第104話 死骸の山
最初に零れ落ちたのはナッシュだった。
一番安全であろう先頭に立って進んでいた熟練の冒険者が、死の行軍の最初の犠牲者となった。
「なんで諦めちゃうのよ……! もっと抗いなさいよっ!!」
ベルフラムが責めるように眼下を見下ろし、寂寥感を吐き捨てる。
朝日が昇り、明るくなった渓谷の遥か下に、赤い小さな花が咲いていた。
中心に人の姿をしたであろう物体が手足をありえない方向に曲げて、醜い花芯を象っていた。
涙が滲みそうになるのをキッと堪えて、ベルフラムは眼前を睨む。
緑の若々しい山裾に白い岩肌が点在し、その中を染みの様に蠢く者達をその瞳に映している。
――はあ……ここまで来てそりゃあねえだろ……――
最期にナッシュが溢した言葉だ。
夜を徹して進んだその先は、絶望と言う名の穴が開いていたのだ。
一昼夜走り通して渓谷を抜け、山裾を下ろうと見下ろしたその進路には、大きく口を開けた絶望が佇んでいた。
急勾配でごつごつとした岩が転がる、所謂カルスト地形と呼ばれる斜面が広がる場所へ出たベルフラム達の眼下には大地が蠢くような数の魔物の影。見下ろす景色は春の爽やかな朝に似つかわしくない、『動く死体(ゾンビ)』の大軍が犇めいていた。
何故とか誰が等とはベルフラムは考えなかった。
絶望を与えようと執拗に絡んで来るものなど一人しか思い当たらない。
雄一が行ったであろう、扉を開けたその先に更なる罠を仕掛けて希望を断つ陰険なやり方に反吐が出る気がしたくらいだ。
だが、寝ずに行軍を進めていた熟練の冒険者は、そこでポキリと心が折れていた。
後ろから迫りくる『
少しだけ肩を竦めて、そこに道が有るかのようにナッシュは空を踏みしめていた。
九郎達が止める間も、何か言う事さえ出来ずに、熟練の冒険者はその命を自ら絶ったのだ。
(諦めるくらいなら進みなさいよ……。まだ一日しか経って無いじゃない! 40日以上絶望の中を歩いた男が、目の前で戦っているのよ!?)
進路は断たれ、迫りくる敵の数は無限に思えた。
しかし今のベルフラムには諦める選択肢は無い。
絶望の中ですら諦めない男が傍に居るのだ。諦めそうになる心を平手打ちして来る様な、そんな男が傍に居るのだ。
眼下に咲く赤い花を見つめて九郎の顔がくしゃりと歪む。
今にも泣き出していまいそうな、自分を責める様な、そんな顔だ。
ベルフラムはそんな九郎の様子に、眉を下げる。
数日一緒に旅しただけの、雇う側と雇われる側の関係でしかないナッシュの死を、まるで自分の所為だと言わんばかりに責めているような九郎の顔。
しかも守る為に雇われた者が、真っ先に諦め自ら死を選んでしまったと言うのに、その行為すら自分が不甲斐無い所為だと思っているかのようだ。
(優しすぎるのよ……背負わなくても良いものまで勝手に背負っちゃって……)
『英雄』と同一視される『来訪者』である九郎には、自分が救えたかもしれない命が手から零れ落ちたような、そんな気持ちになっているのだろうか。
だがベルフラム自身が、そんな九郎の優しさで生き長らえている。
絶望を選んだ自分さえ、手を離そうとはしなかった青年にベルフラムは寄り添う様にして立ち、横顔を見上げる。
「私はもう二度と絶望なんかしない……。絶望なんてしてやらないっ!!」
ベルフラムは山を埋め尽くさんと登って来る『
ベルフラムの言葉に、九郎は両頬を自ら叩くと目に力を宿す。
諦めてしまった者を掬えなかった事を悔やむのは後でも出来るとばかりに、唸り声を上げて『
ベルフラムは山裾に蠢く死体の群れを考察する。
(こいつらまで『
目を凝らして登って来る死体の服装を観察すると、ほぼ武器も持たない村民の格好だ。
「クラヴィス! デンテ! 私達は前を片付けるわよ! まったく、食べられないものばかり寄こして来るなんてセコイ男よねっ!!」
ベルフラムは短くクラヴィス達に指示を出すと杖を掲げ瞳を閉じる。
(最後の最後になっても私は諦めたりしないんだからっ!!!!)
