第218話  美形キャラバン


「この先はもう人の住む町は無かったと記憶している。吾輩モヤット窮屈ナ鎧カラ解放サレ……」

「わー! カクさん! まだ駄目っす! 見送りの人が!!」


 チェリオの故郷、スーダの街を出てから20日。点在する街や村に寄りながら、カクランティウスの故郷、アルム公国を目指しての旅もこの先さらに険しく成ることが予想されていた。

 この先にあるのは火竜山と呼ばれる険しい山。食料や旅の装備も調えなくてはならない。


 アルトリアとの二人旅の時は、人の住む町を避けて旅をしていた九郎達だったが、アルトリアが普通にしている限りは人と関われるようになり、またリオやフォルテ、アルフォス達の加入も有って街でも宿を取るようになっていた。

 二人旅では持ち合わせも無く野宿が基本の旅だったが、チェリオに持たされた金や、バッグダルシアの街でアルトリアが稼いだ金。それにシオリが貯め込んでいた財宝などで、一行の懐具合は驚くほど温かい。


 カクランティウスの体の事を考えると、それでも街中に入るのは躊躇われたが、現在彼は顔だけは・・・・人を留めている。外の世界を見た事も無い元奴隷達の面々の事も考えると(世間知らずは九郎もアルトリアも同様ではあるが)、人の世界の常識も必要だろうと言う事で街がある場所では宿に泊まる事にしていた。


 ただ意識外の面倒事も起こっていた。

 九郎が慌ててカクランティウスに兜を被せると、落胆したような黄色い悲鳴が耳に届く。

 全身を見てしまえば阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こる事間違いなしのカクランティウスではあったが、それを知らなければ彼は壮年とは言え渋さと武骨さ、高貴さを兼ね備えた美丈夫だ。その顔を隠すなんてとんでもないと、巻き起こる黄色い悲鳴が訴えていた。


 少し年嵩が過ぎたおばさんから若い娘まで、大勢の女性達が九郎達を見送っていた。

 この街に滞在したのはほんの2日ばかりだと言うのに、これ程の見送りが詰めかけたことにはもう驚きは無い。


「全く! 殿下の御寵愛を賜ろうなど、図々しいにも程がありますよね! ね、殿下!」

「ウ……ウム……」


 オレンジ色の短髪、ベーテが女性を眺めて忌々しそうに愚痴っていた。

 女性嫌いは元からなのか、ベーテは女に対して当たりが強い。長年シオリに仕えていた為、シオリの正体を知っていた事も理由にあるのか、自分からは女性に近付こうともしない。

 だが、その容姿は健康的で溌剌はつらつとしており、すれ違う女性が目で追いかけて来るような美青年だ。

 詰めかけている見送りの中には彼のファンも多くいる事だろう。彼を気にいる女性達が平均して年嵩を召されたオバサマ達が多いのは、彼のトラウマを刺激しているとは考えてもいなさそうだ。


「それなりに有益な情報はもたらしてくれましたし、そう邪険にすることもありませんよ。ベーテ」


 それを咎めるアルフォスは、にこやかな顔で見送りに対しておざなりに手を振っていた。

 はらはらと涙を流しながらハンカチを振る若い娘たちが何人も見える。美しいのもそうでないのも、歳若いのもそうでないのも……女性の容姿も年齢も多岐に及び、彼の美貌が突き抜けている事が伺える。

 銀髪で聡明そうな眼鏡美男子。アルフォスは所作も奴隷だったとは思えない程に洗練されており、一行の中でも特に目を引くのだろう。


「結局テメエは昨日も宿に帰って来なかったじゃねえか。アルフォス!」

「夜半過ぎには戻ってましたよ? ただ宿の女将と代金の交渉をしていましてね。殿下の財を私どものような身に消費するのは、心苦しい限りですから」

「はっ!? やっとバーさんの相手から解放されたってのに、よくやれるぜ」


 意外そうに肩を竦めたアルフォスに対して、ベーテは舌をだしてげんなりとしていた。

 同じように長年シオリの相手をさせられていたアルフォスの方は、既に手遅れかもしれない。

 自分の美貌も体も、利益を引き出す道具としか思っていないのか、誰であってもどんなゲテモノであってもにこやかに接する事が出来る男前ナイスガイになってしまっているようだ。

