第121話 ソロ冒険者4人組+1
シャルルの依頼で彼女を故郷に送り届ける事となった翌日。
準備を整えた面々が九郎の家に集まっていた。
「しっかしパーティー組むなんざ7年振りかねぇ」
赤髪を短く刈り込んだ痩身のファルアが感慨深そうに、頬に刻まれた十字傷を撫でながら言う。
ファルアは若い身なりながらミラデルフィアの冒険者の中ではベテランの部類に入る強者だ。
「俺は13年振りくらいか? この国に来てから一度臨時で組んだ以来だな……」
焦茶色の長髪を後ろにオールバックで撫でつけ、短く整えた顎鬚を撫でながらガランガルンがそれに続く。
ファルアの胸ほどの身長ながらも、体重は彼の方が重いであろう事が誰の目にも明らかな突き出た腹をこの国では貴重な金属の胴鎧で覆った、正に二つ名『ビヤ樽』の名にふさわしい出で立ちだ。
鉱山族の男は髭を伸ばす習慣があるのだが、ガランガルンは暑苦しいと言う理由で髭を伸ばさないらしい。ならば髪も切ればと誰もが思うが、そこに彼なりのこだわりが有るのかも知れない。
得物は
確かに草木が密集する大森林で長柄の武器は使い辛いのも分かる気がする。
「儂はかれこれ60年振り位かのぅ……。連携がなまっちょらんかったら良いんじゃが……」
背中の矢筒の位置を確認しながらシルヴィアがぼやく。
シルヴィア・フィオレ。ミラデルフィア最古参の冒険者で、別名『長老』と呼ばれる森林族の少女だ。
薄緑色の髪を頭の後ろ高くで縛り、髪色と同じ緑の大きな目と森林族の特徴である長い耳の少女は御年168歳の超ベテランである事をそのセリフから覗かせる。
人族と比べると低めの身長とスラリと細い手足。いつもはタンクトップとホットパンツと言う軽装だが森に入る装備はそれに加えて肘まである皮手袋と膝上まであるロングブーツ。そして柔らかそうな革のベストの上から緑のマントを羽織り極力肌の露出を防いでいるようだ。
「まあ……それよりも……」
「へ?」
シルヴィアのセリフに促されるように、ガランガルンとファルアの視線が一人の男に注がれる。
間抜けな返事をしながら自分を指さした青年は、その意味が分からず狼狽えていた。
クロウ。ミラデルフィアの港町フーガに半年前にひょっこりと姿を現したこの青年の姿は一目で見て異様と言える格好だ。簡素な膝下までのズボンの上から複雑な模様の毛織物を巻きつけ、上半身は裸の上に様々な布を雑多に引っ掛けている。頭や顔にも色取り取りの布を巻きつけ、その間から黒い髪と黒い目が覗いている派手派手しい格好だ。腰に下げた大振りのナイフが彼の得物なのだろうが、その高い身長から考えてもどうにも物足りない武器に思える。
『孔雀』と言う数ある中の二つ名の一つを如実に体現した格好だが、シルヴィア達が眉を顰めているのはその事では無い。
「のぅコルル坊や……。お主本気でその格好で森に入っとるのかえ?」
シルヴィアは若干引き気味にそう尋ねる。
無理も無いと誰もがその言葉に同意を示す。
クロウの格好は森に入る人間としてはあり得ない肌の露出なのだ。
熱帯のこの地方で街にいる人間は皆肌の露出が多い。暑いのだからそれも当然の事だが、その格好で森に入る者など居はしない。森に入る物は皆肌の露出を極力避けるのが当然だからだ。
害虫や蛭はもちろん、草で体を削られる事もある。削られるだけならまだしも、草の中には毒を持つ物も数多く存在し触れただけで爛れてしまう植物や、鋭利な刃物の様な棘を持つ植物も普通に生えているのだ。
クロウと言う青年は上半身だけでなく足元すら肌を晒している。
街中でのみ見かける草履。繊維豊富な植物を依り合せた簡素な履物など大森林の植物に対して何の防御も見込めないものだ。
極彩色に彩られる『孔雀』あるいは極楽鳥の格好の彼が何故『
「へ? 暑苦しいっすかね? いつもはもうちっと軽装なんスけど……。結構な日数歩くって聞いたから、予備もねえと駄目かなぁ……って……」
「そ、そうは言うとらんっ!! 脱ぐなっ! 脱ぐんじゃないっ!!」
当のクロウと言えばさらに軽装になる素振りを見せるほど、シルヴィア達の視線の意味を理解していない様子だ。纏っている布の数を減らそうとしているのを慌ててシルヴィアが止めている。
(大丈夫かしら~……?)