ベルフラムは唇を結び、瞼の裏に焼きつく大きな背中にそう誓った。
☠ ☠ ☠
「レイアっ! こっちは俺一人で何とかする! お前はベル達の方に行ってやってくれ!!!」
渓谷へと引き換えし、細い道での戦いを挑もうとていた九郎が、隣に走り寄るレイアに向かって叫ぶ。
陽が差してきて多少なりとも弱体化した『
それよりも、子供ばかりで山を登って来る新たな魔物を抑える方が心許無い。
九郎よりも動きが速いとは言え、クラヴィスもデンテも小さな子供だ。ベルフラムを守って幾千の魔物と戦えるとは思えない。
ベルフラムとて幾ら強力な魔法を使えようとも、全方位を囲まれてしまえば成す術も無い。
だが九郎が後ろから迫る『
大量の『
「しかしそれでは……」
「俺は大丈夫だっ! こいつら片付けて後で追いつく! レイアの守りたい奴は決まってんだろっ!? とっとと行けっ!!」
「…………御武運を!」
レイアは一瞬の間逡巡したが、九郎の言葉に顔を上げ、ベルフラムの元へと走って行く。
(とりあえずこいつら位は何とかしねえとな……)
九郎は任せろとばかりに親指を立てると、未だ雲霞の如く湧いてくる『
今迄は抜かれなければ良いと、押し止める事を主体としていたが、前方からも新手が現れた今、早急になんとかしてベルフラム達の救援に駆け付けたい。
例え自分が戦列に加わっても、『
「爆弾でもありゃ良いんだけどな……」
『
細い道で横が崖である渓谷なら、強力な爆弾さえあれば、例え『梯子』になろうとも渡れない程のがけ崩れを引き起こせるのにと、安易な考えを持ってしまう。
ベルフラム達が一緒にいる時なら巻き込むことを恐れて取れない手だが、一人で相手するならば有効な手に思えてくる。例え崖崩れに巻き込まれようとも、『不死』である九郎一人なら危険な事など何も無い。
だが、九郎の『
崖だから何処かに亀裂でもあればと探してみるが、水に削られた崖は段差はあれど亀裂は見当たらない。
「ままならねえもんだなぁっ!!!」
咆哮を上げて九郎は『
同時に『
赤い粒子を身に纏い直ぐに復活した九郎は、そのまま押し返すように『
「あ
腹に微かな痛みを感じて九郎は顔を顰める。
今迄炎に『変質』させていたから斬られる事は無かったが、その事を忘れて突っ込んだせいで、『
めり込んだ刃が九郎の胴体を横なぎに払う。
視界が崩れて『
しかしそれも僅かな時間で、零れ落ちた腸や血が赤い光を纏って周囲の『
(うっげぇぇぇぇええ! 死体を削っちまった……。俺の中でこいつらどうなってんのかね……。混ざっちゃいねえのは分かってんだけどよぉ……)
眉を顰めながら九郎は大きく体を捻り、踵を次の『
削り取った水と毒が意図しない限り混ざらないのは確認済みだ。しかし、この削り取った物が体から生み出されるように湧き出る様子を知っているだけに、皮膚を突き破って人の死体(動く)が出てくる様子を思い浮かべてしまった。
「せめて水筒の中では大人しくしといてくれよっ!!」
踵を戻してその勢いで逆足を振り上げ延髄蹴りを見舞う。
衝撃が此方に跳ね返って来ないので、まるで消し飛ぶように『
だが首を失った所で『
「何処で見てんだよっ! 目玉ねえだろうがっ!!」
悪態の一つも付きたくなってしまうと、吠えた九郎の脳裏に何ともえぐい考えがよぎる。
だが考え付いてしまったものは仕方ない。
躊躇する暇も無い程、今は切羽詰まっているのだ。
九郎は両手を広げて後ろを向き、『
そこに再び『
腰にまた微かな痛みを感じ、その後に視界が回転する。
またもや二つに分かれてしまった自分の腰を見ながら、九郎は眼を閉じる。
――視界が急に低く感じる――。
分かっていても奇妙な感覚だ。
今や九郎の視界は膝ぐらいの高さしかない。
