第079話 買い物
「クロウ様、ベルフラム様……私達にこんな高価な物買ってもらって本当に良かったですか?」
「良いのよっ! 私とクロウが良いって言ってんだから」
明けて翌日。九郎達一行は街に買い物に来ていた。
クラヴィスやデンテ、レイアの装備を買う為だ。
九郎と手を繋いでいるベルフラムの機嫌はやけに良い。やはり九郎の問題が片付いた事が理由だろうか。
残すところはベルフラム自身の問題だけだったが、そもそもは放置しておくつもりだったし、九郎の罪が払われた事でそれ程重要では無くなっていた。
一応グリデンに会う日取りを知らせるように伝えていたが、娘の生死よりも公務を優先した父親だ。直ぐに会うとは思えずベルフラムも余り深く考えてはいなかった。
「レイアは本当に靴だけで良いんか? 服駄目にしたの俺なんだから遠慮されても困んだけど」
クラヴィスとデンテの武器と共にレイアの失った鉄靴も買っていた。
ちなみにクラヴィスに買ったのは九郎と同じような大きさの大ぶりのナイフ。デンテは何故か一抱えもある金槌だった。クラヴィスはともかくデンテが何故に金槌など選んだかと聞くと、デンテは屋敷に戻ったら九郎の手伝いがしたいらしい。屋敷の補修は九郎が時間を見つけて細々と進めていたが、デンテもそれに参加したいようだ。この大きさの金槌では柱が折れてしまいそうだが……。
九郎としてはどちらかと言うと防具を買いたかったのだが、流石に子供用の防具は置いておらず、本人たちの希望もあって説き伏せられた次第である。
「いえっ! 本当に大丈夫です! 服の予備は屋敷に帰ればまだ何着かありますし、それに鉄靴の方が高価なんですから」
レイアは鉄靴が入った革袋を大事そうに抱えながらかぶりを振る。
確かに鉄を多く使う鉄靴はクラヴィス達の武器よりも高価であったが、宿の提供をしてもらっているので懐にはまだ余裕がある。
「遠慮すること無いわよ? 昨日の……ぽてぇち? ってやつで結構儲かったんだし。レイアがあれだけ用意してくれたんだから何かお礼がしたいの! ね? 良いでしょ?」
ベルフラムはにこやかにレイアに言いやる。
懐に余裕が有るのは宿の心配が無いだけでは無く、昨日の芋料理――九郎曰く『ポテチ』がかなりの売り上げになっていたからだ。ストレッティオ家に材料費を払ってもかなりの金が手元に残った。
なんせ10個で3グラハムと安いジャガイモが2個分40グラハムで売れたのだ。その粗利は推して知るべしである。油や薪代は教会持ちなので気にもならない。
「そうだぜ、まさか樽一杯のジャガイモ用意して来るなんて思ってもいなかったからな! 聞いたぜ? 一晩中ジャガイモ刻んでたって」
一昨日デンテは九郎に言われた通り、ベルフラムと一緒に寝ようと誘う為にレイアを探していたらしい。
見つける事は出来たのだが、一心不乱に芋を刻み続けていたレイアに声をかけれなかった事を九郎に謝っていた。九郎とてレイアがあれ程の量を仕込んで来るとは予想できず、樽を見た時は呆気に取られたものだ。
「そんな……本当にこれだけで大丈夫ですから……」
レイアは抱えた革袋をまるで自分の子供を見るような目で慈しんでいる。
レイアにとっては値段などより、『ベルフラムに買ってもらった』と言う事実がなにより嬉しいようだ。
服やコートが持込みだっただけに、レイアにとっては形に残る、ベルフラムに買って貰った物一号と言った所か。
「そう? なら勝手に私達で見繕いましょ、クロウ! 何か面白そうなものは無いかしら?」
ベルフラムは何が何でもレイアにもう一品買ってやりたいようだ。
九郎の手を引きながら、弾む足取りで進むベルフラム。
「おいっ! いきなし走んなよっ。転んで泣いても知んねえぞっ!」
突然手を引かれて、自分の方が転びそうになりながら九郎ががなる。
路地の切れ目を目指し、その先にあるものを期待の目で見ているベルフラムの表情は本当に朗らかだ。
(これじゃ、本気で休日のパパさんだな)
買い物をせっつかれている自分をそう評すると、九郎は苦笑しながらやや歩幅を大きくとる。
そうは言っても悪い気はしない。後ろでレイアと仲良く微笑み合っている姉妹を見ながら、九郎は独り口元を歪める。
(となるとレイアがママさんって事で……)
九郎は三人の子供に集られながらも、そんな夫の横で微笑むレイアを勝手に想像し、躓いた。
☠ ☠ ☠
「うわぁあ! 何これー!」
