第142話  湧き出す死者


 月明かりの下で硬質な音が鳴り響き、それに怒気を孕んだ雄叫びが混じる。

 重い音が暗い森に吸い込まれるように消えていく中、シルヴィアの背中に冷たい汗を感じ眉を顰める。


「オババっ! アレはなんとかできねえのかよっとぉ!!」


 ガランガルンが飛びかかって来る『蜥蜴族ドラゴニュート』の戦士の刃を斧で受けながら、苛立ったように叫ぶ。


「やっちょるんじゃが……っ! まさか『精霊使いシャーマン』種が混じっちょるとは……」


 矢をつがえながらシルヴィアが弱音を吐く。

 赤い鱗を持つ大型の『蜥蜴族ドラゴニュート』。大振りの曲刀シミターを指揮棒に配下の『蜥蜴族ドラゴニュート』達に指令を出しながらも的確にシルヴィアの風の矢を弾いてくる。

 普段のシルヴィアならそれでも遅れを取る事はなかっただろうが、『水の祭壇』での戦闘でシルヴィアの魔力は殆んど残っていなかった。まだ回復しきっていない魔力量で戦闘に赴いた自分の甘さに歯噛みするが、それこそ今更だ。


「一旦引いてファルア達と合流……」


 赤い鱗の『蜥蜴族ドラゴニュート』は土の魔法を使って来るのか、ガランガルンも次第に押され始めている。

 魔法があまり得意では無いガランガルンは、同じ系統の魔法を使う相手に徐々にだが手傷を負うようになっている。

 腕に纏った土の鎧が剥がれ落ち、毛むくじゃらの腕から赤い血が滴り落ちている。


「俺が時間を稼いでやっからよぉ! ちょっと顔の怖いあの野郎を呼んで来てくれやぁっ!!」


 しかし傷の事等気にも留めない素振りでガランガルンが斧を横なぎに振るう。

 威嚇に振り回した斧を恐れたのか、『蜥蜴族ドラゴニュート』が後ろに飛び退る。

 だが隙を見せれば一気に襲い掛かって来ることは想像に難く無い。


(ファルアも戦っちょるんじゃったの……。そしてコルル坊も……)


 自分が誰にも相談せずに戦いに赴いたせいで、連携どころではない状態に陥っている事に心苦しさを覚えながらも、九郎も誰にも知らせずに戦いに赴いていた事を思い出しシルヴィアの胸に複雑な感情が浮かぶ。


「お主の方が若いじゃろうが! 儂が喰いとめておいてや―――」

「男を子供扱いすんじゃねえっ!! 格好つけさせろよ。俺にもなぁっ!!!!」


 シルヴィアが口元を引き上げ、弱気になっていた心を振り払う。

 自分が開いた戦端だ。巻き込んだ形のガランガルンを置いて引く事等出来ないと。

 しかしガランガルンが心底不愉快そうに怒鳴り声を上げた。

 この若い鉱山族の男にも譲れない矜持があることを、シルヴィアはその声色から窺い知る。

 豪放に見えてどこか繊細な様子を見せていたガランガルンの琴線に何かが触れたのか。

 

(面倒臭いものよのぅ……男の子っちゅうのは……)


 戦闘の際も常に安全マージンをとりつつ戦っていた今迄のガランガルンとは違った雰囲気を感じ取りシルヴィアは小さく嘆息する。

 男が『男』という単語を口にした時の頑固さは手におえるものでは無い。


「…………すまぬ……。絶対死ぬんじゃありゃせんぞ!? 死んだら化けて出てやるぞ!」

「なんでオババが化ける側なんだよっ!?」


 一瞬の逡巡を経てシルヴィアは後ろに向かって駆けだす。

 確かにガランガルンの提案は的を射ているのだ。防御に特化したガランガルンの方が時間稼ぎには適しているし、素早く、探知にも長けている自分の方が早くファルア達を見つけることが出来る。


「へむっ!!??」


 もう一度心の中で仲間の無事を祈って駆け出そうとした矢先、シルヴィアが何かに躓いたかのように倒れ込む。

 