 それがまた、地味目な女子にも希望を抱かせるのか、彼の周囲にはいつの間にかハーメルンの笛吹きの如く人だかりが出来てしまう。そんな彼に恋愛感情など一欠けらも無い事は、あちらで涙を流しているご婦人方は知らない方が幸せだろう。


「ふんっ! クロウさんの良さも分からない女なの事なんて気にしちゃいけませんよ!」


 フォルテが九郎の後ろに立って、見送りの女性達を威嚇していた。

 しかしその仕草がまた女性達の琴線に触れたのか、再び黄色い悲鳴が上がっている。


 褐色の肌とサラサラとした銀髪。まだあどけない少女のような見た目のフォルテも、少年趣味ショタコンを拗らせていたシオリに召し上げられた美少年だ。栄養状態が偏っていたのか、それともシオリが『サンダツシャ』を解放した時に体型が元に戻ったためか。身長は150センチ程度で、小動物を思い浮かべさせるが、金色の大きな瞳と儚げな容姿が保護欲を掻きたてるのだろう。見送りの人々を見るに、老若男女多くの人々から支持を集めているようだ。

 きっとあの見送りの人々の半分は彼の見送りのような気もする。


 九郎はフッと遠くを見やり、口の端を歪めていた。


「クロウ……この街でも駄目だったね……」


 九郎の肩にアルトリアの落胆の手が置かていた。


「うるせぇ……。俺にはシルヴィとアルトがいてくれりゃ、それで良いんだ……」

「それじゃあ駄目だよ、クロウ~……。それじゃあいつまでたってもボクと出来ないじゃん…… でもボクらには時間はあるから……もう無理やりなんて考えないよ。クロウがモテなくたってボクは諦めたりしないんだから!」

「ハッキリモテねえって言わねえでくれ!」

「僕はっ!?」


 九郎は項垂れながらも強がる。

 フォルテの抗議を聞き流しながら、抱きついてくるアルトリアに癒され、刺さる視線に首を竦める。

 見送りの中には女性の影に隠れて大勢の男の姿も見えていた。言うまでも無く、アルトリアやリオ――もしかしたらフォルテも含まれているかも知れない――その胸や美貌に虜にされた男性陣だ。愛嬌は誰にでも振り撒くアルトリアではあったが、『吸収ドレイン』の事もあり出来る限り男性に近付くことは避けていた。それでもこれだけの男を虜にしてしまうのは、やはり張りのある大きな胸とその健康的な美貌の所為なのか。九郎に抱きつくアルトリアを見て、九郎を呪い殺さんばかりの形相で睨んでいる彼らを見ると、少しだけ悔しさは薄れていく。ただ、優越感を持つまでは至らない。優越感など持てるはずが無い。なにせ、一行の中で一番モテないのは九郎なのだから……。


 容姿に対して少しは自信があった九郎は現在、それが井の中の蛙だった事をしみじみ噛みしめていた。

 強さイコール男らしさの価値観が大きいアクゼリートに来て、『不老不死』の体の所為で成長しない筋肉。その所為で世界の一般男性よりも貧弱な九郎は、モテる価値観が違うからと言い訳して自分を慰めていた部分があった。しかし、保っていたプライドは今やズタボロである。

 筋肉質なベーテはもとより、九郎とそれ程体型が変わらないアルフォスも多くの女性を虜にしていた。九郎と比べても明らかに貧弱なフォルテでさえもだ。


 その理由は彼らの抜きん出た美貌であることは、言うまでもない。

 九郎でさえも見惚れてしまいそうになる、極上の美男子達。しかも属性も年齢も様々であり、どのニーズも網羅している美形集団。その中において九郎は、比較された末に霞んでしまっていた。

 属性と言う点では九郎はベーテと似ている部分があるが、彼は筋肉も十分にあり、見た目も強そうに見える。実力の点で言っても、カクランティウスに瞬殺されてはいたが、魔族であることもあり、魔物相手でもある程度戦える実力も持っていた。

 美男美女の集団に囲まれ、容姿という点でも霞んでしまった今の九郎は、元奴隷の多いパーティに於いて、何故か一番下っ端に見られる事が多い。


(別に下に見られるのがヤダって訳じゃねえんだけど……)


