第228話  傍観者


「もうちょいギア……あげようかぁ?」


 龍二の口元がニヤリと笑みを形作る。

 雰囲気の変わった龍二に視線を合わせながら、九郎は頭を働かせていた。


(フレンドリファイア無効ってゲームかっっての! いや、それはこっちとしても良かったんだけどよ……)


 後ろも見ずに魔法を使い、あまつさえ仲間には傷一つつけなかった龍二。

 いったい何が起こったのか、目の前で見ていた筈の九郎ですらさっぱり意味が分からなかった。


 ――もう少し、もう少し……時間を稼いで……下さい。何とか……調べてみますので……――


 脳裏にこの場に来る前に言われたミスラの言葉が思い浮かぶ。

 ミスラは最期まで龍二の『神の力ギフト』を調べようとしていた。

 九郎は何の消耗も無く『神の力ギフト』を使えていたが、直接神に選ばれた訳では無いミスラが『神の力ギフト』を使うにはかなりの『魔力』を必要としていた。


 ――心配しねえでも俺は『不死』だぜ? 無理しねえで休んでてくれって――

 ――『不死』は言葉通りの物ではありません! 神ですら真の『不死』、『不滅』ではないのです! 油断はその身を滅ぼしますわ! ――


 ミスラは九郎の『不死性』をあれほど見せつけても、安心できない様子だった。

 勿論大丈夫だと言った九郎も、不安が無い訳では無い。

 『神の力ギフト』とはそれだけ警戒すべきものだ。特に攻撃関係であれば何の心配もいらないが、四織の『サンダツシャ』のようにハメ技のような能力もある。あの時九郎は間一髪だったと思っていた。

 もしも四織が万全の状態――病に侵されていなかったら負けていたのは自分だったと感じている。


(つっても、トップに俺が出るのが一番安全なんだよな……)


 しかしどの道自分がこの場に立っていた事は変わらないと、九郎は苦笑を浮かべる。

 世話になったカクランティウスの娘たちが危機に瀕しているのなら、死ぬ危険性が一番低い自分が最初に出るべきだと言う考えは今も変わっていない。


(取りあえず……動きを止めとくか?)


 九郎は龍二と対峙しながら、離れた場所で両手を再生させる。

 今龍二に燃えカスにされたが、直接攻撃で九郎の肉体が消え失せたりはしない。

 消し炭となっても、肉体は肉体だ。そこから再生させることも、また動く事も今は可能になっている。

 龍二の死角で骨の無い両手を再生させ、這うように龍二の後ろに忍び寄る。尺取虫のような動きしか出来ないのでかなり不気味だ。


(いけっ! 力の一号、犠牲の二号!)


 充分に間合いを詰め、九郎の腕が筋肉だけで飛び跳ねた。


「ふん……」

「なぁ!?」


 完全に九郎に視線を合わせていた龍二が、またもやこちらも見ずに腕を振った。

 飛びかかった九郎の腕は、一瞬で細切れにされどちゃりと絨毯に落下する。

 斬られたところで問題無い九郎だが、呆気にとられて動きを止める。


(何だ? 気付いてやがった? さっきから後ろにも目がある見てえじゃねえか! これも『神の力ギフト』か?)


 正体を一瞬で暴く目。仲間だけを攻撃せずに虫を一掃する炎。そして今の不意打ちを防いだ何か。

 たった一つの『神の力ギフト』で出来る事が多すぎる。


(違うっ! こいつは応用してやがんだ。俺の不死も死なねえだけが使い道じゃねえ。携帯代わりにも監視カメラ代わりにもなってんじゃねえか)


 考えてみれば自分の『フロウフシ』も様々な用途で使える『神の力ギフト』になっている。

 収納、監視、電話と戦闘に役立つ物は皆無だが、それでも便利さはかなりのものだ。

 龍二も九郎と同じく、何かしら想定外の『神の力ギフト』の使い方をしているに違いない。


 涼しい顔の龍二は、未だに此方を見続けている。血の一滴でも付いていれば武器を使い物にならなくする事も出来るのだが、生憎龍二の刀には血の一滴も残っていない。

 それだけ彼の剣速が早かった事を意味しているのだろう。


「『魔王』を相手に余裕見せつけやがってムカつくガキだぜ……」

「まだ自分の事『魔王』て言い張るん? ニセモンやてバレてんのに? うわダッサー! カッコ悪! そう言うのなんて言うか知ってる? 虎の威を借る狐っちゅうんやで? 脳みそ空っぽやろし、知らんかったやろ?」

