第013話  発癌性物質


 吹き上がる炎の中、九郎は自分の体が焼け爛れていく痛みにじっと耐えていた。

 炎は九郎を焼き焦がし、黒く炭化した指がボロッと落ちる。赤い粒子は九郎の体を全て包み込むように溢れ、九郎を再生し続けている。


(まだ慣れねえのかよっ! くそっ! 勝てないまでも、せめて一撃だけでも!)


 九郎はもはや意地になっていた。

 頭の中では解っている。こういった暴力的な輩に、下手な抵抗は逆効果だと言うことを。

 頭を抱え相手が飽きるまで耐え続けた方が、結果的には被害が少なく済む。

 喧嘩が弱い訳では無かった九郎も、本職ヤクザ相手に粋がる勇気は持っていない。実力差のある相手に下手に抵抗しようモノなら、さらに痛めつけられるのが関の山だ。それは充分分かっていた。


(せめて……一矢報いなきゃ納まんねえよなぁ!)


 しかし、それに納得できる程、九郎は大人では無かった。

 炎の中で4人の男たちをギリッと睨みつけていると小男が九郎に近寄って来る。

 小男は何か汚い物を見る目で九郎を一瞥し、吐き気を堪えるように口元を覆った。


(てめぇ……よくも婿入り前の身体に景気よく傷つけてくれたよなぁ!!)


 身体はまだ炎に慣れていない。自身の体を焼き尽くす炎の熱を、余すことなく感じようとしているかのように、肉が焼け骨の髄まで痛みを感じる。


 九郎は未だ燃え続ける自分の腕を見詰め、体が焼ける痛みに集中する。

 体中を覆う赤い粒子が密度を濃くする。

 小男は燃え続ける九郎を暫く見つめていると背を向けた。


(今だっ!!)


 ここを逃せばチャンスは無い。


「ガラァァァァアアアアアアアアアアア!!」

「ひぎゃあああああああああああああ!!」


 炎に喉を焼かれているせいで、くぐもった獣のような咆哮を上げながら九郎は小男に飛びかかる。

 皮膚はまだ燃え続けているが、中の筋肉は大分慣れた。火傷の引きつる感覚を無視して、九郎は大地を蹴る。


 完全に不意を突いた形に小男は子供の様な悲鳴を上げた。

 腹ばいに地面に倒れ伏した小男の両足にタックルした形になった九郎は、力を振り絞り小男を引き倒す。飛びかかった勢いで両足が崩れ落ちたが、気にしてはいられない。


「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 小男半狂乱になり持っていたナイフを振り回す。炎に抱きつかれた格好に成った為、小男の肌からジュッと肉の焦げた音が鳴る。

 九郎の腕や腹にナイフがかする。燃えて炭化している皮膚からは血は噴き出さず、バラバラと黒い物がこそげ落ちる。だが九郎はそれも気にしない。


 やっと捕まえた―――九郎の顔が笑みをかたどり、引きつった皮膚が僅かにあがり、その蟀谷こめかみに小男のナイフが突き刺さった。


「ふへ……ふへへへへへへへへ……」


 引きつった笑い顔とも泣き顔ともつかない顔で肩越しに九郎を見る小男に、蟀谷こめかみにナイフが突き刺さったまま、九郎は拳を振りあげ笑う。


ざっぎがらずばずばずばずばどさっきからずばずばずばずばと! おでばぎゅうりぎゃだずじゃねえづオレはきゅうりやナスじゃねえっ!」


 焼かれた喉で叫んだ声は、地獄の亡者の叫びとなって辺りに響く。

 振り下ろされた九郎の拳が小男の顔面を捉える。


「ひ ひ ひ」


 九郎の一撃か、半身の火傷の痛みか、はたまた恐怖の為か――小男は口角から泡を吹きながらクタリと意識を手放した。


(まだ安心すんじゃねえぞ俺! 次だっっっ!!)