 見送りの人々が誰も自分を見ていない事に、九郎は溜息を吐きながら眉を下げる。いや、誰も見ていない訳では無い。訝しんだような、チラチラとした視線は感じる。

 人が自分をどう見ようとも関係無い。仲間達は九郎の実力を認めてくれている者たちばかりだ。それに自分の実力もまだまだだと思っている。しかし男としてのプライドは中々納得してくれない。男心は複雑だ。

 ただ一言いうのであれば、人々の視線は九郎を侮るものだけでなく、軽蔑するようなモノも混じっており――。


「おい! 早く行こうぜ! 人が多いと落ち着かねえんだ! っておいクロウ! フォルテに近付くんじゃねえって言ってんだろ! フォルテ、大丈夫か? イカガワシイことされてねえか?」

「も~! 姉さん、邪魔ばっかりしないでよ~」


 先頭に立ったリオが焦れたように声を上げ、唸り声と共にフォルテの手を引いていた。

 九郎はリオの声に顔を顰める。

 何かにつけて九郎を警戒するリオの大声は、見送りの人々のヒソヒソ声に拍車をかけていた。


(誤解されたままなのも原因だ! そうに違いねえ!)


 リオが幼少からのトラウマで男性恐怖症を患っているのと同じように、シオリと言う老婆を相手にさせられた事がトラウマとなり、フォルテは女性に恐怖心を抱くようになっている。姉のリオや臥せっていた時に優しくされたアルトリアであれば大丈夫のようであったが、大概の女性に対してはベーテと同じく近付こうともしない。

 そして女性でも無く、病床時に世話を焼いた九郎に対しては、行き過ぎた懐き方をするようになっていた。


 九郎が女性に声を掛けようとすると、敵愾心をむき出しにして威嚇する。

 年下に懐かれる事が多い九郎も、フォルテの嫉妬には戸惑いと困惑を隠せない。姉をターゲットにしていた筈がなぜか弟が飛び込んできていた。困惑するなと言う方が無理な話だが、フォルテは中性的な色気があり、殊更に性質が悪い。


 少女のような少年を侍らしているように見える事も、自分がモテない理由の一つでは無かろうか。

 顔を上げて新たな言い訳を手に入れた九郎が、後ろに聞こえる大声で叫ぶ。


「おい、リオ! 俺はノーマルだって言ってるだろ! 誤解を振り撒き続けるんじゃねえよ!」

「そんなこと言わないでください! あの夜、優しくされたこと……僕は忘れませんからっ!」


 九郎の絶叫は、フォルテの澄んだ声にあえなく沈んでいた。



☠ ☠ ☠



 火竜山――ケテルリア大陸の中原と北部とを分断する活火山群の総称。

 いたるところから数千度の蒸気が吹き出し、ぐつぐつと煮える赤い鉱脈が顔を出す。

 植生は疎らに針葉樹が生えているだけ。その僅かな木々も黒く、生きているのか炭化しているのか分からない。厳しく切り立った崖の隙間を縫うように、九郎達一行は山を登っていた。


 かなりの標高まで上がってきたはずだが、気温は下がるどころか上がる一方だ。その原因は湧水のように湧き出している赤いマグマの他ならない。噴き出す蒸気の湿気も相まって、まるでサウナの中で山登りをしているような状態だ。


「人の行く道じゃねえだろう……」


 荒く息を吐いたリオが、今日何度目かの愚痴を吐いていた。


「お前も意地張らねえで乗ってけば良いじゃん……」


 呆れた声で九郎が首を捻る。

 九郎が一番下っ端に見られやすい理由のもう一つ、巨大な背負子に積まれた荷物に混じってアルトリアとフォルテが腰かけていた。

『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』と『フロウフシ』の『神の力ギフト』。二つの『神の力ギフト』を併せ持つ今の九郎は、膂力だけで言うのなら完全に人外を突破している。どんなに重たい物であっても、|絶対に折れない・・・・・・・・であれば浮き上がる。厳密に言えば何度も折れては修復されている様なものなのだが、それを繰り返していればどんなものでも持ち上げられる。それでもって『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』は状況に慣れる・・・体を作り出す。

 今や自分の体重の数十倍もの荷物を担いでも、九郎は何の痛痒も感じない。


 膂力の点で言えば、同じ『不死者』のアルトリアやカクランティウスも驚くほどのものを持ってはいるが、女性に重たい物を持たせることをしたくない九郎と、やんごとなき身分のカクランティウスが大荷物を担ぐ姿を良しとしないアルフォス達の言葉も有って、一行の殆んどの荷物は九郎が担ぐ事になっていた。


