第185話  人の値段


「じゃあボクたちにも説明してよ」


 司法局で手続きを済ませ、再度奴隷局に足を運んでリオの奴隷契約の譲渡をすませた九郎に、アルトリアが尋ねてきた。


 薄汚れた上等とは言えない宿の一室。

 日はとうに落ち、暗がりの中で獣脂で作った蝋燭の炎の灯りだけが部屋を照らしている。


 ビアスタ―に懸けられていた賞金は、そこまで多額のものでは無かった。

 もとから奪うこと、奪われる事が日常のこの街で彼に賞金を掛けていたのは、商人の何人かだったようで、それも外から来る者イコール鴨を街中に入れる前に独り占めされた事に対する恨みによるところが大きく、額は微々たるものだった。


 簡素なベッドが3つ置かれただけの小さな部屋は、4人入ればいっぱいだ。

 しかしこの宿代で、有り金の5分の1が消えている。

 金銭のかからない生活が長かった九郎は、ここにきて再び金の必要性に迫られていた。


「とりあえず分かったことだけだが……」


 前置きしながらベッドの縁に腰かけ、九郎は周りを見渡す。

 対面のベッドに腰掛けたアルトリアと、今はもう人の姿をとっているカクランティウス。

 そして何故だか床に座るリオを見渡し小さく溜め息を吐く。

 リオはいまだに怖気の走った表情を浮かべ、小動物のように震えている。

 あれから一日が経ち、九郎達がリオを害するつもりが無い事を再三伝えているのだが、もう存在自体が恐ろしいといった感じだ。

 仕方が無い事とは言え、どうにかならないかと思いながらも、九郎は話を始める。


「まずリオのことからか……」


 司法局でビアスタ―の討伐書を受け取った九郎は再び奴隷局を訪れた。

 再び先程対応してくれた男の元に向かい、リオの奴隷契約を登録しなおした。

 その際にリオの素性のあらましも聞いたのだが……。


「リオは奴隷って言ってたんだが」


 一口に奴隷と言ってもこの街の奴隷はかなりの数がいるらしい。

 そしてその全てが奴隷局で管理されているのだと言うことだ。

 奴隷局……九郎が感じた通り、その仕組みは日本で言う派遣会社に酷似していた。

 奴隷局は金銭で奴隷を貸し出しており、奴隷局は奴隷の貸し出しで富を得ていた。


 システムは、人材派遣と同様。ただしそこに人材の人権が含まれていない。

 奴隷は期間中の主の命令に逆らう事は出来ず、過酷に使役される。

 人権の無い情婦として。危険な仕事の従事者として。時には殺人の道具としてさえ使われていた。


 そんな過酷な使い方をしていたら直ぐに奴隷は死んでしまうのでは。

 九郎がその疑問を尋ねると返って来たのは恐ろしい事実。


 奴隷を殺してしまうと奴隷局に賠償金を払わねばならないらしい。

 ランクD。つまりリオのようなランクの低い奴隷でも、その金額はかなり高く、借主は奴隷が死なないようには気を付けなければならないそうだ。

 ある種奴隷の命綱とも言えるこのシステム。人道的なシステムかとも思えるのだが、九郎には派遣会社が生命保険を掛けて人材を送り出しているようにしか思えなかった。


 ――このD19825番はまだ若いですから、もし壊れたのなら30年分の貸出金が発生します。お気をつけて……。あ、でも孕みましたら逆に褒賞金が出ますので――


 薄ら笑いを浮かべた男に底知れぬ厭らしさを感じていた。

 女の奴隷が子を成せば、相応の金額が戻って来るらしい。それは奴隷が産んだ子は奴隷として扱われ、結果的に奴隷局の人材が増えるから――と言う理由であった。

 まるで人を家畜のように扱う――九郎が想像していたよりも更に酷い奴隷の有り方。


「じゃあさ……リオを買い取る事は出来ないのかな?」


 話を聞いていたアルトリアが九郎も考えた疑問を口にする。

 宿に泊まる金すら苦心している今の自分達には、成せそうにない方法だが、それが一番波風立たせずリオを連れ出す方法だろう。


「死亡時の金額の倍だってよ……」


 当然九郎も考えた事だ。真っ先に尋ねている。

 その際に提示された金額は目玉が飛び出るほどであった。

 通行税とは比較にならない程高額。人一人の人生を丸ごと買うのだから当然とも言えるが、所持金の乏しい九郎達に到底捻出できそうな金額では無かった。

 元から売る気が無いのでは? とさえ思ってしまいそうな金額だ。


 ――売り払ってしまえば奴隷の数は減っていきますから――


 そう言っていた奴隷局の職員だが、その真意はどうだか。

 人一人の人生を金銭に置き換え、最後の最後まで搾り取ろうとしているようにしか見えなかった。


「じゃあやっぱり首枷を取る方法を考えた方が早い?」


 アルトリアも金額を聞いてたじろいでいる。金の価値すら殆んど知らなかったアルトリアには想像もつかないほど高額だったのだろう。ただし彼女も彼女の夢が有る為、リオをこのままにしておく気も無いようだ。


