第058話 雲霞の如く
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴ
ヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
ヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴ
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
ヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
ヴヴヴヴヴヴヴワンヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
レイアが『ソードベア』の腹を割いた刹那、辺り一面に空気を振動する羽音が鳴り響く。
紙吹雪を噴き出すかのように、『ソードベア』の腹から透明な何かが一斉に外へと飛び出してきた。
「きゃっ……」
短い悲鳴と共に、レイア、クラヴィス、デンテが次々と地に倒れ伏す。
「なっ……」
突如現れたウンカのような羽虫に九郎が言葉を失う。
透明な羽虫は『ソードベア』の腹から溢れるように零れ出し、光を反射してキラキラとプリズムを生み出している。
幻想的な光景ではあるが、耳元に鳴り響く重苦しい羽音の所為で不気味にしか思えない。ベルフラムが先に我に返り、魔法を放つ。
「――『深淵なる赤』、ミラの眷属にして揺らめく灼熱の炎の子達よ! 踊りなさい!
『フェスタム・フラム』!!!」
短く発せられたベルフラムの声に呼応するように、九郎とベルフラムを囲むように炎が吹き上がる。
周囲の透明な羽虫達が炎の熱と気流に飲み込まれ、パチパチと音を立てて焼かれ地面に落ちる。
熱に寄るものか、焼かれた羽虫は既に透明ではなくなっており、赤い姿を地面に横たえ微かに痙攣していた。
その姿は5センチ程の大きな蜂……大スズメバチのような虫だった。
「これさっきこの熊が食った『クリスタルバグ』かっ!!」
驚きの表情で地面に目をやりながら、九郎は上体を炎に変質させ炎の剣を構える。
「なんで消化されてない……の……」
九郎の言葉に悪態を言いかけたベルフラムが、パサリと軽い音を立てて地面に倒れ込む。
炎の魔法に巻かれ焼け落ちたと思われた『クリスタルバグ』だが、噴き出す炎の上空から飛来したのかそれとも全てを焼き尽くす事など出来なかったのか。
考える間もなく、訪れた危機に九郎も慌てふためく。
ベルフラムが倒れ込むと同時に周囲の炎が消え失せ、九郎の握っていた炎の大刀も掻き消える。
「くそったれが!!」
炎に『変質』させた両腕を振りまわし、泳ぐかのように九郎はベルフラムの元に駆け寄る。
パチパチと爆ぜる音と共に赤く焼かれた蜂たちが、次々と九郎の眼前を赤くする。
倒れ伏したベルフラムは薄目を開けていたが、抗えない睡魔に力尽きるように目を閉じる。
一瞬ベルフラムが息絶えたのかと思い九郎は息を飲むが、僅かに上下する肩に胸を撫で下ろす。
ほっとしたのもつかの間、脹脛に小さな痛みを感じ九郎の意識が微睡む。
上半身は裸で炎に『変質』させていたが、下半身はそうでは無かった事に――常にまっぱじゃねえんだよ……と毒吐きながら九郎は膝をつく。
未だ耳に響く重苦しい羽音が、いつの間にか子守唄のように聞こえだしそのまま九郎は大地に倒れ伏した。
………
……………
…………………
(危なかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)
未だ羽音の鳴り止まぬ中、九郎は頭を振りながら体を起こす。
睡眠を誘う毒を持っていると聞いていた『クリスタルバグ』の襲来に、先程は九郎は本気で焦っていた。
多くの毒に耐性があるだろう今の九郎に、毒による攻撃など恐れるに足らないと思っていたが、こと睡眠に対しては抗えずに寝込み続けた過去があるだけに、耐えられる自信がなかったのだ。
自分一人なら、凍える吹雪の中で寝入ってしまってもどうって事も無いが、他の仲間たちには当てはまらない。
最悪、起き出してみれば冷たくなったベルフラム達を見る事になってしまっていたかと思うと不死の体ながらに心臓が止まりそうだ。
頭上を見上げると先程の頃と変わらない太陽の位置に、それ程長く眠っていない事を知る。
意識を失った頃と何も変わらず周囲が煌めいている。
九郎は『クリスタルバグ』が次々と体に針を突き立てている感覚を感じながら、自身の『変質者』の力が睡眠毒に対する耐性を得た事に安堵しつつ、ゆっくりと体を起こしていく。
九郎は立ち上がり肩をコキリと鳴らすと、目の前に倒れ込み、静かな眠りにおちているベルフラムを抱き上げ荷台に積んだ『ソードベア』の毛皮へと寝かせる。
炎に体を『変質』させてはベルフラムに火傷を負わせる事になるので、現在は何も変質させていない。
おかげで透明な蜂たちが容赦なく九郎に集り、所構わず針を突き立てているが、外からの痛みに慣れてきている九郎にとっては砂粒があたる程度の痛みしか感じない。
蜂たちが透明なおかげで、幾ら集られた所で視界をそれ程遮られる事も無く、ただ大量に虫が体に纏わりついている現実に慄きながらも、倒れている少女たちを抱え込む。
耳に五月蠅い羽音に顔をしかめながらも、レイア達をも荷台に寝かせる。
これで凍死する心配は少なくなるだろう。
荷台に寝かせた少女たちを見て安堵の吐息を吐き出し、九郎は周囲に人影が無い事を確認しもう一度大きくため息を吐くと、履いていたズボンや下着を脱ぎ捨てて全裸になる。
これから全身を炎に『変質』させて蜂達を焼き殺す為だ。
決して眠りこけている少女たちに何か良からぬ事をしようとしているのでは無い。
眠っている少女達を目の前にして全裸になる事に、――傍から見たら此れも間違いなく事案案件だと九郎は眉を下げる。
「べ、別に疾しい事をしようとしてるんじゃ無いんだからね!?」
誰に聞かせるでも無く言訳を呟くと少女達に背を向ける。
再び『ソードベア』の元に戻って来た九郎はその光景に顔をしかめる。
どれ程沸いて来るのかと思う程、巨獣の腹からは次々と透明な蜂が生み出されていた。
(とりあえず先ずはコレをどうにかしなきゃな……)
おもむろに『ソードベア』の腹に手を突っ込むと内臓を掻き出す。
腹を割かれた時に傷がついた為だろうか――『クリスタルバグ』は『ソードベア』の裂けた胃袋から際限なく湧き出されいているかのようだ。
九郎は胃袋の中に手を突っ込み切り口を左右に引き裂く。
ヴヴヴヴヴヴワワワワワワンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!