長いズボンと長袖のシャツ。その上から厚手のマントを羽織ったシャルルはその様子を眺めながら小さく溜息を吐き出す。
これから『水の魔境』、『大森林』奥深くに踏み入るにしてもどことなく緊張感に欠けている気がしてくる。
それだけ皆実力に自信が有るのかも知れないが、護衛を頼んだ身としてもそこはかとない不安が拭えないのはいたしかたない事だ。
故郷に帰るようにとの知らせが届いたのは昨日の夕方だったのだが、帰るにしても『精霊の道』と言う安全な方法が取れなくなってしまった事を同時に聞かされてどうしようかと悩んだ末に出した答え。
『大森林』奥深くまで踏み入るにはそれ相応の実力のある冒険者に護衛を頼まなければならない。
だが港町フーガは王都と違ってベテランの冒険者パーティーなどそう多くは無い。いや、ベテランと言うだけなら何組かいるのだが、どれも大森林の入り口で糧を得ている長く細くを信条としている慎重派ばかりだ。
同郷のシルヴィアに話を持って行くにしても彼女だけでは心許無い。
そこでシルヴィアと同じソロの冒険者であり、金遣いの荒いファルアやガランガルンを頼ったのだ。
金遣いが荒いという事はそれだけ稼ぐと言う意味でもある。シルヴィアと良く飲んでいる姿を見かけたので即席のパーティーと言えども、他の単に魔物を狩って生活をしているだけのパーティーよりは見込みが有りそうだった。
だがその三人では、『大森林』奥になればなるほど脅威を増す『スライム』に対抗出来る手段がなかった。
シルヴィアは緑の魔法を得意としているが、緑の魔法――所謂風の魔法は『スライム』に何のダメージも与えられない。ガランガルン見た目通りの戦士職だろうし、ファルアも魔法職のようには見えない。
そこでシャルルはここ数年で唯一『スライム』の核を持ち込んだクロウに目をつけたのだ。
シルヴィアがクロウと一夜を共にしたと聞いた事も、その案を後押しすることになった。
それはここに来るまでにファルアとガランガルンに否定されてしまったが、昨日のシルヴィアの様子からクロウと言う青年を気に懸けているのは間違いない。
(シルヴィがこんなに他人に入れ込むなんて何年振りかしらね~……)
クロウを正座させながら『大森林』に潜む危険を事細かく説明しているシルヴィアを眺め、シャルルは眼を細める。
お節介焼きで世話好きなシルヴィアだが、言葉の通り60年間ソロで活動して来たのにも理由が有る。
そしてその理由を知っているのは、シルヴィアと付き合いの長いシャルルだけだ。
(人族なんて一番に候補から外れそうなものなんだけど……)
頬に手をあて少し首を傾げながら叱られている子供の様なクロウを眺める。
(やっぱり
シャルルは一人で納得すると、その表情を和らげクロウに向かって小さく手を振ってみる。
それを目の端に捕えたクロウが小さく手を振り返し、シルヴィアから雷を貰っていた。
☠ ☠ ☠
「これ、コルル坊!! 生水なんぞ飲んだらいけん! す~ぐポンポン
「大丈夫ッスよ~。俺腹めちゃくちゃ頑丈なんで!!」
普段よりも厳重に体を布で覆われた九郎がシルヴィアの小言に答える。
今日何度目かも分からないやり取りに、周囲の目も生温かい物に変わっている。
シルヴィアが余りにしつこく言うので何とか素肌を晒す部分を少なくした今の九郎の格好は、言うなれば極彩色のミイラ男だ。
『大森林』の藪の中でも一際目を引く出で立ちに、周囲の魔物も警戒しているのか今の所戦闘の気配は無い。
だがシルヴィアはありえない格好だった九郎が気に掛かるのか、事ある毎に心配する様子を見せていた。
「オババ、あんまり怒ってると皺が増えるぞ?」
「だーらっしゃいっ! 儂のお肌はピチピチじゃっ! 皺なんぞあと500年は出来んわいっ!!」
うんざりした様子でガランガルンがその様子を茶化す。
