第038話  浮浪児


「これわぁ……天国だわぁ………」


 ベルフラムが呆けた様子で床に座り込んでいる。

 初めての風呂を心行くまで堪能したのか、今にも眠りにでも落ちそうな表情だ。

 体から湯気を立ち上らせながら、冬の風に肌を晒している。


「おらっ! とっとと服を着やがれってんだ! 湯冷めしちまうぞ?」


 九郎が手ぬぐいとも呼べない様な布きれをベルフラムに放りながら怒鳴る。

 屋敷の潰れていた部屋から切り取って来たカーテンに、ベルフラムは一瞬、「折角綺麗になったのに……」と眉を顰めたが、しぶしぶそれで体を拭きはじめる。


「髪もちゃんと拭いとけよ? 風邪ひいちまうぞ?」


 シャツに腕を通しながら更に言う九郎の言葉に、「分かってるわよ! もう、子ども扱いしないでよ!」とのベルフラムの怒鳴り声が返って来ていた。


 体は完全に温まっていて、冬だと言うのにシャツ一枚でも全然寒くは無い。

 九郎は『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』であまり寒さを感じないのだが。


「んで、どうよ? 風呂の感想は? 流行りそうか?」


 服を着終わったベルフラムに、九郎はこの世界の住人としての意見を求める。


「絶対流行るわよっ! 金貨1枚の値打ちが有るわよっ! 私、九郎に出会ってよかったって心底思ったもん!」


 夢見心地だったベルフラムが強く九郎に力説する。

 ある意味、命を助けた時より感動した様子に、九郎は苦笑しつつ満足する。


「んじゃあ、必要なもん考えて買いに行かねえとな。流石にタオル位は必要だろうし……あと、お湯の値段も知っとかねえと、大体の値段付けができねえしな?」


 そう方針を決めると九郎は再び街へと繰り出した。


☠ ☠ ☠


「布って結構高いのな……」


 両手に大きな荷物を担ぎながら九郎が感想をもらす。


 風呂屋をすることに決めた九郎は街で10枚の厚手の布を買って来たのだ。

 一枚なんと30グラハム。それが10枚で300グラハム。

 今日犬の牙を売って得た1000グラハムが、今日一日で700を切っていた。


(これで上手く行かなきゃ、また次の手を考えねえといけねえのか……。ベルが太鼓判を押しちゃあくれてるが、なんせ子供のいう事だしなあ……)


