占欲なのか。過去のトラウマから、孤独を恐れているからかと龍二は自問する。


(昔の自分を見てるようで、ほっとけへん……てのもあんのかなぁ……)


 国に、親に、組織に裏切られてしまった彼女達を、少しばかり憐れに感じてなのだろうか。

 誰にも助けて貰えず、一人いじめに屈して命を絶った龍二は、眉をハの字にして空を見上げた。



☠ ☠ ☠



 ガチャンと何とも言えない無情感を感じさせる音が響き、鉄格子の扉が閉まる。

 この音を聞くのは人生で何度目だろうと、九郎はふと考えて口の端を歪める。


「おい、『ご協力ありがとうございました』も言えねえのか?」


 片眉を上げる九郎の言葉に、拷問官はペッと唾を吐き捨て姿を消す。

 何か答えろよ……と肩を竦めた九郎は、どっかと腰を床に下ろす。


 薄暗い1畳ほどの狭い牢屋。

 その牢屋は、九郎がこれまで入ってきたどの牢屋よりも最悪な環境だった。

 通常備えられている筈の、汚物を纏める壺すら無い。垂れ流しなのだ。

 床は悪臭がする黒いヘドロのような物が溜まり、壁にも赤黒いシミがべったりと残っている。

 掃除は何年もされていないのだろう。残った汚物が何で出来た物かは、周囲からはガシャガシャ鉄格子を揺する音と、くぐもった怨嗟の声が説明してくれていた。


「ちくしょう! 畜生! チクショウ!」「殺す殺す殺す!」

「許さねぇ! てめえら絶対呪ってやる!」


 どれもこの世の者とは思えない、聞くに堪えない恨みの声。

 九郎がそう感じたのも間違いでは無く、牢屋で騒いでいるのは皆この世の物では無かった。


 九郎がこれまで戦ってきた事のあるアンデッド、『動く死体ゾンビ』や『魔動死体レブナント』はここまでおしゃべりでは無かったが、アンデッドはしゃべれない訳では無い。

 アルトリアやクルッツェなど、「話せる」アンデッドと言うのはそれ程珍しい物では無いようだった。

 そもそも強い恨みや願望によって世界にしがみついた者達だ。言いたい事が山ほどあっても不思議は無い。逆に言うと二人のように、自我を保っているアンデッドが珍しいのかもしれない。


 九郎がそんな事を考えながら目の前の牢に目を向ける。

 半ば腐った汚物と化した髭面の男が、唾とも胃液ともつかない汁を飛ばしながら、大声で喚いていた。その横の牢では干からびたミイラが、ぶつぶつなにやら言っている。どれも目を覆いたくなるような化物達だ。


「ま、俺も他人の事は言えねえな……」


 九郎は苦笑を溢しながら自分の体を眺める。

 右腕は根元から断ち切られ、背中の皮は殆んど残っていない。眼球の一つは失われ、左足の脛から下はもう骨しか残っていない。どう見ても自分も化物だ。

 情報を得ようと体を再生させず、欠片を使って盗聴、覗き見と色々やってはみたものの、これだと言う情報は得られなかった。


 最初、九郎はこの拷問を恨みからのものだと考えていた。

 九郎が倒した事になっている小鳥遊 雄一。『青の英雄』と呼ばれていた『来訪者』は、この国の貴族であり、この聖輪教会の神官長だった筈である。

 上司がぽっと出の『芋の英雄』と言う、意味の分からない輩に伸され、面子だとか、かたき討ちだとか、色々な理由で痛めつけられているのかと思っていた。

 しかし話を聞く限りにおいて、雄一は何の関係も無いようだった。

 雄一は元から殆んど仕事をしておらず、ただ名前だけの神官長だったようだ。性格も悪かった為、部下の心証も悪く、「その点に関しては感謝している者もいる」との言葉まで貰ってしまっている。


 ならば何故? との問いに「都合の良い素材が手に入ったから」との何とも理不尽な答えが返って来ていた。

 この国の貴族であり、聖輪教会神官長を殺害したテロリストがひょっこり姿を現した。

 その犯人が不死だと目されていたから、これ幸いと研究に利用しようとした――と言うのが真相のようだった。


 ただそれでも数々の疑問が残る。


 ――クロウ様をアンデッドと思い込んでいるのであれば、不死の研究にわざわざ選ぶ必要性が……。死刑囚でも『動く死体ゾンビ』にしてしまえば充分事足りますから。死体を弄る事はわたくしは好みませんが、それも白の魔法の一端である事は間違いありませんし……。

