第084話  火刑


 それからさらに2日経った朝、九郎の二度目の処刑勧告が知らされた。

 罪状はもちろん貴族相手への『不敬罪』だった。

 ビンデンハイムと衛視の情報はあやふやな物しか知らされず、ベルフラムも既にこの二人がエルピオスの手に渡ったと考えていたので期待していなかったが、それでも再び九郎が刑を言い渡された事には怒りを募らせていた。

 しかし貴族を名乗る者を足蹴にし、振り回したことは紛れも無い事実なので、九郎は気楽に構えている。


「いっそ駆け込みで即日処刑してくんねえかな……」

「馬鹿な事言ってんじゃないわよっ!!」


 九郎の言葉にベルフラムは眉を吊り上げている。


 そんな気楽な気持ちで処刑を受ける罪人など居ない。役場でも行く様な感覚で処刑されに行く九郎も九郎だと、エルピオスに向ける筈の鬱憤をぶつけてくる。


「まあ、心配しなくても今度は『火刑』らしいから油まみれになる心配もねえし、時間もかかんねえだろ……。今度こそ格好良い感じで決めてくっから、よく見とけよっ!!」


 前回は最後の最後で醜態を晒してしまった手前、今度こそは自分の罪を自分で払って、エルピオスにも釘を刺しておかなければならないと九郎も意気込んでいる。

 自分を処刑する事が出来ないと知ったら、エルピオスも九郎を『不敬罪』にするために絡んで来ることは無くなる筈だ。

 そもそも処刑で格好良くも何も無いのだが。


「クロウが大丈夫って言ってるんだから、心配してないわよっ! 今日はぐっすり寝てやるんだからっ!」


 ベルフラムも流石に慣れたのか、九郎が炎では死なない確信を持って強がっている。

 魔法の鍛錬中、自分の出した炎を何度も素手で持たれていれば、心配症のベルフラムも認めるざるを得ない。

 ベルフラムの知らされている九郎の『神の力ギフト』、『ヘンシツシャ』は九郎の耐性を上げると同時に、同等の力を身に宿す能力だと説明されている。自分の中で最強の魔法である『アブレイズ・フラム』を持つことの出来る九郎に薪で焼かれる心配はもう無い。


「さびしんぼうのベルが夜泣きしねえかだけが俺の心配事だぜ」


 九郎の言葉にベルフラムが再び眉を吊り上げた。


☠ ☠ ☠


 開けて翌日。

 以前と同じ広場にてうずたかく積み上げられた薪を見上げながら、九郎は溜息を吐き出す。

 今回は言い逃れも弁解もしなかったのでエルピオスに会う事は無かった。一晩牢ですごして翌日には刑が準備された所を見ると、エルピオスとしても顔も見たくないといった感じなのだろう。

 大量に積み上げられた薪から、エルピオスの恨みが見え隠れしている。

 油に比べても高温の炎で焼かれる『火刑』は通常、処刑時間は短い。

 以前の『釜揚げ』の倍ほどの薪の量からは、九郎を消し炭も残さないと言ったエルピオスの怨念めいた感情が表れているようだ。

 短時間で終わると思っていただけに、九郎はなんだか面倒臭い気分で嘆息する。


(薪だって高えだろうに……俺一人に予算懸けていいんかねぇ?)


 炎に炙られるよりも、長時間つりさげられている方が辛そうだと顔を顰める。

 ご丁寧にも吊り下げられる十字架の様な物は鉄製で、途中で燃え尽きて崩れ落ちないようにしているほど念の入れようだ。

 周囲を見渡すと前回と同様かなりの群衆が詰めかけているようだ。

 瞳には怖いもの見たさの他にも、何か面白い事が起こるのを期待するような眼差しが見える。

 前回処刑をあれ程場違いな雰囲気に変えた九郎に、見世物めいた期待を込めているようだ。

 立てられた鉄製の十字架に吊り下げられながら、何か面白い事は出来ないだろうかと考えてしまうのはお調子者の血が騒ぐからかもしれない。


(小林サ〇コでも歌うか~? なんかそれっぽいし)


 薪の量故通常よりも高く掲げられた十字架は人の2倍はあろうかと言う高さだ。

 何となく紅白の大御所の舞台衣装を思いだし、くだらない事を考えてしまう。

 人垣の一番前ではベルフラム達が九郎を見上げる姿が見える。

 まだ危険だから来なくても良いと言ったが、流石のエルピオスでも人が大勢いる場所で、しかも教会主導の処刑時に人攫いを計画するほど馬鹿では無いだろうと言われてしまった。


(ま、ベルも前回みたいに心配してる雰囲気じゃねえし、これだけ人の目がありゃあ、雄一もそうそう馬鹿な真似はしねえだろ)


 いまだ雄一がベルフラム達を何目的で攫おうとしたか、確信が持てないのが懸念事項だったが、彼はこの国でそれなりの地位に就いている節があったので醜聞の類は避けるだろうと考えられた。

 あれ程の力を持っているならば、たんなる「行きずりで助けた少女達に眠剤を仕込み、お手軽に持ち帰ろうとした性質の悪い輩」だっただけかもしれない。

 綿密に練られていたであろう最初のチンピラの行動と、雄一の刹那的な行動が今一かみ合わない為、九郎はその可能性もあるのではと思っていた。


「この者は~高貴なる身の貴族に傷を負わせ~暴虐の限りを奮った~」


 神官の罪状演説が足元から聞こえてくる。

 冷静に考えてみると、九郎の存在は為政者にとっても面倒な存在だろう。

『不敬罪』による死刑を恐れず、身分上位者である貴族に反抗しながら行動を改めない九郎は、民衆からしてみれば痛快な存在だともいえる。

 日頃虐げられ、理不尽を突き付けてくる上位身分の者に突っかかっていく無法者は、傍から見ている分には面白い者なのだろう。

 前回他の罪人たちが被っていた様な、石を投げられたりしていないのがその証拠とも言えそうだ。

 ベルフラム達が最前列で陣取っている所為かも知れないが……。


「よって、神の火を持って罪を払う事とする。放てっ!!!」


 神官の号令によって松明が投げ込まれる。

 油を含ませていたのか瞬く間に炎が燃え盛る。


「おうおうおうおうおうっ! ちゃんと見とけよっ! 俺のカッコ良い姿をよぉ!!