 ただそれに関して九郎が何かを思う事は無い。圧し潰されそうな圧力には直ぐに慣れる。リュックサックを担いでいるのと何ら変わりが無いのだから、不満も出ようはずがない。

 慣れない山道と周囲の熱気に困憊こんばいしているリオを思いやった九郎の言葉に、リオは目を見開いた後顔を背けた。


「お、お前は! アタシにダチってのを求めたんだろうが!? どど、同等って言ってたじゃねえか! なら頼ってばかりってのは、ち、違うだろうがよ!」

「遠慮もすんなって言ったじゃねえか……」


 リオの決まり悪そうな言葉に九郎は眉を下げて頭を掻く。

 リオとの距離感は未だに良く分からない。カクランティウスやアルフォス、ベーテに対してよりは心を許してくれているようだが、彼女の男性恐怖症は根が深い。九郎が話しかけると身を竦める癖は治らず、食ってかかって来るのもフォルテが絡んだ時だけだ。

 同等の関係と言うモノがいまだに良く分かっていないのだろう。臆病なくせに強がるリオも、生まれながらの奴隷であるため、主のいない自由というものに戸惑っているようにも見える。

 そして何より九郎に借りを作る事を、極度に気にしているようにも見えていた。


「ア、アタシは、お前やアルト姉の力になれねえから……これ以上手間ぁ掛けさせるのも出来ねえって言うか……。アタシが世話になっちまったら本当にフォルテが食われちまうって言うか……」

「だから俺はノーマルだつってんだろうが!」


 続けられたリオの反論に九郎は成程と納得を示す。

 気にするなとは言っていたが、それでもリオは九郎達の力になれない事を気に病んでいたようだ。

 自由と言う負債ゼロの状態である自分が、再び借りを重ねて奴隷に落ちてしまわないか不安なのかもしれない。だが続けられた後半部分に九郎は大声で否定の言葉を口にする。何度も何度も言っているのに、いつまでたっても誤解が晴れない。


「で、でも! お前は……何かフォルテに優しいし」

「慕ってくれる後輩を無下には出来ねーんだよ! 俺は!」


 リオの言葉に九郎の上擦った言い訳が被さっていた。

 いくら周りが美形だらけとは言え、九郎にだって自尊心はある。どこに行っても蔑ろに扱われる事が面白い訳では無い。そんな中で一人九郎の自尊心を満たしてくれているのは、今の所フォルテだけだ。憧憬の目に恋慕の感情は混じってはいるが、手放しに褒め称えてくれるフォルテは、九郎の癒しと言っても良い。

 アルトリアも慰めてはくれるが、彼女は美醜については頓着しておらず、九郎が彼女にとっての唯一無二だからこその慰めである。リオやその他は言うに及ばず、今の九郎のプライドを補修してくれるのはフォルテのみ。無下に扱う事など出来る筈も無い。

 何処かでせせこましいとは感じながらも、九郎がフォルテに甘くしてしまうのも仕方のない事だった。


「逆に倒れられた方が面倒になっちまうぜ? 体力ねえんだから無理すんなよ」

「それは……!!?」


 九郎の言葉に顔を曇らせたリオが、ハッと顔を上げて強張った。


「滑落です! 伏せてくださいっ!」


 頭上遠くから同時にアルフォスの叫び声が響く。

 有翼魔族のアルフォスとベーテには先行して道を探って貰っていた。しかし物の落ちる速度と言うのは思った以上だ。雷のような音と共に小石が降ってきて――。


「リオっ!」


 九郎が叫ぶと同時に目の前に大きな岩が落下していた。


「あ……」


 どこか呆けたようなリオの声が、土煙に混じって聞えた。


(巻き込まれたっ!?)


