第031話  『来訪者』


「って言うかベル。お前『俺のモノになった』て言ってる割りにゃあ、俺のいう事は聞かねえよな……」


 ベルフラムに全面降伏した九郎は、足を崩しながら、悔し紛れにベルフラムに言葉を投げかける。

 九郎自身、ベルフラムを貰ったとは思ってはいないが、何となく大人の誇りを少しでも回復させたいが為のセリフだ。


「当然じゃない。私は私の意思で、クロウに『私の体をあげた』けど、心はまだ私のモノだもの。で? クロウがやんなきゃいけない事って何なのよ?」


 ベルフラムはそんな九郎の思惑を知ってか知らずか、満足したように九郎の前に座る。


「あ、ああ。俺はその心を集めなきゃいけねえんだ……」

「心?」


 ベルフラムが言った言葉がある意味、九郎の『受け取らないといけないモノ』のような気がして九郎は答える。


「なんつーか『真実の愛』ってやつを10人分受け取らなきゃいけねえって言うか……」


『真実の愛』を受け取る――言葉にしてもなんだかあやふやな……形の無いモノをどうやって受け取るのか……頭では、相手に惚れに惚れられて身も心も差し出される位のべた惚れになったらいいのか? とは考えていたが――。

 しかし、いざ言葉にして言ってみると、それも違う気がする。

 この考えでは、そも、ストーカーであってもその愛は『真実の愛』と成り得てしまうのではないか。

 九郎はベルフラムに言いながらも、頭の中がこんがらがる様な、思考の袋小路に迷い込む。


「真実の愛? 何よソレ?」


 そんな九郎自身が分かって無い――さらに言えば発注元の天使と死神、ソリストネとグレアモルすら、良く分かってはいない――モノを、11歳の少女が分かる筈も無い。

 ベルフラムもキョトンとした顔で疑問符を浮かべている。


「それを考えてんだよっ!! つーかベルは『好意』とか『愛』とか理解できんのかよ?」


 ベルフラムの年では『好意』は解っていても、『愛』は分かる筈も無い。

 そう尋ねた九郎に、ベルフラムは少し考え込んで笑顔で答える。


「お魚は好きだわ。あと最近はお肉も! あ、でも一番はクロウの汁!」


 それは『好意』では無く、『好物』だっ! ――九郎は目元を抑えながら天を仰ぐ。


「汁とか言うなっ! つーかそう言うんじゃなくて……ベルに好きな男友達とかいねーのかよ?」


 ベルフラムも子供と言っても11歳だ。『愛』は解らなくても、『恋』くらいしたことが有るのでは? と九郎が尋ねる。

 11歳。小学校高学年にもなれば、クラスの女子は集まってそう言った話に花を咲かせるものだ。特にこう言った『恋の話』は、女子の方が早熟であったように記憶している。


「男友達? 私に友達なんていないわよ?」

「な? 今まで一人もいないのかよ?」


 しかしベルフラムは、『恋の話』どころか友達すらいないと、あっけらかんと言い放つ。

 流石に九郎も慌てた様子で聞き返す。


「?? そうよ、私の身の周りには家臣しかいないもの。男の人自体、お父様とクラインとあとは衛視や兵士しか近くに居なかったもの」

「学校とか行って無いのかよ?」

「先生は居るわよ? でも、もう魔術の先生以外とは会って無いわね……」


 この大人ばかりの屋敷で唯一人の子供――。ベルフラムが事無げに答えたセリフに、九郎は何か歪んだ世界を垣間見た気がした。

 考えてみれば、ベルフラムは屋敷で九郎以外の者達には、えらく大人びた態度を取っていたように九郎は感じられた。


「……って話になんねーじゃねーか! 当然『愛』も分かんねえだろっ!?」

「……『愛』なら知ってるわよ……」

「なんで『好意』が解らなくて『愛』が分かるんだよっ!?」


 そんな状況なら『恋』も『愛』も解らないだろうと、九郎が投げやりに尋ねるとベルフラムは少し顔を赤くしながら九郎に答える。

『好意』が解らず『愛』は解ると言う、何とも不思議な答えに九郎はさらに混乱する。