『火刑』に処される『英雄』なんて絵になるじゃねえかっ! ジャンヌダルクみてぇに神々しい絵画になっちまうなっ!! エルピオスも卑怯な真似ばっかして、一緒に炙られる度胸もねえようだしよぉ!? タイマンならいつでも受けてやってもいいのに、ベルを勾かそうとしたりしやがって男の風上にも置けねえ根性なしだ! 俺がちょっと男って奴を見せてやんよ!!」


 炎に飲み込まれながら九郎は啖呵を切ってみる。

 エルピオスに対する文句も並べて、処刑上等とでも言う様な勢いだ。

 炎の舌が九郎の足をチロチロと舐める。

 しかし今や焚火の炎など九郎の脛毛すら焼くことは無い。


「大丈夫そうですね……」


 レイアがホッと胸を撫で下ろしながらベルフラムに語りかける。


「調子に乗ってるクロウは何処か心配なのよ……。前の時だってもっと神々しい感じになる予定だったのに……」


 ベルフラムの答えは何処か投げやりだ。

 最初の処刑時には九郎を救出して逃げる算段まで付けていたベルフラムだったが、九郎が処刑を潜り抜けた暁には九郎が神に選ばれた『英雄』たる人物だと知らしめることになると考えていた。エルピオスとて神に選ばれた『英雄』に対して弓を引く度胸は無いだろう。

 そして父親も自分が神に選ばれた『英雄』に付き従うなら、この身を政治利用する事も諦めるだろうと考えていた。

 しかし出来上がって来たのはあの芋の香りの充満する、どこか馬鹿げた感じの臨時屋台である。

 ベルフラムがヤケクソ気味に商売を始めたのも無理からぬ事と言えた。


 今回は九郎がそんな気を起こさないよう、何も用意していない。

 二度も処刑を潜り抜けた、真の神に選ばれた『英雄』の誕生を持ってエルピオスもアルフラムも黙らせるつもりだった。


「うぇあははははははははははっ! 温いっ、温いぞっ! 教会の言う神の炎の何と温い事よっ! 我の肌一つも焼くことが出来ぬではないかっ!!」


 九郎の口上は絶好調の様だ。若干口調が変わっているのはテンションが上がっているからだろう。

―――……暇なのかしら?

 ベルフラムは一厘の心配の為に腰帯の中で握りしめていた魔術用のスタッフから力を抜く。

 炎がその勢いを段々と弱めて行く。油のしみ込んだ薪は燃え盛る勢いも早いが燃え尽きる速度も速いのだろう。


「ん~やっぱ炎に撒かれる今の状況じゃ三段笑いがベターかね? よしっ試にいっちょやってみんべ!

 ふふふふ………はははははは………ふわぁはははははははははは! は?」


 明らかに暇でネタに走っている九郎を半眼で見つめるベルフラム。

 それに気付かず好き勝手のたまっていた九郎が急に硬直した。


「クロウっ!?」


 ベルフラムは再び腰帯に手を潜り込ませる。

 指に触れる小さなスタッフを慌てて手繰り寄せ握りしめる。

 九郎は、驚愕の表情で足元に目をやり重心を移動している。


「どうしたのっ?! クロウっ!!」

「み、見るなっ! 皆みないでくれっ!」


 九郎は焦りの表情で左右の足を交互に上げ、何とか半身に成ろうともがいていた。


「あっかーーーーーーっん! 見んといてぇぇぇええええ!!」


 炎の勢いが弱まる中、姿を現す全裸の九郎。

 両手を吊り上げられている今、隠す事も儘ならないベルフラムの見慣れた九郎のモノが、九郎の動きに合わせて右に左にブラブラと揺れていた。

 炎は九郎の身を焼く事は無かったが、九郎の服は跡形も無く焼き尽くしていた。

 レイアが慌てて顔を背ける。

 耳まで赤い所を見るとしっかりと目に焼きついた事だろう。

 群衆の中から聞こえてくる黄色い悲鳴と、笑い声。

 ベルフラムの握りしめていたスタッフがポトリと地面に落ちる。


「見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!」


 九郎の絶叫が広場に響き渡った。

 ――ベルフラムは少し恥じらいの意味を知った。


☠ ☠ ☠


「あたい汚されちゃったよう……」


 神官による二度目の九郎の無罪が宣言された後、解放された九郎は両手で自分の肩を抱きそう言った。

 既に股間を隠す気は無いようだ。

 衆目の前で無防備な股間を長時間晒した九郎は、乱暴された娘の様に光を失った目をしている。

 ベルフラムは小さく嘆息すると、肩に巻いていた買ったばかりの毛織物を九郎の腰に巻きつける。

 群衆から一際大きな悲鳴が上がる。

 ベルフラムが九郎の腰に手を回した事で、裸の男の股間に抱きつく少女の様に見えたのだろう。

 既に九郎との関係が噂されていただけに、男女の関係を決定付ける行動に見えた様だ。


「ちゃんと……は見せたじゃない……」

「そんな意味で言ったんじゃねぇよう……」


 見上げるベルフラムの言葉に九郎はがっくりと項垂れた。

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