第122話  告白


「……おめえどう思うよ?」


 パチパチと枯れ木の爆ぜる音に混じってガランガルンが口を開き、ファルアが眉を顰めて口を結ぶ。

 質問の言葉はあやふやな物だが、何に対しての言葉なのかは分かっている。


「魔法……かねぇ?」


 自信など全くないと言わんばかりに適当に返された言葉でも、ガランガルンは頷く他無いと言った表情だ。

 どちらも魔法に造詣が深い訳でも無いので、知らない何かに疑問の行方を丸投げした形だ。

 世の中には自分の知らない事など星の数ほどあるだろう。だからこの問題も『知らない何かだが、まあそう言うものだろう』とあやふやなまま棚上げしてしまおうと言った所である。


「ありゃ魔法じゃありゃせんぞ……」


 だが二人の思惑は、すぐさま突き返されて元の位置に戻って来ることとなった。

沸かした湯に乾燥させた花びらを落としながら、シルヴィアが胡乱気な瞳で話に割り込んで来る。

 これが別の誰かなら言葉を返す事も出来たのだろうが、相手は魔法に長けた森林族、その中でもかなりの年月研鑽を積んでいるシルヴィアでは言い返す事も出来ない。

 ――そんな事分かってんよっ!! ――と恨みがましい目を向けながらも口を噤むしか無いのが、男二人の精一杯である。


「でもあんなに甘い食べ物なんてあったのね~」


 シルヴィアから花びらを煎じた茶を受け取りながら、何処かまだ夢見心地な表情でシャルルが呟く。

 確かに九郎の獲って来たオレンジ色の球体、『スケルトンメーカー』の蜜は味わった事の無い甘さだった。

 甘みなど果物の多いミラデルフィアではそれ程珍重される物では無いのだが、そのオレンジ色の球体は大森林に実る全ての果物を凝縮したような複雑な甘さを持っていた。


 素材屋の店員をしていたシャルルの査定では、一粒黒貨30枚は行くと零していた事を思い出して誰かの喉が鳴る。

 この事が知れ渡れば、それこそ命がけで手に入れようとするものが現れるであろう事は想像に難く無い。

 両手に抱えきれない程の蜜玉を獲って来た九郎は、あの一瞬で白貨20枚は稼いだ事になるのだ。


 その価値を分かっていないのは九郎だけだ。何せ野イチゴと同じように配り始めたのだから。

 だがそんな事を今溢しているのでは無い。

 冒険者の誰もが恐れる黒い川、『スケルトンメーカー』の大軍に何の恐れも抱かずに飛び込んで行き、あまつさえ蹂躙してしまった九郎の異様さに一同は疑問の念を向けている。


「まあ、コレと同じだって言ってたがよぉ……」


 ファルアが先頭を切って疑問の答えを放り投げる。議題に上げるが答えを出さないと、先手を切る心算なのだろう。

 ファルアが持っているのは火の着いた只の枯れ木だ。

 だが枯れ木を見るファルアの目には何処か哀愁の様な物が漂っている。


 日も真上から半分を傾けた頃、ファルア達はキャンプの準備に取り掛かり始めた。

 暗くなってから寝床の準備をするなど、『大森林』で活動する冒険者にとっては2流も良い所だ。

 普段なら冒険者は日の沈む前に街へと戻るが、森で野営をするとなるなら日のあるうちに寝床を確保するのは鉄則だ。

 それは場所の選定から周囲の植物を切り払い、飯や寝床の準備までを日のあるうちにしておかなければ危険だからだ。周囲一帯に罠を張り、足首を超える高さの植物は切り払う。

 どれも夜に差し掛かれば途端に危険度の増す作業だ。

 藪の中には毒蛇も毒虫も潜んでいるし、夜行性の危険な肉食獣も数多く存在しているからである。