「オババっ!! 足腰弱り過ぎだっ!!」


 ガランガルンがシルヴィアを横目に焦りを含んだ声をあげる。

 一瞬何かに蹴躓いたと感じたシルヴィアだったが、瞬時に何が起こったかを悟る。

 足首が半ばまで土に埋まっている。

 地面に縫い付けられたようにがっちりと掴まれた両足。敵方の土の魔法がシルヴィアの両足首を掴んでいたのだ。

 

「ちゃ、ちゃうわいっ! ガラン坊! お主が行けっ! 儂は捕まってしもうた!」

「はぁ!? 仲間を置いてなんざできねえよっ!! …………今日ばっかりはな!」


 こうなってしまっては自分が盾役をやるのが当然だと言い放ったシルヴィアに、ガランガルンが眉を顰めてシルヴィアに背を向ける。

 ボソリと呟いた最後のセリフはシルヴィアに届くかなかったが……。

 尚も理由を述べてガランガルンを説得しようとしたシルヴィアの言葉を後ろ手に遮り、ガランガルンが斧を構えた。 

 その視線の先には赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が目を細めてゆっくりと口を開く姿が見える。

「手間取らせやがって」とでも言いたげな表情で口を縦に開いた赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』は、残虐そうに眼を開いたかと思うと自ら曲刀シミターを掲げる。

 獲物を討ちとる誉を誰にも渡さないと言わんばかりに剣を構えた赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が足を曲げ跳躍の姿勢を見せた次の瞬間飛び上がり――


  ビタンッ!


 見事に大地に突っ伏した。

 もうそれは見事に……。先程のシルヴィアの転倒も霞むほどの勢いで大地に突っ伏した赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』に、シルヴィアもガランガルンも言葉を失う。

 余裕が有れば笑みが浮かんだその光景も、次に現れた光景がその感情を覆い隠す。

 

 土から手が生えていた。

 今まで何も無かった筈の地面から人間の右腕が生えていた。

 シルヴィアの両足を掴んでいる土の枷では無く、人の、体温の通った人の色をした右手が赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』の足をがっちりと掴んでいたのだ。 

 

「…………俺の女神に……なにしようとしてんだぁぁぁぁん?」


 地の底、事実地面から響く声と共に、赤く禍々しい光が地面から生えた腕から立ち昇る。

 煙のように巻き起こった赤い粒子が見る間に人を形づくっていく。


「クロウ……?」「コルル坊……」

「間に合った見てえでよかったぜ……」


 赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』を逆さ吊り状態に持ち上げ、九郎は心底安堵した表情を浮かべていた。

 シルヴィアとガランガルンはもちろんの事、周りを取り囲む『蜥蜴族ドラゴニュート』すら呆気にとられて見守る中、一人の若者が地表から湧き出していた・・・・・・・

 目の前で起こった事が信じられないと、誰もが目を瞠り呆けている。


「っとぉっ!?」


 一瞬の間だったのか、それとも時間が経っていたのか……逆さ吊りにされた状態の『蜥蜴族ドラゴニュート』がその場で一番最初に動いた。

 曲刀シミターを振り、自分の足を掴んでいた九郎の腕を切り飛ばす。

 痛みを感じていないような声で九郎が驚きを表す。


 キュグワッキュクアッ!!

「おわっ!!?」


 赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が何を叫んだのかは分からないが、怒りに満ちた目は九郎を睨んで口を大きく開けた。その声に答えたのは大地だった。

 バランスを崩したかのようにぐらついたと思った瞬間、九郎が沈む。

 足元に突如生まれた沼が生き物のように九郎を飲み込もうとしていた。


「クロウっ!!!」


 ガランガルンが慌てて手を伸ばそうとするのを九郎は左手で遮る。

 肘から先を失ったままの左手で。


 キュユキョキュクア!


 赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が号を発した。


「クロウっ!!!」「コルル坊! ――――『深碧の旅団』アーシーズの……」


 ガランガルンが慌てて再び駆け出し、シルヴィアが魔法の詠唱に入るが間に合わない。

 鈍い音を立てて九郎の背中から何本もの槍が生えた。


 何が起こったのかなど考えるまでも無い。配下の『蜥蜴族ドラゴニュート』が放ったであろう槍に貫かれた九郎にガランガルンが悲壮を浮かべて項垂れる。

 だが……その表情は再び顔を上げた時には呆れの様相となっていた。


「シルヴィを傷付けようとしてくれちゃったテメエらには、少しばかりイタイお仕置きをくれてやるぜぇ……」


 口元を歪めた九郎が獰猛な笑みを浮かべたからだ。

 体を貫いた筈の槍は九郎の体に吸い込まれるように穂先を飲み込まれ、柄は支えをうしなったかのように泥の中に沈んで行く。

 一瞬何が起こったのかと訝しんだ表情を浮かべた赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』は、泥の中に封じられた男が何をいっているのかといった嘲りの視線を九郎に向ける。そしてそのままその瞳は驚愕に変わる。


 ズルリッとでも音が鳴ったような勢いで九郎が沼から這い出した。

 いや、這い出したのではない。引っ張られたのだと誰も気が付かないまま、九郎が再び赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』の足を掴んでいた。


「俺は武器を装備したぜぇ!!!」


 再び赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』を逆さ吊り状態にした九郎がニヤリと笑う。

 次の瞬間九郎は片手で巨大な赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』を振り回し始める。

 滅茶苦茶に、豪快に、乱暴に振り回される『蜥蜴族ドラゴニュート』に呆気に取られていた蜥蜴たちが吹き飛ぶ。運の悪い何匹かは赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が持つ曲刀シミターに斬られて悲鳴を上げる。


 振り回された『蜥蜴族ドラゴニュート』が半ば恐慌をきたしながらやたら滅多らに曲刀シミターを振り回す。

 再び切り離される九郎の右腕。勢い余って大きく飛ばされた赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』の顔には安堵の表情が浮かぶ。が――。


「安心すんのははええぜぇ? もうちょっと付き合えやっ!」


 九郎が切り落とされた右腕を伸ばす。

 空中に放り出された筈の『蜥蜴族ドラゴニュート』が引き戻されるように九郎の元へと戻って来る。足を掴んだままの右手と共に。 


 キュワキュウォキャー!!


 赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が叫んだ。

 悲鳴なのか命乞いなのか怒りの声なのか判断つかない九郎は、眉を顰めただけだった。


「お前等これによええんだろぉぉん!? たっぷり喰らいやがれっ!! 『冷たい手ウォームハート』!!!!」


 握ったままの掌を冷気に『変質』させる。

 突如体に登る冷気に驚いたのか、赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』が甲高い声を上げた。

 握られた足に登るその痛みとも恐怖ともつかない存在から逃れるかのように手足をばたつかせる。

 そして――――それも長くは続かなかった。

 ビクンと体を痙攣させた赤い『蜥蜴族ドラゴニュート』はそのまま気絶したのか、ぐったりと体を弛緩させた。


「ったく……俺の武器は根性無い奴ばっかりだぜ……さて次はぁぁぁ?」


 拍子抜けしたように九郎は気絶した『蜥蜴族ドラゴニュート』を放り投げて周りに目をむけた。

 それが彼らの限界だったのだろう。大将格がやられた事が彼らの恐れを加速させたのかも知れない。


 口々に悲鳴を上げて『蜥蜴族ドラゴニュート』達が逃げ惑う。

 武器すら放り投げて踵を返した『蜥蜴族ドラゴニュート』を眺めて、九郎は肩を竦める。


「俺は持って帰った癖に大将は置いてくんかよ……」


 そのセリフは流石の仲間達にも理解出来なかったようだった。


☠ ☠ ☠


「怪我はねえか……?」


 蜘蛛の子を散らすように逃げて行った『蜥蜴族ドラゴニュート』を眺めていた九郎が振り返って言った。

 唖然とした表情で九郎の戦闘を眺めていたガランガルンとシルヴィアがその言葉に我に返る。


「そ、そのセリフはお前が言って良い言葉じゃねえだろっ!?」

「お主その左腕はどうしたんじゃ!!? 何でも治ると言っとったじゃろうに! 早う見せ! 今治して……ふあぁっ!!?」


 慌てて言葉を探すガランガルンは九郎の『不死』は知っていたが、目の前程の惨劇を目にしてこなかった故の狼狽えを、逆に九郎の『不死』性を十二分に目にしてきたシルヴィアは九郎の失ったままの左腕を目にして狼狽えを見せた。そしてもう一つの要因に。


