第006話 七転八起
「――――……痛づぁっっっ!」
体中を駆け巡る激しい痛みに九郎は呻き声をあげる。
――気絶していたのだろうか? 九郎が指や足の感覚を確かめるとピクッと右手の指が動く感触はある。
(――なんとか無事………か……?)
あの高さから落下して生きていることが信じられないが――しかし自分の手足の感蝕も、なにより体中に残る痛みが、九郎がまだ生きていることを伝えている。九郎は四肢の感覚を確かめながら薄目を開ける。
(ん~?)
――頭を強く打ったのだろうか。
視界が何重にも重なって見え、九郎は数度瞬きをする。10数個の映像を重ねて見てるような感覚。
眼を擦ろうと右腕を上げようとしたが、右手はガサガサと土をさらう感覚しか感じられない。
(骨でも折れたか? いや、あの高さから落っこちて骨折ぐらいで済んだだけ、上等か……。……痛みも徐々に引いてきてるし……。『フロウフシ』の能力か? これだけ頑丈になってりゃ、確かに『フロウフシ』だよなぁ……)
九郎は再び周囲を確認しようと、目に神経を集中させた。
視界はそれでもまだ2重に重なって見える。仕方ないので右目を閉じる。
――――最初に目に映ったのは赤黒い植物。
芝生なのか雑草なのか。短く群生している植物の地面。
顔を上げようと背中に力を込めるが視界は変わらない。
なんとももどかしい身体の感覚に「腕の他にも折れてるかもな」と、嫌な予想を覚えながら九郎は右目を閉じると、今度は左目を開ける。
(…………ぴんく?)
なぜだか今度は違った景色が広がっていた。目に映る
緑と赤の絨毯の中心には、羽化しかけの蛹のような、アシカのような――ピンク色の物体が横たわっていた。
蛹のようにも見える
九郎はさらに良く観察しようと自身の背筋に力を込め左目に集中する。
同時――そのピンク色の蛹のような物体も、九郎と同じように頭であろう部分を持ち上げた。
「ぎゃぁぁaああAあ×□△ぁあ×〇ああぁぁぁあぁぁ゛!!」
その頭の部分であろう箇所を見た九郎は、その恐ろしさに叫び声を上げた。
ピンク色の蛹のような物体は人間だった。
くだけた顎は下顎の部分が
その口からは悲鳴のような鳴き声が掠れたように漏れ聞こえていた。
鼻は潰れ、左目は前頭部もろとも無くなっている。
割れた頭蓋からは灰色とも薄黄色とも言える脳が、本来有るであろう、そのほとんどの量を失った状態で垂れている。
蛹のような……と初見で思ったのは、四肢がなかったからだ。
両腕も両足も付け根部分から無くなっており、地面には四肢が伸びたかのごとく赤い血潮が四方に散っていた。
羽かと思ったものは、人の
両脇から――破れた腹から飛び出した人の内臓が羽のように見えていただけだった。
どう考えても死んでいる。しかし、その人間は
その人間は上体反らしの要領で顔を持ち上げ、崩れた顔を九郎に向ける。
右半分に残った、どこか見覚えのある面影。
ウェーブがかった黒髪と、吊りあがった眉。二重の垂れ目がちな黒い瞳。
「俺じゃねえか!」
顔半分を失った人間――その顎の壊れた口からは、驚愕のセリフが発せられた。
自分が自分を見て驚きの声を上げる。この事態がさらに九郎を混乱させる。
(――どういう状態だ? 何が起こってんだ? ってかグッロっっ!
俺ぐっろっっーーー! やっべーー! また俺死んじまったんか?)
目の前のゾンビ映画のごとき九郎が、わたわたと焦った面持ちで周囲を見渡していた。
(俺が俺を見ている? あれか? 幽体離脱ってやつか? だとしたら俺は、異世界来て初っ端に幽霊になっちまったんか? んなの有りかよ! どんなクソゲーだよ! 結局、幽霊になるんだったらわざわざ異世界まで来た意味なくね?)
九郎はこの世界に転移するに至った経緯を思い出し憤慨する。
こうなるのならば見知った現世を彷徨っている方が、まだマシに思える。
ただ、死んでしまったと考えると解せない部分が残っていた。
(どうなってんだ?)
九郎は憤慨をさておき、伝わる感触に不思議がる。目の前ではグロイ自分が首を傾げている。
まず体の感覚が変だった。いや、変と言いうよりも変わっていない事が解せない。
幽体として自分で自分を見ているにしては、体が動く感覚がある。
右手も左手も今目の前には無いのだが、しきりにガサガサと地面をさらう感触がある。両足も脹脛に土の熱さを伝えてくる。
九郎はふと思いついて閉じていた右目を再び開いた。
――――目の前には岩に引っかかった目玉が自分を見つめていた。
(――これはあれか? 白い部屋にいた時と同じ状態なのか? 1秒後に死んじまうその手前の状態で、止まっている? って事はまだ死んでねえってことだよな?)
再び左目に視界を移し目の前で考え込んでいる自身を眺める。
(――――でもやばくね? 『フロウフシ』の能力で死んでは無いけどやばくね? 俺この状態でハーレム作んの? それどんな無理ゲー?)
目の前の自分の姿はどう贔屓目に見ても……グロ過ぎる。
ゾンビ状態の自分を抱き枕のように抱える女性を想像し、九郎はげんなりとした気持ちを抱く。
――――このままでは不味い……。
そう考え再び左目で自身を眺め、目の前のグロ九郎が弱り顔を浮かべたその時、
――――――赤い粒子――――――
白い部屋でグレアモルが九郎を再生させた時に現れた、赤い空気のように漂う極小の粒子が九郎の体から湧き出した。
その赤い粒子は九郎の体から放射状に広がっていく。
やがてその赤い粒子は広がりを止めると、今度は急速に九郎の体に戻り始める。
蕎麦をすするがごとく体から広がった赤い粒子の帯に腕が、足が、腸が、引っ張られるように蛹のような状態の九郎に集まってくる。
異様な光景に目を奪われ、九郎は次々と集まって再生していく自分を見つめる。
そして赤い光が眺めていた左目を包み込み――――。
九郎はむくりと体を起こし、座り込んだ。
「…………ふむ…………」
両手を見下ろしながら指を開いたり閉じたりさせ、九郎は首をコキリと鳴らす。
その後自分の顔を、特に左半分を念入りにペタペタと触って確認するが、可笑しな部分は感じられない。
再生はものの数秒で完了したようで、地面に胡坐をかいて座っている九郎の周りにはもう血の一滴すら見当たらない。その代わり、九郎の周りには、何かで削り取ったような跡が放射状に延びていた。
周りをもう少し見渡すと目の先には大きな岩。その岩には大小様々な穴が穿たれている。どうも再生の際の赤い粒子が遮蔽物ごと引き寄せたようだ。
身体に少しの違和感を覚え、九郎は再び全身を確認する。
何やら異物感を覚えるなと感じた次の瞬間、両の腕や手の皮膚が盛り上がり、肉が裂けると、大小の石や草、砂がモロモロと湧き出て九郎の前に小さな山を作った。
「これが『フロウフシ』の『
パンッと両手で自分の頬を叩くと、九郎はもう考えるのも疲れたとばかりに大きく伸びをして天を仰ぎながら大地に寝転がった。
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