第068話 新たな居候先
アプサル王国レミウス領レミウス城下町は、多種多様な人種の住まう混沌とした街であった。
レミウス領はアプラス国の中でも随一の領土と兵力を有し、人々の集まる土地である。人族ではあるが、肌の黒いのも白いのも褐色な者も様々で、中には3ハイン(3メートル)は有ろうかと思える巨人族、逆にデンテと同じくらいの背丈の小人族。
華奢な体躯で耳の長い森林族、ずんぐりとした体躯と髭が特徴的な鉱山族、アプサル王国ではあまり歓迎されない獣人族の姿も時折見かける。
荷車を引きながら頻りに興味有り気に辺りを見回している九郎に、ベルフラムが得意げに説明をしていた。
多くの人々は剣や弓を持ち武装していた。
レミウス領が魔物の多く潜む危険な地域であることがこれらの人々、所謂『冒険者』と呼ばれる人々をこの地に集める理由となっていた。
レミウス城下街はそんな荒くれたちの集う混沌とした街であった。
☠ ☠ ☠
「どうだったの? 高く売れた?」
掛かっている呼び鈴を鳴らしながら扉から出てきた九郎とレイアにベルフラムが開口一番に質問する。
「結構高く売れたぜ! これでレイアの服も買い直せるし、クラヴィス達の装備も買ってやれそうだ」
九郎が親指を立ててニッと笑う。
九郎とレイアが今し方出てきた店には、汚い文字で『素材屋』と書かれた小さな看板が立て掛けられていた。
九郎達は旅の間に仕留めた魔物の部位を売りに来ていた。
店に舐められると面倒なのでベルフラム達小さな少女には荷車で留守番だ。
意外な事にレイアが有る程度素材の値段を知っていたので、それ程ボったくられることも無く交渉はスムーズに終わった。
「幾らになったの?」
ベルフラムが瞳を輝かせて質問を浴びせる。
家を出奔するまで貨幣に触れた事も無かったベルフラムには、金を稼ぐこと自体が新鮮で面白い様子だ。
貨幣の価値自体は知っているのに、不思議な物だと九郎は思う。
「全部で5万4千グラハム!! 結構金持ちになっただろ?」
「ご、5万? 金貨5枚以上って……私達が『風呂屋』で稼いだ2倍以上じゃない!」
九郎の言葉にベルフラムが目を見開く。
無一文状態で家を飛び出したベルフラムにとって、金貨5枚は大金だ。
領主の娘として生活していた頃は気にも留めなかったが、廃屋で生活を始め、金の大事さに気付いた今のベルフラムにとっては驚くほど高額で売れたようだ。
実際、廃屋で生活している九郎達の主食である薄く焼いたパンは銅貨1枚。1グラハムで買える。
安いパンと少しばかりの野菜、そして屋敷の周辺で取れるカエルや鼠を主食にしていたベルフラムにとっては驚くのも無理はない金額だった。
ベルフラムが言った通り、九郎達は『風呂屋』で稼いだ金を持って来てはいたが、ピニシュブ湖での魔物の襲撃で靴と服を駄目にしてしまったレイアの装備を買わなくてはと、九郎達は出来るだけ早く纏まった金が必要だった。
この世界の服は高価なのである。
「しかし、クロウ様……私にそんな大金を使ってもらう訳にも……」
「服破っちまったのは俺だしな……」
何故かレイアが困惑した様子で遠慮している。
靴はともかくレイアの服を駄目にしたのは九郎本人なので、そこをゆずるつもりは無いと九郎はレイアに笑いかける。
靴を失ったレイアは、現在九郎の引く荷車にベルフラム達と一緒に乗って移動している状態だ。
レイア一人が増えた所で荷車を引く九郎にとっては何の負担にもなりはしないが、少女ばかり4人も荷車に乗せて引いて歩くのは、外はともかく街中では外聞が悪い。
奴隷商か、もしくは九郎自身が奴隷と見られてしまう恐れもある。
「クロウしゃまデンテ素手で大丈夫でしゅよ?」
「私も包丁で十分です」
デンテとクラヴィスも同じく遠慮しているようで九郎は頭を掻く。
デンテやクラヴィスの装備を買うのは別段彼女たちの為だけでは無い。
素手の状態や包丁だけでも、デンテやクラヴィスはこと戦闘に関しては自分より強いだろうと九郎も感じている。
少女達を前面に立てるつもりは全く無いが、この獣人の姉妹は我が身を省みずベルフラムや九郎を守ろうとする節がある。
クラヴィスにもデンテにも魔物達に対する自衛の意味も込めて、最低限武装しておいて欲しいと思ったのが本音だ。
「ベルにも何か買うか? 一人だけなんも無しじゃ可哀想だしな?」
九郎の提案にベルフラムが驚いた様子で見上げてくる。
