第101話 朝を遮る影
「ついてねえなぁっ! 折角楽な仕事だと思ったのによぉっ!!!」
ジャルセンの怒号と共に小さな緑色の腕が飛ぶ。
太陽を隠すように現れた黒い穴から湧き出てきた魔物の群れの襲撃に会い、護衛の撤退を支援しながらの戦い。
地表を埋め尽くさんばかりに湧き出てきた魔物は、『
熟練の冒険者であるジャルセンにとって、『
だが、数が尋常じゃない。
2、3匹なら苦も無く倒せるだろう。
仲間がいれば10匹相手でも引けを取らない自信がある。
だが目の前に迫っているのはそんなチャチな数では無い。
地響きが聞えて来そうなくらいの数。
1000は超えそうな勢いで増え続けている緑色の魔物で、周囲の景色そのモノが蠢いているかに見える。
「ここはもう限界です! そろそろ撤退しましょう!
――『黄金の扉』、ベファイトスの眷属にして大地に眠る鋭利な刃よ! 吹き出せ! 『スピーナ・ソロム・バイス』!!!!」
仲間の
大地が盛り上がり、人の背丈ほどの黒く鋭い棘が周囲に具現する。
巻き込まれた『
攻撃魔法に乏しい黄色の魔術に於いて、攻撃と防御を同時に可能とする土の棘の防塁の魔法だ。
飛び越えるには範囲が広く、打ち壊すには時間がかかる。
足止めとしては申し分のない魔法と言える。
「これでしばらく持つでしょう! 早く登りま………ギャワアアアアアア!!」
仲間の
「嘘だろ……」
ジャルセンは仲間の最期も見ずに目の前の光景に絶句する。
『
自ら死を選ぶように次々と串刺しにされ、芽吹き始めて若々しい緑の大地を黒い血で染める。
そして積み重なる死体の山を踏みしめて、大量の『
普通の魔物の行動では無い。
何かに急き立てられるかのように、何かに追われるように溢れだして来る魔物の群れに、ジャルセンは戦慄する。
「どうなってんだ! こりゃ!?」
叫ぶ周囲にまた一人仲間のくぐもった悲鳴が混ざる。
仲間の誰が欠けたのかも分からずにジャルセンは武器を振るう。
黒い血潮が周囲に撒き散らされる。
「ゴブリンごときにやられたとなっちゃ、冒険者の名折れだろうがっ!!!」
得物である
『
小さな手傷を負いながらも、ジャルセンは道を切り開くようにして後ずさる。
また一匹飛びかかる気配を感じ
「冒険者様舐めんじゃねえぞっ!!」
ジャルセンが吠えたその時、一瞬にして視界の色が暗くなる。
太陽が分厚い雲に覆われた時と同じ錯覚。
「うぉっ!?」
ジャルセンは『
が、そうでは無かった。いや、そうでもあったと言うべきだろうか。
『
まるでジャルセンなど路傍の石ころのようにしか見ておらず、「砕けないのなら通り過ぎるまで」と言わんばかりの態度だ。
「眼中にねえってかぁ? つれねえこと言うなよ……仕事のよしみじゃねえかっ!」
『
しかし何かがおかしい――前だけを見続け、少しの時間も惜しむように、「倒せるのなら倒し、手強そうなら素通りする」行動を見せている『
川を割る岩のようになっているジャルセンを避けて、先を目指し続ける『
ジャルセンは不安の元を確かめるように、『
「嘘……だろ……そりゃぁ…………ねえよ、神様よぉ」
乾いた笑いを溢していた。
ジャルセンの口から出た言葉の意味は、呪詛でも怨嗟でも無く――
――諦めの言葉だった。
夜明けと同時に襲ってきた『
横殴りの朝日が陰ることの意味。
われ先へと前に進む魔物達の襲撃は、獲物を求めてのものでは無く、たった一つを求めていた。
どんな財宝よりも価値のある、誰にとっても大事な――。
……自分の命を。
☠ ☠ ☠
地震のような音が周囲に響く。
雲霞の如く湧き出した『
『
「ベルフラム様っ危ないっ!!!」
クラヴィスが『
新しく買ってもらったナイフは、包丁とは違い魔物の一撃にもビクともしない。
弾いた隙に『
そのまま両足で『
「やあ~!!!」
飛びかかって来た『
その呆けた顔にデンテが一撃を見舞う。何かの拉げた音を響かせながら『
大きな金槌を横振りに見舞ったデンテが、そのままベルフラムの目の前に着地する。
「畜生っ! 下は何してやがんだっ!」
護衛の冒険者が声を荒げる。
「レイアっ! クロウっ! 下がって! 魔法を使うわっ!!」
少し下で魔物の進撃を食い止めていたレイアと九郎が後ずさる。
「――『深淵なる赤』、ミラの眷属にして全てを焼き尽くす煉獄の炎の子よ! 焼き尽くせ! 『ウォル・フラム・フォルティア』!!」
ベルフラムの言葉によって周囲に炎の壁が噴き出す。
辺りの温度が一気に上がる。
眼前まで迫っていた『
「すげえな……嬢ちゃん……。宮廷魔術師クラスじゃねえか……」
「感想はいいから早く案内して頂戴っ!!!」
冒険者の感嘆の言葉にベルフラムががなる。かなりの魔力を消耗したのか、肩で荒く息をしている。
「ベルはすげえんッスよっ! ナッシュさん先をお願いしますっ!!!」
九郎がベルフラムを小脇に抱え上げて走り出す。
ベルフラムも大人しく運ばれている。何か言いたげではあったが、その余裕も無いのだろう。
少々しっくりと来過ぎているのが不満の様だ。
「しんがりを務めます! クラヴィスさんとデンテさんはベルフラム様の護衛をっ!」
レイアが回り込んで来る『
「じゃあ、デンテ! ベルを頼んだぜっ!」
「分かりましゅたっ! クロウしゃまっ!」
「荷物じゃないんだからポンポン投げないでよっ!!」
一人で殿を務めるレイアに向かって九郎が駆け出す。
空気に触れている腕が陽炎を立ち昇らせている。腕を炎に変えているのだろう。
(ベルフラム様もクロウ様も凄いんですっ! だからこんな魔物の群れなんて……)
ベルフラムも九郎も凄い。クラヴィスが尊敬する二人の主人は凄い力を持っている。ベルフラムの炎の魔法はクラヴィスが神と崇めるほどの威力を持っているし、九郎の打たれ強さは信じられない程だ。
その二人が傍にいる今、
だから何も恐れる事は無い――確信を持って顔を上げたクラヴィスは、眼下を見下ろし息を飲む。
「クロウ様、レイアさん! 戻ってください!」
殿を申し出た二人が、クラヴィスの大声に足を止めた。
「そう言う……ことだったのね……」
見下ろす眼下に現れたソレに、ベルフラムは納得がいったように、息を吐いていた。
『
山を登って来た事で知る事になった、黒い影の全容。
「スマン……今朝言った事は忘れてくれ……」
誰に言うでもなく、護衛の冒険者――ナッシュが頭を掻いて息を吐いた。
その言葉を、無責任な――と誰もが口に出来ないでいた。
「もっと早くに気付くべきだったのよ……
「杜撰なマッチポンプしか頭にねえのかよ……あの野郎……」
ベルフラムと九郎が、その存在に気付いて表情に暗い影を落とす。
クラヴィスは尊敬し信頼する二人の主の声に縋るように、手の中のナイフを胸に抱いた。
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