 小男を伸した九郎は、足元の岩を拾いながら立ち上がる。両足は既に再生されている。

 体に残る炎が、再び九郎の両足を焼いているがもう九郎に痛みは無い。


でめえばどおぐがらテメエは遠くからぢぐぢぐどチクチクと! おどごならじょめんがらごいやあ男なら正面から来いやぁぁっ!!」


 九郎は持っていた岩を長身の男に向かって投げつける。


(牽制くらいにはなんだろっ! 届け! 俺の魔球『一直線』!)


 牽制のつもりで投げた子供の頭程の岩は、小男が倒される様を呆然と見ていた長身の男の顎を的確にとらえ、男は糸の切れた人形の様にドサリと崩れ落ちていた。


☠ ☠ ☠


(――――なんだあれは………)


 ガインツは目の前の光景を呆然と見ていた。


(―――何が起こったってんだ………)


 『狼の牙』において最大級の火力を誇るエイガスの魔法、『業炎の壁ウォル・フラム・フォルティス』。

 その炎に晒されれば、一匹で村一つを全滅させるほどの力を持つ『死霊レイス』すら蒸発する。

 そんな、対個人には過剰ともいえる炎の魔法をくらった化物が、炎を纏いながらペグに襲い掛かった。

 地獄の底から響くような叫び声を上げ、ペグを殴り倒した化け物は、何か振りかぶる様な格好で腕を振るった。

 離れた場所でガインツと同じく、信じられない光景を見ていたビッタスが声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 

(―――何なんだよ!! あれは!)


 ガインツの体が鉛の様に重くなる。

 ―――逃げなければ……逃げなければ不味い……!

 そう頭では認識しているのに体が思うように動かない。腕は錆びの入った鎧の如くぎこちなく、足は膝から下が無くなったかのように感覚が無い。


 迷宮に潜む魔物にも、聖職者すら恐れる『死霊レイス』にも感じる事の無かった感情。

  ――――恐怖――――

 ガインツはエイガスの方に向かってのろのろと歩く化物に、これまで味わったことの無い恐怖を感じ、動けないでいた。


 化物は、積極的に戦闘に参加していなかったガインツを驚異と看做さなかったのか、引き摺るような足取りでエイガスの方に近づいて行く。

 真っ黒な、いまだ燻り続け、煙と赤い光を纏いながら近づく化物に、エイガスは引きつった声で喚きながら尻餅をついて後退っている。

 杖を弱々しく振り回し、上ずった声で叫ぶその顔にも、恐怖がありありと浮かんでいる。腰が抜けたのか、後退る事も出来なくなったエイガスに、化物が咆哮を上げ襲い掛かる。


「デメエ゛ゴヨグボヴェブダンデガイデグデダナッッ!!」


 炎を纏った化物に襲い掛かられ、エイガスの絶叫が荒野に響いていた。

 

「なんなんだよ! ちくしょう! なんなんだよお前は!!!」


 ガインツの震える口からは、呪詛の言葉が怖気る悲鳴として漏れ出ていた。


☠ ☠ ☠


でめえごよぐぼヴェブダンデがいでぐでだなテメエよくもウェルダンで焼いてくれたなっ!」

「びぎゃあああああああああああああああああああ!」


 振りかぶって強烈な右ストレートをローブの男の見舞おうとした九郎だったが、ローブの男が振り回した杖に足を取られつんのめる。


「おっっ! おわあっっ?!?」


 虚を突かれた九郎は間抜けな声を上げる。振りぬいた右ストレートが見事に空を切り、九郎はローブの男に覆いかぶさるように倒れ込んでしまう。

 相手が女性であれば、まさに『ラッキースケベ』な体制。

 だが残念なことに九郎が覆いかぶさった相手は男で、さらにローブの男にとっては悲惨な事に、九郎は炎に包まれていた。


 たちまち燃え移った炎に転げまわりながら絶叫するローブの男。

 重度の火傷に痙攣している男を見て立ち上がった九郎は冷や汗を拭う。


(ったく! 焼かれる立場にもなれってんだ……)