レイアの服やクラヴィス達の装備を買う事はベルフラムは了承している。と言うよりは、九郎とベルフラムが相談して決めた事だ。
現在屋敷のメンバーの中で金の使い道を決めるのは九郎かベルフラムだけだからだ。
レイアもクラヴィス達も屋敷で稼いだ金の使い道に口を挟まないと言うより挟もうとしない。
小遣い程度の金を渡してはいるが、給料を出そうにも受け取ろうとしない。屋敷に置いてもらえれば充分だと言って受け取らないのだ。
「私はいらないわよ。ここに来るために服も買ったばかりだし……。クロウの方こそ何か欲しいものは無いの?」
ベルフラムが服を指さしながら首を横に振る。ベルフラムの持っていた服はどれもドレスばかりで旅をするには不便だと九郎が買う様に進めた物だ。クラヴィス達よりも1段は落ちる簡素な服装でもベルフラムは気にした様子は無い。
レイアは少し気にしている様子ではあったが……。
「俺はなぁ……ぶっちゃけ寒くねえし、アルバトーゼの街より物価が高えしなぁ……」
欲しいものと尋ねられても九郎には直ぐには思い浮かばない。
ナイフですら敵に当たらない現状と、『ヘンシツシャ』の力で寒さを感じない体。何より『フロウフシ』の力で体を守る必要が無い。それに大金を得たと言ってもレミウス城下街の物価は九郎達のいたアルバトーゼの街の2倍近い。何日街に滞在するかも分かっていない現状で、いらないものを買う余裕があるとは思えなかった。
「まあ……昨日の宿も高かったものね……」
「飯もな……」
九郎とベルフラムが顔を見合わせ嘆息する。昨日宿を取ったダブルベッドのみの簡素な一室で40グラハム。
朝食で食べた固い黒パンと塩味しかしないスープで一人10グラハム。
付近で一番安そうな宿に泊まろうとしていたのに、既に90グラハムも消費している。
毎日1グラハムのパンと屋敷の近くで捕えた鼠や売れ残りの野菜を食べていた身としては驚くほど高く感じる。
大金を得てはいたが、これから先金を得る術を持たない事を考えると、そう考え無しで使って良い訳でも無い。
「あの……それでしたら……私の父の屋敷に滞在しませんか? 部屋も余っていると思いますし……」
大金を得た筈なのに嘆息している主を慮ってか、レイアがおずおずと提案してくる。
「レイアの実家ってこっちだったかしら?」
「いえ、生家と言う訳では無いのですが、父は現在城に参っていますので……。同じく城に勤めている兄とそれに母もいる屋敷がこちらにありますから。ベルフラム様はお城に滞在する事はなさりたく無いでしょうが、私の父の屋敷でなら多少は寛げるかと」
今から父に絶縁状を叩きつけようとしているベルフラムに、実家である城に滞在する選択肢は無い。
その事は出奔を宣告した時にその場に居たレイアにも分かっている。
「え? 部屋って結構数あったりすんの? マジ?!」
ベルフラムに向けたレイアの言葉に九郎の方が喜色を浮かべる。
今日もまた一室で5人同衾を覚悟していただけに、レイアの提案は九郎にとっては魅力的だった。
ダブルベッドで5人で就寝もいずれ
レイアの提案にベルフラムはしばし迷っていたが、九郎の表情に小さく肩を竦める。
「そう? なら暫く厄介になってもいいかしら? 宜しくお願いするわ」
ベルフラムの言葉にレイアが頷き、九郎は拳を握った。
☠ ☠ ☠
レイアの父の屋敷はレミウス城を取り囲むようにして設けられた一番内側の区画、主に貴族や騎士階級が住んでいる区画の中にあった。
第二城下町はもちろん、掘りの内側にあるわりと洒落た街であった本来の城下町とも比べようも無い位整備された道や建物に、九郎はこの世界での貧富の格差と言うものを見せつけられた気分だ。
思い返してみれば、この世界に来て初めて出会ったのはベルフラムと言う貴族の中でも一番上位に位置する領主の娘で、最初に訪れたピシャータの街の屋敷も、九郎が暫く厄介になっていたアルバトーゼの屋敷も豪華絢爛だった。
レイアの父の屋敷はラムバトーゼの街のベルフラムの屋敷程では無いにしろ、そん色ない程立派な建物だった。
門構えに感嘆しつつ、九郎は門前で荷車を止める。
何にせよまずレイアの父に泊めてもらえるか聞かなければならない。
「では少しお待ちください。父に話を通して参りますので……」
「おっと……」
レイアがそう言って颯爽と荷車から飛び降りる。
すかさず九郎が空中でレイアの両脇を捉え、レイアはさながら子供の様に吊り上げられる。
「なにをなさるのですかっ!」
「す、スマンっ!