その視界を維持したまま、九郎は
「流石の俺もこれはどうかと思うんだぜっ! 『
薙ぎ払われた九郎の下半身が叫ぶ。
どこから声を出しているのかとはもう考えない事にする。
切り刻まれていた上半身が圧力を伴った炎となって弾け飛ぶ。
花火セットを火にくべたかの如く、弾ける音が聞こえてくる。
九郎の頭に過ったえぐい方法――九郎の上半身は、弾幕の様に弾けては戻りを繰り返し、何度も『
細切れになった体の内部に削り取った水を生み出し、その外側に昔に削り取った硬い岩を生み出す。それを圧力に『変質』させた内側の部分で包み込む。外側だけを炎に『変質』させて内部の水を膨張させる。
「がっ!! ……痛ってえ……」
多くの工程を一度にしたせいか、頭が無いのに頭痛を感じて九郎は呻く。
今や下半身だけ、膝でその光景を見ている九郎にも訳が分からなくなりそうな酷い光景だ。
二つに分かれた自分の頭が爆散しては元に戻るを繰り返している。千切れとんだ右手がそのまま爆発の衝撃で空中を踊っている。腸が心臓が肉が自ら意思を持ったかのように右へ左へと飛び跳ねながら石礫を撒き散らしている。
何度も何度も弾け飛んだ礫に削られ、『
「そろそろ『壁』には成ってくれっかな!!」
黒い死体の山となった『
前面に迫る大部分を行動不能にしたとは言え、石の礫ごときで『
だが、一気に多くの『
膝から下を吹き飛ばされ、鈍く蠢く虫のようになった『
九郎に欲しかったのはこの時間だった。
「やっぱ最後に頼りに何のは
九郎はナイフを引き抜き、左腕をぶった切る。
発狂しそうな痛みに顔を歪め、歯を食いしばりながらも切り離す。
切り離した腕に何度もナイフを走らせ、なます切りにして行く。
赤黒いぼろきれのになった左腕を右手に持つと振りかぶって崖の上へと投げ込む。
全力で投げた左腕は、血を撒き散らしながら崖の上へと消えて行く。
「俺だって本気だしゃ山くれえ崩せんだよぉ! 『
九郎の叫びと共に赤い粒子が伸びる。崖の上へと消えて行った腕から、周囲に撒き散らされた血液から、幾本もの赤い粒子が腕の付け根と繋がって行く。
そこに何も無いかのように直線で繋がって行く線が網を引くように元の腕へと帰ってくる。
ビシッ!!!!
何かの
涙目で崖を睨んでいた九郎の口角がゆっくりと上がる。
ビシッ!! バグッ!!
地響きのような揺れと共に大地の割れる音がする。
九郎の腕と血液によって削られた僅かばかりの崖の
次第に揺れが大きくなり、ナイフで切られたように崖が斜めに崩れて行く。
やがて大音響を伴い、洪水の様に落ちて来る岩によって『
残されたのは遠く溢れ体で梯子を作ろうとする『
だが、崩れた岩肌はかなりの距離を削り取り、高く積み上がる『
「やっぱ山崩すんのは無理があんな……」
九郎が崩したのは、あれだけ痛い思いをしたと言うのに崖の一部でしかなかった。
だが、それでも『
崖下へ降りてから登って来ないとは言えないが、この高さまで這い登って来るにはあと数日は掛かるだろう。と言うか掛かって欲しい。
水に削られたこの渓谷は掴む場所が殆んどないので希望は持てる。
(バケツに落ちた鼠みてえに力尽きちゃくれねえんだろうな……)
九郎は渓谷を見下ろし、潰れた『
願わくば水嵩が増える時期まで留まってくれて、そのまま流されてしまえば良いのにと思いながら。
☠ ☠ ☠
緑の草花が発する春の香りに腐臭が混ざる。
一斉に芽吹き始めた新緑の命に腐った血が撒かれる。
「ほいや~!!」
ゴインともガインとも言えそうな重い音を鳴らし、『
デンテが振るった大人の頭ほどある大きさの金槌が『
「やぁ~!!!」
デンテが金槌を振るった勢いのまま、もう一度回転する。
今度はメシャリと何かが拉げる音が響き、横薙ぎにされた『