 その折である。薪に灯を付けようと火口箱を用意したファルアに九郎が割って入って来た。

 ファルアが何か言う前に、九郎はただの枯れ木を握りしめると一瞬で火を点けたのである。

 一瞬何をしたのかと目を瞠ったファルアに、九郎は事無げに「さっきの蟻ん時と同じっすよ?」と苦笑を返して来ただけだったのだが……。


「いったいあいつは何もんなんだぁ?」


 ガルンガルンが場に満ちる意見を代表した言葉を口に出す。

 冒険者の中で過去を詮索するのはあまり褒められた事では無い。

 冒険者と言う職業自体がある意味ならず者の吹き溜まりで、脛に傷を持つ物などごまんといるからだ。


「シルヴィ昨日はベッドで聞かされてない~?」

「ぶふふぉっ!」


 シャルルの何気ない一言にシルヴィアが盛大に茶を吹く。

 シャルルとしては昨日シルヴィアが九郎の家に向かったのが、彼に興味を持ったからだと知っているので、二人が男女の関係になっていようがいまいが余り問題では無い。

 ただシルヴィアの初心な反応を見ると、まだそこまで至っていないのは何となく窺える。


「わわわわ儂はっ! コルル坊が言いたくなったら、言えばええと言うただけじゃっ!!」


 咽ながら顔を赤くしたシルヴィアに生暖かい視線が降り注ぐ。

 まだ何も事が起こっていないのは誰の目にも明らかなのだが、その事実をぼかそうとする所にシルヴィアのシルヴィアたるいじられ体質が覗いている。


「初心なシルヴィにそんな手練手管がある訳ねえだろ? シャルルもあんまし、いじめてやんなよ」

「オババが知ってるんだったらとっくの昔に俺らにも知れてるってもんだ」


 ファルアが肩を竦め、ガランガルンが噛み殺した笑いを浮かべる。


「なななっ! 言いおったなっ?! 儂のてくにっくに掛かれば秘密なんぞす~ぐ白日の元じゃぞ?」

「オーオーソリャースゲー」

「信じとらんな!? その言い方は全然信じとらん言い方じゃなっ?! ぐぬぬぬぬ……馬鹿にしおってぇぇぇ……」

「まあオババの頑張りに期待はできねえとしてもだ……」


 話が振り出しに戻った事を、シルヴィアをからかう事で紛らわした面々は自然と彼方を見やる。

 そんななかガランガルンが重たげに口を開く。


「このままじゃ連携どころの話じゃねえしなぁ……ま、リーダーに任せるか!?」

「そうねぇ~。ファルアの頑張りに期待ってとこよね~?」

「はぁ? いつの間に俺がリーダーになってんだよ!?」


 溜息と共に吐き出したガランガルンの言葉にシャルルが乗っかり、ファルアが目を剥いて反論する。

 そう言えばリーダーを決めて無かったとファルアも思い直すが、メンバーの中で九郎に次いで二番目に若い自分がリーダーと認識されていた事には驚きを隠せない。

 いつもなら直ぐにシルヴィアの反論が飛んできそうなものだが、それが無い所を見るとシルヴィアにもファルアがリーダーを務める事には不満が無い様子だ。


「ま、消去法じゃがな?」


 不安気にシルヴィアを見やると、彼女は片目を瞑ってニシシと笑う。

 消去法――聞こえは悪いが何故かファルアはしっくりと来た。

 皆が皆、単独ソロの冒険者として経験を積んでいるこのメンバーの中で一番誰とも隔たりが無いのが自分しか居ないのだ。

 経験の有無で言えばシルヴィアが一番長いのは疑う事の無い事実だが、彼女はそれだけにソロの期間が長い。それに本人の資質いじられたいしつの所為か人を動かす事は不慣れに見える。