 それに不死と分かっていて、拷問するのも解せません。アンデッドの体をいくら傷付けても痛みを感じないのが一般的ですから――


 ミスラが溢していた言葉を整理するに、どうにもちぐはぐな事をされていたらしい。

 聖輪教会は白の神を祀る教会。アンデッドを使役する魔法がある関係上、アンデッドの研究自体は珍しい物ではないのだが、アンデッドに痛みを与えて、何をしようとしていたのか。そこがまだ分かっていなかった。


(何だか恨みを買おうとしてたような気もすんな。アンデッドから更に強力なアンデッドでも生み出そうとしてたんかね?)


 アンデッドが恨みを新たに持つと、更に強力なアンデッドに変異するのかどうかは知らないが――と頭を悩ませながら、九郎はむぅと唸る。


 彼等は『痛みを感じる不死者』を求めていたように思える。

 その点で言えば、九郎は間違い無くその求めている者なのだが、『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』のおかげで、直ぐに痛みに慣れる為、彼等のお気に召さなかったようだ。

 最初の拷問――生爪を剥された時、九郎が痛そうに顔を顰めたのを見て、拷問官たちの目は一瞬輝いて見えていた。それも時を待たずに曇っていったが――。


「最後に肉体と魂を分離する儀式に掛けるって言ってたけど、そんな事も可能なんか?」


 期待した成果が得られそうも無いので、九郎は明日の朝には用済みとして処分される予定だ。

 その際に最後に試すと言われていた予定を思い出して、九郎はミスラに問いかける。


 ――聞いた事がありませんわ。クルッツェも『追随する者フィルギア』――『死霊レイス』に近い存在ですから、死体に憑依する事は可能ですけれど、それはあくまでも仮宿に過ぎないのです。肉体と魂を分離するとは、すなわち死の魔法。白の神の古代語ルーンにそのような言葉はございません。いったい何をしようとしているのか……――


 九郎の問いかけに、欠片を通してミスラの答えが返ってくる。

 憑依を解く術と言うのは存在するらしいが、人そのものの肉体と魂を分離する魔法は無いらしい。

 何らかの情報を集めようと頑張って見たものの、結局分からない事が増えただけのような気がして、九郎は顔を歪める。

 とその時、向かいの牢屋からしゃがれた声が響いてきた。


手前てめえまだ使える・・・・・みてえじゃねえか。いいねえ、俺のはもうたち・・もしねえってのに」


 髭面のアンデッドが九郎を眺めてニタリと下卑た笑みを浮かべていた。


「なんだぁ? 俺ももう用済みって言われたぜ? っておっさん、気色の悪い事言うんじゃねえよ! 最近そっちの話題が多いんだ!」


 驚きながらも九郎は首を傾げ、そして男の視線に顔色を変える。

 髭面のアンデッドの視線は、九郎の股間と自分の股間を行ったり来たりしている。

動く死体ゾンビ』にまで言い寄られるのかと、九郎が後ずさると、男は一瞬呆けたような表情を浮かべ、


「何が気色悪いってんだ。俺もお前ももうアンデッドじゃねえか! ……ああ? 俺がお前の尻を狙ってるとでも思ってやがんのかぁ?」


 訝しげに顔を歪めた。


「んだよ? ち、違うってんのかよ?」

「ちげえよ! 羨ましいって言ってんだよ! ソレが残ってんのが!」


 九郎は上擦った声で返す。

 拷問のフルコースを味合わされていた九郎だったが、こと下に関する拷問は受けていなかった。

 股間をもがれる位はするかもしれないと、ある意味覚悟していた九郎も、その点に於いては胸を撫で下ろしていた所だ。これまでの人生の中、バナナをもぐより数多くもいできた部分だが、他人に、しかも男に触られるのは、ある意味痛みが無くても恐ろしい。


 髭面のアンデッドの男は、九郎のクロウが無傷であることを羨ましがっているようだった。


「まあ、無くなっちまったら落ち込むもんなぁ。気持ちは分かんぜ、おっさん」


 男の股間はもう腐敗しつくしていて、大事なぶつが失われていた。

 それに気付いた九郎は、眉をハの字にして慰めの言葉を口にする。


「しっかしここはしょぼくれた売女ばいたしかいねえ! どうせなら聖涙教会で処刑されてえよなぁ? 俺もしくったぜ。どうせ強盗タタキで捕まんだったら、青の神殿近くの屋敷を狙うんだったぜ」