 この世界に来てから物事が上手く運んだ試が無い九郎は、少々ネガティブな考えになっていた。

 ギリギリの財産が見る見るうちに目減りしていくと言うのは、必要経費と分かっていても胃に悪い。

 九郎の心配をよそに、隣で歩いているベルフラムは、夕時の買い物客で賑わう通りを物珍しそうに見ている。


「クロウっ! 今日の夕飯何食べよっか?」


 なんとものんきな少女の言葉に九郎は苦笑しつつも、そうだなと返し、通りを見渡す。

 心配事は尽きないが、多少ネガティブになっていても九郎の元々の思考は、超の着くほど楽観的だ。

 丁度目に留まった漏れ出る灯りと漂ってくる香りに、引き寄せられるように、一軒の飯屋のような場所に目を付ける。


「あそこで飯でも食ってくか?」


 ベルフラムは九郎が指さした方向を見て、元気よく頷いた。

 多分どこを指さしても今の彼女は頷くだろう。そんな感想を舌で転がし、九郎達は一件の店の扉を潜る。


 その店は屋台と店舗が一緒になったような、所謂 いわゆる下町のオープンカフェと言った感じだ。高円寺辺りで良く見かけた気がする。

 店舗の中だけでは納まらないのか、通路に簡素なテーブルと椅子を出し、賑やかな夕餉の風景が広がっていた。

 漂ってくる何とも言えない良い匂いに喉をならして九郎が扉を開くと、


「いらっしゃい! 見ない顔だね? 兄妹かい?」


 威勢の良い声と共に30を過ぎぐらいの年齢の女性が出迎えてくれた。

 九郎は会釈を返しつつ中を覗き込む。

 店の中は、既に客で溢れかえっているようで、とても座ることが出来そうにも無い。


「すまないねえ。外になっちまうがいいかい?」


 九郎の後ろから店を覗き込むように見た女性が、九郎に声を掛ける。


「ベル、外でも良いか?」

「大丈夫よ。でも後でもう一回お風呂に入らせてね?」


 ベルフラムが強請ねだるように九郎を見上げながら元気よく答えた。

 かなり気に入ったみたいだな――と九郎は苦笑を返しつつ、再び冷水浴をする自分を思い浮かべて、顔を引きつらせる。

 店の外の簡素な椅子に二人で腰かけると、早速先程の女性が注文を取りに来た。


「何にする? 今日のお勧めはバレットラビットの煮込みだね。あとパンも今焼いたのがあがってるよ。後はソードフィッシュの焼いたのとかがお勧めかな」


 パンは分かるが、その他の名前は聞いたことも無い魚の名前と、九郎と良い勝負を繰り広げた兎の魔物の名前。九郎は困惑しつつも「じゃあそれで」と返す。どのみち分からないのであれば、おススメを選ぶのが正解だろう。

 外での食事ばかりだった九郎だが、そもそもの意味が違う。外食は初めての経験であり、何が舌に合うかも分かっていない。

 もともと好き嫌いなど全く無いので、言われたままに注文し、ふとベルフラムに視線を向ける。

 九郎は好き嫌いしないタイプだが、ベルフラムは味に文句を言っていた記憶がある。


「何? 良い匂いね……昼にあんなに食べたのにもうお腹が鳴っちゃいそう」


 九郎の視線にベルフラムは腹を押さえて恥ずかしそうに笑っていた。

 杞憂だったと九郎は苦笑を返しながら、「俺もだよ」と答える。

 飢餓の極致にまで追い込まれた今の彼女に、好き嫌いの心配など無用に思えた。

 それこそミミズも蛇も、地面を這い回る虫ですら口にして来たのだ。

 今更味で文句を言うとも考えられない。

 屋敷でもベルフラムは何でも「美味しいね」と笑顔だった記憶がある。


(不死でも腹は減るんだ……。生きてりゃ当然だよな……)


 九郎は悩みに委縮した自分の胃に、心の中で愚痴を吐き出した。


 暫く待つと、テーブルに焼きたてのパンが運ばれてくる。

 小麦のパンとは違うのか、仄かに甘い香りと、黄色がかった平べったいパンだ。

 食べてみるとほんのりと甘く、玉蜀黍とうもろこしの様な味がする。


「このパン美味しいっ! 屋敷で食べてたものより私は好きかもっ!」


 パンに齧り付きながらベルフラムが喜色ばんだ声を出す。


「おやおや、うれしい事いってくれんね、お嬢ちゃん。身なりからすると薄汚れちゃあいるが、結構良い所の出じゃねえのか?」


 焼いた魚とシチューの様な物を運びながら男がやって来る。

 どうやらこの店の店主の様だ。


「うん! 屋敷で出てくる白いパンよりこっちのが美味しい!」

「おいおい、白パンなんか食ってたんか? よっぽど良い所の育ちなんだな。普通食えても黒パンが精々だぜ?うちのは小麦なんか一かけらも使っちゃいねえのに、そうかそうか、白パンよりうめえか?」


 店の店主はベルフラムの言葉に気を良くしたのか、一枚多めにパンを皿に乗せてくれた。

 九郎は店主に礼をいいつつ、食事の代金を支払う。

 どうやら食事と引き換えに金を払うのがこの辺りの習慣らしい。食い逃げも往々にしてありそうな環境だけに、それも納得できるシステムだ。


 値段は二人で銀貨1枚と思ったより安い事に九郎は笑みを浮かべる。

 ――これで旨かったら常連になろう……そう思いながらベルフラムと二人で湯気の立ち上るシチューに匙を入れる。

 シチューはトマト味をベースとした少しピリ辛な味で、何とも後を引く。

 この地方の気候や作物から考えるに、九郎が今いるこのレミウスは、地球で言うならアメリカ大陸の高地と言った感じだ。

 食事の味付けの主な物は塩と香草と唐辛子のようなもの。

 他にはトマト――色は黄色と九郎が良く知るトマトでは無かったが――や、ジャガイモ――こちらも九郎が知るものよりもずっと種類があり、色も紫や赤など他種に及ぶ――など、九郎が考えていた中世ヨーロッパの料理とは少し違った物だ。