街の開けた場所に差し掛かって、ベルフラムが感嘆の声を上げる。
目の前に広がっているのは様々な色で彩られた露店の立つ広場であった。
どうやら市が立っていたようである。
市自体はアルバトーゼで見慣れていたベルフラムだが、アルバトーゼの市と違い食物よりも民芸品の様な物が主だった商品の様だ。
細かな刺繍をいっぱいに施された厚手の敷物の上に珍しいものが乱雑に置かれている。
どこか民族チックな文様の衣装を来た人々が広場に腰を下ろし、好き勝手物を売っている様な混沌とした市場だ。
「そう言えば今日から始春でしたか……」
レイアが市場を見ながらベルフラムに語りかける。
なんでもこの市は春の訪れを祝う祭りに先駆けて、各地方から寄り集まって来た人々が物を売っているようだ。
未だ雪深いこの地でもようやく春の訪れが迫っていて、冬場の内職で作った民芸品を春に向けての種や道具を買う足しにする為に、地方から大きな街に売りに来ているらしい。
「クロウ! あっちで何かいい匂いがする……って昨日クロウが作ってたぽてぇちじゃない。40グラハムって、たっか!」
露店の一つからは昨日九郎が披露したポテチを売る店が早くも出ていた。
芋の揚げる香ばしい匂いに釣られたベルフラムがその値段を見て目を見開いている。
――その値段で売り出したんはお前だろっ! 九郎は呆れる顔でベルフラムを見るが、ベルフラムは自分の定めた値段設定では買う気が起きないようだ。
さっさと次に行こうと歩き出している。
(ペルーとかタイの少数民族のバザーがこんな感じだったなぁ……いや実物見た事はねえけど……)
九郎は色とりどりの織物を見ながら記憶を辿る。
思い返してみれば、荒野から始まったこの地方の雰囲気は九郎の思い描く中南米の雰囲気に良く似ていた。
そう言えば食べ物に関してもジャガイモやトウモロコシが主食で、香辛料の類も唐辛子のような辛みの有るものがメインだ。トマトの様な味付けも多く、甘みのある食物は少ない。
このレミウス領がかなり高地に位置する事もなんとなく分かって来た。
荒野からずっと南下していたのに、最初は雨などとんと降らず、南へ下がれば下がるほど雪が深くなってきていた。そこから考えるに、最初に彷徨った荒野はかなり高地に位置していたのかもしれない。
「結構毛織物が安いわね。皆の毛布代わりに買っていこうかしら。クロウも好きでしょ? こういうの」
ベルフラムが露店に並べられた毛織物の一つをストールの様に巻きつけて九郎を見上げる。
幾何学模様の文様が所狭しと刺繍された赤とオレンジの毛織物は、ベルフラムの髪の色とも合っていてとても可愛らしい。
九郎は自分の好みを把握されていた事に驚きを含みながらも、苦笑を返す。
別段日本にいた頃からこう言った民族チックな布製品が好きだった訳では無い。
この世界に来てから気になるようになった物だ。
最近はそうでも無いが、最初期に度々
「よく分かってんじゃん。値段も布製品より安いのな。なんなら色違いで揃えるか」
「良いわね! お揃い!」
九郎の提案に目を輝かせるベルフラム。お揃いと言う響きにレイアもクラヴィス達も目の色が変わる。
ベルフラムと同じものを持つことは、彼女達にとっても嬉しい事なのだろう。
(愛されてんねぇ……ベルは。レイアももうちっとこっちにもその愛分けてくんねえかな……)
ある程度打ち解けて来ているし、この旅の間に少しのデレも見せてくれてはいたが、レイアの九郎に対する態度は少々よそよそしい。焦らないよう自分に言い聞かせてはいるが、まだまだレイアの視線の先は常にベルフラムでありそれがどうにももどかしい。
自分に向けて好意を向けているであろうベルフラムに対抗心を燃やすなど、なんとも情けない限りではあるが、目下の所九郎のライバル的立ち位置にはベルフラムが悠然と立っていた。
なんとも難しい状況になって来たものである。
きゃきゃと毛織物を選んでいるベルフラム達を見ながら、九郎は小さく嘆息する。
毛織物の柄を選ぶのはベルフラム達に任せて、九郎はぼんやり隣の店に視線を巡らせる。
隣の店も毛織物がメインではあるようだが一画には装身具の類が置いてあるようだ。
とは言ってもベルフラムが持っていたような精巧な作りの物では無く、木彫りのブローチに色付けされた様なちゃちな作りの物であった。
(アクセサリーとか送ったら好感度上がりそうじゃね? でも光もんで無いと微妙かねぇ?)
