閑章 Girls in the dark
第168話 閑話 東奔西走
「ちとすまぬのぅ、そこの御人。コルル坊と言う青年を見かけたりはせんかったかのぅ?」
「~~~~~~~~」
「オババッ! それじゃあ分かんねえだろっ! クロウ! クロウだっ!」
「おお、そうじゃった、そうじゃった……。御人、クロウ坊と言う男を……」
「う~~~~~~」
「駄目だ、シルヴィ! 話が通じねえ! とっとと殺っちまえっ!」
蔦に覆われた深い森の中で暢気なやりとりに、物騒な物言いがかかる。
「ぬぅ……。これでは何か辻斬りみたいな気がするんじゃが……気を悪うせんでおくれ。
まだ若い身なりの森林族の少女、シルヴィアが眉を下げる。
目の前には体が朽ち果て、紫色の腐汁を撒き散らす異形の怪物が襲い掛かってきていると言うのに、どこか知人にでも話しかけるような口ぶりだ。
「ヴゥゥゥガァァァァ」
「オババッ! 余裕ぶっこきすぎだろっ!? もうもたねえぞ!!」
土の壁で怪物を塞き止めたまま鉱山族のガランガルンが焦れたように叫ぶ。
(お前もさっきまで乗っかってた方だろう……)
短い赤髪の青年が目元を覆って溜息を吐く。このパーティーのリーダーであるファルアは、この個性的な面子をどう動かすかにいつも頭を抱えている。
「オババッ! ファルアの顔がまたヤバくなってきやがった!」
「ぬぅ!? それはいかん! いかんぞぉぉぉぉぉ! すまぬっ! 儂らも叱られとうはないんじゃぁぁぁ」
目元を覆って口元を歪めただけなのに、ガランガルンとシルヴィアは途端に慌てだす。
何も言っていないし怒ってもいない。どちらかと言うと呆れていたのだが、元来目つきが悪く、頬に十字傷を刻んだファルアの顔は通常時でも悪鬼のような強面だ。半分ほどはネタだろうと思いたいところだが、存外便利な方向に働くのでファルアもそれほど咎めようとも思っていない。
「い、痛うせんから! すぐじゃから、な? ちょっとだけ辛抱しておくれ……。
――『深碧の旅団』アーシーズの眷属にして闇を掃う清き風よ! 鎮めよ!
『オラティオ・ウェント』!!!」
シルヴィアが澄んだ声で魔法を唱える。
(どこの女衒のセリフだ、そりゃ……)
ファルアの心の中での突っ込みを他所に、シルヴィアの間の抜けた言葉は直ぐに効果を発揮する。
ガランガルンが敷いた土壁に集っていた異形の怪物『
「次は迷うたりせんようにのぉぉぉぉ」
「せめて臭くならねえようになぁぁぁぁ」
シルヴィア達が空を見上げて手を振るのをファルアは顔を顰めて眺める。
頭の中に過るのは安堵の思いでも、暢気な仲間への苛立ちでも無い。
だからこそファルアは顔を歪めて考える。
なぜこんなに慣れてしまったのかと――――。
☠ ☠ ☠
「ま~た無駄足じゃったのぅ……」
シルヴィアは力なくカップと共にテーブルに崩れ落ちた。
――交易都市ヴァタ――
ハーブス大陸の南に位置するガバアウム大陸。その南西にある港町だ。
ひっきりなしに人が行き交う港から離れた、お世辞にも綺麗とは言い難い酒場のテーブルは油と汚れで不思議なテカリを見せている。
「しゃべる不死者なんてそうはいねえと思ってたんだがなぁ」
ガランガルンが酒の入ったカップを傾け、同時に肉も頬張ると言う器用さを披露しながらそう呟く。
(コルル坊……全くどこかで泣いとりゃせんじゃろうなぁ……。儂が見つけてやらんとのぅ……)
シルヴィアはカップの中に満たされた酒をじっと見つめ、大きなため息を吐き出す。
九郎が行方不明になってからもう1年半。
同時にシルヴィア達がこのガバアウム大陸に踏み込むのは2度目となっていた。
当初はハーブス大陸から探そうと思っていたシルヴィアだが、リーダーであるファルアがすぐにその可能性を否定してきた。
――あいつが同じ大陸内にいたら、一月ありゃ戻って来るだろうよ! ――
ファルアがぶっきら棒に言い放った言葉に、最初はシルヴィアは疑問を呈した。
