第130話  時間と共に


「おいっ! そっちにいったぞ!!」

「ふんっ! おらぁ次ぃっ!!」


 犬ほどの大きさの蜘蛛を自慢の戦斧バトルアックスで断ち割ったガランガルンが、気勢を吐き出す。

 一撃で断ち割られた蜘蛛の魔物、『ベノムリッパー』が緑色の体液を撒き散らしながらボトリ落ちる。


「オ~タスケェェェェ!!」

「何やってんだっ!!」


 九郎が糸に絡め取られたまま悲鳴を上げ、ファルアが怒鳴る。

『ベノムリッパー』は素早く、薄暗い闇の中では九郎の目では追いつけない。

 横を通り抜けたと思った瞬間糸に絡め取られてグルグル巻きにされてしまって、吊り上げられる。九郎がいくら力を込めようとも粘着性のある糸の弾力には効果が無く、憐れな蓑虫と化す。


「こうなったら燃やして……」

「馬鹿野郎っ! こんな糸だらけの場所で火なんか使うんじゃねえっ!!」


 九郎が体に力を込めようとした瞬間、ファルアの悲鳴に近い罵声が飛ぶ。

 縦横無尽に張り巡らされた蜘蛛の糸。

 確かに燃えたら最後、辺り一面火の海になりそうだ。


「オババッ! 風の壁を!」

「今手が離せんっ! コルル坊もう少し辛抱しておくれ~!」


 シルヴィアは短いナイフを巧みに操りながら、わらわらと寄って来る『ベノムリッパー』の足を切り裂いている最中だ。


(ちくしょうっ……早い魔物とからめ手にはとんとよええな!? 俺はっ!!)


 髙く吊り上げられた状態で九郎は一人悔しさを滲ませる。

 首筋に顎を突き立てている『ベノムリッパー』だが、その牙に毒は含まれていないのか、小犬に甘噛みされているようで痛いとすら思わない。

 だが壁役の九郎が欠ければそれだけ仲間達に危険が及ぶのは間違いなく、早く脱出しなければと気持ちばかりが逸ってしまう。


「ん~……凍らせればいいのか? 考えるよりも試してみるしかねえな!!『冷たい手ウォームハート』!!!」


 生物相手に一番効果があるのは、毒で一網打尽にする『昇天する心地セブンスヘブン』だが、この場所は将来人が使うそうなので、毒の海にしてしまうのは論外だ。

 思いつきでもどんどん試すしかないと、九郎は体を冷気に『変質』させる。

 常夏の国、蒸し暑い洞窟の中、九郎の周囲がヒンヤリ快適な温度へと変わる。


「はぁ~涼し……って!? 糸は凍らねえのかっ? いや? 水分が足んねえのか?」


 思った以上に効果が薄かったと歯噛みしながら、九郎は体の中の『水筒』から水を生み出す。

 水は九郎が半年間河で魔物と戯れてしこたま蓄えているので、どれ程使っても減る気がしない。

 集中すると体を割って水が染みだす感覚が徐々に強く感じられる。


「漏らしてんじゃねえっ! 直ぐ助けてやっから大人しくしてろっ!!」

「ももも、漏らしてなんかいねえよっ! これは俺の『神の力ギフト』だよっ!!」


 グルグル巻きで吊るされた九郎の足元から水が溢れ滴り落ちた事で、ファルアにいらぬ誤解を与えてしまったようだ。

 上擦った声で言い返せばさらに言い訳じみてしまい、九郎は思わず顔を赤らめる。


「おめえらの所為でまた俺の汚名が増えたらどうしてくれんだよっ! 『冷たい手ウォームハート』!!」


 怒りの籠った声で九郎が再度体を冷気に『変質』させる。

 パキパキと乾いた音がなり、九郎を捉えていた糸が硬く凍りつく。

 熱量を奪われない『変質』の力は、生み出した水を凍らせ、滴り落ちるしずくを氷柱に変える。


「うらあっ! あ? ああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「何やってんだっ! 遊んでんじゃねえっ!!」


