第069話 血統書付
「レイアが男を連れてきおったぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
体格のいい金髪の男がレイアを指さし大声で叫んだ。
屋敷を揺るがす程の大声に、男のすぐそばまで寄って来ていたベルフラム達が耳を押さえて蹲る。
それと同時に屋敷の中からドタドタとした足音。そして屋敷の窓がバタンバタンと次々と開かれる。
「な!? お嬢様が!?」
「ついに!?」
「殿方ですか!? 女性で無く!?」
「クライン様の見間違いでは!?」
屋敷の使用人だろうか、メイド姿の女性やコック帽をかぶった男性などが次々と窓から顔を出す。
その顔はどれも好奇心と猜疑心にまみれている。
肩を落としたままうんざりとした目つきでレイアが顔を上げる。
握られた拳が小さく震えている。
「あなた……」
「ソーニャ……ついに……ついにレイアが男を……」
大声を出した金髪の男は隣の女性と顔を見合わせ、感動に打ち震えているかのようだ。
お互いの頬に手を当て、涙が滲みそうな勢いに九郎も呆気にとられる。
「クロウ様……降ろしてください……」
九郎に抱きかかえられていたレイアが、押し殺したような震える声で言う。
「お、おう……」
その表情は九郎からは見る事は出来なかったが、体から立ち昇る剣呑な空気が感じられて九郎は言われるままにレイアを降ろす。
素足で雪が積もる大地に降りたったレイアだが、立ち昇る雰囲気の為か九郎には踏みしめる足跡が自分の『
ぷるぷると震えているレイアは静かに、しかしながらしっかりと雪を踏みしめ、感動を噛みしめるように見つめあう男女の元へと歩いていく。
よく見るとレイアの耳が赤い。
「あ、あ、あ、あ、慌てるるな。ゆ、夢かもしれん……」
「そそそうですね……。抓りましょうか?」
お互いに見つめあいながら言葉を交わしている金髪の男と銀髪の女は、のしのしと近づいて来るレイアに気付かない様子だ。
夢か幻かと女性が男性に確かめるよう促している。
混乱しているのか女性が男性の襟元を抓る。
「ぬ! 痛くない!! ややや、やっぱり……夢か……」
男性も同じく混乱しているのか、襟元を抓られている事にも気付かずに悲壮な表情になる。
男性の言葉に女性も顔を強張らせ、ガックリと項垂れる。
ベルフラムがおろおろとその様子を間近で見上げる。
レイアは何も言わず、雪を踏みしめ男性の前へと距離を詰める。
レイアが男の目の前まで来ると、男がレイアに涙目になって訴えかける。
「おお、レイア。儂は夢の中でさえお前の婚姻の心配を……」
「お父様っ!」
パンッ! と小気味よい音が鳴り響いた。
「へぶっ! お前は……」
レイアは男性の胸元を掴み、大声を上げながら男性の頬を張っていた。
男性は一瞬呆けた顔でレイアを見つめる。しかし、再び涙を流してレイアの両肩を掴み訴えかける。
レイアも声を荒げながら男の頬を張り続ける。
辺りにレイアと男の言い合う声と、手拍子のような平手打ちの音が鳴り響く。
「私のっ!」
パンッ!
「ぶべっ! ……何時になったら……」
「主君の前でっ!!」
パンッ!
「落ち着いてくれはぶっっ!!」
「恥をっ!!」
パンッ!
「ソーニャ…何だか痛いぞこの夢……はべっ!!」
頬を張られ続けていた男性が不思議そうな顔で女性に目を向ける。
しかし正気に戻るのが少し遅かったようだ。
横を向いた男性の胸元を捻り上げながら、レイアは怒りに満ちた目で腕を大きく振りかぶる。
「かかせないでっ!!!」
パァンッ!!!!
