第246話 閑話 隠しゴと


「なんで? ボク、全然エッチな気分になって無いのに!? 吸い取った感覚も無かったのに!?」

「おちついてくだちゃいまちっ! わたくちもドレインを受けた感覚はありまちぇんでちた! ほら、元通り……?」


 いきなり幼齢化したミスラに、アルトリアの方が混乱していた。

 自分以上に混乱している者が傍にいると、逆に冷静になってくると言うものだ。

 ミスラは自分の体の状態を分析しながら、口紅を咥えて頭を働かせる。


 感覚的には吸われたというよりも、自ら手放したような――のけぞり体を離そうとするアルトリアを宥めながら、はてなと首を捻ったミスラは、ふと目の前の大きな二つの塊に動きを止める。


「ちょっと失礼……」


 一言断りを入れて、ミスラはアルトリアの服の胸元を緩める。

 アルトリアの衣装は、胸下部分が大きく裂け、露わになっている扇情的な物だが、上側はしっかりと首まで覆われている。

 その胸元――先程までミスラが顔を埋めていた場所に、何かが挟まり膨らんでいた。


「え!? ダメっ! だからボクエッチな気分になっちゃうと、『吸収ドレイン』が抑えられないからっ!」

「ご安心ください。殿方が殿方を悦ばせる手管しかわたくし存じ上げておりません。女性同士と言うのにも興味は無くは無いですが、わたくしはまだ清い身。そこまで高れべるには達しておりませんので」

「ミスラちゃん!? 言っている意味が分かんないよ?」


 アルトリアが混乱したまま身をよじるが、ミスラは気にしない。

 馬乗りになっている腰の部分から『吸収ドレイン』される感覚は無い。『死霊レイス』を従えているミスラは、『吸収ドレイン』される感覚に敏感だ。彼等にその気が無くても、掠っただけで大切な『魔力』を奪われてしまうので、常に注意を配っている。


(あらあら、顔が真っ赤ですわ。かわいい……。女性を手籠めにする殿方の気持ちがちょっと分かってしまいそうです。とは言え、やはり殿方同士の「くっ……どうしてっ」には敵いませんが……)


 耳まで赤くして顔を覆っているアルトリアの胸をはだけ、ミスラは少し楽しくなっていた。

 混乱してどうしたら良いのか分からなくなってしまったのか、それとも自身が『吸収ドレイン』を発動していないことに、一応の安堵を覚えたのか、アルトリアはプルプル震えながらもされるがままになっている。


 目の前に現れた胸の迫力に、少し圧倒されたミスラは、アルトリアの胸から突き出たソレを見て、目を丸くする。


「う~……。ミスラちゃんちょっと怖い……え? 何この子……」


 組み敷かれて、ひん剥かれたアルトリアも、自分の胸の谷間に目を瞠っていた。


「張り型でも入っているのかと思いましたが……。随分珍しい魔物が紛れ込んでいたのですね」


 ミスラは嘆息しつつ、アルトリアの胸の谷間に埋まっている、赤い肌、緑色の髪を持つ小さな幼女を眺めて納得を見せる。


「ニン……ニン……」


 緑の髪の幼女は、アルトリアの胸に埋まりながら、小さな鳴き声を上げていた。


「あれ? もしかして埋まってる!?」


 アルトリアが困惑した声をあげる。緑髪の幼女は、アルトリアの胸から生えていた。


わたくし、そちらの光景の方が興味深いです。アルトリアさん、胸……大丈夫なのですか?」

「え? うん……。でもおかしいな……。魔法を使ってないのに、胸に入れてた種が芽吹いちゃって……」


 アルトリアの豊かな双丘から生えた緑髪の幼女。その周囲には緑の若芽が数本顔を出していた。

 アルトリアは体を腐らせ自分の肉体で植物を育てることが出来る。その説明を受けながら、またもや自分の常識が罅割れて行くのを感じ、ミスラは苦笑を溢す。


「これは、そう言う生き物ですわ。ベガお兄様辺りが仕込んでいたのでしょうか? でもお兄様にそんな知識は無さそうですし……わたくしが旅立ってしまいますから、ルキお兄様が手を打ったと考える方がまだ……。でも……どこからそんな大量の――」


 ミスラが一人自分の世界に没頭し始めたその時、部屋にノックの音が響く。


「姫様、クロウが落ち込んでた理由が分かりました。些細な事だったのですが……」


 続いて外から響くアルフォスの声。

 その時ミスラの脳裏で、一つのパズルが完成していた。

 


☠ ☠ ☠



(ああっ……なんてっ……なんて理想的なのでしょうかっ! わたくしの婚約者様はっ! この自ら知らずに墓穴を掘るさま! 堪りません! 堪りませんわぁ!)