 凍りついた糸を力任せに引きちぎろうとしたのだが、吊り上げられた状態でそれをすれば落ちて行くのが道理だ。

 体勢を崩して真っ逆さまに地面に落ちた九郎は、洞窟の硬い地面と口付けする。


「他に方法が無かったんだよっ! 取りあえず戦線復帰だ? ぁぁぁぁぁぁあああああ゛!」

「だからお前は何がしてえんだっ!!!」


 勢いよく立ち上がり無事を知らせた九郎は、その格好のまま再び高く吊り上げられていく。

 戦線に復帰したところで、素早い魔物に対応出来るかとは別問題だ。

 飛び道具や拘束でダメージを受ける事が無いが、どうにも役立たず感が拭えない。


(襲って来て貰わねえとよええなぁ……。俺……)


 再び体から水を滴らせ、それを凍らせながら九郎は一人落ち込んだ。


☠ ☠ ☠


「思っとった以上に湧いておったのぅ………」


 茶を入れたカップを両手に持ち、一口啜ったシルヴィアが弱り顔で呟く。

『精霊の道』が途絶えた原因が、3年もの間『水の神殿』を放置し続けた結果であると知り、怒りに任せて神殿に湧いた魔物の討伐を買ってでたのだが、まさかあれ程の量の魔物が犇めいているとは思わなかった。

 早速討伐に出向いたのだが、今日は思った以上に苦戦を強いられ自身の認識の甘さに消沈していた。


 一日中魔物を狩り続けて疲労困憊の体を、柔らかな床に横たえ酒を煽るファルアやガランガルンの顔色もゲンナリとしたものだ。

 シルヴィアはその様子に無駄だと思いつつも、眦を下げてぼやく。


「報酬を増やさねばならんかのぅ……」


 昨晩シルヴィアがファルア達に頭を下げて協力を要請していたが、男連中の誰しもが報酬を断って来るとは思っていなかった。

「同じ里の者なら報酬も無く動いて当然」と言い放った族長の言葉に思う所があったシルヴィアにとしては、普段なら喜ぶ無償での協力も今回ばかりは手放しで喜べない。シルヴィアが求めた報酬はシャルルのこれからの生活の安寧であるから、シルヴィア自身が身銭を切る覚悟をしていたのだが、その覚悟も空回りして、自分でも馬鹿らしいと思う押し問答を繰り広げてしまった。


「冒険者が仕事に報酬を求めんでどうするんじゃ!? 儂じゃって蓄えくらいある! しっかりと報酬は払うんじゃっ!」

「仲間に報酬なんざ求めねえっ! 困ってる時助け合うのが仲間ってもんだろ?」


 頑なに報酬を渡すと言い張るシルヴィアと、梃子でも受け取りそうにない九郎との間でシルヴィアは今迄経験した事の無い報酬交渉のやり取りをする羽目になった。

 報酬を値切ろうとする冒険者と、何が何でも報酬を渡そうとする依頼者と言うのはそう見られるものでは無い。


「シルヴィ……。これはリーダーとしての意見だがな? 俺らに相談も無く依頼を受けてきた事には言いたい事もあるが……臨時とは言えパーティーを組んでんだから遠慮してもしょうがねえだろう?」

「そ、それは悪かったと思っちょる……。じゃから儂はちゃんと危険に見合った報酬をと……」


 うんざりとした口調でファルアが割って入って来るが、今回ばかりはシルヴィアも譲れない訳があるのだ。

 だがシルヴィアの得る報酬がシャルルの今後の生活の安寧だと聞かされて、九郎達もさらに報酬を固辞してくる。


「俺らはシャルルからしっかり報酬貰ってたがよ? お前ら二人は報酬の話すらしてねえじゃねえか」

「そうだった! 心配しなくてもシルヴィとクロウ君にもちゃんと用意してあるから……」


 ごそごそと慌てて財布を取り出すシャルルの行動を、シルヴィアは眦を下げて見やる。

 長年付き合いのあるシャルルが困っているならロハでも良いと思っていたが、考えてみるとそれではシルヴィアも族長と変わらない。変わるとすれば、自分とシャルルはお互いに友人、姉妹と思っていると言う感情の部分位だ。

 護衛としての仕事を引き受けたのだから、報酬を貰うのは当然で何も可笑しな所はないのだが……。


「俺はいいっす! いらねっス! 楽しかったんで!」


 熟練の冒険者でも命がけで挑む『水の魔境』の攻略を、「楽しかった」の一言で済ませてしまうのも如何いかがなものかと思うのだが、実際フーガの街からフィオレの里まで、苦労という苦労をした覚えが無い事が報酬を受け取る手を鈍らせる。