「ヤロウッ! てめえぶっとばしちゃるっ!」


 九郎が龍二に襲い掛かる。一言言っただけで3倍の悪口雑言が返って来たのだ。

 何も手出しせず、相手が疲れるのを待とうとしていた九郎だったが、ここまで言われて平静でもいられない。

 何より九郎は煽り耐性がそれほど高い訳でも無い。

 床を蹴って龍二に飛びかかる九郎。


「はっ! 遅すぎやわ……」

「なっ!?」


 九郎が両手が宙を掴む。

 龍二は九郎の腕の先、一ミリの距離で余裕の表情を見せていた。

 交差した九郎の両手が宙を舞う。いつの間にか龍二の刀が翻っている。


(かかったな! 馬鹿めっ!)


 だが九郎もそこまでは予測済みだ。

 もとから攻撃してくる者にはとことん強い九郎だったが、此方の攻撃が当たったためしなど数えるほどしか無い。

 だが今回は自分の不死性を余すことなく晒して良い。ならば打てる手は数多く残っている。


「『狂喜アメイジング乱舞・グレイス』!!」


 飛び散った九郎の両腕から、再び九郎が再生する。

 定着しなかった『ビックジャック・イン・ザリ箱・ボックス』の面目躍如。真上に跳ね飛ばされた腕から九郎が生える。しかも復活したのはこの場に残っていた残りカスだけ。内臓その他、いろんな部分は城中にばら撒かれており、所々が欠損した見るも無残な全裸の肉体。


「ションベンちびって絨毯よごすんじゃねえぞぉ……お?」


 完全に不意を突いた攻撃だった。龍二が後ろを見る能力を持っていようとも関係無く、対応出来る筈の無い意識外の攻撃の筈だった。しかし『再生』した九郎の視界の先には、誰もいない。


「アンデッドっちゅうんは、なんでこんなグロイ攻撃ばっかやねん!」


 その声は九郎の遥か頭上から聞こえて来ていた。


「がっ!?」


 振り向く隙も無く、白い光によって上下に分断される九郎。

 内臓が少ないのでそこまで凄惨な事にはならなかったが、充分に惨たらしい光景が広がる。

 切り離された上下の肉体から血液が流れ、赤い絨毯を更に赤黒く染めていく。


「てめえ、何で初見殺し見切ってんだ!」


 九郎が叫ぶ。

 悔しさよりも驚きの方が勝っていた。

 タイミングも意外性もばっちりだった筈だった。先程から何度も見せつけていたので、切り飛ばされた部位が動く事は予想出来たかもしれない。

 しかしまるまる一人の人間が骨から再び生えると誰が予想するのか。

 初めて見たのなら驚きに数秒固まっても良い筈の攻撃である。

 例え寸前で切り刻まれても、九郎は再び肉体を別の場所で再生させ、再度攻撃を仕掛けようと思っていた。


 なのに龍二は九郎の渾身の策すら見切り、あまつさえカウンターを仕掛けて来た。

 いくら何でも勘が良すぎる。


(いや……勘が良いって話じゃねえ……。まるで……俺の心を……)


「脳みそ無くなってなかったんやな……。まあもう終いやし……ちょっと気付くの遅かったなぁ?」


 龍二が慇懃な笑みを湛えて、九郎の心の言葉を先んじていた。


(やっぱり! こいつ、心を読んでやがるっ!)


「大当たりや! 冥土の土産にちょうどええやろっ!」


 龍二が再び刀を振り降ろす。

 その刀は、いつの間にか白く淡い光を放っていた。

 九郎の両手がその白い刀で切り落とされる。


「無駄だぜっ! 俺は『不死』だって言ってんじゃねえか? まだまだ戦いはこれから……」


 その先の言葉を口にする事が九郎には出来なかった。

 流れ出る血も、切り離された胴体からも、失った両腕の先からも、いつもなら溢れてくる赤い粒子が湧き出してこない。


(なんだっ!? いつも見てえに引っ付かねえ!? どうなってやがる!)