 淑やかに嫋やかに。一輪の白百合のような佇まいで椅子に腰かけたミスラは、自分の太腿を強く抓って平静を装う。気を緩めてしまえば、たちどころに表情が蕩けてしまいそうになる。


「ミスラちゃん……。ボクの悩みが片付くって言ってたけど……」

「他の者の前でちゃん付けは止めてくださいましっ! ええ、アルトリアさんの心配事はやはり杞憂。それどころか……くふふ」


 ミスラとアルトリアがこそこそと小声で交わす中、アルフォスが状況を説明していた。

 その横には落ち込んだ様子の九郎と、微妙な顔したベーテ。それにリオやフォルテも揃っている。


「ったく、育ててた野菜が一本無くなっただけでそこまで落ち込むなよ。な?」

「ベーテさん! 食べ物はどんな時でも大切です! 僕等が誰を食べて生き延びてこれたのか……知らないあなたじゃないでしょう!」

「お、おお……。そうだったよな。悪かった、フォルテ」


 今朝九郎が落ち込んでいたのは、密かに育てていた野菜が一株なくなった――ただそれだけの事だった。


「まあ、それは大変ですわ! 富める時も清貧を。お母様の言葉ですが、とても大切な気概だと存じております。運よく王家に生まれたわたくし達を育て上げたのは、民の税。その事を忘れてはならぬと、常々お兄様にも言われておりました。それで……ど、どんなマンドラ……野菜ですの?」


 フルフル震える唇で、ミスラはその言葉を何とか紡ぎだす。

 九郎は何やら居た堪れない表情で、周囲に目を彷徨わせ、ボソボソと口を開く。


「お、おう……。よ、よく分かったな? マンドラゴラって……。いや、ルキさんに聞いたら、一度引き抜いた後は危険がねえって聞いて、その……ほら、俺ってダイコン好きじゃん?」


 明らかに挙動不審な動き。ザブンザブンと泳ぎまくっている瞳。「好きじゃん?」と言われても「初耳ですわ」と、ミスラは自分を抓る指先に更に力を加えて耐える。


「まさか厠の裏手に隠し畑を作っていたとは……。あの一件以来、深夜に度々あなたが厠に行くの見ましたが、それが理由だったとは……」

「おお、俺も何度も見たわ。多い日だと3回以上行ってたもんな? しかもわざわざ城の外の厠に。いや、一瞬お前が腹壊したんかと心配してたが、考えて見りゃお前が腹壊すなんてありえねえしな」


 アルフォスとベーテがそれぞれ九郎を励まし、九郎は更に身を縮ませていた。

 ゾクゾクする感覚がミスラの背中を這いあがる。もっとこの感覚を味わっていたい。内にほのめく情欲の炎が新たな薪を求める中、ミスラは目を薄く細めて新たな薪をくべる。


「クロウ様……もしかしてそれは……この子ではないでしょうか?」


 そう言ってミスラはそっとアルトリアの胸の谷間を開く。

 そこには体を半ば胸に埋めた、緑髪の幼女がぴょこんと顔をだしていた。


「ニン……ニンチ……ニンチー!!」

「な……ナズナ? 動いて……それに色が変わって……。でも確かにこの葉っぱの形はナズナっ……」

 

 緑髪の小さな幼女が小さく囀り、次の瞬間九郎に飛び付いていた。

 九郎は目を見開き、その小さな幼女の髪の形にうわずった声をあげる。


(名前までっ! ああ、たまりません! たまりません! 黒ですっ! 確実に黒ですわっ!)