 同時にガランガルンはと言えば、その装備からも分かるように戦闘時には前列に位置する。

 危険な魔物と対峙している中で他の者に意識を向ける余裕など有るはずも無い。

 そして九郎と言えば、連携どころか何をしでかすのか分かったものでは無い。

 ファルアがリーダーを務めるのは、シルヴィアが言った通りある程度前衛も中衛もこなせるのがファルアしか残っていないからだ。


「まぁ……仕方ねえか……」


 肩を竦めて握った薪を火の中に放り込んだファルアが、視線を外へとそらす。


「しかし食料すら持って来とらんかったとはのぅ……」


 シルヴィアがその視線の意味に気付き眉を顰める。


「あいついつもは何食ってやがったんだぁ?」


 ガランガルンが感想を漏らし、野営場所の隅に転がされたズタ袋を眺める。


 何かの革を縫い合わせて作られたズタ袋は九郎の荷物だ。

 シルヴィア達は10日分程の保存食を持って来ていたのだが、なんと九郎は調味料くらいしか持って来てはいなかったのだ。

 後は鍋とかフライパンとか調理器具のみで、およそ固形物の様な物が見当たらない。

 シルヴィアが心配そうに食料を分け与えようとしたのだが、「大丈夫ッス! ちょっと晩飯釣ってきます!!!」と言って川岸の方に向かって言ってからもう半刻程経つ。


「釣りって言ってもなぁ……」

「クロウ君何釣って来るんだろうね~?」

「『大顎コベット』辺りに襲われてなきゃいいんだが……」


 口々にこの場にいない青年の行動を慮る面々に答える様に茂みが揺れ、上半身裸の九郎が姿を現す。

 何か蛇の様な黒くうねる生き物を担いでいる。


「見てくださいよっ! ウナギっすよ! ウナギっ!! 脂が乗って旨そうっしょ? あばばばばばばばば!」


 顔を隠しているのに満面の笑みだと分かるくらい喜色ばんだ声で九郎が黒い生き物を掲げた瞬間、夕闇に陰った辺りに紫電の閃光が光る。


「こいつっ! ま~だ暴れやがんのかっ!? いや~ウナギって生命力高いってホントっすね!?」


(((そりゃ『トニトリス』だっ!!)))


 古代から生き続け、川を光らすほどの雷撃を放つ魔物の姿に、一同は顔を覆って言葉を失うしかなかった。


☠ ☠ ☠


「お前、毎日魔物食ってたんかよ……」

「いやいや俺だって偶には街で飯食ってますよ?」

「どおりで市場じゃおめえの名を聞かねえ訳だぜ……」

「でも案外おいしいものなんだねぇ~?」

「醤油があればもっと美味く作れたんスけどね?」

「なんじゃぁ? ショウユっちゅうんは……」


 腹をくちくさせてひとごこち着いた様子で5人がそれぞれに灯を囲んでいた。

 手持ちの保存食で夕飯を済まそうと思っていた面々も、九郎が捕えてきた『トニトリス』の焼ける匂いの暴力にあっさりと降参していた。

 魔物の中にも食用となる物は存在しているが、食べない者の方が多い。

 毒を持っていたり何かと危険であるから、誰も進んで食べようとはしないのだ。

 その魔物の肉が食べられるとしても、毒の有る無しを確認する勇気が無いとも言える。

 だから余程飢えでもしない限り口にしないのが普通である。


「んじゃ、ブリーフィングをはじめっか?!」


 適度に落ち着いた空気の中で、ファルアが膝を叩く。

 初日はお互いの実力も聞きかじった程度で、役割を分担するにもそれぞれが独立して物を考え動いていたが、それでは支障が出て来るだろうと切りだした形だ。


「俺らはそれぞれがソロでやってきたからな。皆大概の事は出来るんだろうが、臨時とは言えパーティー、言うなれば仲間としてやってくんだ。出来る事や出来ねえ事はお互いに知っとかねえとな? 取りあえず得意な事や不得手な事を報告してくれ」


 ガランガルンの目がその言葉に細くなる。

 ファルアの切り出し方は巧いと思える。

 誰もが気になっている九郎の力の一端を、ごく自然に聞き出そうと話を傾けた感じだ。


「まず俺だが……獲物は見たまんま山刀マチェットだが、一応魔法の武具に入る。て言っても、切れ味を良くする程度だがな。斥候や探知には自信があるが、魔法はあんまり得意じゃねえ。精々黒が少しって程度だな。その辺はあんまり期待しねえでくれ」


 言いだしっぺは最初にとでも言う様に、早々と自分の手の内を見せる度胸も中々のものだ。

 大概のソロの冒険者は自分の能力を他人に易々と教えたりはしない。

 何処で寝首をかかれるか分からないのも、冒険者と言うならず者の集団のさがだからだ。

 なのに堂々と口にしたのは言っていたように探知に自信が有るからか、それとも九郎以外は結構付き合いも長いので、ある程度信頼していると言う意思表示なのかも知れない。


「じゃあ次は俺だな? 武器は斧。魔法は黄を少しって所だ。一応前衛が得意だな。『白象』辺りまでは単独で狩った事がある。この装備から見りゃ分かるだろうが、斥候や軽業は苦手だな。だが他の鉱山族よりゃ動けるつもりだ」