声と共に振りぬいたレイアの平手打ちに男が扉に吹っ飛ばされる。
当たり所が悪かったのか、大きな音と共に男が扉にぶつかるとそのまま扉に凭れ掛かるようにして動かなくなる。
「え、えっと………レイア……?」
ベルフラムが恐る恐るレイアに声をかける。
顔を赤く染め肩で息を切らせながら振り返ったレイアは、ベルフラムにニコリと微笑む。
しかし、その顔は未だ怒りか羞恥かは分からないが赤く、瞳にはうっすらと涙が見える。
「ベルフラム様、現在屋敷の主が留守のようです。しかしながらここは私の屋敷でもありますので、どうぞご遠慮なく……。クロウ様もクラヴィスさん達もどうぞ中へ」
どうやらレイアはこの状況を無かった事にしたいようだ。
扉にしな垂れかかったまま動かない金髪の男を、まるで見えていないように扱い九郎達を屋敷の中へ招くレイア。
九郎達は呆気に取られながらも、レイアの有無を言わせぬ迫力に黙って後に続くしかなかった。
九郎は一瞬ベルフラムと顔を見合わせ、苦笑いしつつ屋敷の扉を潜る。
「あ、おじゃまします」
扉の横で未だに呆けた表情の銀髪の女性に会釈をする。
先程の話の流れからおそらくレイアの母親であろう銀髪の女性は、見た所歳は34~36歳くらいであろうか。上に兄もいると言っていたが、そのわりに若く見える。
銀の髪を結いあげ、上品なドレスを纏った女性が九郎の言葉にハッとした表情を浮かべる。
「え……? ええ……。あ、あの……ふつつか者ですが宜しくお願いします……」
「お母様?!?」
一瞬何を言っているのかと九郎が呆気に取られる。どうやら未だ混乱の最中の様子だ。
先を歩いていたレイアがくるりと踵を返して銀髪の女性に詰め寄る。
「ああっ! やめてレイア。顔はダメよ、ボディーにしなさいっボディーに」
レイアに胸倉をつかまれイヤイヤと首を振る銀髪の女性。
銀髪の女性の胸倉を掴んだまま腕を振り上げ平手を構えるレイアに、訳の分からないセリフを言っている。
――そのセリフは自分がぶたれそうな時に言うセリフでは無いだろう――九郎は苦笑いしつつレイアの腕を掴んで止める。
レイアは涙目で九郎に振り返ると、大きくため息を吐き出す。
「クロウ様、ベルフラム様……。家人がこの様な醜態を晒してしまい申し訳ありません……。今部屋を用意させますので……」
「え、ええ……。レイアも大変なのね……」
レイアの言葉にベルフラムも引きつった笑いを返すしかないようだ。
領主の娘であるベルフラムに気が付かないのは、城勤めの騎士としてどうなのだろうとは思うが、既に出奔を宣言している身なので何か言うつもりは無い。
「いや、なんかレイアの家族って感じが良く分かるよ」
「どういう意味ですか!?」
九郎が引きつりながら感想を述べると、レイアが涙目で睨んで来る。
ベルフラムが納得しかけた表情を見せるが、レイアの視線に視線を反らせる。
レイアが勘違いから九郎の顔面を踏みつけた事は未だ記憶に新しいし、そう言えばレイアの祖父であるクラインも勘違いから九郎の首筋に剣を突き付けた事も有った。
勘違いしやすい血筋なのだろうかと九郎が一人考える。
「お嬢様、お客人ですか?」
九郎が半眼のレイアに睨まれていると玄関ロビーの上から声が降ってくる。
メイドの姿をした若い女性が3人、興味津々と言った表情で覗き込んでいる。
「私の主、ベルフラム様とベルフラム様の主であるクロウ様です。こちらは同じくベルフラム様の家臣のクラヴィスとデンテ。暫くの間レミウスに滞在なさるのでその間の部屋を用意できるかしら?」
「かしこまりました。それでは準備をしてまいります。お待ちになる間は貴賓室で」
レイアの言葉にメイド達はパタパタと廊下を走って行く。
レイアがその音にようやく肩の力を抜く。
「ほら、やっぱり違ったじゃない」
「あの殿方はお嬢様の主君の旦那様だって」
「あ~……やっぱあたしも3年後に賭けてりゃ良かったなぁ~……」
遠ざかる声にレイアが再びガックリと項垂れていた。
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