 ローブの男が何とか生きている事を確認し、九郎はリーダー格と思われる禿頭へと目を向ける。

 流石はと言うべきか、禿頭は部下が伸されたと言うのに微動だにしていない。

 九郎は慎重に距離を詰めながら様子を伺う。


(今ので何とかこっちの実力を認めてくれればなぁ……。ヤクザの親分に手を上げちゃったら後々面倒臭そうだし……。でも女の子捕まってたし、それくらいは助けてえよなぁ……)


 構成員3人の小さなヤクザ屋さんでも面子は大事だろう。なんとか交渉して相手の面子を立てて、少女を救出出来ないものかと、九郎は考え始めていた。


(攻撃された奴にはしっかり攻撃し返したし、この辺で手打ちって……都合よすぎか?)


 自身が『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』で痛みに鈍感になっているからか、『フロウフシ』の『神の力ギフト』で死ぬことが無い為か。

『殺す』――と言う選択肢が、端から九郎の中で抜け落ちていた。

 数人の強面に囲まれていた時とはまた状況が変わっている。生意気そうな若造がそれなりにヤル・・・・・・・と分かれば、途端デレるのがヤクザの親分のテンプレだ。


(あのおっさんには何もされてねえしな……)


 そう考えながら九郎は禿頭に近づいて行く。


 実際の所、九郎はガインツに足を切断されていたのだが、あの激しい戦闘の最中、九郎にそれを知覚できるだけの実力は無かった。だから九郎はガインツから攻撃された事には気が付いていない。


 九郎は敵意はもう無い事を示すつもりで両手を広げて禿頭に近づく。

 禿頭は山刀を肩に担いだ状態で九郎を見下ろし動かない。その口は真一文字に結ばれ、足は何の力みも無いように見える。

 その迫力に九郎は圧倒される。禿げだからか仁王像にも見えている。


(やっぱ怖ぇぇぇ! このオッサンぜってー強キャラだって!! 100回殺されても勝てる気しねえっ!!)


 内心ビビりまくりながら、九郎は慎重に言葉を選んで口にする。


「あの~」

「なんなんだよぉ! おめえはっ!」


 ちょっとすいません、そろそろ終わりにしませんか――と言った感じで右手を前に出した九郎。

 威嚇され即座に手を引込めた九郎は、


「?????」


 いきなり変わった視界の変化に疑問符を沢山浮かべていた。


 一瞬自分の身長が急激に伸びたかと感じる錯覚。

 クルクルと回転する視覚に酔う中、遥か下に見えた禿頭が、肩に担いでいた山刀を横なぎにした体制で固まっていた。

 そして、首の無い姿勢で固まっている炎に包まれた自分の体も視界に入り――。


(ってえな!! こんにゃろう!)


 それ程痛みは感じていなかったが、九郎は思わず殴り返す。

 声を掛けただけで首を刎ねられた――それはやり過ぎではないかと憤慨していた。数秒前に自分が思い浮かべた「面倒な事になる」と言う言葉さえ、すっかり忘れている。頭と体が繋がっていなかったからだろう。


 ただ、九郎は自分を見下ろす視界に慣れてなかった為、その拳は無様によろつき、固まっている禿頭の頬を軽く叩くに留まっていた。

 ペチンと情けない音が鳴る。


「あいてっ!」


 一拍遅れて九郎の頭が地面に落ち、首と体が赤い粒子で繋がる。

 数秒後に繋がった自分の首を確かめながら、九郎は微妙な顔で禿げ頭を見下す。

 虫も殺せない威力だった九郎の拳を喰らって、なぜか禿げ頭は尻餅をついていた。

 顎の良いところに入ったのだろうか――取り留めなく考えながら、九郎は再び口を開く。


「あの~」

「ずびばぜんっっ! 勘弁してくださいっっ! 見逃してぐだざいっっっ!」


 恐る恐る声を掛けたつもりが、禿頭の口から出るのは涙声の謝罪の言葉。

 禿頭は地面に伏し、土下座に似たスタイルで、祈るように頭の上で両手を握り合わせている。

 余りに情けない姿に、先程までビビりまくっていた九郎は拍子抜けして頬を掻く。


(ぜんぜん人の話を聞かないオッサンだな……)