(さっき市場で見かけた色んな色が混ざった玉蜀黍みてえなのは、やっぱ玉蜀黍であってたんか……)


 キラキラと輝く宝石の様な玉蜀黍を思い出し、九郎は異世界に来た事を実感する。

 元いた世界にも同じような玉蜀黍があることなど、九郎は知らない。

 地球の事ですら、殆んど何も知らない九郎にとって、今の日々の生活は驚きの連続であり、目の前に広がる全てが目新しかった。


 そしてそれはずっと広い屋敷の中、孤独に過ごしていた目の前の少女も同じなのだろう。 

 ベルフラムは玉蜀黍のパンが気に入ったのか、「美味しいね」と繰り返し笑顔を向けてきていた。

 その笑顔に九郎も同意を示し、料理を口に運ぶ。

 冬の寒空なのになんだかとても気持ちが暖かな感じがして、通りに行き交う人を眺めながら九郎は眼を細める。

 悩みは尽きず、また不安も多々積み上がってはいたが、笑顔が溢れる食事風景に少し心が軽くなった気がした。


「ベル、こういうのはな、パンに付けて食うと更にうめえんだ」

「もう……行儀悪いわね……。美味しい!」

「行儀も何も店ン中見て見ろよ? 皆やってんぜ……って反応早えよっ!」


 冬の寒さも吹き飛ぶような温かな団欒。

 二人のつつましやかな晩餐は、次の瞬間聞こえた大きな音と怒鳴り声で静かになる。


「また来やがったのか、糞ガキどもがっ!」


 九郎達が意識を向ける中、隣の店から男の怒鳴り声と共に何かが飛び出してきていた。


「店が臭くなっから来るんじゃねえって言っただろうがっ!」


 大柄な男は、飛びだして来た何かを蹴りつけると声を荒げる。

 大きな声に、ベルフラムが少し身を竦ませていた。

 九郎の顔が険しくなる。

 隣の店から蹴り出されて飛び出てきたのは2人の小さな子供だったからだ。


「浮浪児どもめ……また性懲りも無くこの辺をうろつきやがって……」


 お代わりの注文を取りに来たのか、店の店主が苦虫を噛み潰した様な顔で呟く。


「浮浪児?」


 ベルフラムが店主にオウム返しに聞き返すと、店主は苦々しい顔のまま二人の子供を一瞥し、忌々しげに言葉を吐き捨てた。


「ああ……親に捨てられたり、親がおっんじまった子供らさ。この街には人さらいは居ねえが、代わりにああ言ったガキどもがいるのさ。大体は冬を越せねえで死んじまうからそこまで数は増えねえけどな」


