第205話  40年の月日


 ――上牧 四織。オマエに課す『神の指針クエスト』は……(ダラララララ! バババババ~ン!)――


「うわぁ……綺麗……」


 目覚めるとそこは息を飲むような美しい世界だった。


「夢……じゃないのね……」


 お約束のように自分の頬を抓り、その痛みに眉を寄せて上牧 四織は呟いていた。

 ――オマエは死んだ。だが行き先が無い――

 炎の雄牛に伝えられた言葉に軽く絶望したシオリだったが、続けられた小さな植物からの言葉も夢の中の出来事では無かったようだ。


 頬を撫でる風は心地よく、鼻に香る草花の匂いは都会の喧騒で疲れ切った心を癒してくれる。

 見渡す限りの草原。写真の中でしか見た事の無い、海外の景勝地を思わせる絶景に四織はしばし目を奪われる。


「そういえば……『サンダツシャ』? 神様の力ってなんなのよぅ」


 夢の中の認識だったからか、余りしっかりとは覚えていないが、何か力を授けるとか言っていたような気がする。

 しかし言葉で伝えられても、どういうものかさっぱり分からない。

 ただ瞼の裏側に張り付くような、奇妙な光景が目の前の草原に重なって見えていた。


 奇妙――と言ってもそれは素晴らしく美しい世界。

 普通に見ても美しい景色なのだが、もう一つ目で見る世界は言葉では言い表せない絶景。数億の宝石を敷き詰めたかのような光り輝く夢のような世界が広がっていた。


 ――それは命の煌めき、オマエには無いモノ(綺麗デショ? デショ?)――

「うひゃあっ!!」


 光り輝く世界に溜息を吐きながら見惚れていた四織の耳元で、突然小さな声が響いて四織は情けない悲鳴を上げる。


「か、神様?」

 ――本当はルール違反だけど、オマエは直ぐに死にそうだから(貧弱、貧弱ぅ!)

   あふたあさあびすって奴だよ!(ホカノ人ニハナイショダヨ?)――


 初見であればこのあと情けなく取り乱していた四織だったが、夢の続きと思えば耐えられる。

 白い部屋で四織の死に顔を見せつけて来た、緑の植物。アーシーズと名乗った気がする神の声は、四織の耳元、肩口から聞こえて来ていた。

 恐る恐る目を滑らせると、そこには3枚の緑の小さな花のような植物がひっついていた。

 あれだけ部屋の中に舞い散らかっていたのだから、服にも着くだろう。大きな音を打ち鳴らす心臓を押さえながら、四織は独り納得する。


「命の煌めき……」


 意識の目で見る景色は、元の景色に重なって色とりどりの色を見せていた。

 どの色も素晴らしく、また美しい。仕事に追われ、誰と関わるでもなく一人寂しく社内で死んだ自分とは比べようも無いくらいに眩しく生を謳歌している命の煌めきに溜息が零れる。


「良いなあ…………」


 溜息と共に四織の口からは、美しいものに対する羨望の言葉が紡がれていた。

 疲れ切った自分と比べて、瑞々しい植物は全て輝いて見える。植物を羨むなど、自分はそれほど病んでいたのかと悲しい気持ちになってくる。


 誘われるように四織は無意識の中で手を伸ばしていた。

 輝かしい命の煌めきに魅せられ、思わず手が出たと言った感じだった。


「え?」

 ――それがオマエの『神の力ギフト』。『サンダツシャ』さ。(スゴーイ! チョースゴーイ!)――


 驚きの表情のまま固まる四織の肩で、アーシーズが自慢気に説明していた。

 掌には今摘み取った植物の命の煌めき。極上の宝石のように煌めくソレは、手のひらの上にあって、触っている感覚は無い。しかし別の意識で見るその輝きは、確かに四織の手にあった。


 ――いくつかルールがあるけど、その力は最強さ(ツエー! オレチョーツエー!)

   なにせオマエの憧れが全部その手で掴めるんだから(見カエスノ? ソレトモ贅沢シチャウ?)――

 

 最強――男の子でもあるまいし、そんなものに興味を覚える四織では無かった。しかし、続けられた言葉には胸が高鳴った。27年間、歩いてきた人生を振り返ると、手の中の輝きが吸い込まれていくように体に満ちた。

 地味な見た目とどんくさい性格。目立たないようしている訳でも無いのに、忘れ去られてしまう存在感。生きる気力も無くしかけていたのに、その気力が蘇って来ていた。


「素晴らしい力ね!」


 ここ数年出した事も無い大声が口から出ていた。それだけ力が漲っていた。傍らの花が一本萎れている事には気付く事は無かった。


☠ ☠ ☠


 豪華な調度品の並ぶ豪奢な寝室。

 吊るされたシャンデリアの光はキラキラと輝く灯りで部屋の中を照らす。

 地球で言うところのゴシック調で揃えられた部屋の設えは、王族でも持ちえないだろう贅沢の極みとでも言うべきものだ。


「なんで……なんでアテクシがこんな目に……」


 その奥に備え付けられた天蓋付きのベッドの上から、じっと外を睨む少女の影。

 その形の良い唇から零れていたのは、美貌に似合わぬしゃがれた声。


 大きな藍色の瞳は今は虚ろに据わり、もとの美しさを半減させていた。


 街を襲った病の嵐は未だ治まる気配を見せない。疲れ切った表情はきっと心労からのもの。上牧 四織は胡乱気な目つきで窓の外の闇を見つめる。


 地球での自分はみにくいあひるの子。蝶になる前の蛹。そう信じ込むくらいには順風満帆な人生を歩んでこれた。他から『奪った』物であっても、奪われた本人が気付かない。その手の中に収められた物の所有権を主張しない。ならばこれは自分のもの。

 初めは良心の呵責も覚えたが、重ねた罪は重ねるだけ軽くなっていった。


 富も美貌も権力も――全てが誰も気付かないままに四織の手の中に落ちてくる。

 美しさを誉めそやす美男子たち。威厳に傅く臣下や民。黄金色に彩られた屋敷のように、自分も輝いていると信じていた。

 この輝きは永遠であり不滅。そう信じれるほどに贅を極め、この世の春を謳歌してきた。


「満ち足りた人の心…………か……」


 頬に張り付いた金糸のような淡い色の髪を、無造作に払う。風の魔法で空調を施しているが、それでも汗ばむ嫌な感じに眉をしかめる。


 白昼夢のように思い出した神の言葉が、酷く不吉な響きをもって耳の奥に残っていた。


 この世界に来てから40年。出された課題を思い出すことなど、何時振りであろうか。

 自分の死後の魂の行き先を決めると言う、『神の指針クエスト』。それを真面目に達成しようとしていたのは、どれほど昔のことだったのだろう。


「ある訳無いじゃない……そんなモノ……」


 ガラスの窓に映った自分に語るかのように、四織の口からは愚痴とも悪態ともつかない呟きが零れ出る。

 欲しいと思うものは殆んど手に入れて来た自分でさえも、未だに満足していない。やりたいこと、欲しい物は泉のように湧き出てくる。

『サンダツシャ』のもう一つの力。分け与える力を使って侍る者達に力を与えた事もあった。領地を富ませ、人々に多くの恩恵を与えてきた。

 しかし誰もが満足しなかった。人の欲望は尽きる事が無かった。少しでも自分よりも優れた者、富める者を見れば羨む。富めば富むほど欲望は大きくなっていき、世界の全てを手に入れても満足出来ないのでは? と感じるほどだった。


 良い生活を得れば、さらにより良い生活を求めるのが人と言う生き物。

 この地の頂点に位置する四織ですら満ち足りる事など無いのだからと、今はもう諦めている。


「それよりも……今の状況をどうにかしなくては……」


 疫病の蔓延などで自分の地位が脅かされるなどとは思っても見なかった。事実今迄一度たりとも病の蔓延を四織は経験していなかった。


「どこから入って来たのよ……」


 砂漠の中の街となってからは、この街に吹く風さえ魔力を含んではいない。何も持っていない。

 病気持ちがこの砂漠を越える事など不可能だし、灼熱の太陽は病そのものも乾かしてしまう。

 隔絶されたとは言い難いが、それでも病が入り込む隙間など無かった筈だ。


「こんなことでアテクシの楽園が……」


 四織はガラスに映る自分の姿を手で撫でる。


 67歳とは思えない若々しい美貌。

 この40年間ひたすら奪い取って来た財宝の集大成のような自分自身。


 四織の『神の力ギフト』、『サンダツシャ』はどんなものでも奪い取れる。

 相手と自分が同じように価値を認めたものしか奪えないと言う縛りはあったが、ようするに優れていればいるほど四織にとっては奪いやすい。

 四織には自分が羨ましいと思ったものが輝いて見える。『意識の外の目』と四織が名付けた視界では、四織が欲しいと思うものが光り輝く。

 それは誇りであり、自負であり、自信。植物でさえ持っている運命の輝き。


 四織はそれを根こそぎ奪って来た。植物から『繁栄』を。強者からは『力』を。賢者からは『知識』を。寿命さえもを奪って来た。

 風や土からさえ『魔力』を奪う事が出来た。この世界の自然は、内に秘めた『魔力』、神々から認められた存在を誇りにしていた。


 四織が奪う事の出来ないモノは、四織が羨むモノを嫌悪してたり、気付いていなかったりするモノだけ。

 価値が無ければ『奪う』に値しない。そう言う力だった。


 だが、それに気付ければどうとでもなる。地位も名誉も美しさも兼ね備えた四織が褒めれば、よほど四織が羨むものを嫌悪していない限り、誇らしげにするのが人と言う生き物だ。

 気付かないでいた長所を奪われたところで、元から意識していなかったものだからと、罪の意識すら覚えずに済む。


 そうして四織は欲しいもの、羨ましく思うものをその手の中に収めてきた。


 それでも四織は満足できていない。

 もっと良いものは無いか、もっと美しいものは無いかと貪欲に求め続ける。

 『サンダツシャ』の『神の力ギフト』が四織の羨むもの・・・・・・・に限定されている為、持てる者が持たざる者を羨むと言う、歪な形が出来ている事には気付いていなかった。


 望むものを殆んど手に入れてきたのに、四織は弱者で無ければならない。憐れな貧者で無ければならない。満ち足りた心などほど遠いものだった。


「肌用にストックしておいた奴隷達が使えなくなってしまったわぁ…………あ……」


 溜息と同時に眉を落とし、四織は伸ばした白魚のようなほっそりとした腕に視線を移す。

 長くのびやかな指と腕、絶妙なバランスで保たれた美しい形。磁器を思わせる艶やかな爪を窓に映った自分に見せびらかすかのように動かし、四織は言葉を詰まらせる。


 窓ガラスに映った自分の白い肌。染み一つ無い筈の自分の肩に緑の斑点が浮かんでいた。

 何も無かった自分に降りた神と同じ位置で、同じように――。


☠ ☠ ☠


「拙い事になったな……」


 門から屋敷へと伸びる道をひた走る5人の人影。

 その先頭を駆けるチェリオの口からは焦りの呟きが流れて来ていた。


 シオリの側近である筈のアルフォスとベーテが現れた事で、事態は急転したと考えていい。


「いつから怪しまれてたのか……。尻尾は隠していた筈だが」


 自問自答を繰り返すその表情には焦燥の色が色濃く出ている。

 シオリが薬師を待ち望んでいただけ――ポジティブに考えればその答えに行きつくだろうが、チェリオにしてみればそのような楽観視できる状況では無いようだ。


「どうするんすか!? このまま脅すにしてもシオリには『サンダツシャ』の『神の力ギフト』がある。下手すりゃこっちの戦力が根こそぎ『奪われ』ちまう!」


 九郎にしても余裕がある訳では決してない。

 シオリと交渉してフォルテの奪われたモノを取り返さなければならないというその目的が、九郎達の手足を縛っている。

 打ち倒す事では解決しない、奪い返さなければならない大切なモノが人質にされているのだ。

 それに言った通り、シオリの『サンダツシャ』の『|神のギフト』の全容も判明していない。その中に飛び込むのは明らかに分が悪い。


 今し方見せつけられたカクランティウスの剣技も、アルトリアの魔法の力も、九郎の『フロウフシ』ですら奪われてしまう可能性がある。

 そうなったら戦線崩壊どころの話では無い。近付けば近付くほど相手は強くなり、こちらが弱体化する。

 なのに会話と言う手段を取らなければならない。


 パァンッ!


 八方手詰まりとはこの事かと、歯噛みする九郎の耳に乾いた音が響く。


「ぬ?」


 カクランティウスが小首を傾げて後ろを振り向く。


「ちょ!? カクさん頭にあ、穴が……」


 カクランティウスの後頭部には指程の大きさの穴が穿たれていた。


「ふむ……。力加減を間違えたか? しっかり拘束したつもりであったが」

「なんだよっ!? その体っ! アンデッドか!」

「いきなり威嚇もなく撃つんじゃねえ! こう言うのは『フリーズ!』っつうのがお約束だろうが! リオやチェリオさんに当たったらどうするつもりだっ!」


 冷静に現状を分析するカクランティウスと、リオ達を庇うようにの前に飛び出る九郎。

 その眼前には怒りの形相のベーテが長い棒を片手に迫っていた。


(そりゃ無い訳無いよな! なんせ魔物の名前にもあんだからよ!)


