第七章  夜明けの吸血姫

第217話  新たな旅立ち


 火竜山に分断されたケテルリア大陸。その北側に位置するローザリア平野を更に分断するオルセー川。

 その畔に大きな街が広がっていた。三方を森に囲まれ、一方を大河オルセーに接した街ペテル。その南側に大きな古城が聳えていた。何百年の歴史を持っていそうな荘厳な古城は、森を背にしてその権威をとうとうと街に示していた。


 内装も雅やかでは無く、質実剛健としたものでありながらも、毛ほどのみすぼらしさも見当たらない。

 そんな立派な古城の廊下、赤で染められた毛皮の絨毯を一人の男が足早に歩いていた。

 金髪蒼眼。見目麗しい容姿をした、まだ中年には達していないであろう若い男。その顔は苦虫を噛み潰したかのように酷く歪んでいた。


「ミスラっ! ミスラはおらぬか!」


 苛立ったように男は大声を上げた。良く通る低めの声が、廊下のガラスを揺らす。

 その震えが止まらぬ内に、一人の青年が男の傍へと音も無く走り寄って来た。こちらは赤茶の髪を持つ、少し地味目の青年だ。金髪蒼眼の若者は煌びやかな衣装を身につけていたが、赤茶の髪の男はそれより幾分劣る格好。貴族とその従者である事が伺える。

 赤茶の髪の青年は男に走り寄ると、少し声を潜めて言葉を口にする。


「姫様は……森の屋敷に……」


 赤茶の髪の青年の言葉に、金髪の男の眉が跳ね上がる。


「またか!? あの淫乱娘はっ! 呼び戻せっ!」


 怒鳴り声に近い金髪の男の侮蔑の言葉に、赤茶髪の青年は身を竦める。

 男の言葉に目を見開き、その視線から逃げるように目を逸らす。


「……若様でないと……我々ではその……」


 恐る恐る告げられた赤茶の髪の青年の言葉に、金髪の男の顔が更に歪む。

 従者である目の前の青年の言葉は、それより身分の高い姫を呼び出すには力が足りない。

 暗にそう告げている青年の言葉は男にも十分に理解出来るものだった。

 それでなくても妹の……姫の扱いは難しい。親の愛情にここ何十年もの間触れていない妹は、現在遅めの反抗期を迎えている。腹違いの妹とはいえど、兄として充分に気を使っていた筈なのにどうしてこうなったのか。考えても答えの出ない問いに顔を歪ませた男は、苦しげに呻く。


「……帰ってきたら部屋に来るよう伝えてくれ……」

「火急の用では?」


 消え入るような声で告げた男の言葉に、赤茶の髪の若者は意外そうに首を傾げた。

 それまでの男の態度を見るに急ぎの用だと思っていたと言わんばかりだ。


 火急の用ではあるのだが……男はそう口にしようとしてその言葉を飲み込む。

 現在扱いあぐねている妹に、男は苦手意識を抱いていた。兄妹としての意識とは別に、何か妹が別のものであるかのような不気味な感覚。それが何から来るのか、理由も分かっているのだが、本能がそれに怯えて足を止める。

 

 自分は今そのような姿を見せてはいけない立場――そう理解していても足を進める事が出来ない。


「ぐっ……だが……」

「お気持ちは察しました……。無用な言葉をご容赦下さい……」


 苦しげに呻いた男の声に、赤茶の髪の若者は悟ったような目でその場を後にしていた。

 悟った眼――光を落としたその瞳は、ガラスに移った男と同じく濁っているとも感じられた。



☠ ☠ ☠



 うっそうとした森の中に佇む小さな屋敷。

 古ぼけてはいたが、その屋敷は外装、庭園、門構えと良く手入れされており、歴史の重みと共に荘厳な雰囲気を醸し出していた。一際見事な庭園では、何色もの薔薇の花が咲き乱れ、白や赤の花弁を風と共に揺らしている。


 ただ、木漏れ日の中に佇む屋敷は、ある種の神々しささえ抱かせるに適うものでありながら、しかし同時に不気味さも感じさせていた。

 それが何なのか……しばらくその屋敷を眺めている者がいるのならば、気付く事が出来るだろう。

 柔らかな日差しの揺れるその森の中にあって、ある種異質なものがあるとするのならば、それは屋敷を取り囲む静けさだ。深い森の中にあると言うのに、屋敷の周りには鳥の囀りも、獣の息遣いも、虫の音すら聞こえない。まるでその屋敷が砂漠の真ん中にポツンと建っているような、シンとした音が聞えそうなくらいに屋敷の周囲は静かだった。

 と、一陣の柔らかな風が森の中を駆けて行く。開け放たれていた屋敷の二階の窓から白いカーテンが淑女のスカートのようにはためき、窓際に飾られていた花瓶に生けられたバラの花が、僅かに揺れた。


 


「お……お嬢様……もうっ……」


 先程まで静けさだけが異様な空間の中で、か細い声が零れて来た。

 若い男の喘ぐような嘆願。屋敷の2階の窓から漏れた、熱の籠った男の声は、風を孕んだ白いカーテンの内側から、僅かながらに音を立てる。

 透けるカーテンの中には一組の人の影。日がまだ高いと言うのに、天蓋の無いベッドの上で動く人影は、カーテン越しでさえ、何をしているのかが一目瞭然だろう。

 

「もうちょっと頑張ってくださいまし。まだ肌を重ねただけではありませんか」


 コロコロと鈴が鳴るような、澄んだ声色の女性の笑い声が咎めるように続いた。男の鍛え上げられた鋼のような胸板には玉のような汗が幾筋もの線を画いていた。それを眺める女は、少し冷たい色の瞳を細め、男の不甲斐無さを嘲るような笑い声をあげている。


「ですがっ……もう……これ以上はっ……」


 しかし男は限界が近いと訴える。シーツを握りしめ、眉を下げて懇願する男の表情は、蛇に呑まれている最中の蛙を思わせる。必死に耐え、必死に押さえ込もうとしていても、押さえきれない。男と女の表情の差異は残酷なまでにその違いを見せつけていた。


 窓に取り付けられた薄い色のカーテンが、風を孕んで踊る。


「もう少し、もう少しでいいので肌を重ねて……。そう、そうですわっ!」


 女性の嬌声が部屋に響く。男は何も答えない。もう言葉を出す気力すら尽きたのか、しっとりとした肌の合わさる感触に、呆然とした表情で天井を見つめている。


「う……」


 断末魔の声とも思えるような一言を溢した男が、ベッドに崩れ落ちた。その顔は青ざめており、息も絶え絶えといった感じだ。


「もう……もう少し頑張ってくださいまし……。これでは興も冷めますわ……。それでも貴方はわたくしの騎士でございますの?」


 男の頑張りに落胆したように、少女が息を吐いていた。

 薄く抜ける空のように青い髪が、風を孕んでカーテンと共に踊っていた。花瓶に生けられた薔薇の花が一つ、風に煽られポタリと落ちた。 

 

 

☠ ☠ ☠



「もう行っちまうのか? もう少しゆっくりしていってもいいんじゃねえか?」


 焦げ茶色の髪の毛を後ろに流した眉目秀麗の若者が、名残惜しそうに言って来た。


「いやいや、充分っすよ! 俺も会いてえ人がいるし、カクさんも早く国に帰りてえだろうし……」


 それに答える黒髪の長身の若者は、平穏な笑みを浮かべて頭を掻いていた。

 チェリオの故郷まで、生き残った人々を送り届けた九郎達一行は、数日チェリオの屋敷で歓待されていた。しかし九郎が言った通り、目的のある旅であり、カクランティウスの故郷を目指す旅の途中でもある。長居は無用と数日間体を休めると、早々に旅立ちの準備を進めていた。


「そうだ! チェリオ! 殿下のご帰還を心待ちにしている先輩方がおられるのだ! これ以上お待たせする訳にはいかぬだろう!」

「殿下! お荷物は俺が……い、いえ私めがお持ちいたしますゆえ!」

「う……うむ……」


 二人の傍らでは旅支度を終えた二人の若者と、それを扱いあぐねている様子の壮年の美丈夫の姿がある。

 白銀に煌めく鎧を身につけ、難しい顔をして髭を撫でているのが50年前までこのケテルリア大陸中に名前が鳴り響いていた『魔王』、カクランティウスその人だとは、ここにいる者達以外には知らされていない。

