第030話 ロリの国
王国歴1467年 新黒の月 16日
「………なあ、ベル」
九郎はベッドに寝転がって本を読んでいるベルフラムに声を投げかける。
アルバトーゼの街に着いて18日。
九郎が昏睡状態から目覚めてから2週間が経った。
クラインがベルフラムの「私はクロウのモノ」宣言を保留とし、ベルフラムの親であるアルフラム公と相談しなければ、と言った。
しかし、そのアルフラム公は『
ベルフラムは、気にすることは無いと言っていたが、九郎にとっては他人の家で2週間も過ごしているのだ。
なんとも居心地の悪い気分になる。
九郎とて、何もせずに食事だけ貰っている現状を良しとはできず、クラインやメイド達に手伝いを申し出たのだが、クラインは執務の性質上、部外者を入れる訳にはいかず、またメイドも自分の仕事を他者に、それもベルフラムの恩人にさせる訳にもいかず、結局九郎は何もすることもないまま時を過ごしていた。
「なあに? クロウ」
ベルフラムは本から視線を外さずに、九郎に尋ねる。
この場所はクラインから九郎に与えられた屋敷の隅の一室である。
当初、この屋敷に九郎が運ばれた時は、ベルフラムの部屋に運ばれたと聞いて、九郎は青くなった。
その期間、ベルフラムは何処で寝ていたのか? との疑問を九郎はクラインの剣呑な視線で飲み込んでいる。
ただでさえベルフラムの危ない言動によって、九郎はクラインには危険視されているのだ。
自分は
しかし、当のベルフラムは、何かにつけて九郎の部屋に入り浸っている。
この2週間、屋敷を見ていると、ベルフラム以外全ての使用人が大人で、ベルフラムはいつも一人だったのかも知れない。
ベルフラムを迎えに来た時、滂沱の涙を流したクラインにさえ、ベルフラムは壁を作っているようにも見える。
寂しいのかも知れないな――と、そういう思いも有り、九郎は余りベルフラムを邪険にもできずにいた。
「俺いつまでココにいんの?」
「いつまででもよ? どうしたの?」
しかし、そう言っても2週間も何もせずに呑兵衛だらりと過ごしていると、焦りも出てくる。
九郎にはやらなければいけない、『
「いや、俺にもしなきゃいけねえ事が有ってだな……」
「すれば良いじゃない? 何をしないといけないの?」
一度死んで――と言うか死ぬ直前に――この世界、アクゼリートに転移する時に言い渡された『
『真実の愛を10人分受け取る』こと――この不確かで不明瞭な難題を九郎はクリアしなければならない。
しかし、11歳になったばかりのベルフラムに『真実の愛』など分かるはずも無いと思い、九郎は口ごもる。
「う、あ、えーっと……」
「何よ?」
「あのだな……お子様に言っても分かんねえって言うか……」
「クロウ! 何度言ったらわかるのよっ! 私を子供扱いしないでっ!」
本から目線を外し、ベルフラムが頬を膨らます。
「いや、そうは言ってもだな……」
「何よっ! 気になるじゃないっ! 言いなさいよ!」
なおも言いよどむ九郎に、ベルフラムは眉を吊り上げて九郎に詰め寄ってくる。
「いや、せめてもう少し大人になってからだな……こう言う話はだな……」
そう言いながら九郎はベルフラムを見る。
赤い髪を肩の長さで切りそろえ、緋色のドレスを着たベルフラムは、後5年も経てば、言い寄る男など履いて捨てるほど出来るだろう、かなりの美少女だ。
しかし、緑色の瞳を目いっぱい見開いて詰め寄ってくる仕草は子供そのもので、『愛』だの何だのと、男女のアレコレを説明するには気が引ける。
そう思い、九郎が言葉を言い淀んでいると、ベルフラムが胸を張りながら九郎に言いやる。
「クロウ! 私はもう子供じゃないわ! 来年になれば結婚だってできるのよ!?」
「は?お前まだ11歳だったよな? 何嘘ついてんだよっ!」
日本で考えればベルフラムは小学5年生だ。結婚できる歳が12歳だなんて、とても信じられない。
「嘘じゃないわよっ! この国では成人は15歳からだけど、女は子供が産めるようになったら結婚するのに問題ないもの」
「いやいやいやいや! 問題有るだろっ!」
なんともぶっ飛んだ考えに九郎は大声を上げる。
(子供が産めれば結婚できる? んな、産む機械みたいな発想で誰も文句も言わねえのかよっ!?)