 乾いた破裂音はドラマの中でなら良く聞く音だ。ある意味非現実とも思える世界で、日常的には聞き慣れない武器の音。銃口を向けるベーテに、九郎の背中に冷たい汗が流れる。


弾丸兎バレットラビット』と言う魔物が存在していた。その意味を考えれば存在していてもおかしくは無いと思っていたが、こんな切羽詰まった状況でお披露目されるとは思ってもいなかった。

 ベーテの構えている銃は、オートマチックやリボルバーのような複雑な形状では無く、単発式の猟銃のような作りのようだ。双眼鏡に単発銃。まるっきり狙撃手の装備だが、銃の精度はそこまで高くないのか。見える位置まで来られなければ、銃の存在には気付けなかったかもしれない。

 閉ざされた寒村で生活していたアルトリアは銃自体を見た事が無いのか、キョトンとした顔から見るに、何が起きたのかは分かっていなさそうだ。


「なかなか珍しいものを持っているな? 確かに魔法を使えぬ者が持つには適切であろうが……」


 ただ、カクランティウスの方は銃を知っている様子だった。魔物の名前にまでなるのだから、それなりに出回っていた可能性は高いし、カクランティウスの妻であったミツハも戦後すぐにアクゼリートに転移して来た『来訪者』だ。知識としてその存在を知っていてもおかしくは無い。

 今迄九郎が銃を見かけなかったその理由は、彼が言った通り魔法の存在が大きいのだろう。

 言葉だけで人を殺傷可能な魔法の存在が、銃の有用性を低くしていたに違いない。


 とは言え銃の殺傷能力が低い訳では無い。魔法と比べれば心許無い威力であろうとも、人を殺すのには充分すぎる。

 九郎達『不死者』が恐れるモノではないが、リオとチェリオは当たり所が悪ければ死ぬ可能性の方が大きい。


「その手に持つものが剣と同じと心得ているな?」


 静かに言葉を放ったカクランティウスだったが、その声は夜の闇を震わせる迫力を伴っていた。


 先程はベーテは銃を突き付けていなかったからこそ、カクランティウスはみね打ちで済ませていた。

 明らかに敵方の様子を見せながらも、武器を手にしていなかったからこそ慈悲を見せた。

 しかし今のベーテの手には人であれば・・・・・充分殺せる武器が握られている。


 見逃した命の先に潰える命は自分の責任。

 カクランティウスの言葉を思い出した九郎の顔がさっと青褪める。

 砂漠の夜の寒さとは違った次元のうすら寒さ。寒さを感じる筈の無い九郎の腕が泡立つ。


「ひっ……」


 後ろを見なくても分かるリオの恐怖の悲鳴。へたり込む音はリオのものかチェリオのものか。

 自分の脚が震えている事に気が付かないまま、カクランティウスの纏う空気に九郎は言葉を失う。


「ててて、テメエ何もんだぁぁぁぁっ!!!!」


 再びパンと乾いた音が夜の闇に木霊した。

 しかし今度の球筋は明らかに狙いを逸れて、誰を掠める事も無く闇の中に消えていく。

 味方である筈の九郎達でさえ恐れを抱くカクランティウスの殺気に気圧されたベーテの銃は、遠目にでも分かるくらいに大きく震えていた。あれでは手の届く距離でも当たるまい。


「紹介は先程した筈だが? 耳が遠い年ではあるまい……。だがそうだな。死に行く手向けにもう一度名乗ろう。我が名はカクランティウス・レギウス・ペテルセン。アルム王国初代国王にして――」


 カクランティウスがゆっくりと腰の剣を引き抜く。


「紫雲の魔王!!!」


 名乗りを上げたその瞬間、カクランティウスの姿は掻き消えていた。

 夜とは言え、雲一つない月明かりの下に在って捉える事の出来ない動き。瞬きする間もなく距離を詰めるカクランティウスにベーテの顔が驚愕に染まる。


「くそぅっ!!」


 ベーテが短く悪態を吐き捨て後方へと跳び退る。ベーテとカクランティウスの距離は銃の距離。その距離にありながらも迫るカクランティウスの恐怖は、凄まじいものだったのだろう。