魔物の襲撃が無い為普通よりも早いスピードで進んでいるのだが、こう度々シルヴィアと九郎のやり取りを見せられると自分達がこれから『水の魔境』に挑戦するパーティーとは思えなくなって来る。
とは言ってもシルヴィアも『大森林』を縄張りにしている最古参の冒険者らしく、小言を言っている今でも森林族特有の長い耳は周囲の気配を伺っているのだが。
「シルヴィ楽しそうだね~?」
ガランガルンと並んだシャルルが暢気そうに言ってくる。
「楽しそう? あれがか?」
シャルルの言葉にガランガルンが訝しんだ表情で言いやる。
シルヴィアの眉は吊り上りっぱなしで、とてもそのようには見えないのだが……。
「クロウ君が心配でたまらないって感じじゃない? あの子があんなに構うなんてそうそう無いのよ~?」
「そうかぁ~? いつものお節介オババじゃねえのか?」
「ん~? 普段の生活の中じゃあんな感じにもなるんだけど~、冒険者に対して怒ったりはしないよ~?」
シャルルの言葉にガランガルンはフムと顎髭を撫でる。
確かに煩わしい程世話好きなシルヴィアだったが、酒場で他の新人や若い冒険者に対して『仕事』に対する小言と言うのは聞いた覚えが無い。精々2,3言助言をするくらいで、あそこまでしつこく小言を言っていた記憶は無い。
「多分アイツが余りに無茶苦茶だからじゃねえのか?」
ガランガルンの言葉に、シャルルは「そうかもね~」と本意では無さそうな肯定の返事を返して来る。
ガランガルンの言葉の通り、『大森林』に入ってからの九郎の行動も驚くほど無茶苦茶だった。
『大森林』を縄張りにする冒険者は皆、ある程度の『
それは森の歩き方だったり、水の得方であったり様々だが、それは最低限森を狩場とする冒険者にとっては必須の技能と言える。
しかし九郎にはそれが全く無かったのだ。
『
シルヴィアで無くとも「一言言いたい気分になるのも分からなくも無い」と言った気持ちが大半なのだが、当事者の九郎は、まるで堪えた様子も見せずに頭を掻いて誤魔化すだけだ。
「大体なんで『
『
触ると強烈な痛みと体を麻痺させる毒を持つ危険な植物で、無闇に突っ込むと毒草の毒に倒れて動けないまま強烈な痛みの中で徐々に肥料とされてしまう。
毒の量はそれ程でもないので多くの部分を触れなければ心配無いのだが、偶にその藪に突っ込んだまま白骨化している獣を見る事も有る。
そんな危険な毒草に突っ込んだと言うのに、九郎は「あ、これ毒あったんスね?」と照れ笑いを浮かべただけだった事を思い出し、ガランガルンは納得行かない様子で呟いてしまう。
「しっ!!!」
自分も何か言ってやろうかとガランガルンが口を開いた時、先頭を歩くファルアから静寂を促す短い言葉が飛んでくる。
ファルアが藪にしゃがみながら先を見据えて動きを止める。
途端に緊張が走り、シルヴィアとガランガルンが武器を構える。
「何じゃ?」
シルヴィアが足音を忍ばせファルアに小声で尋ねる。
ファルアから緊張の様子を受け取り、ガランガルンもゴクリと唾を飲み込む。
「『スケルトンメーカー』だ……。どうする? 迂回するか?」
ファルアの視線の先には黒い川が流れている。
川……と呼んでも差し支えない程、大量の黒い生き物が大地に長い線を引き蠢いていた。
『スケルトンメーカー』――『大森林』に生息する蟻の魔物だ。体長は小指の先ほどしか無いが、その脅威はとてつもなく大きい。
生命力はその他の昆虫の魔物と大差は無いのだが、『スケルトンメーカー』の名の通りその数と強靭な顎で大蛇をも一瞬で骨にしてしまう。
「渡れそうかの?」
「ちょっと川幅がデカすぎんな……。俺やシルヴィは行けてもガランやシャルルは分かんねえ……」
指で『スケルトンメーカー』の川幅を測りながら、ファルアが苦み走った表情で首を振る。
どう考えても戦う選択肢は取りたくないのは皆の共通の認識だ。