ハーブス大陸とてかなり広い。端から端まで辿り着くのにどう考えても半年はかかる。
その中に道なき道が含まれていればさらに日数がかかると。
だがそんなシルヴィアの問いにファルアは片眉をあげ、意地悪そう笑みを浮かべた。
――クロウはシルヴィにベタ惚れだからな! 同じ大陸にいたら寝る間も惜しんで突っ切って来るだろうさ――
シルヴィアがその言葉に顔を赤らめ照れる様子を眺めながら、ファルアはガランガルンと目を合わせてニヤついていた。
照れたシルヴィアだが、九郎ならば道なき道も苦にもせずに直進するという言葉は妙に説得力に満ちていた。それにもし九郎がハーブス大陸内にいるのなら、いずれミラデルフィアのフーガにも辿り着く事だろう。
フーガにはシャルルもいるし、手紙も伝言も伝えてある。1年に一度は戻ると決めている以上ハーブス大陸を後回しにするのは理に適っているのだ。
「コルル坊やぁ……。
虚空に向かってシルヴィアが想いの丈を口にする。
そしてカップに入った黄色い酒を見つめ、シルヴィアは九郎の顔を想い描く。
困った顔、笑った顔、真剣な顔……。様々な顔を思い浮かべたシルヴィアは、最後に抱き合った時の九郎を思い浮かべて頬を赤く染めた。
☠ ☠ ☠
「ふへへ……」
「おい……ファルア。オババがま~た桃色になってんぞ?」
「ほっとけ。惚気させときゃ五月蠅く無くていい」
項垂れたかと思ったら、頬を赤くして身をクネクネさせ始めたシルヴィアを薄ら笑いでファルア達が眺める。いつものように繰り返されるシルヴィアの思い出廻りにも慣れたものだ。
当初は焦りを見せていたシルヴィアだが、一年以上経った今はそこまで追い詰められた表情はしなくなっていた。
探し人が絶対に死んでいないと言う確信は、探す者達からすれば思った以上に安心をもたらす。
―――九郎との思い出の殆んどが、どうにも締まらない喜劇感を感じさせ悲観に暮れようが無いのが理由だとは、ファルアは思っていても口にしない。
「おう、『鴉狩り』の面々じゃねえか。どうだったんだよ? サジマルの砦の調査は」
クネクネ妖しい踊りを踊るシルヴィアを肴に、ファルアとガランガルンが酒を煽っていると後ろから声がかかる。
それぞれが二つ名を持つほどの腕利きだったファルア達だが、このガバアウム大陸ではパーティーとしての二つ名がつけられていた。
名前の由来はシルヴィアが見境なく九郎を呼ぶ声に因んだものなのだが、九郎はクロウ―――鴉と間違われて広まってしまい、『鴉狩り』と呼ばれるようになって現在に至る。
「別になんてことはなかったな。せいぜい『|狭間の迷い
ファルアの言葉に声を掛けてきた男が少し後ずさる。
『
「『
「ああ、しっかり届けといたぜ? あっちこっちガタが来てて改修しねえと使い物にならねえってな?」
じんわりとした汗を浮かべた男に向かってファルアは不敵な笑みを見せる。
『
だが『
しかし九郎という『不死者』が仲間であった3人は、不死に対して恐怖を覚えなくなっている。
どちらかと言うと懐かしさが込み上げて来るのだから、ファルア自身も自分に呆れる。
それに加えてシルヴィアの存在も大きい。
シルヴィアが退魔の魔法を開発したからというのも理由の一つだ。
何を思って『不死』の仲間がいるというのに退魔の魔法を開発したのか。シルヴィアが『
ファルアも初耳だったが、九郎を待ち続ける間ずっと古文書で暇つぶしをしていたシルヴィアは緑―――風の魔法や、青―――水の魔法にも対
光は浄化を意味するが、水にも浄化を意味する言葉が有る。このことはファルアも直ぐに納得できていたが、シルヴィアが得意とする風にもその事を意味する古代語があったとは知らなかった。
掃う―――すなわち祓うという負の魔力に対する効果的な言葉。
流石に『
「流石に大森林で名が通っていたと嘯くだけの腕だな。ところでお前らが捜してる男ってのはどんな奴なんだ?」