 汚いものを見るような目。およそ子供に向けるにはそぐわない物言い。

 今迄口にして来た食事の味が、一瞬にして無味に変わるような錯覚を覚え、九郎は眉を落としていた。


「おらっ! ガキども!! こっちに来んじゃねえぞっ!」


 2人の浮浪児達は呆然と隣の店を見ていたが、やがて立ち上がると九郎達のテーブルへと近寄って来る。

 店主が声を荒げて子供らを威嚇するが、子供達はのろのろとした足取りで九郎達のテーブルに近寄って来ると、涙ながらに訴えてくる。


「もう3日も何も食べて無いんです。旦那様……どうかお恵みを……」


 ひざまずいて懇願する子供たちに九郎は言葉を失う。

 穴の中を彷徨っていた頃のベルフラムと同じように、骨と皮だけの細い手足。

 裸足の足はすりきれ、あかぎれが滲んでいる。ぼさぼさの髪に薄汚れた布きれを体に巻きつけただけの子供の姿に、九郎の顔は強張っていた。


 元いた世界でも、飢餓や貧困の地域は数多く有ることは知っていた。

 ただ知っていても、聞くのと目にするのでは心に来る重さは雲泥の差があった。

 安全で平和な日本に育った九郎には直視することも出来ないほどの凄惨な有様。


「おらっ来んじゃねえって言ってんだろが! 蹴っ飛ばされてえ――」


 それはもう、店主がもう一度大声で怒鳴りつけようとするのを、ただ傍観していられるような物では無かった。


「待ちなさいっ!!!」「待ってくれ!!!」


 店主が足を振り上げたその時、九郎とベルフラムが同時に叫んでいた。

 九郎の声と言うより、およそ子供の声とは思えない、ベルフラムの凛とした響きに、店主はそのままの格好で固まる。

 ベルフラムは店主の事など気にも留めず、子供たちを手招きすると椅子に座るように促した。


「おっちゃん、これで買えるだけパンをくれ」


 その様子に目を細めた九郎は、店主に銀貨を投げ渡す。

 一枚で10グラハム。パン10枚分の貨幣に、店主は驚いた顔を浮かべる。

 それを気にせず、九郎はベルフラムを抱き上げ膝に乗せた。

 もとから小さな木のテーブルと、一人で埋まってしまうような木のベンチ。子供達二人が腰かけるとなると、それだけで一杯になる。


「何よ?!?」

「いやぁ、ベルは優しい子だなあ……と。」


 怪訝そうに眉を顰めたベルフラムに、九郎は満面の笑みで答えて九郎は彼女の頭を撫で繰り回す。


「だって………飢える辛さは……私も良く知ってるもの………ほら、あなたたち! 食べていいわよ」


 飢餓の中の行軍を思い出したのか、ベルフラムは不思議な表情を浮かべた後、照れた様子を隠すように、強めの口調でテーブルの料理を子供達に押しやっていた。

 子供たちは戸惑いながらも料理に手を伸ばすと、飢えた獣の様に料理を貪り始める。


「その場凌ぎで餌を与えたところで、3日もすりゃあ、また元の姿に戻っちまうってのに……」


 店の奥から店主がパンを持って、戻って来る。

 10枚のパンを受け取るりながら、九郎はそのセリフに顔を曇らす。


(確かに、このままの様子だと直ぐに元に戻っちまうんか……。何とかしてやりてえが……)


 九郎が苦渋に満ちた表情をしていると、ベルフラムが子供たちにパンを手渡しながら、九郎を見上げる。


「クロウ、あなたの考えている事当ててあげましょうか?」


 ベルフラムは薄く笑ってそう言うと、パンをかじっている子供に向き直り、


「あなたたちはこれから私の屋敷に来なさい。あなた達の身はこのベルフラムが引き受けます。どの道、誰か雇わないと屋敷の掃除もままならないと思っていたもの……。それに、お父様の息の掛かっていない者の方が私も気兼ねしないし……これで良いわよね? クロウ?」