「ア、アタシを殺したら罰金が発生するぞ! もうこいつが奴隷局に登録されちまったからな!」


 アルトリアのセリフにリオが上ずった声を上げる。

 成程、リオが奴隷局に行きたがっていたのにはこう言った訳もあったのかと九郎は合点がいく。


 主人の権利を譲渡しなければリオはずっとビアスタ―の奴隷のままだ。

 主人が死んだことでリオはその命の保証さえ無い状態になっていたのだ。

 罰金の払い主が死んだ状態のままでは、いつ殺されてしまうか分からない。誰も自分の命を省みてはくれない。

 今迄なら罰金が発生する事で最悪殺される事には躊躇していた者達が、全く気にする事無く奴隷を使う。

 その怖さを分かっていたから、最低限度の保険を掛ける為に九郎達を奴隷局へ連れてきたがっていたのだろう。


「別に殺すつもりはねえよ。殺すつもりだったら最初っからあの怖いオッサンから庇ってねえ」


 九郎は苦笑を浮かべながらカクランティウスを指さす。

 蠍の肉を歯牙んでいたカクランティウスが、いきなり水を向けられキョトンとしている。

 紫の髑髏の騎士だったカクランティウスも今は美形の髭面だ。

 恐怖も少しは和らぐかと思ったのだが、リオはカクランティウスに殊更怯えを見せていた。

 彼女の中ではカクランティウスが一番恐ろしい存在なのだろう。グロイ姿を見せただけの九郎達とは違って、彼はその実力も見せつけている。

 死なない殺戮者とでも思っているのか、カクカク頷き、アルトリアの傍へと後退り服の端を握っている。


「大丈夫だよ~。リオはボクの夢の鍵だもん。ボクが絶対守ってあげるからね」


 寄られた事に気を良くしたのか、アルトリアはリオを庇いながらも頭を撫でる。

 夢の鍵とは『九郎に抱かれたいと思う女』と言う意味だが、リオに言っても分かる筈も無い。

 昨夜の凄惨な状況の中でアルトリアが一番マシな状態だったから、消去法で彼女を選んだだけだろう。

 カクランティウスから守った事や、頭を撫でて宥めた事も関係しているのかも知れない。


 アルトリアが自分の事を『魔死霊ワイト』と称した筈だが、リオは伝説上のアンデッドの名前を知らないようだった。

 触れられているのが、本来なら全ての命を吸い取る者と知れば、また彼女に不審が広がってしまう。

 怯えの視線を向けられ、首ちょんぱの九郎と惨殺髑髏のカクランティウスだけが顔を見合わせ苦笑を浮かべる。


(とは言え、奴隷の譲渡をしちまったから、俺の中に首枷を置き去りにしていいものか……)


 首枷の魔法はリオの生命に反応すると奴隷局の職員が言っていた。

 すなわちリオが生きているか死んでいるかに関わらず、首枷が離れた時点でリオが死亡したと判断される。

 買取よりは経済的だが、はたしてリオは大人しく取り込まれてくれるのだろうか。


(ちょっとまだ早えよなぁ……)


 まだ出会って1日。それも化物と怯えられる人間に体を預けてくれるとは到底思えない。


「金が無いなら稼げばよかろう?」


 どうしたものかと首を捻る九郎に、蠍を咥えたカクランティウスが首を傾げながら言い放つ。

 その金額が問題なのだと口を開きかけた九郎だったが、何もしてないうちから諦めている自分に気付く。

 今は金が無いが、ミラデルフィアではそれなりに稼いでいた方だ。冒険者として魔物を狩るなりして素材を売れば、リオが死んだ時に払う金額と同等程度の金額を稼ぐ事は可能に思えた。


 それに――――


「そろそろ俺も現代知識でTUEEEしても良い頃なんじゃねえの?」


 九郎は口の端を吊り上げ笑みを作る。

 今迄金の必要性に駆られた事はベルフラム達と生活していた頃だけだった。その時でも日々食えるだけの金額があればいいといった荒稼ぎを企てるようなものでは無かった。

 必要に迫られるまでは、使い道も無い金にとんと興味を失っていた九郎だったが――。


「見せてやろうじゃねえの! 俺の知識チート! アルト、リオ! 見ててくれや。札束の風呂に浸からしてやんぜ!!」


 金持ち像すら貧困な九郎は大上段に啖呵をきっていた。

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