 ファルアの視線に促されて、ガランガルンが続く。

 ガランガルンとしては殆んど見た目通りの能力なので、それ程隠すつもりがなさそうだ。


「儂の武器は弓と短剣じゃな。魔法は緑を主軸に青もある程度使う事が出来るの。強いて言うならデカい魔物が苦手と言う所じゃろうか……」


 シルヴィアは少々言い淀む素振りを見せながら視線を泳がせる。

 自分の能力を明かす事以上に、続く九郎に対しての視線の向け方に戸惑っている様子だ。

 シルヴィア以外の面々の視線に気付いた九郎が一瞬顔を曇らせる。


「コ、コルル坊はの……殆んど何もできゃせんようじゃから言いずらいのもあるじゃろうし……無理に言わんでも……」


 シルヴィアが慌てた素振りを見せながら、両手を宙に彷徨わす。

 九郎の表情が沈んだ事に、以前の自分を『化物』と評した九郎を思い出したのだ。

 だが、シルヴィアが色々な理由を並べようとおたついている様子をチラリと見やった九郎が肩の力を抜く。


「仲間……そっスよね……。隠し事ばっかじゃやっぱ気味悪いっスもんね」

「コルル坊……」


 尚も心配げな視線を向けるシルヴィアを手で制して、九郎は焚火の炎に手をかざす。


「でも気味悪いのは知ってからだよな……」


 俯いた九郎の溢した呟きはシャルルとシルヴィアにしか聞こえなかったのか、二人の表情が強張る。

 九郎は火の着いた薪を掴むとやおら肌に押し付ける。


「な、何しちょるんじゃっ!?」

「てめえっ! 何やるつもりだっ!?」


 シルヴィア目が驚きに彩られ、ファルアが腰を浮かす。

 自ら火を押し付けた九郎の暴挙にシャルルが目を覆い、ガランガルンが眉を顰める。

 だが予想された人の焼ける匂いも、目を覆いたくなるような火傷の痕も表れない。


「俺、実は『来訪者』って奴なんスよ……。んで『神の力ギフト』ってやつを持ってるんスけど、こうやって体を色んな物に『変質』させる力が有るんス」


 押し付けた炎に何の痛痒も感じていない素振りで九郎が笑う。

 そのまま持つ手を炎に『変質』させ、持っていた薪が瞬く間に大きく燃え盛りそして炭と化して崩れて行く。


「…………来訪者……」

「マジかよ……」


 呆気に取られて固まったファルア達の口から、溜息のように言葉が零れる。

 誰もが半信半疑を抜け出せない様子で黒く崩れ落ちた薪に視線を向ける。

 その驚愕に満ちた空気を感じて九郎がニヘラと笑う。


「で、あと俺『不老不死』なんで……。ぶっちゃけ本物の『化物』ッス」


 頭を掻きつつ言い放った言葉に、今度は誰も言葉を発することは出来なかった。


☠ ☠ ☠


(あーあ……言っちまった……)