九郎は並べられたブローチの一つを手に取り良く見てみる。
ちゃちな作りと思ったが、なかなか細かく彫られていて素材が木でさえなければ贈り物としても良いかもしれない。
そう思い直した九郎だったが、値段を見て仰天する。
手掘りのブローチはベルフラム達が選んでいる毛織物より高価であった。
木が貴重なこの地域であることを考えても驚いてしまう。
(何か特殊な魔法の品ってやつか? でもそれにしちゃあ安い気も……。魔法アイテムだったらもうべらぼうに高いって小説とかだと設定されてたしなぁ……。大体土産物屋で魔法アイテム売ってるわけねえか。)
一瞬期待したが、値段的には毛織物が銀貨2枚に対してブローチが銀貨6枚。
60グラハムと言えば先程のポテチ2籠も買えない。そう考えると普通に土産物の気がして九郎は我に返る。
どこぞの幸運な主人公なら安値で魔法の品を手に入れる事もあるだろうが、九郎は自分の運にそれほど自信を持ってはいない。特にこの世界に来てからは散々な目に合ってきている。
どちらかと言うと貧乏が染み付いてしまって高価に思えただけだろうと、悲しみを背負いながらもブローチをもう一度良く見る。
ブローチは色々形が有って、それぞれに何かしら意味が有るようだ。
月を模したものや、太陽を模したもの、動物など様々な形が揃えられている。
(でも気軽なプレゼントとしちゃ有りだよな。いきなし高価なもん送っても引かれちまうだけだし、こういうのは段階を踏まねえと)
意中の相手に物を送るにしても段階が有ると九郎は思っている。いきなり宝飾品を送るなど愚の骨頂で、それこそ他愛も無い小物から攻めるのが九郎の手法だ。このブローチなら九郎が個人で持っている金でも買える。
屋敷でそれぞれに手渡している小遣いは、個別に使える金として九郎やベルフラムにも割り当てられている。
金の使い道は九郎とベルフラムで決めてはいたが、二人とも自由に使える金とは思っておらず、生活費用として考えていた為だ。
「すんませ~ん。これくだ……」
レイアに似合いそうな楯の形のブローチを手に持ち、店の主に声を駆けようとした九郎の脳裏に警鐘が鳴る。
(っべー! 焦んなって自分に言い聞かせたばっかじゃねえか!!)
九郎の脳裏には悲しい顔で俯くベルフラムや、気まずそうなレイアの顔が思い浮かんでいた。
いくら恋愛対象では無かったとしても、ベルフラムが向けてくれている好意を無下にする事になる。
ベルフラム位の年齢の女の子の恋は
ベルフラムは九郎がナンパしていても気にする素振りは見せなかったが、それは九郎の『
改めて自分の立ち位置の難しさを感じながら九郎はブローチを4つ購入した。
もちろん全員分買って手渡しやすくするためである。
好感度上昇アイテムを渡す為に、手段を選ぶつもりは無かった。
☠ ☠ ☠
「クロウ? どこ行ったの?」
隣の店からベルフラムの声が聞こえる。
「おう、買ったか?」
「全員分纏めて買ったから一枚15グラハムよ! がんばったでしょ?」
ひょいと顔を覗かせ答える九郎にベルフラムが胸を張る。
(俺は言い値で買っちまったよ!)