(疲れましゅた……)
『
だが体力はやはりアンデッド故に他の魔物より倍近い攻撃を加えないと、行動不能にまでは追いこめない。
力が並みの大人よりも強い獣人のデンテと言えど、かなりの消耗を強いられていた。
もうかなりの数を潰したと思えたが、山裾を登って来る『
次から次へと登って来る『
「ふわっ!!!」
少し視線を巡らせただけで、3体の『
デンテは後ろに飛び退り、両手で構えた金槌を構える。
姿勢を低く、尻尾を立てて喉の奥から威嚇の声を漏らす。
(お姉ちゃん……)
少し眉を寄せたデンテが、唇を噛む。
姉に助けを求めても、多分来れない事は分かっている。
姉は姉で広範囲を駆け巡りながら、近付く『
自分達が今生きていられるのは主に拾われたからだと、姉はいつも溢している。
あの時の姉はそれ程まで切羽詰まっていた。
だからこそ姉は自分とデンテの命より、九郎とベルフラムの命を重く見ている。
姉妹のどちらかが生き延びる為に、どちらかの命を差し出す事に躊躇いが無い。
この先二人だけが残された所で、生き延びて行く事は出来ないと考えている。
(お姉ちゃんは難しく考えすぎなんでしゅ……)
デンテはそこまで考えてベルフラム達を守っている訳では無い。
大好きな人を守る為に、ごちゃごちゃと難しい理由を考える事自体がおかしいと思わなくも無い。
母親が子供を守る様に、子供が母を守る事に何の疑問も理由も必要ないと思っている。
実の父や母の面影など持っていないデンテが、知っている温もりは九郎とベルフラムと姉の3人だけだ。
なら大事な者を守るのに命を懸ける事は当然だと感じる。
「やぁあ~!!!」
振り下ろした金槌が『
「たぁあ~!!!」
振り下ろした勢いでもってデンテは体を縦に一回転させて、後ろの『
花瓶が棚から落ちる様に、『
濁った汁を撒き散らし、首を無くした『
さすがにどうにも体力が尽きてきた。
腕が重く、金槌を持っていられない。肩で息をしていたデンテの前に再び『
(姉ちゃん……大丈夫かなぁ……)
棒立ちになったデンテには、迫りくる『
☠ ☠ ☠
「『フェスタム・フラム・バイス』!!!!」
ベルフラムの高い声が山に木霊する。
レイアは足元の新緑が茶色く変色して行くのを横目に、目の前の『
透明な盾は『
レイアの体当たりで蹈鞴を踏んだ『
広がりを見せる360度展開させたベルフラムの魔物除けの炎は、『
「――『流れ廻る青』ベイアの眷属にして凍てつき穿つ青の氷柱よ! 貫け!
『クリス・グラキエス』!!!!」
レイアは膝辺りまでを炭化させ崩れる『
『魔道死体(レブナント)』と違い『
今が昼位だとしても、夜になるまでに道を切り開かなければ、勝機は薄くなってしまう。
大概のアンデッドは夜になるとその能力を倍増させる。
レイアの内心では焦りがどんどん膨らんでいる。
ベルフラムを後ろに配して3方から登って来る『
当たり前だ――――。
『
本来動くはずの無い死体が、悪しき魂によって動かされているのだ。
その体にはもう疲れる事も、痛みを感じる事も無い。崩れ落ちた眼球が何処を見ているのかすら分からない。
それも当然だ。
彼等は皆、亡者であるから生者に寄ってきているだけだ。
諦めきれない生にしがみ付くかのように――生きている者から生を奪おうとするかのように――。
レイアは崩れ落ちる『
「死んでまで諦めの悪いのは、美徳ではありませんっ!!!」
レイアはそのまま次の『
「命尽きるまで戦う事は騎士の本願であれど、死んでまで生を眩しく感じるなどそれは只のやっかみですっ!!!」
レイアは氷の槍を強引に横薙ぎに振るう。
強引に『
腐って柔らかくなった『
(偽りの生にしがみ付いて何になるのっ!!!)