 九郎は何処か晴れ晴れとした表情で暗くなった空を見上げた。

 今日一日へらへらと笑いながら旅をしていた九郎だが、自分を取り巻く視線には気が付いていた。

 そもそも自分を『化物』と認識しているのは九郎自身だ。

 人と関わりを持てば持つほど、自分の能力の異様さに気が付いて行く。


 だがシルヴィアに惹かれてもう一度人に近付きたいと思った。


 しかしやはり気になるのは『化物』と呼ばれた自分の異能だ。

 頑丈だなんだと言っていてもいつか何処かでばれてしまうのは、先の経験で分かっている。

 シルヴィアと仲良くなりたいと思った九郎だが、それでも自分を恐怖の対象と見られるのは恐ろしい。

 だからあえて無茶をしつつも、徐々に自分の異様さに慣れていってもらえればと考えていた。

 だが、ファルアの言った通り、一緒に行動するにあたってパーティーの力が分からないのであれば連携も何もあったものでは無い。

 それに九郎が今の状況で一番恐れているのは、誰かが自分を庇ってしまう事だ。

 死なない自分を庇って誰かが傷付く事など望んでいない。


『不死』を独白した九郎は、この後の状況によっては姿を消す事も考えていた。

 剣を向けられたらどうしよう。恐れ逃げ惑われたりしたら申し訳ない。

 自分の能力を明かした九郎は、何処か諦めも持ちながら周囲の視線を伺う。


 ふと気付くと、九郎の膝に小さな手が添えられていた。


 見るとシルヴィアが眉を下げ、口を引き結んで九郎を見上げている。

 この反応には九郎の方が驚き狼狽えてしまう。

 想定していたのは驚き気味悪がられるか、敵意を向けられるか……。

 考えてみれば受け入れられることを想定していなかった。


「コルル坊……。よう頑張った」

「え?」


 何を言っているのか分からない。

 シルヴィアとはまだ短い付き合いだ。

 自分の中の不安や寂寥などシルヴィアは知らないはずだ。

 それなのに意を決して告白した自分の正体に、どうしてこのような言葉が出て来るのだろうか。

 戸惑いを見せた九郎に、シルヴィアはゆっくりと九郎の頭を撫ではじめる。


「なんも怖い事なんぞありゃせん……。そんなに震えんでもええんじゃ……」


 シルヴィアの言葉に九郎は自分の体が小刻みに揺れている事に気が付く。

 意を決した告白だが、やはり恐れられる自分を想像し心には恐怖が渦巻いていた。


 九郎はそっと溜息を吐き出す。

 自分が今日見せていた光景は、シルヴィアにはどう映っていたのだろうか。

 自分の頑丈さを見せただけではそれ程驚きに値しなかったのだろうかと、不安が首を擡げてくる。


「で、お前は次の二つ名はどっちなんだよ? 『不死アンデッド』か? 『化物』か?」


 まだ冗談と取られているのだろうかと九郎が口を開きかけたその時、ガランガルンがからかう様に声を上げる。


「いやっ! フカシじゃねえんスよ?! マジなんす! マジ死なねえんすよ!? 俺!!」


 思わずさらに強調して声を上げる。

 いっそこの場で首でも落として見せようかとすら考えてしまう。


「クロウ!? おめえ俺の話聞いてたんか ?得意な事と不得意な事を報告しろっつーただろうが!? 『来訪者』や『不老不死』は得意な事じゃねえ! 自己紹介だっ!!」


 混乱し立ち上がろうとした九郎に、ファルアが咎める様に言葉を返してくる。

 何を言われたかも分からない。自分が恐れられるか攻撃されるかと考えていた。

 それなのにそれ以外の反応が皆から返ってきて、どうすれば良いのかが分からなくて言葉を失う。

 立ち上がろうとした九郎は、シルヴィアの手に引き戻されるように崩れ落ちる。


「逃げんでも大丈夫じゃぁ……。ほれ、泣かんでもええじゃろが……。男の子がそんな泣くもんじゃありゃせんぞ?」

「え?」


 九郎はやっと自分が涙を流している事に気が付く。

 どこかで受け入れられる筈が無いと思っていた。

 頭の中ではレイアの顔がチラついていた。

 恐怖に歪み、恐ろしい者を見るかのような引きつった顔を。

 なのにシルヴィア達からは自分を恐れるような視線では無く、どこか合点が行ったと言う風な表情が見て取れる。

 それが意外で、しかし同時に九郎の心に安堵を生み、それが目から零れていた。


 思わず涙を拭おうと顔を拭う。

 乱暴に顔を擦った所為で巻きつけていた布が解けてパサリと落ちる。


「へぇ~。クロウ君そんな顔してたんだ~。結構イケメンじゃ~ん?」

「そういやあ、そんな顔だったな……。てかその顔っ!! お前あの『芋の英雄』かっ!?」

「あ~、どっかで見たと思ったら……。最初に来た時はほぼ全裸だったからそっちのインパクトが強すぎてよぉ……」

「安心せえ……コルル坊……。冒険者っちゅうのはな……仲間を売ったりはせんから……の?」


 かけられた言葉に九郎は再度目を擦っていた。

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