 それはチェリオの故郷が人族中心の国であり、魔族であり『魔王』でもあるカクランティウスに対してあまり良くない感情を持つかも知れないと言う懸念の他に、彼がこの中で一人だけ、異様な存在であることも理由である。


(見た目は何とかなってんだけどなぁ……)


 九郎は弱り顔のカクランティウスを眺めて苦笑を浮かべる。

吸血種ヴァンピール』という種族であるカクランティウスは、九郎と同じく『不死者』として強靭な肉体を持っている。その不死性に違いはあるが、カクランティウスは『魔力』が尽きない限り死ぬことは無い。同時に殆んどの攻撃や魔法などにも高い抵抗力を持ち、本来であれば鎧など必要のない身だ。


 しかし、現在カクランティウスは立派な鎧を着こみ、一人旅装束とはかけ離れた格好をしている。

 

(裸鎧……響きだけだとこう……夢があんのになぁ……)


 九郎は苦笑していた口元を徐々に歪めて苦面する。

 カクランティウスが鎧を着こんでいる訳は、現在彼が陥っている体の不調に依るものだ。ある程度回復したとはいえ、カクランティウスの『魔力』は全盛期の10分の1にもなっていない。夜の間であればその姿は人と何ら変わることの無いカクランティウスではあったが、太陽の出ている間は紫色のスケルトンの姿になってしまうのだ。

 いくらチェリオや生き残った奴隷達が否定しようとも、その姿はアンデッドモンスターと何ら変わりなく、知らない者に見られてしまえば討伐対象として見られてしまう。

 なのでカクランティウスは重い鎧を着こみ、昼間、街中にいる間は、顔だけに魔力をつぎ込み人の姿を留めていた。

 力強い動きで重さも感じさせない彼の鎧の中は、殆んど詰められた綿や布であり、彼自身は全裸で鎧を着こんでいるに過ぎない。


(いやいやいや! あれは裸鎧じゃねえっ! 骨鎧だっ!)


 頭に浮かんだ嫌な想像を九郎は首を振って打ち消す。顔だけを何とか人の姿に留めている彼が、某魔界ヴィレッジの世界のように一撃受けて鎧が壊れる事になれば、それはスケルトンの姿よりも恐ろしいものになるだろう。顔だけ人でその体が骨の中年男性など、恐ろしい事この上ない。


(まあ……俺も経験あんだけどさ)


 もう幾年も前、一人の少女を守る為に、ミミズの胃液の中で泳いだことを九郎は思い出す。漫画のようだと感想を思い浮かべていたが、あれもよくよく考えてみれば恐慌間違い無しの大惨事だ。人の事は言えないなと、九郎が頭を掻いていると、チェリオの呆れたような言葉が二人の青年に浴びせられていた。


「お前等も殿下が困ってる事くらい分かってんだよなぁ? 暫く俺が面倒見てやるって言ってんのに」


 チェリオは肩を竦めたまま、カクランティウスの元に侍っている二人の若者に溜息を吐く。

 さらさらとした銀髪をセミロングで切りそろえた眼鏡をかけた優等生風美青年、アルフォス。オレンジ色の短めの髪のやんちゃ系美青年ベーテ。

 カクランティウスの命を狙っていながら、逆に命を助けられた二人は、勝手にカクランティウスを主と仰いで付き従う事を求めていた。


「お前達もこの先まだ危険な旅があるのだぞ? ここに残りそれぞれの幸せを求めた方が良いのではないか?」


 無駄だと知りつつもカクランティウスは何度目かのセリフを口にしている。

 奴隷制度の無い国の国王であるカクランティウスが、元奴隷の二人を付き従えていれば何かと外聞が悪い。それに近従の決定権はどうやらカクランティウスには無いらしく、一度カクランティウスの命を狙った事のある二人は国元へ帰った時に裁かれる恐れもあるのだと、カクランティウスが溢していた。