 有無を言わさぬ勢いで子供達を引き取ると宣言して、少女とは思えない淑やかな笑みを九郎に向けた。

 ベルフラムの笑みに面食らった九郎は照れ隠しの様に、ベルフラムの頭を乱暴に撫でつけた。


☠ ☠ ☠


「ちょっとクロウ! 私は大丈夫だから降ろしてよっ!」

「ぬははははははは! 痛くも痒くもないわっ!!」


 食事を終えた九郎は、荷物と共にベルフラムと二人の浮浪児を担ぎ上げ、屋敷に戻る。

 ベルフラムを肩車し、浮浪児二人と荷物を抱えた九郎の姿はなんとも珍妙な格好だ。

 夜道に行き交う人の注目を集めながら、ベルフラムは恥ずかしそうに、九郎の頭を叩く。

 先程のベルフラムの言葉に言いようもなく感動した九郎は、とりあえずベルフラムをねぎらっているつもりだ。


「恥ずかしい思いをするのはクロウだけで十分じゃない……」

「んなこと言うなら少しは恥じらいってやつを覚えやがれや……」


 屋敷に戻るなりドレスを脱ぎ始めるベルフラムに九郎が半眼で返す。


「でも、早くこの子たちを綺麗にしないと寝る時大変じゃない……」


 口を尖らせながらベルフラムが九郎を浴室へ押しやる。

 何も詳しい事を聞かされずに連れてこられた浮浪児たちはどうしてよいのか分からない様子で戸惑いの表情を浮かべている。


「ベル、真っ暗だー! 灯りをくれー」


 浴室から九郎が叫ぶとベルフラムは杖を片手に浴室に入り灯りの魔法を唱える。


「うっわ……寒そう……」


 浴室に広がる冷え冷えとした光景にベルフラムは感想を述べる。

 一緒に付いてきた浮浪児たちは、これからこの水で体を洗われるのかと、怯えている。


「今からここに飛び込むのは、俺なんだがよ…………」


 九郎はぼやきながらも、期待に満ちた目を向けるベルフラムと、不安な様子の浮浪児達の目に度胸を決めて、服を脱ぎ全裸になると、体を炎に『変質』させる。


「クロウって体もこんなになるのね……」

「男の裸をまじまじと見るもんじゃねえっ!」


 赤く発光し出した九郎にベルフラムは興味深げだ。

 ベルフラムの遠慮のない視線から逃げるように、九郎は意を決して勢いよく浴槽に飛び込む。


「うぉほおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 奇声をあげながら九郎が水に体を沈めると、数分で浴槽から蒸気が溢れてくる。

 冬の夜空の下、霞が掛かったように浴槽が変化し始めると、少しずつ部屋の温度が上昇して来る。


「そろそろいいかしら……」


 浴槽を混ぜながら、冷たい水を九郎に押しやっていたベルフラムが、二人の浮浪児の着ていたぼろ布を剥ぎ取り浴槽に手招きする。


「あら、この子達二人とも女の子だわ……」

「いよいよ言い訳できねえ状況になってきやがった……」


 ベルフラムのセリフに九郎は静かに浴槽に沈んで行った。

 冬の水の冷たさよりも、冷たい汗が九郎の背中に伝っていた。


☠ ☠ ☠


「あ~生き返るわあ……」

「お前は何処のおっさんだ」


 ベルフラムがお湯を浮浪児達の髪に掛けながら声を出す。

 九郎が浮浪児二人の髪を洗いながら、ベルフラムに言いやる。


 最初、ベルフラム同様おっかなびっくりに浴槽に入って来た浮浪児達だったが、寒空の中から湯の暖かな環境の変化に今は呆けた様子で九郎とベルフラムにされるがまま、頭を洗われている。

 九郎の方も3人の女児に囲まれていよいよ吹っ切れたのか、「何だかいきなり3人の子持ちになったみてえだ……」と感想を漏らしながらも浮浪児の髪を洗う。


「私も数に入れないでよっ!!!」


 ベルフラムが九郎を指さしながら苦情を言うが、九郎も気にせず浮浪児達の髪を湯に溶かす。


「はうあ~……」


 浮浪児の一人が漏れ出すような声を出したのを、ベルフラムが楽しそうに指さしながら九郎に笑みを向ける。


「ん? この子頭に耳があるぞ?」


 浮浪児姉妹の妹の髪を洗っていた九郎が、髪に混じった奇妙な感触に驚く。


「え? あら……この子もだわ。珍しいわね獣人なんてこの辺りではめったに見かけないのに……」


 姉の方の髪を解かしていたベルフラムも声を上げる。

 浮浪児の姉妹には、人間の耳より少し上側に犬の様な耳が付いていた。頭を洗っていたのに今まで気付かなかったのはその耳が、垂れて髪の毛に紛れていたからだ。


「獣人?」


 聞きなれない単語に九郎がベルフラムに問う。

 なんでもこの国より南の地方には、人と獣が合わさったような人種がいるらしい。

 異世界に来た事をしみじみ感じながら、九郎が物珍しそうに浮浪児達の耳をさわる。くすぐったいのか、ピクピクと動く。


「この国でも冒険者としてたまに見る事はあるんだけど……貴族の社会では余り良く思われていないのよね……」

「ベルもあんまり良く思ってねえのか?」


 ベルフラムが少し苦い表情をするのに気付いた九郎は、ベルフラムに再度尋ねる。


「私はどうも思わないわ。どんな人種でもどんな身分でも……私を見てはくれなかったもの……」


 ベルフラムは首を横に振って、寂しい言葉で差別心を否定した後、あわてて「クロウは別よ?」と笑顔を向けてきた。

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