レイアは顔を顰めて目の前に湧き出てくる『
何とかしなければ――逸る気持ちとは裏腹に、裾野に広がり群がろうとする『
白い岩陰から襲って来た『
物量に任せて押し寄せてきた『
「守りきるっ! 今度こそっ! 私があの人の騎士になるですっ!!!」
魂の叫びに似た絶叫を迸らせ、レイアは気持ちを奮い立たせる。
今の自分は湖で一人生きる事を諦めた自分では無い。
一人きりの命なら諦めもつくが、自分の後ろには半生を懸けて思って来た主がいる。
まだ心配ばかり懸けてしまう自分だが、それでもこの気持ちだけは本物だ。
魂の最期の一欠けらまでを燃料にして、誇りを持って騎士となる。
その思いのみがレイアの足を支えていた。
☠ ☠ ☠
(ばいばい……お姉ちゃん……。ベルフラムしゃまをよろしくね……)
黒い影にデンテは疲れた様な笑みを浮かべていた。
体がもう動かない。
足が震え、立っている事すら儘ならない。
やるだけの事はやったと思えた。
これ程頑張ったのは初めてだと思えた。
デンテが腐汁の染み込んだ黒い大地に膝を着く。
(クロウしゃま……デンテは頑張りましゅた……。だから……また抱っこして欲しいでしゅ……)
親の温もりを知らないデンテにとって、九郎は父であり、ベルフラムが母であった。
少々体力的に頼りない優しい母と、どんな時でも倒れない優しい父。
親の面影も知らないデンテにとって、憧れと言って良い存在。
親にあまり良い思い出を持っていない姉と違って、デンテにはそもそも親と言うものを良く知らない。
只、街を彷徨い歩いている時に、抱かれている自分と同じくらいの年齢の子供達を見て、それが何だかとても羨ましかった。
大人は怖い者――それはデンテが最初に見た男に対して感じた感想だ。
意味も無く、何がいけなかったのかとの言葉も無く、そこに居ただけで殴って来る。
後で知ったのはそれが自分の父親だという事だ。父とは怖い男の事……。デンテは最初はそう理解していた。
だが、何年も街を彷徨い歩けば知ってしまう。
泣いている子供をあやす、その子供にとっての優しい大人。デンテが近寄れば蹴り飛ばされてしまうが、その子供にとっては何よりの守護者の様に振る舞う大人に、デンテは仄かな憧れを持った。
それが自分には持つ事の出来ないおもちゃの様に見えて羨ましく思った。
強い力を持つ大人が、何よりも自分を守ってくれると言う安心感を得ている子供の表情に、デンテは憧れを持っていた。
「うぇぇぇ……」
満足したはずの、やり切ったと思えた感情が再び生にしがみ付く。
得てしまった温もりを、今一度だけでも味わいたいと言う小さな欲が口から漏れる。
顔に影が掛かるほど大勢の『
まだ死にたくない――生物の本能とも言える欲望がデンテの口から零れる。
「
デンテは蹲り体を丸める。
もう抗える力は残っていない。
だが少しでも生き長らえる為にと頭を庇い、地面に伏す。
奇しくもその格好は、父親と知った暴力を奮う男から身を守る格好だった。
腐った肉のにおいに混じって、腐った肉が焼け焦げる匂いが漂う。
蹲ったまま攻撃に備えていたデンテが、予想した圧力が来ない事に気が付くのには数十秒かかった。
「良くも家の子泣かしてくれたなぁぁああああ!!!!」
頭上から九郎の声が聞こえてデンテは恐る恐る顔を上げる。
今まさに襲い掛かって来ようとしていた『
「ゾンビならゾンビらしく、いちゃつくカップルでも襲っとけやぁぁぁぁああああ!!」
2体の『
「手前らホントに雄一の趣味に毒されてんじゃねえだろうなぁああああ!!!」
九郎の両手に残った『
九郎が焦げて黒い塊となった『
怒気を伴った息が白く煙りの様に立ち昇り、その姿は悪鬼の如く禍々しい。
だがデンテにはそれは頼もしい巨人の様に目に映る。
「がああああああああああああ!!!!!!」
九郎が怒りに任せて咆哮を上げ、寄って来た『
だが、襲い掛かる『
「『
九郎が叫び、横なぎに腕を振るう。その腕に触れた『
動く物全てをなぎ倒すかのように、九郎はデンテに集う『
やがて迫って来ていた『
「デンテ、もう大丈夫だ! 待たせちまって悪いな」
振り向いた九郎が心底面目なさそうな顔をして、デンテを抱き上げる。
抱き上げられた事をポカンとした顔で受け入れていたデンテの顔がくしゃっと歪む。
「とーちゃっとーちゃ…うぇぇぇぇ……」
張りつめた糸が切れたかのようにデンテは泣きじゃくる。
ベルフラムが良く言っていた『英雄』の意味は分からなかったが、その腕の中は確かに安全だと思える様に力強い。
自分を抱えて走る九郎の腕の中で、デンテは嗚咽を漏らして泣き続けた。
見上げた九郎の顔はデンテの求めていた、力強く優しげな表情とは違って、すこし情けなさそうな顔をしていた。
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