 驚き狼狽え九郎は体の変化に戸惑う。

 その九郎を嘲りながら龍二が九郎の心に答える。


「それは『無縁ディレイト』っちゅうてなぁ? 不死だのなんだの関係無く、この世界との繋がりを断つ攻撃や。アンデッドの再生能力ゆうてもこればっかしは防げへん……。あんじょう成仏し」


 死刑宣告を下すかの如く、ニヤニヤとした笑みで龍二は九郎の状態を説明してくる。 


(『無縁ディレイト』!? 俺の『運命の赤い糸スレッドオブフェイト』と同じようなもんか?)


 龍二の言葉はハッタリでは無い。九郎は何故かすんなりとその言葉を真実と確信した。

 今も別の何かが出そうなほど、下腹に力を込めていると言うのに、赤い粒子の一欠けらも傷口から漏れて来ない。

 いつもなら直ぐに手を繋ぎたがる『修復』の赤い糸も、断ち切れたまま姿を見せない。


 それだけでも龍二の言葉が嘘では無い事を語っているが、別の方面からも、九郎は彼の言葉に納得する材料に思い当たっていた。

 思い浮かんだのは、砂漠で盗賊に襲われた時だ。強力な『不死性』と『再生能力』を持つアルトリアの腕を『修復』で取りこんでしまった時。――彼女の腕は再生しなかった。腹を穿つほどの欠損も瞬く間に治してしまえる彼女の腕は、いつまで経っても再生しなかった。

 龍二の『無縁ディレイト』はそれと同じ効果を持っている。

 そう確信した九郎に龍二はゆっくりと歩み寄って来る。


「まだ生きとるんかいな? やっぱフシは面倒やなぁ……。つーか自分、『ヘンシツシャ』の力一回も使わんかったな? 舐めとったらこういう目に遭うて、次ん時、きーつけやー」

「がっ!? おいっ! ちょっとタンマ!」

「待たへん」


 九郎が動こうと体を捻る前に、龍二の刀が何度も振り下ろされる。防ごうにも手が動かない。分断された腕や足からは全く反応が帰って来ない。

 短い呻き声を上げる九郎に、龍二は躊躇なく攻撃を加え続ける。


 ――クロウ……様! 『勇者』の……『神の力ギフト』の名は……――


 その時九郎の脳裏に、ミスラの息も絶え絶えな囁きが響く。

 ミスラの言葉を聞きながら、九郎は首だけで龍二を睨む。


「ほな、さいなら」


 軽い口調の龍二の刀が九郎の頭に振り下ろされた。

 九郎の視界が暗転した。



☠ ☠ ☠



「俺の時代キターーーーーー!!」


 硬い石畳。饐えたような惨い匂い。埃っぽい路地裏。

 そんな最悪とも思えるような状況の中で那須 龍二は思わず雄叫びを上げていた。


 白い部屋に通された時、既に期待していたと言って良い。

 ライトノベルの、アニメの中だけの作り話だと思っていたことが現実になったのだ。

 興奮冷めやらぬ様子で、今迄見た事も無い情景に胸躍らせ、退屈な人生から刺激的な人生へと変わった事を喜んでいた。


 現世に未練など有る筈も無い。

 何故なら龍二は自ら現世との別れを選んだ人間だからだ。


(ええ行いしとって良かったぁ……。絶対地獄行かされる思ってたわ……)


 ひねていたし決して自分でも性格が良かったとは言えないが、龍二は素行だけは悪く無かった。と言うより、その性格の所為で素行が良かったとも言える。

 何事も斜に構え他人を小ばかにしたような態度の龍二は、一般的な学生の例に漏れずイジメにあっていた。カツアゲ、暴力は日常茶飯事で、面倒な事など全て龍二に押し付けられていた。

 しかし今、龍二は虐めて来たクラスの人間に感謝してしまいそうになっている。


 ただ押し付けられただけにせよ、何年もの間積み重ねてきた善行――特に花壇の整備や動物の世話がポイントとなって、人一人殺めたと言うのにマイナス域まで行かなかった事が、龍二には何よりの驚きだった。


 面白い事など何も無い――そう絶望していたのは過去の事。今はもう新たな世界の門出にただただ浮かれていた。何せこの世界は魔法も魔物もいる、虐められていた龍二が唯一憧れ、夢想した世界なのだから……。


「ステータス・オープン!」


 お約束とばかりに龍二はその言葉を口にする。


「うおっ!? マジかっ!? まんまゲームやん……」


 一応言っておかねばと思って口にした言葉だったのだが、いきなり効果が目に見え龍二は驚く。

 路地裏から人ごみに向かって言葉を口にした途端、人々に奇妙な文字が浮かんでいた。


「ほうほう……。よう分からん文字やけど、ちゃんと頭に入ってきょる。ええなあ、この何でも出来そうな感じ……。むっちゃテンション上がるわぁ……。どれどれ、俺の能力は……っと。何これ!? めっちゃ強いやん!? ゴメン神様! 聞いた時はショボイ思うてましたっ!」


 自分の掌を眺めながら龍二は独りずっと興奮しぱなしだった。

 龍二の視界の片隅では『ボウカンシャ』の文字が浮かんでいた。



☠ ☠ ☠



「はあ……しょうもな……」


 ピクリとも動かなくなった男の死体を一瞥し、龍二が溜息を吐き出す。

 『魔王』と恐れられる人物がどれ程の者かと期待していたが、余りに弱すぎて拍子抜けした気分だった。

 『来訪者』としてこの地に降り立った龍二は、この世界で敵無しだった。

 それもこれも授けられた『神の力ギフト』が強力チート過ぎた為だった。


 龍二に授けられた『神の力ギフト』、『ボウカンシャ』は4つの力に分けられる。

 一つは龍二が最初に発動したステータス・オープン。正確に言うならば『詳解プロフィール』。

 意思を持つものに限られるが、その情報を見る事が出来る能力。九郎が言った『鑑定』よりも劣る能力だが、対人戦に於いて相手の能力を先に知る事が出来る為、いきなり自分が優位に立てる能力と言える。


 二つ目は『俯瞰ビューワー』。自分自身をまるでゲームのキャラクターのように別視点で見る事が出来る能力だ。

 客観的に自分を操るのには慣れるまで苦労したが、この力があれば自分に降り注ぐ危機を360度把握する事が出来る。また、膨大な魔力を持ち、龍二にとって魔法制御が簡単だった事で、驚くほど細かな攻撃も行う事が出来た。フレンドリファイアを気にせず魔法が打てたのはこの為だったと言える。

 ただ、龍二に彼女達を傷付けるつもりが無かったかと言うと、それは微妙なところだった。


「あいつら……ここに置いといても追っかけて来るんやろうなぁ……」


 龍二は気絶したまま動かない仲間の少女達を眺め、大きなため息を吐き出す。

 仲間として慕う素振りを見せてくれている美少女達だが、龍二の心証は決して良いものでは無い。

 何故なら彼女達が心から自分を慕っているのではなく、権力者に言われて慕う素振りを見せているだけだと言う事を既に知ってしまっているからだ。


『ボウカンシャ』の3つ目の能力――『諦観モノローグ』。相手の心を読む能力である。

 大勢の人がいる時に発動すると喧しくて仕方が無いので、普段は閉じている能力だが、対人でこれ程役に立つ能力は無い。心証も嘘も企みも、全てが龍二には筒抜けになる。


 この力がもう少し早く発現していればと、龍二は何度思っただろう。

 この地に転移してきてしばらくの間、龍二はこの力に気付かなかった。

俯瞰ビューワー』と『詳解プロフィール』を併用する事で初めて『諦観モノローグ』が表れる仕様だった為だ。


 『来訪者』として膨大な『魔力』を持っていた龍二は、ルクセンと言う国ですぐに頭角を現していた。

 並みの兵士など束にかかって来ても圧勝出来るほどの力が龍二には備わっていた。

 そんな龍二の周りには、いつの間にか現世ではただ見るだけでも睨まれていた美少女達が集まって来ていた。


 モテなど架空の絵空事だった龍二に、有頂天になるなと言う方が無理な話だ。

 例え禁忌でヤラシイ事を禁じられていたとしても、夢のような状況に盛り上がらない訳が無い。

 今でも時折白い部屋で禁忌を言い渡され、「自分には関係無い話だ」とスルーした自分を殴りたい気分で一杯になってくる。


諦観モノローグ』が発現した時、龍二は初めて彼女達の本心を知った。

 何度も愛を囁いてくれていた少女達の本心が、『来訪者』の『加護』を求めての事だと知ってしまった。

 何度彼女達を切り離そうと思ったか分からない。


 しかし、結局龍二には彼女達を遠ざけられなかった。

 例え自分の肩書に寄って来ているのであっても、見る人の目を奪うような美少女達と共にいる優越感。それを手放す事はもう龍二には出来なかった。


「はあ……『無縁ディレイト』がホンマに縁切りやったらよかったんやろか……」


 龍二は誰に言うでも無く一人言ちる。

 最後の能力は先程九郎に説明した通り、この世界との繋がりを消し去る力。

 この世界に存在できる力そのものを抹消する力だった。


『ボウカンシャ』の『神の力ギフト』――それはその名の通り、物語を外から眺めるような気分にさせる、奮えば奮う程孤独感をもたらす能力でもあった。


「あんさんも一人やったんやろ? 『来訪者』に寄って来るもんなんて、どいつもこいつも利用したろて思とる奴ばっかやもんなぁ?」


 あれほどやかましかった『魔王』を詐称していたアンデッドは、もう一言もしゃべらずその体を横たえていた。自分でやったことながら、無残な事をしたものだと龍二は感傷に浸る。

 『俯瞰ビューワー』発動時は他人事のように感じてしまうので、どんな残酷な事も行えてしまうのが考え物だ。


「俺よか強かったら、可能性あるって思うたんやけど……」


 龍二は自分に課せられた『神の指針クエスト』を鑑み、自嘲の笑みを浮かべる。

 龍二に課せられた『神の指針クエスト』は何も強者を必要とはしていなかった。しかし龍二は強者にしかその可能性を見出せなかった。

 『命を預けられる人を7人』――これが龍二に課せられた『|神の指針クエスト』だった。

 しかし龍二はまだ誰一人としてその人物を見つけてはいない。どれだけ良い人間だと思っていても、心を覗ける龍二にとって、人は嘘吐き極まりない。弱ければ守ってもらう事しか頭になく、今の仲間の少女達のように腕が立っても、頼る事ばかりを考えている。

 自分よりも強い人間なら命を預けるのに値するかと、魔王城まで来て見たのだが――。


「敵対した方が嘘が少のうてええやなんて考える俺も大概やなぁ……」


 王、教皇、騎士団長――この世界に於いて強者と呼ばれる人間とも出会ってきたが、強者と言えど信頼できる人物は皆無であった。皆口当たりの良い言葉で龍二を誉めそやすが、その心の中ではどう利用してやろうかと考えている者ばかりだった。

 逆に嘘偽りの無い敵意の方が安心出来てしまうなど、自分も相当病んで来ている。


 戦争、暗殺、革命――全てが他人事のように感じられていた。

 命を奪ってももう心を掻き乱す事は無い。全ての物事を客観的にしか見ていない龍二に、罪悪感など抱きようも無い。

 嘘吐きだらけの世界で自分の心を守る為、龍二は自分自身も他人のように扱うことに慣れてしまっていた。


「なんや奥に重要な人物が隠れてるって……最後に思うとったみたいやし……。今回はまあ、あの狸の口車に乗っといたろか……」


 細切れになった死体の前で一度合掌すると、龍二は先へと歩きはじめる。

 この『来訪者』のアンデッドが今際いまわの際に思い浮かべた情報。この先に自分の能力を暴いた人物が存在している。


「俺も……これ以上集られるん嫌やしなぁ……」


 ただのガラス張りの部屋だと思っていた謁見の間に、濃い色のガラスが嵌められた部分があった。

 ここが隠し扉となり、奥へと繋がっている。

 龍二はガラスに手をかけゆっくりと押し開く。

 少し軋んだ音を立て、ガラスの扉が開かれ――。


「よお、どうした? まるで幽霊でも見ちまったような顔して? 言ったろ? 俺は『不死』……しつこさだけは誰にも負けねえぜぇ?」


 ギラリと白い歯を見せ剣呑な笑みを浮かべているその顔に、龍二の心臓は早鐘のような音を打ち鳴らしていた。

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