 当然その事も二人には伝えているようなのだが……。


「殿下のお傍に相応しくないと言われたのならば、その時は裁きも追放も受け入れましょう! ですが、旅の間の小間使いだけでも!」

「お願いです、殿下! 俺はチェリオみたいな気障野郎の世話にはなりたくねえんです!! お慈悲を、お慈悲おおぉぉぉぉ!」


 カクランティウスの前に膝待づいて懇願する二人の若者は、捨てられた子犬か何かに見えてしまう。

 何がそれ程彼らの琴線に触れたのか……同僚だったチェリオの世話になり続けるのにも、抵抗があるようだが、それだけでは無さそうだ。繰り返されるやり取りの答えを求めて、九郎はチェリオに視線を流す。


「生まれながらに奴隷だっつーからな……。主がいねえと不安なのかもな……」


 チェリオは目を細めたまま呟いていた。

 チェリオが引き取ることになっている生き残った10人の元奴隷達も、その殆んどが生まれながらに奴隷であり、今はチェリオを主として傅くような態度を取っているらしい。元は裕福な商家の出であり、元奴隷でありながらも、権力と言う意味では管理する側だったチェリオは人に傅かれる事にも慣れている。しかし、生まれながらの奴隷達はその殆んどが、容姿のみで集められた無知蒙昧な人々であり、世情や常識だけでなく自由と言う言葉さえ理解できていない。「これからの事を考えると気が重い」とのチェリオの言葉も、なかなかに落ち込んでいる。

 とは言え、それだけ気を揉んでいると言う事は、蔑ろにする事を考えておらず、まっとうな人の道へと戻そうとしていることの表れだと感じて、九郎は再び歪んだ顔を苦笑に戻す。


「うちのは全然跳ねっ返りなのになぁ……」


 九郎は同じく旅装束を整えた銀髪であどけない褐色の肌の少年と、その行く先を遮るように左右に動き続けている黒髪で黒い肌の少女を眺める。


「クロウさん! 会いたい人って誰ですか!? アルトリアさんから伺いましたが、こ、こ、恋人って本当ですか!? ではもうすぐ僕も、そ、そ、そのっ……」

「フォルテっ! あいつに近付くんじゃねえっ! 汚されちまうっ!」

「汚しちゃったのは僕等じゃないか! その分僕は汚されなきゃ! 姉さんも『アルトリアさんになら』って言ってたじゃないか!」

「それはお世話するならって話だっ!」


(……カバディかっ!)


 流れるような銀髪と金色の目を持つ少女のような美少年が、九郎に近付こうと躍起になっていた。

 それを阻もうと黒髪を首の後ろで纏めた少女が、九郎を噛み殺さん形相で睨んでいる。


「リオはなぁ……フォルテが絡まなきゃしおらしいのにな?」

「ありゃ、しおらしいってより、ビビってるんでしょうけど……。つっても最初っから口は悪かったっすけどね」


 チェリオの言葉に九郎は肩を竦めて答える。九郎の禁忌の解除の為にと、リオを連れて行こうとしていた当初と違い、リオはフォルテと共にチェリオに面倒をみてもらった方が良いのではとの思いがある。

 砂漠越えは、カクランティウスの強大な武力で何とか誰一人犠牲になることなく遂げられたが、この先の旅路に何が待ち受けているのか分からない。どこであっても危険が蔓延る、このアクゼリートの世界に於いて、態々わざわざ危険な旅に連れまわすのは本意では無い。


 しかし見た通り、リオはともかく彼女の弟のフォルテの方が九郎を気に入ってしまっていた。

 病床で甲斐甲斐しく世話をされた事と、女性に恐怖心を持ったことで彼の価値観が狂ってしまってたようだ。

 何より弟を大事に見ているリオは、フォルテの行動に振り回されている部分も有りそうだ。

 

「クロウ~! 準備出来た~?」


 九郎とチェリオ、二人の青年が、リオとフォルテのじゃれ合いを眺めていると、後ろからのんびりとした女の声が聞えて来た。


「アルトの方こそ、別れはちゃんと済ませたのかよ?」

「うん! て言っても皆なんだかお礼ばっかりで、少しお別れとは違う気がしたんだけどね」


 黒い花嫁衣装を着た少女が、大きな胸を揺らして九郎の胸に飛び込んできた。


 雪深い寒村で出会った少女、アルトリア。彼女もまた九郎やカクランティウスと同じく『不死者』の一人だ。九郎やカクランティウスがまだ生きている『不死者』であるのに対して、アルトリアは触れる者の生命力を吸い取ってしまう伝説のアンデッド、『魔死霊ワイト』ではあるが。