 命の危険が伴う護衛任務なのだから、親しき仲でもしっかりとした報酬を受け取っても良いと思えるのだが、『水の魔境』に入ってからはそれこそ『スライム』に運ばれていただけで着いてしまった感があり、何やら道中を一緒に旅した程度にしか思えないのが問題なのだ。


「だいたい報酬つったってなぁ?」

「俺らの今の経済観念はそこの馬鹿の所為で壊れちまってんだよ!」


 ガランガルンとファルアが引きつった笑みを浮かべて九郎を指さす。

 シルヴィアは「むぅ……」と唸って黙り込む。

 確かに今のファルア達を報酬で釣る事は難しいだろう。

 何せ今彼らは金に困っていないのだ。

 それもこれも、ファルアが言った通り九郎の所為――御蔭とも言うが――で……。


「シャルルの方こそこの先色々必要になってくるだろ? コレは餞別って事で」

「こんなにもらっても使いようが無いんだけど~……」


 シャルルが困り顔を浮かべる中、九郎は小さな玉をザラザラとシャルルに手渡す。

赤や紫、青や黄色と色とりどりの宝石のような玉。

『スライム』の核玉である。

『水の魔境』を攻略している道中で、九郎が藪を払う如く倒して来た『スライム』の核は今や持ちきれない程ファルア達も渡されている。

 街に帰って売ればそれこそ3年は遊んで暮らせるだろう金を、ファルア達は得てしまっていたのだ。

『スライム』相手には何の貢献もしていないので所有権は九郎にあるのだが、九郎は当然の様に分配して来る。九郎自身が持ちきれない程核玉を得てしまっているので、無下に断る事も出来ない。


「じゃが儂も無償でお主らの命を危機に晒すのは……」


 金銭で命を懸ける冒険者に、報酬も無く依頼をするのはやはり気が咎める。

 そう言いやるシルヴィアに、ガランガルンがうんざりとした口調で口を開く。


「じゃあ、オババの奢りで街に戻った時に宴会しようぜ? クロウ、それならいいだろ?」


 酒好きのガランガルンらしい提案ではあるが、それならばと九郎も頷く。

 皆で酒を飲む機会は多い方が良いし、それが仲間としてなら尚更だと顔を綻ばせている。


「それっぽっちじゃ割に合わんじゃろう……?」

「さあ? どうかな?」


 流石に報酬が少なすぎるとシルヴィアが言い淀むと、ファルアが意味深な笑みを浮かべる。


「シルヴィに二つ名が増えるかも知れねえな? な? 『鴨』?」

「なんだよ、ファルア? 俺の二つ名でそんなの聞いた覚えがねえぞ?」


九郎に向かってファルアが口角を吊り上げ、九郎がキョトンとした表情を浮かべていた。


☠ ☠ ☠


(仲間…………か…………)


 昨晩の出来事を思い出しシルヴィアは小さく苦笑を漏らす。

 そこには温かな気持ちと、僅かばかりの寂寥が含まれている。

 親しく成れば成るほど、別れの時が辛くなる。

 命と腕だけで生活している冒険者の身であれば、仲間の『死』を受け止めるだけの覚悟は持っているし、それが起こらないように万全を期す努力もしている。

 魔法も武術も知識も……シルヴィアは仲間の命を守れるくらいに強く成ったと自負している。

 だが、寿命と言うどうしようもない命の終わりを知ってから、シルヴィアは仲間を持つ事に恐れを抱いていた。


 やがて必ず訪れる別れの時を、あの時の涙の理由をシルヴィアは噛みしめていた。

 人族の持つ熱と煌めきに魅せられ、『外』で暮らす事を決めたシルヴィアだったが、同時に寿命の違いと言う確実に置いて行かれると言う真理に、無常観を抱いていた。


(ファルアは軽薄じゃが気遣いも出来て、何より思慮深い……。ガラン坊はぶっきらぼうで口が悪いが根は素直なええ奴じゃ……)


 ぐったりと溶けそうな体勢で酒を飲んでいる二人の男に視線を向ける。

 度々酒を飲む仲ではあったが、パーティーを組んでから分かった知人の性根。

 悪人顔で軽薄な性格のファルアは、リーダーとして相応しいだけの度胸と度量を持ち合わせている。

 一癖も二癖もあるメンバーに指示を出しながら、周囲の警戒を怠らない慎重さもあると知った。

 直ぐに自分を老婆扱いするガランガルンも、戦闘の際にはシルヴィア達の壁となる動きをし、その命を擲つ優しさと頼もしさを見せている。


(そして……コルル坊……は……)