声を掛けてきた男が感嘆の言葉と共に酒場の壁を指さす。
まだ新しい羊皮紙に描かれた九郎の顔と共に、特徴と二つ名が並べられ、迷子と一言添えられている。ちなみに似顔絵はファルアが描いている。
「読んだんなら分かんだろ。迷子だ」
「あの二つ名の数は本当かよ……」
「そのまんま見た目通りだと思うがよ?」
ぶっきら棒に男と会話するファルアを横目にガランガルンが心の中でそっと九郎を憐れんだ。
☠ ☠ ☠
二つ名をそのまま羅列させた九郎の特徴―――『
どれでも九郎を直ぐに思い浮かべられる適した二つ名だが、逆にこれだけあると混乱するのではとの心配も否めない。同時にこれだけの特徴を併せ持たせた九郎は、
(特に『
行方不明の仲間を慮ってガランガルンはそっと目頭を押さえる。
酷い二つ名だとは思うのだが、九郎を知っている者がいたら直ぐに九郎と分かる二つ名だと、ガランガルンも思ってしまったからだ。
ファルアの悪乗りに乗じた、ガランガルンが言える言葉では無いが。
「あんだけ二つ名があって迷子なのかよ……」
男は二つ名の内容よりもその量に驚いている様子だ。
一つでもあれば腕利きとされる二つ名を数多く持つ九郎。
そんな強者が迷子で捜索されていると言うちぐはぐさに合点がいかないのだろう。
「ああ、
「二つ名があんだけあってかぁ?」
二つ名はそれだけ話題に上がった事を意味するが、冒険者の二つ名の持つ意味はそれだけでは無い。
「しぶてえからなぁ……クロウは……」
ファルアの何気ないこの言葉を目の前の男はどこまで理解したのだろう。
冒険者と言う明日をも知れない身で名前を憶えられる。それは言うなれば、強者として戦いに勝ち続けている――そういった意味以上に
死者はいずれ忘れられていく。だが死なない九郎は――――。
「今頃また増えてたりしてなぁ……二つ名……」
「そういやぁ『
「ファルアがビックリする事が信じられねえんだよ! お前になら納得できるんだがよ」
仲間を思い出してカップを傾ける強面の男にガランガルンがからかいの言葉を投げかける。
憮然とした表情のファルアは、そのまま料理を食べ始める。
汁の滴る肉に齧り付くその姿は、捕食者の恐怖を孕んでいる。
「ほれ、その顔! また悪い事考えてやがんだろうがっ!」
からかいの言葉をさらに続けるガランガルンに、ファルアはニヤリと口を歪める。
「ガラン坊や。ショウユをとっておくれ」
言い過ぎたかなと冷や汗を垂らしたガランガルンの耳に、シルヴィアの助け舟が入る。
ひとしきり九郎との思い出を堪能したのか、シルヴィアも食事に手を伸ばし始めた様子だ。
「オババもまだあるだろうが。俺のばっかり使うんじゃねえ」
「なんじゃい、男じゃろう? ケチケチせんでええじゃろうが……。仕方ないのぅ……。ほれ、ファルア」
「ちっ……。俺だって残り少ねえんだがなぁ」
舌打ちをしつつファルアが懐を漁る。なんやかんや言ってもファルアは女には甘いなとガランガルンが苦笑いを浮かべる。
「お、おい嬢ちゃん……。おめえ何しようとしてやがる……」
すでに何処かへと消えたのかと思っていた男が、ドン引きしたような声をあげる。
「ん? ショウユがどうかしたのかえ?」
訳も分からないと言った感じでシルヴィアが首を傾げる。
その手にはファルアの黒の魔法で腐敗を止め、生き生きとしたイナゴが握られている。
男に尋ね返しながら、シルヴィアは自然な動作でイナゴの首を千切り、中の汁を焼き魚に振りかけている。
「うむぅ……。やっぱり『
イナゴの汁がかかった焼き魚を頬張りシルヴィアが眉を落とす。
その姿を見ていた男が怖気の走った表情でそそくさと席を離れていく。
九郎を求めるシルヴィアの叫びに、男が残していった言葉はかき消され誰の耳にも届かなかった。
――『鴉狩り』って、お前ら全員が鴉じゃねえのか? ――
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