今まで荷台に乗っていたのは小さなベルフラム達だけであったので、条件反射で抱え上げてしまったレイアに九郎はとっさに言い訳を述べる。
「レイア、いいじゃない。そのままクロウに運んでもらいなさい。私も挨拶しなきゃだし」
「ベルフラム様!?」
レイアを抱きかかえたままの九郎に背を向け、ベルフラムはすたすたと門を潜ってしまう。クラヴィス達がベルフラムの後へと続く。
ぽつりと残された九郎と、九郎に抱きかかえられたレイアは、呆気に取られたままだ。
この辺りは今迄クラインがやっていた事なのだろう。貴族の中でもかなり上位に位置していたベルフラムには家人の許可を得て門内に入るとか、そう言った常識的な事が抜け落ちているようだ。
物怖じしない性格も手伝って、どんどん屋敷に近付いて行くベルフラムに九郎も渋面する。
「あ、レイア……?」
「し、仕方ありません! 急いで後を追います! 玄関先に降ろしてください!」
「了解だっ!」
予期せぬベルフラムの言葉と行動に、レイアは混乱していたのかも知れない。
どうしようかと聞いてきた九郎にレイアは慌てて言葉を告げる。
門から玄関先まで左程の距離も無いのだから、雪の冷たさなど気にしないで自ら走れば良かったのだろう。
まるで赤子の様に九郎に両脇を支えられ掲げられた状態で玄関先へと運ばれるレイアの頭にふと浮かんだ正解は、レイアがそれを口にする前に砂上の楼閣の様に脆く崩れ去った。
レイアの運が無かったのかも知れない。単にタイミングが悪かったのかも知れない。
通常高位の人間が住む屋敷の扉は家人が開けるものでは無い。執事やメイドと言った家臣が、扉のノックの音で開ける物だ。
「あなた、レイアがこの街に来ているとは本当なのですか?」
「ああ、父上から連絡の鳩が来た。そろそろこの街に入っているかも知れん。急ぎ守衛に聞かねばならん…こ…と…が……」
ベルフラム達が玄関先に着いたと同時位のタイミングだった。
扉が急に開け放たれ、金髪のがっしりした体格の中年男性と銀髪のたおやかな女性が姿を現す。
二人は目の前の光景に声を失ったかのように固まった。
ベルフラム達は背が低い。
扉をあけ放った男性たちが見た光景は、赤子の様に両脇を吊られたレイアの姿だった。
ブランと抱えられたレイアの、スカートの前面が立てに引き裂かれた白い足を覗かせたレイアの、見知らぬ男性に掲げるように抱きかかえられたまま驚き目を見開くレイアの姿だった。
「あ、あの……お父様…お母様……お久しぶりです……」
口をあんぐり開けたまま固まってしまった両親に、引きつった笑みを湛えたままレイアが言いやる。
開け放たれた扉から姿を現したレイアの両親は、驚きの表情のままピクリとも動かない。
「お久しぶりですね。グリデン、ソーニャ。1年前の式典の時以来かしら?」
何処の誰だと九郎が突っ込みを入れたくなる程、丁寧な口調でスカートのすそを持ち上げるベルフラムの言葉も耳に入ってこないようだ。
「すみません。突然お邪魔してしまって……」
レイアを抱え上げたまま、九郎がレイアの陰から顔を出しペコリと首だけで会釈する。
「レ…………」
「れ?」「れ?」「れ?」
金髪の男性の口が、ガクガクと震えながら僅かな単語を紡ぎだす。
固まったままの男性にベルフラム、クラヴィス、デンテがそろってコテンと首を傾げる。
「レイアが男を連れてきおったぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
突如男性の口から、屋敷を揺るがす勢いで大音量が響き渡った。
九郎に抱え上げられたままレイアの首が、ガックリと項垂れた。
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