 しかし数歩下がった所で焼石に水。瞬く間に距離を詰めるカクランティウスから逃れる術は無い。


「ぬ?」


 次の瞬間にはベーテの体は二つに分かれてしまっている。凄惨な光景に目をつぶりそうになった九郎だったが、そうはならなかったようだ。カクランティウスの訝しがる声は空に向けて放たれていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「成程……魔族であったか……」


 夜空から降ってくる荒い息遣いに九郎が空を見上げると、空中にベーテが浮かんでいた。背中からは大きな蝙蝠の翼を生やしたベーテが、恐怖に顔を歪めたまま荒い息を吐き出している。

 

「魔族って『合成獣キメラ』じゃねえのかよっ!? てかんなこと言ってる場合じゃねえっ! アルフォスもどこかに隠れている筈……!」

「失礼な。私が何故隠れなければならないのです。後この翼は自前です。陛下の仰るとおりですよ」


 空に浮かぶベーテに一瞬気を取られたその時、逆の空から冷たい声が降って来た。


「隠れてるよりも卑怯じゃねえのか? アルフォスっ!!」

「効率的な手段と言ってください。おっと、動くと薬師様の命が無いですよ?」


 アルフォスがアルトリアの頭上に浮かんでいた。その背中には大きな鳥の翼が生え、ホバリングするかのように力強い羽ばたきを見せている。しかし羽音は少しも聞こえない。フクロウのように静かな羽音で浮かぶアルフォスの持つ銃の先端は、真直ぐアルトリアに向かっていた。


「まさかかの有名な『不死の魔王』様とは……。遠方の我が領にもお噂は届いておりましたよ。我々魔族の希望の星……私達が一瞬でのされたのも仕方ありませんね」


 アルフォスの視線はカクランティウスを見据えている。慇懃無礼な物言いだが、その口調とは裏腹にカクランティウスを侮っている様子は欠片も無い。人質を取る手段に出た事からも、彼の実力の高さを充分理解しての行動だろう。


「婦女子を人質に取るのは戦士としての矜持にもとると思うのだが?」

「私は奴隷ですから」


 カクランティウスの言葉をアルフォスはさらりと受け流す。

 落ち着いた動作でピタリと銃口をアルトリアに向け、冷酷な視線はカクランティウスから外れない。

 手の届かない距離にいながら、それでも安全では無いと確信している様子のアルフォスは、言葉の通り形振り構っていられないのだろう。


 アルフォスが魔族だったとは思いもしていなかった九郎は、まんじりとした視線を空に向ける。

 その可能性も考えれば気付く事が出来た筈なのにと、悔しさが隠し切れない。

 40年も生き続けているシオリの側近中の側近。それが歳若いただの青年であった事自体に疑問を抱くべきだった。屋敷の――実質街のナンバーツーの位置にいるアルフォスが、単なる賢そうな美形だけである筈がなかった。


 ただそのアルフォスで以ってしても、見抜けなかったある意味非道な事実。

 奴隷の身分を知るだけに、奴隷であるリオやチェリオの方が人質となるとは思いもしなかったのだろう。

 銃口を突き付けている人物までもが『不死者』、5人の内3人が『不死』である事など誰が考えるのか。


「や~ん、クロウ~。どうしよ~?」


 ホヘッ? と向けられた銃口を暢気に覗き込もうとしていたアルトリアが、困惑の表情を浮かべた。

 銃を知らないアルトリアは向けられた筒が危険な物との認識が無い様子だ。認識があったとしても態度は変わらなそうだが……。


「どうしようったってなぁ……」


 アルトリアの言葉に九郎はガシガシ頭を掻く。

 アルフォスとベーテはカクランティウスのみを脅威と捉えている。確かにカクランティウス以外、碌な武器も持っていないのだから、その判断も止む無しだろう。銃口を突き付けている可憐な少女が、実は『魔王』と称されるカクランティウスを何度も瀕死に追い込んだ伝説のアンデッドなどと誰が思うのか。


「薬師様。この筒は一瞬であなたの命を奪う武器でございます。大人しく我々に従って貰えなければ、その体に穴が開く事になりますよ?」

「へぇ~……」


 緊迫した状況に在りながら、どこか微妙な空気が漂い出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る