 禿頭は嘘の様に怯えていた。


(グロ体制無いんだったら、人の首飛ばすんじゃねーよ……)


 九郎には、ガインツが自分が『死なない』事に怯えているとは、とんと思いが至らない。最終ボスに挑んだ気概が肩透かしに終わり、何とも言えない気持ちになる。


「ですから~あので」

「ずびばぜんっっ! 命だけはっっ! 命だけはお助けをっ!」


 ただ話し合わなければ終わりにならない。

 こう言った輩とは形だけでもその場で話を終わらせなければ、後々面倒な事になる。

 話を聞こうともせず、ただ命乞いを繰り返している目の前の禿頭も、言ってみれば「出会い頭にグロ画像を見せられ腰を抜かした」ような物だと、九郎は思っている。


(アイツら伸したっつっても、やられた振りして不意打ちで一発づつ喰らわしただけだしな……)


 九郎には気絶している強面達と、もう一度戦って勝てる自信は全く無い。

 だからどうにかここで話を治めておきたい理由があった。

 それは九郎にとって、彼等が初めて目にしたこちらの世界の住人であり、「今後出会う事は無い」と言った根本的な意識が欠けていたのも関係していた。


 だから九郎は懇切丁寧に筋を通し、要求を口にする。ビビってる今の内にとの思いもある。


「あの小屋に捕まってた女の子、俺が親御さんとこ連れてって良いっすか?」

「どうぞっっ! どうぞ持って行ってくだざいっっ! だからっっ! 命ばかりはっ!」


 驚くほど簡単に九郎の要求は受け入れて貰えた。

 なんだか拍子抜けしていまう。

 これほど話が通じるのであれば、最初からそうしてくれよ――と思わなくもない。


(つっても、カタギの要求はホイホイ聞いてらんねえのかねぇ……)


 この世界ではこれが普通なのだろうかと、九郎は溜息を吐き出す。


(ファンタジー世界だろ? ゾンビとかゴーストとかグロイの一杯いそうなんだけどなぁ……)


 九郎も彼等が自分の姿に怯えた事には気付いている。

 しかし『不死』の様子を見せていても、当初は怯える様子は無かった。

 このことから考えると、自分はこの世界ではそこまで珍しいものではないと言える。


(手を噛まれりゃ子犬も怖くなるってか?)


 自分の姿を見ても悲鳴を上げなかった彼等は、九郎が反撃しだして初めて怯えを表していた。

 窮鼠猫を噛むとの言葉を知らないのだろうか――そう思った九郎は「異世界だったな……」と呟いて所在無く頭を掻く。

 弱い相手にだけ強く出る輩はどこにでもいる。そう一人納得した九郎は、ふと思い出して禿頭に尋ねる。


「あー、後、近くの町への道順……。教えてくんないっすか?」


 近くの町への道を、怯える禿頭から詳しく聞けたことに満足して、九郎は小屋を目指し歩き出した。

 しかしこの夜、九郎は小屋に辿り着けなかった。

 小屋まで後数十メートルと言った距離に来て、九郎は抗えない程の強烈な眠気に襲われていた。重力に抗えぬ様子で地面に倒れ込んだ九郎は、朦朧とする意識の中で考える。


(なんだっ? 『再生』の力を使い過ぎたか? これまでこんな事あったか? この感じ……。徹夜で飲んだ日の朝方に布団に倒れ込んだような感じ……。頭が働かない……)


 瞼が重く視界が狭くなっていく。朦朧とする意識の中で九郎はぼんやり答えを見つける。


(そっか……。いつもならすっかり寝てる時間だもんなぁ……。こっちの世界に来てから超規則正しい睡眠だったからなぁ……。あ、だめだヤバい……。眠気に勝てそうにねえ……)