 今日も今日とて料理番を押し付けられた九郎が、外で鍋を搔き混ぜながらシャルルと談笑している。

 伊の一番に敵に突っ込み、後衛どころか前衛の壁になる九郎の動きは『不死』と知って尚、その献身に頭が下がる思いだ。足らぬところも多い事を今日の戦闘で知ったが、それでも九郎の力は並外れている。

 笑顔の絶えない青年だからか、ソロで癖の強い自分達を陰で纏めている様な気すらしてくる。


(それに………)


 シルヴィアは頭に浮かんだ思いを振り払う様に首を振る。

 自分の中の想いが酷く軽薄に思えてしまう。

 九郎が『不死』と聞かされ、胸に宿った想い。

 別れの悲しみを彼とならせずに済むと言う自分勝手な感情。


 ――でも……クロウ君が本当に『不死』だったら……今度はシルヴィが置いてっちゃうんだよ? ――


 シャルルの言葉がシルヴィアの胸に響く。

『死』を恐れている訳では無い。自分一人が置いて行かれると言う寂しさを恐れているのだ。

 だが、もし九郎と恋仲になったとしたら、つがいとなったとしたらその恐怖からは解放されるだろう。そこまで行かなくても、仲間として、友人としてでもシルヴィアにとっては充分な安心を得ることができる。