「あれでしょ? 男の人と女の人が裸で抱き合って子供が出来るやつでしょ?」


 ベルフラムが目線を泳がせながら、真っ赤な顔で答える。


「なんでそこだけなんだよっ! それが『愛』って訳じゃねーよ!」


 それが『愛』の結果であっても、その行為が『愛』とは言わない。


「違わないでしょっ! だって『愛し合って子供が生まれる』って本に書いてあるもの! 私ちゃんと勉強してるもん!」

「その文に間違いが有る訳じゃねえけど、色々間違ってるよ! どんな本で勉強したんだっ! お前は!」


 九郎は思わず叫んでしまう。その論理で言えば、売春行為も『愛』になる。

 しかしベルフラムは、真っ赤な顔で九郎に言いかえす。

 怒っているのか照れているのか解らないが……。


「こんな本よ!」


 髪の色と変わらない赤い顔で、ベルフラムは先程読んでいた本を九郎に突き付けていた。


「……………おふ……………」

「どう? ちゃんとそう書いてあるでしょ? ほら、絵だって乗ってるもの」


 ベルフラムに渡された本を見て、九郎は頭を抱える。

 見たことも無い文字だったが、九郎には読むことは出来た。死んだ時にソリストネとグレアモルに出会った時と同じように、知らない文字だが頭の中に入ってくる。

 パラパラとページを捲ると、その本は何かの叙事詩の様だった。

 内容は、どこかの勇者が囚われの姫を助けて国を作る話の様だ。

 勇者は、姫を助けて結ばれて、子供を作って、めでたしめでたしで終わっている。

 流し読みで本を読み終えた九郎は、その本を床に叩きつけると明後日あさっての方向に向かって叫ぶ。


「親御さ~ん! クラインさ~ん! ベルの情操教育間違ってますよ~! ってなんでお前はエロ本で知識を得てんだよっ!」


 その本は、さわりくらいの文章で勇者の活躍が書かれており、殆んどが勇者と姫がどのように子供を作ったかに割かれていた。それも事細かに。

 そこには互いの感情などを取っ払った、男女の『愛し方』が描かれていたのだ。

 叩きつけられた本がパラパラ捲れ、一つの挿絵のページで止まる。

 裸の男女が抱き合い、繋がっていた。


「……だって私『好き』とか関係ないし……。結婚はお父様が決めるモノだってクラインも言ってるし、私はどうやったら子供が出来るか知っておけば良いって……」


 九郎の呆れ顔を見て、ベルフラムは悲しそうに俯く。

 貴族の姫君であるベルフラムにとって、結婚は親であるアルフラム公爵が決める事であって、ベルフラムに選択権などはなから無いのだ。だから、『好き』と言う感情など不要で、『愛し方』さえ知っておけば何ら問題無いのだと、ベルフラムは九郎に説明する。


「でもクロウもなんでそんなに沢山『真実の愛』を受け取らなきゃいけないのよ? そんなに子供が沢山欲しいの?。」


 ベルフラムの話を聞いて、苦しそうな表情をした九郎に、ベルフラムは気にした様子も見せずに九郎に尋ねる。


「いやぁ……なんつーか集めて来いって言われて……」

「誰によ? 部族の族長とか?」

「何でお前は偶に俺を部族とか言うんだ? ……まあ、神様みたいな奴らに……」


 九郎は、白い4枚の翼を持った歯車――ソリストネと、老婆と少女の顔を半分で分けた姿の死神――グレアモルの姿を思い出しながら言葉を濁す。

 しかし九郎は自分の良く分からない説明に首を傾げて言った、ベルフラムの次の言葉に目を瞠った。


「神様? なんだか『神の指針クエスト』みたいね?」

「え? ベル、お前『神の指針クエスト』知ってんのかよ?」


 九郎は思わずベルフラムの肩を掴む。


――『神の指針クエスト』――

 この世界に転移して来た九郎が成さなければならない、神様からの発注書。

 この『神の指針クエスト』の事を知っているという事は、ベルフラムも転移して来たのだろうか?