幼いベルフラムの方がしっかりしている。確かにこの様な市場で言い値で買うなんて馬鹿のすることだと気付き九郎は背中で拳を握る。そこには4つ240グラハムのブローチの入った革袋が握られている。
包んでもらっている毛織物を受け取っていたクラヴィスから奪う様にしてそれを担ぎ上げ、九郎はいたたまれない気持ちを誤魔化す。
「クロウ様、私が持ちますです」
「いいのいいの。買い物時の男の役割は荷物持ちって決まってんだよ!」
何かやっていないと落ち着かないと、九郎はクラヴィスの頭を撫でる。
「何その袋。何か買ったの? 欲しいものあったら言ってくれれば良かったのに……。クロウってば自分の物全然欲しがんないんだもの」
革袋を握ったままの手でクラヴィスの頭を撫でた為、九郎が何か買った事に気が付き、ベルフラムが残念そうに話しかけてくる。
屋敷の財産からベルフラム達の服や装備を買っていたが、寒さを感じない九郎には新たな服などあまり必要としなかった。それに不思議な事に九郎はこの世界に来てから垢や汚れが出ない体になっていた。最初は気付かず過ごしていたし、『風呂屋』であれば日に最低6回は風呂に入る為に体が綺麗だと思っていたが、いくらなんでも汚れない体に九郎も気が付いている。『フロウフシ』の『
その所為で九郎の持ち物は最低限度しか無く、ベルフラムは再三何か欲しいものが無いか聞いていた。
「これは
九郎は革袋からブローチを取り出すと、ベルフラムへと渡す。
ベルフラムはいきなり手渡されたブローチを驚いた表情で見ている。
ベルフラムに渡したのは鴉をモチーフにしたブローチだ。この世界で鴉がどう捉えられているのかは分からないが、九郎にとって鴉は太陽の使いがイメージされた。日本特有の考え方かもしれないが、炎の魔術を使い、炎の様な髪色のベルフラムは太陽をイメージしたものが似合うと思ったのだ。
太陽そのもののモチーフも売っていたが、何か安直な気がして鴉を選んだ九郎だった。
「クラヴィスとデンテはこれだな」
「「へ?」」
九郎はブローチを取り出し、クラヴィス達にも手渡す。
クラヴィスとデンテには左右対称になったスズランがモチーフのブローチを贈る。何か意味が有ったわけでは無かったが、彼女たちには対になった物を贈りたかった。
クラヴィス達は自分達にも貰えるとは全く考えていなかったのか、呆けた顔で九郎を見上げている。
「レイアはこれだが……ちと子供っぽいか?」
「わ、私にもですか?」
本命だけに多少気恥ずかしい気がして、九郎はおどけて誤魔化す。
レイアに似合うと思ったのは最初に見た時買おうとした楯の形のブローチだ。レイアが騎士に拘っている事くらい九郎も気が付いている。常日頃ベルフラムを守っていきたいと言っているレイアに楯モチーフを贈ったのは、これならレイアも付けてくれるだろうと言った打算的な考えが無かったわけでは無い。
それでも凛とした雰囲気のレイアに似合うと思ったのも本当だった。
「……クロウ……ありがと……」
ベルフラムがブローチを抱くようにして俯いている。耳が赤い所を見ると照れているのかもしれない。
「ありがとうございますですクロウ様!!」
「ありがとうごじゃいましゅ!!」
我に返ったらしいクラヴィス達も礼を言ってくる。アクセサリーを持つこと自体が初めてなのか少々戸惑っている感じが微笑ましい。
「そ、その……どうして、あの、その……」
一番戸惑っていたのはレイアだった。何故突然贈り物をされたのか理解できない様子だ。
ある程度分かりやすい視線を向けていた筈だが、どうやらレイアは九郎の好意には気が付いていないようだ。
それでも顔を赤くしている所を見ると、脈が有りそうな気がして九郎は照れ隠しでぶっきら棒に言いやる。
「大したもんじゃねえよ! 安かったからつい買っちまっただけだし!」
「ううん! 大事にする! すごくうれしい! ありがとうクロウ!」
九郎の言葉にベルフラムが眩しい程の笑顔を向けてくる。目の端に涙を浮かべている。
それ程感激されれば悪い気はしないと九郎は頭を掻く。横でクラヴィス達もベルフラムに同意を示すようにコクコクと何度も頷いている。
「に、似合いますか?」
レイアが胸元に付けたブローチを照れくさそうに九郎に見せる。
その表情だけで九郎は心の中でガッツポーズを取っていた。
「い、良いんじゃね? 似合いそうだと思ったかんな!」
(贈り物作戦大成功だぜっ!! ひゃっほいっ!!!)
飛びあがりそうになるのを押し止めながら九郎は揚々と歩き出す。
何にせよレイアの好感度が少し上がった気がした。
あのまま話しているとニヤけてしまいそうだった。先頭を歩かなければ下心がばれてしまう。
ブローチを選んだ時には思い至らなかったが、胸元に付けられたブローチを見るという事は、レイアの豊かな胸を見続けることになる。
(ブローチ選んだ俺ぐっじょぶ!!!)
思わぬ副産物に九郎の気分は上昇していた。
――それは別の店で同じような物が40グラハムの値で売られているのを見るまで続いた。
土産物あるあるだ。
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