「テメエっ! いきなり振り替えんじゃねえっ! ビビっちまうだろうがっ!!」


 ガランガルンが九郎を睨み怒声を発する。

 途端九郎の顔が曇る。ファルアが恐れを見せなかった事で気を抜いていた。

 ファルアが大丈夫だったとしてもガランガルンは違う。明らかに言葉にして驚きを口にしたガランガルンにどう弁明するべきか……。『不死』を伝えてはいたものの、実際目にするのと聞くのとでは大違いだ。

 その事を今更ながらに気付いて心の中に寂しさが溢れてくる。


「や、やっぱそうだよな……。ファルアがビビんなかったからって、ガランもそうだと思い込んじまった俺が……」

「あたりまえだっ! 夜の森で全裸に出くわした身になってみやがれ! 身の危険を感じない方がおかしいだろうがっ!!!」

「へ?」


 ガランガルンのセリフに九郎の口から間抜けな声が出た。

 そして今更ながらに自分が何も身につけていない裸の状態だと気が付く。

 あまりにも裸の状態が自然すぎて、服の存在すら頭から抜け落ちていた。

 シルヴィアが顔を赤く染めながら視線を彷徨わせた訳が今になって分かって来る。


「お、俺にそう言う趣味はねえよっ!」


 九郎は思わず叫んでいた。

 ガランガルンが突飛な想像をした事に逆に背中に汗を掻きながら。

 危険をあらかじめ予測して対処しようとするガランガルンの慎重さが、いらぬ誤解を招きそうだ。

 だが同時にガランガルンも、九郎の『不死』にはそれほど恐れを抱いていない様子が見えて九郎は苦笑を漏らす。


「それよりコルル坊! その左手の方が問題じゃ! 早うこっちゃ来い!」

「ああ、シルヴィ……これはどうってことねえよ。ワザとこうやってんだ。俺がいきなりここに駆けつけられた理由……」


 九郎は事無げを装い軽い口調で説明する。

 九郎がこの場所に生えて来られたのは、切り落とした左腕を切り刻みながらあちらこちらにばら撒いたからだった。

 細胞の一欠けら、血の一滴からでも体を『再生』させられる事を知った今だからこそ出来る移動方法兼索敵方法。

 撒き散らした腕の欠片で森全体を監視し、見つけたらすぐ駆けつけられるようにと腕を『再生』させないままに意識を肉片に丸ごと移す。

 『再生』すれば肉体はそのままに残る・・ので、九郎の形をした肉体はただの肉へとなってしまうが、最初から相手を驚かせようと企んだ方法なのでその異常性には目を瞑っていた。

 しかし仲間の死体がそこかしこに転がる事になるのを、どう説明すれば良いのかが分からない。

 厳密に言えばそれは九郎の形をした肉にしか過ぎないと自分では思っているが、それを相手がそうとらえるとは限らなかったようで……。


 九郎は説明を続けながら、次第に顔を青くしていく二人の仲間に再び顔が曇って行く。

 ガランガルンが引きつった声を上げて震えはじめ、シルヴィアも泣き出さんばかりに目を潤ませ始めている。


(やっぱコレは駄目だったのか……。自分でもどうかと思っちまうような手段だからな……。でもシルヴィ達が無事だったんだから……)


 自分の事を好きだと言ってくれたシルヴィアまでもが恐れの籠った眼を向けて来た事に、少なくないショックを受け九郎が溜息を吐き出す。しかし彼らの危機を救えただけでも良しとしようと、九郎は無理やり笑顔を作ると、おどけた口調で肩を竦める。

 シルヴィア達は九郎の目を見る事すら恐ろしいのか頻りに九郎の後ろに目を逸らしている。

 

(そこまでビビんなくってもさぁ……)


 彼らの表情はもはや小動物のように縮こまって、震える肩は痛々しい程に怯えを見せている。

 九郎が怯えの視線に耐えられなくなり逃げるように顔をそむけ――――


      ゴイン!