 そう考え、九郎は焦った様子でベルフラムを問いただす。


「え? 本当に『神の指針クエスト』なの? じゃあクロウってば『来訪者』なの?」


 九郎の焦りとは対照的に、ベルフラムは瞳を輝かせて新たな単語を口にする。


「『来訪者』ってなんだよ?」

「この世界とは別の世界から来た人々の事よ。全員、神様からの何らかの『神の指針クエスト』を受けてこの世界にやって来たとされているわ。本当なの?」


 目をキラキラとさせながら、『来訪者』の説明をするベルフラム。

 確かに転移してくる前の部屋で、沢山の者たちがこの世界に来ている事は、ソリストネらにも言われていた。

 転移する際にも九郎は、自分が72番目の転移者だと告げられた気がする。


「まじか……。結構有名なんか? その『来訪者』ってのは?」

「有名も有名、すごく有名よ! 東の勇者も、南の国の初代王様も『来訪者』だって伝説もあるのよ? で、どうなの?」


 九郎が驚きながら尋ねた言葉に、ベルフラムは夢見がちな様子で答える。

 その表情は、同じ転移者と言うより、憧れの有名人の存在を話すファンの様だ。

 そのベルフラムの表情から、ベルフラム自身が転移者では? と言った予測は小さくなる。


「あ、う~ん……。多分それだわ……。俺も『来訪者』って奴だ」


 九郎がベルフラムの言う『来訪者』であることは間違い無いだろう。

 九郎はこの世界、アクゼリートに転移して来た者だ。『神の指針クエスト』も受けている。

 しかし九郎は、ベルフラムが憧れているような『東の勇者』や『南の王様』の様な実力者では無い。

 何か、テレビに出たことのある一般人が、俳優やアイドルなどの有名人に間違われている様な、いたたまれない気分がして、九郎は歯切れの悪い返事を返す。


「すごいわよ、クロウ! じゃあ本当はすごく強かったのね? 『来訪者』は皆『神の力ギフト』を授けられるって言われているもの。『神の力ギフト』、まさに神の力よ! わざと隠してたの? 何か理由があるの?」

「い、いや……俺、あんまり強くねえ……」


 やはり、ベルフラムは九郎の事を伝説級の実力者だと思っているようだ。

 もちろん九郎も『神の力ギフト』は持っている。持ってはいるのだが……。

 九郎は自身の『神の力ギフト』を思い浮かべて項垂れながら答える。


「そんな訳無いじゃない! 万の軍勢を瞬時に焼き払う魔力を持ち、ドラゴンを一騎打ちで倒す伝説の力よ?」

「いや、そんな力は持ってねえ……」


九郎の持つ『神の力ギフト』――『フロウフシ』と『ヘンシツシャ』。

『フロウフシ』とは文字通り、『死なない』能力であり、『ヘンシツシャ』は九郎が受けたダメージに耐えられるように、九郎の体を『変質』させる能力である。要は、どちらも防御寄りの力であり、ベルフラムの言った『万の軍勢を瞬時に焼き払う事』も『ドラゴンを一騎打ちで倒す事』も出来ない。

 『不死』の力で『万の軍勢』にも『ドラゴン』にも殺されたりはしないのだが……。

 そして今は『フロウフシ』の『神の力ギフト』はベルフラムに知られる訳にはいかない。


「じゃあ、何かすごい魔法具を持ってたり、ものすごい価値のある物を持ってたりするの?」


 そこまでの力を持っていない事に、落胆を隠せない様子でベルフラムは畳みかけるように九郎に尋ねる。

 なんでも『来訪者』は異世界の道具――この世界ではとんでもなく価値のある物――を持っているそうだ。

 九郎も、携帯電話と言う最先端の機器をこの世界に持って来ていた――。この世界に転移した時・・・・・には。


「…………ベルと出会った時の俺の姿は?」

「…………全裸」


 ベルフラムは九郎の問いに不貞腐れるかのように俯く。


「じゃ、じゃあクロウの『神の力ギフト』って教えてくれる? 実は凄い力だったりするかも知れないし……」


 確かに九郎自身はショボイ能力と思っていても、この世界の住人であるベルフラムにとっては神の力の如き能力かも知れない。一縷の望みに縋る様に、九郎は能力を見せようと決意する。


「ああ……。じゃあ、暖炉のある部屋にでも行くか……」

「どうして? 外に出なくてもいいの? 街が吹き飛びでもしたら大事よ?」

「そんなに強力な技持ってねえよっ!」


 未だベルフラムは勘違いしているのか、そんな言葉に九郎はなんだか申し訳ない気がしていた。


☠ ☠ ☠


 暖炉の近くに積み上げられている薪を手に取り、九郎が薪に火を付ける。

 九郎の第2の必殺技『焼け木杭チャードパイル』。

 手を炎に『変質』させる技。火力の方は、『弾丸兎バレットラビット』と言うこの辺りで一番弱い兎の魔物を、倒すことが出来る。と言うより、九郎にはそれしか倒した経験が無い。

 九郎自身もその火力に多大な信頼を置くことは出来ず、もっぱら薪の火付けに使用している。


「『点火インセディウム』の魔法ね……」


 ベルフラムは半眼で九郎の第2の必殺技を見て、小さく溜息を吐き出していた。

 どうやらベルフラムも使える、火の魔法の初級技らしい。


「あ、ああ……後、一応毒も出せる……」


 九郎は一応、毒にも変質させることが出来る。こと、毒ダメージに関しては九郎は、かなりの種類の毒をこの世界に来た当初に受けている。多分九郎は大概の毒に耐性を得ていると考えられる。

 現在使い道も思い浮かばずに放置している状態だが。

 今迄の九郎の戦闘の殆んどが狩りであり、せっかく毒が無いかもしれないのに、あえて肉を毒塗れにしようなどとは思わなかった所為である。


「暗殺者でも目指してるの?」

「ちげーよっ! 俺は『真実の愛』を集めるために、英雄になんなきゃいけねえんだよっ!」


 ベルフラムの物騒なセリフに、九郎は居た堪れない気持ちを必死に誤魔化す。


 九郎も当初はこの様な『神の力ギフト』を得るつもりは無かった。

  一番強く頭に思い描いた能力を与える――そうソリストネに告げられて、最強の力を得る筈だった。

 しかし何の因果かタイミング悪く思い出されたのは、九郎がこの世界に来ることになった原因――元彼女が、浮気現場を誤魔化す為に九郎に言い放った辛辣な言葉『変質者』。結果として九郎の『神の力ギフト』は『ヘンシツシャ』。

 九郎も冗談だと思いたい。


「……これだけ?」

「後は………水とか、小さな物を体の何処かに溜めとける位か?」


 殊更ことさらがっかりとした顔でベルフラムに尋ねられて、九郎は申し訳なさそうに答える。


「……それでクロウの指から、甘い汁とか水が出るのね……」

「……汁とか言うなや……。こんな所だな……。まあ、なんかスマン……」


 何か、変な期待を持たせたようで、悪くも無いのにすごく悪い気がして、九郎はベルフラムに謝る。


「大丈夫よ……どんなに弱くったってクロウは私の英雄だもの……」


 ベルフラムは、悲しそうな顔を必死で隠すように九郎に引きつった笑みを見せ、子供をあやすように九郎の頭を抱いた。

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