 ミスラは喜悦のままに微笑みを浮かべる。もうどれだけ太股を抓っても、口が波打つのが止められない。


「それは『アウラウネ』という植物の魔物ですわ。マンドラゴラの変異種。マンドラゴラは周囲から魔力を集め育つ植物なのですが、その変異種である『アウラウネ』は逆に貯め込んだ生命力を分け与える力を持っていますの。危険な魔物ではありませんのでご安心を。

 この魔物は言って見れば森の管理者。時に多くの生命力を持つ者から弱った者に、自発的に力を分け与えるよう促す時があるのですが、それが原因でわたくしがあのような姿になったのですわ。アルトリアさん、これで一つお悩みが解決しましたね」


 何かをこらえるような――複雑な笑顔を浮かべながら、ミスラはアルトリアの手を握り片目を瞑る。


 先程ミスラがいきなり幼齢化したのは、アウラウネの持つ力が原因だった。

 溢れんばかりの生命力を持つ『吸血鬼ヴァンピール』のミスラと、生ける死者アンデッドとして生命力がマイナスに傾いていたアルトリア。

 その均衡を保とうとして、アウラウネは力を発揮したのだろう。

 ただしアルトリアはクロウの欠片を持っていた為、見えない部分で生命力に満ち溢れていた。その力が行き場を無くして、彼女が持っていた植物の種を芽吹かせたと言う訳だ。


「名前を付けるほど可愛がって育ててたんだね~。ボクも分かるなぁ~、その気持ち」


 柔和な笑みを湛えて、アルトリアは胸を撫で下ろしていた。

 自分の『吸収ドレイン』が原因で、ミスラが幼齢化した訳では無い事を知り、安心したのだろう。

 子供の姿をしているとは言え、その本質は植物。アルトリアの本能の部分は擽らないのか、眺める視線は完全に野菜を見る目だ。


「それじゃあ食べない方が良いんですか?」

「ええそうですわ、フォルテ。食べられなくは無いでしょうけど、畑に埋めていた方が有益ですの。雑草も元気になってしまいますから、世話は大変だとの話も残ってますが」


 フォルテの質問にミスラは口元を隠して笑みを浮かべる。

 ミスラもアウラウネの存在は知っていたが、見るのは初めてだ。それだけ珍しい魔物であるのには、いくつか理由があるのだが、それこそがミスラに取っての肝心。珍しい魔物を一目で看破したのも、調べて心に残っていたから。


「き、危険はねえって確かなのか?」


 リオが怯えた声を出す。小さくても魔物と聞いて、怖気付いたのだろう。


「ええ。それどころか、この魔物は益ばかりですの。土壌の栄養を均衡に保つので、場所によっては豊穣の守り神にまでなってたりするのですわ。古の伝承では緑の神の眷属とも言われていますが、人工的に・・・・生み出せる・・・・・魔物ですので、そこまでの力は無いと『水平線の向こうより』と言う伝記に書いてありました」


 にっこり笑ったミスラの言葉に、九郎の肩がビクリと震えた。


「人工的に生み出せる魔物? なら姫様はどうして珍しいと仰ったのですか? それほど益のある魔物であれば、多くの場所で見かけても良い筈ですが……」


 アルフォスが訝しげに考え込む。


「アウラウネには危険は無いとは言え、その元、マンドラゴラは危険な植物であり、アルムでも王家が管理する畑でしか取れないと言うのもありますが……」


 ミスラは部屋を見渡し唾を飲み込む。


(ないすあしすと! ですわっ!)


 心の中でアルフォスに喝采を送っていた。もう気持ちの昂ぶりは最高潮だ。

 頬が熱く熱を帯び、熱い吐息が口から洩れる。


 ミスラが満を持してその言葉を唱えた瞬間、部屋の中が凍りついたように止まった。


「マンドラゴラをアウラウネに変化させるには……その……大量の……樽2つ分程の……男性の体液……正確には……そのぅ……精液が必要でして……」


 皆の視線に射抜かれ、九郎が顔を覆ってしゃがみ込んでいた。


(くぅ~! 最高です! ありがとうございます! ごちそうさまです!) 