 九郎の慰めの言葉に、男は意味の分からに返しをしてくる。

 頭まで腐ってしまって会話が儘ならないのだろうか? 九郎が訝しげに首を捻ると、男が下卑た笑みを強くした。


「お? おめえ、知らねえのかぁ? ってことは政治犯か何かか? 育ちの良さそうな顔してやがんもんなぁ?」


 くぐもった笑い声を上げて、男が腐汁を撒き散らす。

 この男も拷問官と変わらず、嗜虐的な性格らしい。下卑た笑み、歪んだ口元から良く無い言葉が飛び出て来そうで、九郎は少し身構える。しかしこの場所に囚われてから、初めての職員以外の者からの情報だ。


「初犯じゃねえし、処刑も経験してっけど、おっさんの言ってる事が分かんねえ。いったい何だってんだ?」


 残った片手を掲げて肩を竦める仕草をした九郎に、男は涎を拭って腰を振る仕草をした。


「決まってんじゃねえか! みそぎだよ! み・そ・ぎ! 死刑囚の最後の楽しみってな? 結局アンデッド化させるんだから、もう当初の目的とは違ってやがんだろうけどな! げひゃひゃひゃひゃ!」


 男の言葉を聞きながら、九郎はどんどん青褪めていく。


 この世界では恨みを現世に残したまま逝くと、アンデッドになると信じられていた。

 それでなくても命の安い世界。貴族のさじ加減ひとつで、処刑される事も日常茶飯事。事あるごとに処刑は執り行われ、中には見世物としているものすら存在している。

 しかし納得して処刑される者など殆んどいない。犯罪を犯す者達は、特に恨み辛みが激しい傾向にある。

 そんな者達が全てアンデッド化してしまえば、世界は亡霊で溢れてしまう。


 それを防ぐ狙いと言う名目で、死刑囚にはみそぎと言う名の最後の快楽が供されるのだと言う。

 要はスッキリしてあとくされなく逝ってしまえと言う、身も蓋も無いものらしい。


 男の下卑た説明に、九郎の額からは滂沱の汗が噴き出ていた。

 やれ白の教会の宛がう女はココが悪い。やれ青の教会の女は物凄い美人らしい。そんな犯罪者ならではの情報を聞いても、ちっとも心が昂ぶらない。九郎のクロウは男の言葉に、早くもいそいそと準備をし始めているが、その後に待つのは地獄でしかない。


「心配すんな。どこにでもいる売女だが、別に悪いってわけじゃねえ。噂の極上の別嬪に比べりゃアレだが、結構いけたぜぇ?」


 ゲラゲラ笑う男に、九郎は恨みの籠った視線を送る。

 ただでさえストライクゾーンが広い九郎。そして今の息子ジュニアは活動期に入っている。

 恐怖で汗が止まらない。


 九郎に痛みを与える一等の拷問は、毒でも炎でも悍ましい形の拷問器具でも無い。たった一人の裸の女性を近付けるだけで、九郎は地獄の痛みのた打ち回って悶絶する。


 禊の女性が九郎を求めてくれれば――そんな淡い期待は持ちようが無い。

 今の自分の姿は、目の前の腐敗した髭面の男と何ら変わることの無いアンデッド。心から抱かれたいと思う訳がない。

 そしてそんな自分を求めてくれる極上の美少女達がいると言うのに、これから長年想っていた恋人を迎えに行こうとしているのに、そんな浮ついた気持ちでどうすると、九郎は自分のジュニアを叱咤する。


「なんでえ、青い顔して? もしかして女が初めてか? 心配すんな。可愛がってもらえや。ここの女は年嵩が高いが、その分年季がちげえ。ゲヒャヒャヒャヒャ!」


 男の下卑た笑い声が、暗い牢屋に反響していた。



 翌日――冷たくなった九郎が牢番によって発見された。

 見るも無残なその死体は、繰りぬかれた眼窩から滂沱の血の涙を流し、生涯最後の快楽の前にこと切れる自分の運命を、悔やんでいるように見えなくも無かった。

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