『スケルトンメーカー』は一匹一匹は大したことが無くても、群となれば『スライム』と匹敵するほどの脅威と言える。後から後から集って来る蟻に喰われて死ぬ事など誰も望んでいない。
そう三人で頷き合い、別の道を探そうと静かにその場を離れようとした時、九郎が遅れて横に来る。
「あれ? 蟻塚あんじゃねっすか。シルヴィ怒ってばっかだからきっと糖分足りねえんすよ。ちと獲ってきますね」
緊張した空気を破壊する暢気な声で九郎はそう言うと、体に纏った布を脱ぎ始める。
「「「は?」」」
三人が同時に口を開いた時には、九郎は上半身を覆う布を全て脱ぎ終わり、ズボンに手を掛けている。
「
「へぇ~。あいつ『スケルトンメーカー』って言うんスか。ってかシルヴィあんまこっち見ねえで欲しいんスけど……。あとシャルルさんも……」
全裸に毛織物を巻いただけの格好になりながら、九郎は胸を隠してイヤンイヤンしていた。
「そもそも何やっとるんじゃ!?」
「んじゃ、行って来るんで離れててくださいねー……。ひゃっはぁぁぁぁあああ!! 貯め込んだ蜜を寄こしやがれぇぇぇぇぇえええ!!」
「おいぃぃぃぃぃぃぃいい!?」
「何考えてやがんだっ!? あのバカっ!!!」
「コルル坊!?」
ファルアとガランガルンが驚きの声を上げ、シルヴィアが九郎を止めようと腰布に手を伸ばすと同時、九郎は腰布を放り投げると全裸で『スケルトンメーカー』へと飛び込んで行く。
目の前の黒い川に飛び込んだ九郎は一瞬で真っ黒に塗りつぶされる。
人の形を象った黒い影が出来上がる。
「コルル坊やぁぁぁぁぁああああ!!!」
「よせっ!! シルヴィ! あいつはもう駄目だっん?!!」
飛び出そうとしたシルヴィアを押し止めたファルアが、冷静な決断を口にしてそのまま固まる。
ポンッ!
何かが弾けた音が森の中に響いていた。
ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポッポポオポポ!!!!!
「コルル坊やぁぁぁぁぁ……ぁぁ……あ?」
連続して行く小さな爆発音にシルヴィアも大きく目を見開いていた。
☠ ☠ ☠
(最初はすっげー痛かったけど、結局こいつらも|向かって来る
九郎は黒山の蟻まみれになりながら蟻塚へと近付いて行く。
巣への脅威を感じ取ったのか蟻塚の中からもわらわらと『スケルトンメーカー』が湧き出てくる。
だが体全体を炎に『変質』させた九郎に取りついた『スケルトンメーカー』は、その炎に2秒と耐えられずに腹を弾けさせて絶命して行く。
(飛んで火にいる夏の虫……っと)
ポンッポンッとポン菓子を作る様な音が大森林に木霊する。
炎を仄めかせた九郎は群がる蟻を気にも留めず蟻塚を壊していく。
捲られた土の塊の中から親指程の大きさのオレンジ色の球体がコロコロと転げ落ちる。
「おっ!! あったあった!! 結構持ってんじゃ~ん!」
九郎は顔を輝かせながらザクザクと巣を壊し、どんどんオレンジ色の玉を掘り出して行く。
両掌だけを冷気に『変質』させてオレンジ色の玉が弾けない様注意深く掘り進める。
その間も『スケルトンメーカー』は次々と九郎に集っては、その体を弾けさせて飛び散って行く。
九郎の周りには先程まで川と見えた蟻の列が、今や動かない黒い墨だまりとなって積み重なって行く。
「んじゃまあ、今日はこの辺にしといてやんよっ!」
「な………何やっとんじゃぁ………お主……」
両手いっぱいのオレンジ色の玉を抱え顔を綻ばした九郎がそう言いながら振り返ると、呆然と佇んでいるシルヴィア達が目に入った。
「んなマジマジ見ねえでくれよっ!!!」
九郎が慌てて股間を隠そうと片足を上げる。
だがその声すら聞こえていないように、その視線は黒い灰となった蟻の死骸に向けられていた。
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