 羞恥に顔を真っ赤にした九郎を眺めて、ミスラは一人、心の中で拳を高らかに掲げていた。



☠ ☠ ☠



「出るって事は一歩前進したんだよ! クロウ! 今度貰って入れれば……でもガマンガマン! もうちょっとガマンしたら出来るんだもん! やった~! ミスラちゃん、ありがとう! ボク元気出た!」

「こちらこそありがとうございます! ごちそうさまです! 大変よろしゅうございました!」


 手を取り合いキャッキャとはしゃぐ二人の乙女。


「てめえ……食い物で何してやがんだっ!」

「姉さん押さえて! クロウさん、きっと辛かったんだよ! ボク、今日からクロウさんと寝るね! 頑張って見る! だから姉さん一人で寝られるよね?」

「何言ってやがる! こいつ男色じゃねえって言ってたろーがっ!」

「でもっ! お野菜で出来るんだったらボクでもっ!」

「見てるだけで出来るんだったらアタシが脱いでやるよ! 触らねえで済むんだったら、簡単で良いじゃねえか。それよりこいつがお前に興味を覚える方が問題だっ!」

「姉さん酷いっ! ボクの恋路を邪魔しないでよ!」

「だから恋路とか言ってんじゃねえっ!」


 その横では仲睦まじい姉弟喧嘩が勃発していた。


「野菜相手にぶっかけ続けるって、よっぽど溜まってたんだよな? お、俺は仕方ねえと思うぜ?」

「ひ、姫様やアルトリア様に言い寄られれば、しし、仕方ありませんよ。溜まってたんですよね? 樽二つ分……ぶふっ」 


 蹲って顔を覆い、フルフル震えている九郎に、悪友二人は優しかった。

 笑いを噛み殺した何とも苦しげな表情だったが。


(危機感からだったんだよぅ……。確かに猿みてえにシちまったけどよう……)


 絨毯を見つめながら九郎は目を潤ませていた。

 危機を脱して直ぐにおっ勃つ事への危機感。それをどうにかしようとして、苦肉の策として選んだ方法に、のめり込みすぎてしまった。


 リオの言う通り、九郎の周りには美しい少女達が揃っている。

 リオでなくてもアルトリアなら、言えばいくらでもネタを提供してくれるだろう。それが無くても九郎は若い男。想像というカプセルを飲み込むだけで、妄想は捗りまくる。

 しかしそれでは解決策にならない。

 彼女達をオカズにしたら、逆に危機的状況下でも妄想が先走ってしまうような気がしてならなかった。


 九郎に抱かれたいと思う女性が増えていることが原因なのか、最近の息子は毎日元気いっぱいだ。

 美少女との肌の触れ合いに、抑えが効かなくなりそうだった。危ない場面でおっ勃つ息子を鎮める為の苦肉の策。

 いろいろな言い訳を自分にしていたが、4年以上溜まりに溜まった情熱を吐き出す行為に、覚えたての中学生のようになってしまった感は否めない。流石に九郎も、樽二つ分も出ているとは思ってもいなかったが……。『不死者』の体恐るべしである。


(くそぅ……シルヴィみたいな形だったのに、こんなにロリ化しちまってよぅ……)


 九郎は自分の腰に抱きついたままの掻きネタを眺め、眦を下げる。

 いつのまにかヌード雑誌がロリ漫画に変ってしまったような、侘しさを感じる。

 瑞々しく白い肌と見ていた根っこは赤い色に変り、面影で残っているのは、緑色の髪と薄い胸だけ。シルヴィアが知ったらどつかれそうだ。


(子供を残す行為はできねえから……こいつは俺の子供じゃねえんだろうけど……)


 赤い体。緑の髪の毛。ダイコンと言うよりも人参のようだ。

 子供の姿をしているが、親心は湧き上がって来ない。確かに種は蒔いたが、元はマンドラゴラとして成長を遂げていた成体。ミスラが言ったように、変わっただけに過ぎないのだろう。

 愛着は感じていたが、まさかこうなってしまうとは――と九郎は溜息を吐き出す。


 文字通りオカズとした結果誕生してしまったアウラウネ、ナズナは九郎を見上げ、


「ニンチ!」


 と一声鳴いた。


 あんまりな鳴き声だと、九郎は思った。

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