「へぇ……? そんな理由があったんだぁぁぁぁぁ? もう一回説明してもらってもいいかなぁぁぁぁぁ? 勝手に行動すんなって言ったばかりだったよなぁぁぁぁぁぁ?」


 ―――――その表情を恐怖に染めたまま九郎は大地に突っ伏した。

 後ろには肉となった九郎を抱えたファルアが肩で息をしながら、怒りの形相で立っていた。

 得物くろうを九郎に振り下ろしたその顔は、この世の者とは思えない禍々しさを孕んでいた。


☠ ☠ ☠


「どう思うよ……?」


 闇の森を走りながらガランガルンがポツリと尋ねてくる。

 どう……とは? とはファルアは聞き返さない。

 前にもこんなやり取りをした覚えが有るなと、そう苦笑を浮かべながら背負った者にふと目を向ける。


「なんだ? ガランはビビっちまった口か?」


 ファルアの言葉にガランガルンは鼻を鳴らして背中に視線を逸らせる。

 その視線の先にもファルアが背負っているものと同じ、九郎の形をした死体がある。


「……おめえよりは怖くねえなぁ……」


 ポツリと呟いた言葉にファルアが顔を歪める。

 それほど自分の顔が恐ろしいのかと、声を荒げたい気がしてくる。

 

 ファルアの登場の仕方に恐れ戦いていた3人の仲間……。

 説教の途中で再び九郎が慌てだした事で、言いたいことも言えずじまいである。


「里の人らが襲われてる! ファルアっ! 俺は先に行っていいか!?」


 今度は一応指示を仰ぐことは出来たようだ。

 だがその顔は焦りにまみれ、居ても立っても居られない様子がありありと浮かんでいた。


「仕方ねえ……。無茶すんじゃねえぞ……ってのはお前にはいらねえ世話か……。足止めだけで十分だ。時間を稼いで来い」


 なぜ里の森林族の者達にすらこんな表情を浮かべるのかと、若干の呆れを見せながらファルアが許可を出す。余りにも甘さが過ぎて、ファルアの頭で理解できないと答えを出していたにも関わらず。


「コルル坊……。直ぐ追いつくから……里を頼む……」


 シルヴィアが九郎の首に手を回してひとしきり抱擁した後、託すように九郎を見上げていた。


 聞くまでも無くシルヴィアは九郎を何も恐れていない。

 自分の死体を量産する九郎に対して恐れの一欠けらさえ浮かんでいない。

 自分が九郎に殺気を感じず九郎を『死』と直結できなかったように、シルヴィアもシルヴィアで九郎を別の何かで感じている様な、そんな感想を浮かべる。


「ん~……。やっぱりちっとも怖かねえなっ! ただのアホだ、あいつは! こんなに死体があったら獣が寄って来ちまうことすら分かってねえ!」


 自分の感想を訝しんでいた様子のガランガルンが再び思い立ったように声をあげた。

 ただの阿呆……確かにとファルアも笑いを噛み殺す。

 自分にだけ『死』を振り撒き、『死』を重ねて誰かを守ろうと必死な男が怖い訳が無い。

 ガランガルンもそれを感じて九郎を恐れていないのだろう。


「一応聞いとくが……シルヴィはこいつをどう思ってんだ?」


 先を走るシルヴィアに何気なく尋ねる。

 一瞬考え込むような素振りを見せたシルヴィアが、顔を赤らめて前を向く。


「そ奴は……儂の愛した男じゃよ。悲しい未来を絶対に見せん、儂の理想の旦那様じゃ!」


 そんな言葉が帰って来るとは思ってもおらず、ファルアもガランガルンも呆けたように口を開ける。

 まさかいつのまにそこまで惚れこんでいたのかとの気持ちと、そんな惚気を臆面も無く口にしたシルヴィアにだ。


「それに……」


 馬鹿面を晒した二人の男に、居心地の悪そうな表情を浮かべたシルヴィアが言葉を続ける。


「絶対に死なん仲間程、安心できる奴はおらんじゃろ?」 


 その答えにファルアの口元が引き上がる。ガランガルンも合点がいった表情を浮かべて頷いている。

 

(クロウは敵じゃねえ……。なら何の心配もいらねえ。何せ……仲間なんだからな!)


 ニヤリと笑ったファルアに、二人の仲間たちは同じように怯えた視線を向けていた。

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