一際大きな音を立てて周囲がさらに五月蠅くなる。
透明な筈の『クリスタルバグ』が折り重なり、九郎の視界が白く霞む。
引き裂かれた胃袋の中には、光を反射してキラキラと輝くスイカ程の大きさの透明な松ぼっくりに似た物体が現れる。
南国の土産物で見たことが有る様な、水晶で出来た置物の様に透明でありながら硬質な質感を持つ美しい物体から、次々と『クリスタルバグ』が生み出されていた。
透けた巣の中心に仄かに青い球体が、浮いているかのように収まっており、どうやらそこからこの蜂たちが生み出されているようだ。
青い球体の近くで20センチはあろうかと思う透明で大きな蜂が次々と白い繭の様な物を青い球体にくべていて、それと同時に蜂が生み出されていた。
神秘的なような、されど
九郎はなんとかこの儀式を止めなければと巣を壊しにかかる。
力を込めて引き裂こうにも全くビクともしない。
叩いても傷一つ付けられない。
九郎は座り込んで頭を捻る。ちなみに蜂はずっと集ったままだ。
(どうすっかなぁ……。これをどっかに放り投げりゃあ取りあえずは良いけど、そんで他の人が襲われたら気分的になぁ……)
危機を脱するだけなら放置で良いとは思うのだが、これをこのままにしてこの場所を通る人が被害に遭う可能性がある。
今やこの辺りの『クリスタルバグ』全てが体に集っているのか、小さな蜂の重みとは思えない程体が重い。
蜂たちが折り重なるように密集しているのか、熱ささえ感じる。
ふと、思いつき、体で包み込むように透明な巣を抱きかかえる。
熱さを感じた事で、九郎は日本蜜蜂の蜂球を思い出したのだ。
熱に寄る蒸し焼き――自分が仕掛けられているこの行動を、九郎はこの巣に対して行おうとしていた。
大きなスイカを抱きかかえるように両手両足を使いがっちりと巣を抱きかかえると、九郎は体を炎に『変質』させる。
バチバチと弾ける音がする。
目の前の光景が一瞬にして赤く変わる。
(きんもぉぉぉぉお! 気っしょをををををををををを! グっろおおおおおおおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉおおぉ!!)
突如訪れた目の前の光景には、流石の九郎も怖気慄く。
目の前に現れたのは、幾重にも重なっていた透明な蜂達が一様に体を赤く変色させる地獄の様な景色だった。
何百、何千、何万と九郎の体に集っていた透明な蜂達がいきなり目の前にあらわれたのだ。九郎もこれ程衝撃的な事に成る事は想像していなかった。
(そうをあぎうn×○ふぁおいぶゆfms▽×▲〇くぉいぽいぬおうあくぃyr)
ガチガチと顎を噛み合わせる今は赤く変色した蜂達の顔が、羽を焼かれ体を這いずる足の感触が。
羽を失ってなお攻撃しようと集って来る『クリスタルバグ』がパチパチと爆ぜ、九郎の体に焼かれ黒い炭と化して体に積もっていく。
次々と体に纏わりつき燃え尽きて行く蜂達を見ないように目を瞑り、九郎は必死で腹に抱えた巣に熱を加える。
地獄の様な光景に耐える事30分程であろうか。
バグンと音がして九郎の腹に抱えられた透明な『クリスタルバグ』の巣が、ガラガラと崩れた。
急に訪れた静寂に九郎は恐々目を開ける。
(暗い…………)
薄目を開けた九郎の眼下には黒々と炭が広がっている。
(ひいいいいいいいいいいいいい!!!!)
自分が焼け焦げ炭化した『クリスタルバグ』の死骸に埋まっている事に気付き、九郎は再び目を瞑る。
ざぁぁぁと冬の強い風が吹き、九郎の体を覆い尽くしていた炭が吹き飛ばされていく。
山と積もっていた蜂達の死骸が、舞い上げられ何処かに消えていく。
冬の太陽の下には、魂が抜けたかのように呆然とした九郎が、一人残されていた。
ふともう一度眼下を見やると、そこには赤く焼け焦げた巨大な『クリスタルバグ』の死骸と、太陽に照らされ虹色の反射を生み出す透明な『クリスタルバグ』の巣の残骸、そして今なお空中に浮かぶ青い球体。
「いっくらなんでもグロ耐性にも限度があんだよ、ちくしょうめ!!」
大きく悪態を叫ぶと九郎は雪原に大の字で寝転がる。
辺りに立ち込める静寂から、危機を脱した事に安堵しつつ、どんな惨憺たる光景や経験でも、自分が発狂する事が出来ないであろう事を、頼もしくも恨めしくも感じていた。
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