 現在『九郎の欠片』から生命力を吸い取り続ける事でその力を押さえ込んでいるアルトリアは、九郎達とはまた少し違った尊敬を元奴隷達から集めていた。

 彼女はある意味、元奴隷達にとって神の如く映っていた。


 体を腐食させその体で食料人によっては食料には見えないものではあるがを生み出すアルトリアは、砂漠の街出身の元奴隷達からしてみれば、豊穣の女神に思えたようだ。

 道中の食料を襲ってきた魔物と、アルトリアのゴメで賄っていた事もあり彼女に対する元奴隷達の態度は神を見た人々と変わらないモノとなっていた。


 元は農民の子であり傅かれる事に慣れていないアルトリアからしてみれば、面映ゆいと同時にあまり居心地がよくなさそうでもあった。 

 早く早くと旅立ちをせっついていたのは、アルトリアの目的の為だけでなく、その理由も大きそうだ。

 九郎は抱きついてきたアルトリアの体の柔らかさにたじろぎながら、平静を努めてチェリオに向き直る。 


「じゃあ、そろそろ行くか! チェリオさん、世話になったっすね!」

「こっちのセリフだ、馬鹿野郎! いつでも訪ねて来いよ? 俺が老衰する前にな!」


 九郎はチェリオと硬い握手を交わして別れを告げる。

 チェリオには九郎の不死を伝えてはいたが、それが本当なのかは見せていない。しかし、その目は九郎の言葉を疑いなく飲み込んでいるように見えていた。

 同じ不死のカクランティウスのスケルトンの姿や、アルトリアのゴメを生み出す様子から、九郎の不死も受け入れたのか。

 小さな集団の中に『不死者』が3人もいる異常事態に、彼の常識も塗り替えられているのかも知れない。

 ただ、九郎にはそんな事はどうでもよく、自分を『不死者』だと知ってなお、態度を変えないチェリオの存在はありがたかった。

 それは今回の件で自分が人の道を踏み外している事を、完全に自覚した為でもある。

 人では無い道を進みつつある自分。再び人へと戻そうとはしているが、『不死者』を普通に友として見てくれる人の存在は、九郎にとってはある意味最後の砦と言える。


 ――人でも、そうでなくても同じように振る舞う――


 チェリオの態度は、出会ってから毛ほどの違いも無かった。チェリオよりも身分が低かった出会いから今に至るまで、ニヒルな色男を気取ったまま、少しも形を変えていない。冒険者仲間のファルアと同じような、面倒見のいい兄貴分。シオリが傍に置きたがったのも十分に理解出来る色男だ。


 そのような彼だからこそ、自分は命を捨てられる。何度も死を繰り返しながらも守った者を誇りに思える。

 胸の中に暖かな気持ちを抱き、汲み取った命に支えられている事を自覚して九郎は足を止めた。


「そういや……」


 短い別れを告げたばかりの九郎は、ふと振り返る。胸の中にある温かい気持ちの正体には気付いていたが、それを告げるには何だか照れくさく感じていた。


「チェリオさん、俺の兄貴に似てたんス!」


 地球で親の期待を一身に背負わせることになった、兄とチェリオを重ねていたのか。何かにつけて頼りになると思っていたのも、出会ってすぐに九郎は信用してしまったのもそれが理由だったのでは。

 ふと思い浮かんだ考えを口にした九郎に、チェリオは一瞬呆けた後、ニヒルな笑いを返していた。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! 俺はリオにも手は出しちゃいねえさ! 兄弟なんてまっぴらだ! 当然弟の方にも手は出しちゃいねえよっ! お前の方こそ、リオをお姉ちゃんって呼ぶ練習しとけよっ!」


 チェリオの言葉に、リオからの突き刺さるような視線が九郎に注がれる。首を竦めた九郎を見送るチェリオは、面白そうに声をあげて笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る