 死ぬ事の無くなった九郎の体は危機意識を失い、どんな時でも、どんな環境でも睡眠欲を優先させるようになっていた。

 いつもは冷たい荒野の土も、今日の火照った焼かれた身体には気持ちがいい。

 暗闇からいつの間にか黒犬が姿を現す。

 ガブリと黒犬は九郎の首に咬みつくが、噛まれ慣れたせいか甘噛みされているようにしか感じない。

 九郎は自分の首に牙を立てる黒犬に力なく話しかける。


「…………僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……パト〇ッシュ……」


 磁石のように引き合う瞼に、抗えない心地良さを感じて九郎はそのまま瞼を閉じる。

 耳に響く自分の肉の裂ける音すら、今の九郎には子守唄のように聞こえていた。 

 有名なアニメの一シーンのように、天使は九郎を迎えには来なかった。


☠ ☠ ☠


「…………助…………か…った………のか?」


 化物が小屋に向かって歩き出す気配を、怯えて頭を抱えたガインツは、目を向ける事も出来ず、されど耳に神経を集中させて窺っていた。足音が聞こえなくなってから数分の間、動かずにじっとしていたガインツだったが、やがてそっと顔を上げる。エイガスの魔法の炎がようやく小さくなってきている。


 近くには気絶したであろう仲間の体が、しかし生きている証拠に胸が上下している様子が見て取れる。


「……やった……」


 ほっとした溜め息がガインツの緊張を緩めていく。頭の上で組んでいた両手は汗でグッショリと濡れていたが、ガインツは生き残ったことに喜びを感じ、両手をぐっと握りこむ。


「やったぞ! 生き残ってやった! あんな化物から!!」


 湧き上がってくる生きている喜びに、体をブルリと震わす。


「やったぞ! 生き残ったんだ! 今日が! 今日は俺が死ぬ日じゃなかったんだ!」


 ガインツは両足に力を込め、何とか立ち上がる。

   ざり

 喜びに叫んで立ち上がったガインツの顔が、再び強張る。炎の向こう側から六本足の黒犬が5匹姿を現す。


「……ブラックバイト………。血の匂いに誘われやがったか!」


 辺りにはあの化物の流した血がいたるところに飛び散っている。

 アゴラ大平原の魔物、ブラックバイト。群れで行動し、狙った獲物をどこまでも追いかける荒野のハンター。

 強靭な顎と無尽蔵の体力。平時に、仲間がいれば何とか倒せる。炎に耐性を持つこの魔物は、土の魔法で足止めをして首を刈り落とせば、なんとか倒すことは可能だ。


「……お前らは運がなかったんだな」


 ガインツは未だ倒れ起き上がってこない仲間を一瞥すると、炎と反対方向に走り出す。

 ブラックバイトは弱っているものから襲う習性がある。ガインツは仲間を囮に逃げ出すことを選んでいた。

 炎を背にしたガインツに、仲間たちのくぐもった悲鳴が短く聞こえた。


 どれほど走っただろう。ガインツは乱れる呼吸を整えながら歩調を緩める。


(ここまで逃げれば今夜は大丈夫だろう……)


 そう考えガインツは近くの岩に腰を下ろす。

 明日の朝には仲間たちの死体は綺麗さっぱり無くなっている事だろう。なに、自分は生き残ったのだ。仲間はまた探せば良い。

 そう思い手元の山刀を持ち直そうとした時、ぽとりと山刀が地面に落ちる。


「……が…………」


 ガインツは短く呻き喉を抑える。息ができない。体が石になったように動かない。

 急ぎその場を離れなければと立ち上がろうとするが、足に力が入らず大きな音を立ててガインツは転ぶ。


「……じ……じぐ……じょ……」


 言葉を発しようとしたガインツは、そのまま白目を向き泡を吐く。

 岩の上には、群青色の水晶の様に美しい鱗を持った大きなトカゲが、月明かりの下、静かにガインツを見下ろしていた。

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