 すぐさま荷物を降ろして九郎は崖を飛び降りる。滑落に巻き込まれたであろうリオの黒い肢体が、土煙から零れ落ちる。


「アルトっ! 受け止めろよぉぉぉぉ!!!!」


 叫んで九郎は崖を走る。垂直に落下するより少しでも早く下へと向かわなければとの思いが、壁走りの如く九郎の足を動かしていた。

 眼下に見えるのはぐつぐつと煮立った赤く煌々としたマグマの海。だが不死の九郎が恐れるものでは無い。

 自分の危機に対してはとんと無頓着な九郎だったが、仲間の命の危機にはもう反射と思えるほどの動きを見せる。今も考えるよりも早く体が動き始めていた。


 崖の側面を思いっきり蹴って、九郎はふわりと宙に投げ出されたリオを抱き留め、投げる。

 長い付き合いとも言えないが、それでもアルトリアとはもう出会って4ヶ月以上経つ。九郎が仲間の危機にどう言った行動をとるのかくらいは承知している。


 人の膂力の数十倍で投げられたリオが、悲鳴も上げられずに上昇していく先には、アルトリアが両手を広げて待ち構えている。有限の命に対してのスタンスは、九郎とアルトリアは似ている。自分の身の安全を鑑みる必要は無く、尽きる可能性のある命に身を挺する。


 完全に同じ思いでは無いだろうが、アルトリアがいれば何とかしてくれるだろう。


 ホッと息を吐いて九郎は落ちる。


(マグマ……もう俺の体は炎にはそうとう耐性が出来てるだろうし……腹打ちみてえになんのか?)


 炎で自分は死ぬ事は無い。それだけは確信を持って言えるほど、九郎は何度も焼かれてきている。

 その中で一番高い温度の炎が、純然たる好意を向けて来てくれていた少女の魔法というのが何とも締まらないモノではあるが……。


(ベルの炎の剣が一番強力な炎だとして……あれ何度くれえなんだろうかねぇ?)


 遥か頭上でアルトリアがリオを抱き留めたのを見届け、もう心配事は無くなったと安堵と共に余裕が出来てくる。例え今迄得て来た炎の耐性よりも強力な炎であったとしても、心配などする必要も無い。

 何度か焼かれれば直ぐに慣れるのだから――そう考えていた九郎はハッと顔を強張らせる。


「ま~た全裸じゃねえかよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 どれだけ九郎が炎に強くても、マグマの熱に耐えられる服など無い。

 その事に気付いた九郎の叫びが、火山口に木霊していた。



☠ ☠ ☠



 ジュッと体に走る痛みに九郎は顔を歪める。

 火山の溶岩というものは思った以上に高温のようだ。火口に到達する前に、着ていた服は燃え上がり、消し炭と化しているので全裸である。


(まあ、『焼けチャード木杭パイル』が強力になると思えば……は、恥ずかしくはないんだからねっ!)


 心の中でコントをしつつ、背中に広がる痛みに耐える。

 そう言えば自傷以外で痛みを感じるのも久しぶりだと、まだまだ余裕はある。この痛みもすぐに慣れて感じなくなると思えば、痛みこそが自分の生きている証にも感じて、なんだか変な気分だ。


(マゾになっちまってんじゃねえだろうな? お、俺はノーマルだ! 第一踏まれたくれえじゃ、もう痛みなんて感じねえし、蝋燭だって、なあ?) 


 危機を脱してしまえば緩むのが自分の悪い癖だと、変な思考に傾きかけた自分を矯正する。

 その間も体はどんどん焼け焦げて行く。岩も鉱物も何もかもが溶け落ちる温度。それは九郎の炎の耐性をもってしても、耐えられる物では無かったらしい。


(ああ……背中の感覚が無くなってやがる……。完全に炭化してやがんな……てやべえ!)


 自分の体の悲惨な状況をどこか冷静に観察していた九郎が、突如慌てる。

 炭化してマグマと混ざった体は、徐々に徐々にと沈んでいた。このままではマグマの中を泳ぐ事も出来ないのでは。青褪めた九郎は必死に体を修復させ、マグマを削り取って元の姿に戻ろうとしてみる。


 しかし削り取った分だけ体は沈む。


「クロウ~!!」


 中々上がって来ない九郎を心配してか、アルトリアがローブをはためかせて飛び降りて来た。


「心配すんな、アルト! それより俺のズボン出しといて!」


 アルトリアもかなりの体の欠損に耐えれそうだが、全身消し炭になって無事な保証はまだ無い。迷わず飛び込もうとしているアルトリアを声で留め、九郎は最後の足掻きを見せる。

 これだけは……これだけはやっておかなければならない気がした。


 皆を安心させるためにも、自分の中にある芸人魂の為にも――。


 九郎は赤々と煮立つマグマにゆっくり沈んで行った。

 ――親指を立てた右手を掲げて――。

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