 だが悠久の時を生きる森林族が故に、シルヴィアは置いて行く・・・・・事を考えていなかった。


 シルヴィアの求めていたもの……。別れの無い出会いがシルヴィアの心を掻き乱す。

 少しずつ九郎に惹かれている自分を知る度に、自分の軽薄な感情に苛まれる。

 自分はこれ程打算的な人間だったのかと―――。


 森林族に無い情熱を持ちながら死ぬ事の無い人族の青年。

 二度と出会えないであろう男が目の前にいる。

 求め続けていながら、いるはずも無いと諦めていた人間を目の前にして、シルヴィアは自身の心に葛藤を生んでいた。

 色恋で無ければ……等と言うのはもう遅い。

 知り合い、仲間となってしまった。この付き合いはずっと続くだろう……。

 ――シルヴィアが生きている限り――。


 いけ好かない奴ならば……シルヴィアは理不尽な思いを九郎に向ける。

 最低で最悪な男であれば、シルヴィアも他人として意識せずに済んだだろう。

 だが、共に旅をして知れば知るほど九郎の性根も見えてくる。

 迂闊ではあるが素直で人懐っこい性格。

 ――「クロウ君って子犬みたいだよね~?」

 いつだかシャルルがぼやいた一言が頭を過り、シルヴィアは自覚せずに笑みを溢す。


 知ってしまった。出会ってしまった。そしてその男が好ましい性根であれば時間の問題だと思えてしまう。


「一目惚れ……じゃったのかのぅ……」


 初めて出会った時は危なっかしい『新人ルーキー』にいくばかの助言をした程度の気持ちだった。

 時折見せる寂しげな瞳に、世話好きの性格が刺激されたに過ぎない。

だからどこか放って置けなくて、顔を合わす度に話しかけていた――ただそれだけだった筈だ。

 今でも「愛している」などとはとても言えない感情であることは確かなのだ。

 ただ少し気になる……その程度の感情であるのだが、そこに僅かばかりの好意が含まれている事も知ってしまった。

 だが好意が愛情に変わる時間はシルヴィアにも九郎にも千秋残されている。

 その事を自覚すればするほど、自分の顔が熱く火照りシルヴィアはパタパタと顔を扇ぐ。


 そこでシルヴィアはふと視線を上げる。

 何か良からぬ視線を感じて。


「シルヴィ、素直になれよぉ~?」

「オババにやっと春が来たんか!? 咲いたか? 咲いたか? 枯れ木に花が咲いたんか?」


 ファルアとガランガルンが盃を片手にニヤニヤとした笑みを向けていた。


「なっ!? ななな、何を訳の分からんことを、いいい、言っとるんじゃ!?」

「一目惚れ……じゃったのかのぅ……。くわぁぁ~! シルヴィったらおっとめぇぇええ!」

「ファルア、どうする? クロウに知らせるか?」

「まあ、待てガラン! もう少し俺らは楽しもう!」

「シャルルは? シャルルはいいよな?」

「おう、こんな面しれえこと俺らだけじゃあもったいねえ!」

「肴があるから酒だけで良いよな?」

「当たり前だっ! 目の前にいい具合に焼けた肴がいるだろうがっ!」


 下賤な笑みを浮かべて勝手に盛り上がる男二人に、シルヴィアの顔がますます赤みを増していく。

 誰にも聞こえないくらい小さく呟いた筈が、ファルアとガランガルンにはしっかりと届いていたようだ。

 自分の迂闊さに歯噛みしながら、シルヴィアは肩を震わせ二人を睨む。


「何盛り上がってんだ? 俺も混ぜてくれよ」

「ひょぉぉぉぉぉっ! コルル坊、ななな、何でも無い! 何でも無いんじゃぁぁぁぁ!」


 九郎が鍋を抱えて興味深げに入って来る。

 途端に口を噤んでニヤニヤとした笑みを向けてくるファルアとガランガルンが小憎らしい。

 九郎本人には伝えるつもりが無いのがせめてもの救いだが、この先事ある毎にからかわれるのは目に見えている。――例えこの呟きが聞かれていなくても、シルヴィアがからかいの種に成る事には違いが無いのだが――。


「ん~? ファルアとガランもどうしたんだ? ニヤニヤして……」


 訝しがりながら九郎は鍋をテーブルに置く。

 床が揺れすぎるという事で、編み込んだ茎の隙間に足を射し込んだテーブルを作っていたのだ。

 ぐつぐつと泡立つ鍋の中に何か良からぬものが煮えている。


「おい……お前……」


 一瞬九郎とシルヴィアをからかう事すら忘れて、ファルアが口元を抑えて呻く。

 何やら茶色い液体が入った椀を配りながら、九郎がニヤリと口元を上げる。


「毒は無いから気にすんなっ! 味見もしたし問題ねえっ! 浸けダレはこれな? いや~、『塩蝗エンコウ』が手に入ってから料理のレパートリーが増えてよー。ポン酢にゃまだほど遠いけど、結構いけるぜ?」


 眉を顰めたファルア達に、九郎が悪戯っ子の様な笑みを見せる。


「毒が有る無しだけで食材を決めるんじゃねえっ!!」

「『ベノムリッパー』食おうなんざ、何考えてやがんだっ!?」

「シャルルっ! お主が見ておきながら何故止めなんだ?!」


 口々に非難を叫ぶシルヴィア達に、シャルルが困ったように笑みを作る。


「私も~……。正気かと思ったんだけど~……食べると結構美味しくて~……」

「食ったんか!? シャルル、お前アグレッシブ過ぎねえかっ!?」

「カニみてえな味だったぜ?」

「嘘吐けっ! 足が8本有る事しか共通してねえじゃねえかっ!」


 シャルルの笑みを見てシルヴィアは諦めたように息を吐き出す。

 その中に少しの安堵が混じる。

 奇を衒った食事のおかげで、シルヴィアの話題は成りを潜めている。

 不気味な見た目だがシャルルも言っている事だし美味いのだろう。

 不思議な青年だとシルヴィアは九郎に視線を移す、

 長年生きてきたシルヴィアに、新たな驚きと発見をくれる。


(時間の問題…………じゃろうな……)


 知ってしまい出会ってしまったのだからもう逃れようが無い。

 目を細めてシルヴィアは自分の中の気持ちを確かめる。

 知らない事を知るのは楽しい。里を飛び出したシルヴィアが『外』の世界に魅せられた理由だ。

 仲間と過ごす時は楽しい。里を飛び出したシルヴィアが『人』に魅せられた理由だ。

 シルヴィアは煮えて茶色に変色した『ベノムリッパー』の足を取ると、二つに割り中の身を取り出す。

 筋肉質の白い身が、茶色の液体の中に沈む。


「うむ……コルル坊の飯はやはり美味いのぅ……」


 シルヴィアの言葉に九郎が顔を綻ばせる。

 今日も一つ九郎の事を知ってしまった。

 彼は魔物を打ち倒した時よりも、食事を振る舞っている時の方が嬉しそうだ。

 そして美味いと聞けばさらに嬉しそうな顔をする。

 どうやらこの青年は人を驚かす事――特に意外性でもって喜ばす事が好きなようだ。


「畜生……何でなんだよぉ……」

「こんな馬鹿な事があってたまるかよぉ……」


 悔しさを滲ませながら蜘蛛の足を頬張るファルアとガランガルンに、九郎は満面の笑みを向けていた。

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