異世界に来たのだから法律や倫理が違うかもとは、九郎も考えていたが、あまりの言い分に眩暈がする。
そんな九郎にベルフラムはさらに続ける。
「私だってクロウに会って無ければ、今年の誕生日には許嫁が決められて来年には結婚する予定だったのよ?」
「はあっ? オカシイだろっ?! だってお前まだちんちくりんじゃん? ロリコンだらけかっ、この国はっ!?」
「ちんちくりんじゃないわよっ! もう少ししたら胸も成長するもん! お母様は小さかったらしいから、私も、がんばんないとダメだろうとは思うのだけど……」
ベルフラムの発言に思わず口走った九郎のセリフ。
別段九郎も、女性の躰の大きい小さいにそこまでこだわりが有る訳では無いが、それでもベルフラムの凹凸の無い体型に欲情するとは思えない。それよりも、年端の行かない少女にアレコレしようとする事に忌避感を覚える。
そういう思いで九郎が放った言葉は、ベルフラムには体の凹凸に関する言葉だととらえた様だ。
自分の両胸に手を当て少しふさぎ込むベルフラム。
母親の話が出て、九郎はふと疑問に思いベルフラムに尋ねる。
考えれば、娘が40日以上も行方不明だったのに母親も姿を見せていない。父親も姿を見せては居ないが、それは仕事の関係上仕方のない部分もあるのだろう。
――それに納得が出来るかは置いておくとしても。
「そーいやベルの母ちゃんは、何処にいんだ? 親父さんは仕事で忙しいってのは、クラインさんから聞いてっけどよ?」
「…………お母様は……もういないわ……私が3歳の時に病で……」
「……スマン。悪い事を聞いちまった……」
ベルフラムは
何気なく聞いた一言が地雷をぶち抜いた事に、九郎は直ぐに謝罪する。
「いいわよ。もうずいぶん昔の話だし……それより、クロウの『やらないといけない事』ってなんなのよ? 誤魔化そうったって無駄よ?」
しかし、当のベルフラムは余り気にした様子も無く、再び九郎に詰め寄る。
小さい頃に亡くなった為、面影くらいしか覚えてないのかも知れない。
「いや、お前に言っても分かんねえって言うか、俺も良く分かってねえんだよなあ……」
「なによ、クロウも分からないんだったら相談しなさいよ。あなたって、全然何にも知らないじゃない。私の方がきっと分かるわ」
ベルフラムの言い分ももっともなのだが、それでも小さな子供に話す内容では無い様な気がして、九郎は「しかし……」と言い淀む。
業を煮やしたのか、ベルフラムは九郎の目の前に座り、覗き込むように九郎を見詰める。
「……クラインに言うわよ」
半眼で九郎を睨みながらベルフラムが口にした言葉に、九郎は覚えも無いのに焦りを感じる。
クライン――今、九郎がこの屋敷で一番苦手としているベルフラムの執事。
「は? 何をだよ?! 言われて疾しい事なんか、何もねーぞ? 誤解もちゃんと……いや、多少まだ疑われているかもだけど、解いたし……。ベルが俺のアレを見慣れたってのも、仕方が無かったって納得してもらっただろ?」
「……水浴びの時、私の裸を見たことは?」
「あ、あ、あ、あれだって、ふふ不可抗力じゃねえかっ! 説明すりゃあ、き、き、きっと大丈夫だっ!」
どうやらこの少女は九郎が思っているよりも男女の
この年で、『九郎がベルフラムの裸を目撃した事』をクラインにいう事で、九郎の立場が悪くなることを分かっているようだ。
しかし九郎も、そうそうベルフラムの思惑に踊らされる訳にはいかない。
半分ほどの歳の少女に弱みなど握られたら、大人として立つ瀬がない。
九郎は動揺しながらも抵抗する。大体、あの時はベルフラムが悲鳴を上げたから、わざわざ離れていた九郎が駆け付けたのだ。ベルフラムの危機に駆けつけて責められる謂われは無い。
折れると思っていた九郎が、尚も頑なに拒むのを見て、ベルフラムは少し悔しそうに俯く。
(そうそう大人の俺がガキんちょに良いように踊らされてたまるかよっ!)
九郎は胸をなで下ろしてため息を吐く。
「……押し付けられた……」
俯いたままベルフラムが言った。
「は? なな何をだよ……」
何の事かは解らないが、解らないからこそ九郎は少し動揺する。
「……クロウのアレを」
アレとはアレの事だろう……。ベルフラムも直接的には言わないが、ベルフラムの見慣れたアレの事だろう。
「なななな何、てて、適当にフカシこいてんじゃねーぞ?
そんな犯罪じみた――と言うかモロに犯罪行為――を九郎がした覚えが無い。
覚えのない犯罪に罪を着せられる謂われは無い、とばかりに九郎は声を荒げる。
「……ミミズのお尻から出た時……」
「そ、そ、そ、それこそっ不可抗力って奴だろっっ!!」
声を荒げながらも九郎の脳裏にパトカーが走る。
『
その時にベルフラムが体の
「……顔に」
成程、九郎とベルフラムほどの身長差が有れば、そういう事も有るだろう……。
「……ぐにゃって……」
硬かったら問題だ。
「……ほっぺに」
「……くちび――」
「何なりとお聞きください」
九郎は正座し両手を床に付き頭を下げる。
九郎は全面降伏のポーズをとった。
ベルフラムが勝ち誇ったように九郎を見下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます