第004話 禁止事項
「ホント!? やったぁ!」
高らかに宣言した九郎にソリストネはクルクル回転しながら翼を掲げて喜びを表した。
「まかしとけ! 最強の
九郎はソリストネのあまりの喜びように、ビシッと親指で自分を指さし、調子づく。
「じゃ、じゃあさ、この紙に手をかざしてくれない? ……そうそう、そのへん……」
ソリストネがどこからともなく取り出した羊皮紙を九郎の前に差し出して来る。
―――契約書の様なものだろうか。
九郎が羊皮紙に手をかざすと淡い光が紙から発せられ小さな魔法陣になって紙に吸い込まれていく。見ると羊皮紙にはなにやらハンコの様に魔法陣が押された状態で記されている。
ソリストネはそれを見て何度か頷くと、クルクルと回転して弾んだ声をあげた。
「いやーよかったよかった! きっとキミなら受けてくれると思ってたんだ! なに、心配なんてないさ。これから僕が授ける『
契約が取れたサラリーマンように気色ばんだ声色で、ソリストネは白い翼で九郎の手を取りぶんぶん振る。
先程の勢いからも、『真実の愛を10人分集める』と言う『
九郎の手を取り踊り出さんばかりの勢いのソリストネを見て、九郎も段々と気分が高揚してくる。
剣と魔法のファンタジー世界で無双する自分の姿を想い描き、美女に囲まれる自分の姿を夢想する。
場の空気は九郎がこの部屋に訪れてから一番和やかなものになっていた。呆れたようにグレアモルが肩を竦めて水を差してくるまでは――。
「ソリストネ、注意事項言うの忘れてるわよ」
「あ」
ソリストネは一瞬ビクッと動きを止めた。
(ま、種を持ち込んだり、文化を広めすぎたりしたら大変だもんな。異世界が日本と同じ様な世界になるのもつまんねーし……)
これから九郎は異世界に行くのだ。
ある程度その世界配慮しなければ、世界そのものの形を変えかねない。―――特に自分はこれから英雄といった存在を目指すのだから与える影響も大きなものになる。
九郎は肩を竦めて嘆息し、仕方が無いと先を促す。
「細々とした注意事項だろ? 伝え忘れたのも気にしねえよ。とっとと教えてくれ」
「そう言ってもらえると助かるよ。えっとねぇー……。ひとつ、転移者はアクゼリートに新たなる宗教を作ってはならない」
ソリストネは恐る恐るといった口調で羊皮紙を読み上げて行く。
(――――魂の行き先を決めるのに確かに宗教なんて作っちまったら大事(おおごと)だ。大体『
九郎はふむと頷く。
「ひとつ、転移者はアクゼリートの世界を征服してはならない」
(そうか、『
逆説的には転移者は、世界を征服できるだけの力を得るって事だよな? すげー! 夢が広がるなぁ)
九郎はフムフムと頷く。
「あと、これは今年からなんだけど……ひとつ、転移者はアクゼリートにて子供を残す行為をしてはならない」
「あ゛ぁぁぁん?」
ビックリするほど低い声が九郎の口から零れた。
「あぁぁぁぁぁん!?!? 何言ってんだてっめ! 俺はこれからお前ん世界でハーレム作りにいくんじゃねーの? それがやんの禁止だぁ!? 詐欺だろ、んなもん! やんのか、オラッ!」
夢想していた映像がガラガラと音を立てて崩れた気がする。想い描いていた理想のハーレム像が一瞬にして淡い夢と消えたのだ。手も出せないハーレムにどんな魅力があると言うのか。
九郎はチンピラの様に怒りを露わにしてソリストネを掴みガクガク揺さぶる。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ!? おうっ? 羽むしっちまうぞ!」
「あぁっ! やめてっ! 理由がっ、理由があって! いたイっ! 羽むしんないでっ!」
白い羽が白い部屋に撒き散らされる。ソリストネが悲鳴を上げて弁解する。
この部屋に訪れる善行と悪行が吊りあった者。所謂『転移者』はニートやコミュ障、ワープアと言った女に無縁な者達ばかりだと。
「そんなっ、奴らが『
そんな童貞達が『
力に酔い、傍若無人に振る舞う事も珍しくは無く、中には『
アクゼリートは魔物が蔓延る危険な世界。力に頼って集まって来る女性も少なくは無く、そんな女性の中に好みの女性がいれば、童貞達が飛び付かない訳が無いと聞かされ、九郎は更に眉を吊り上げる。
「おぉん? んなこと知んねーよっ! それは俺とは関係ねーし? 大体お前、魔物がいる世界だなんて一言も言って無かったじゃねえか!? そんな危険な世界に放り込んでおいて、女の子とイチャコラすんのも禁止だぁ!? 第一俺はハーレム作んなきゃいけねえんだろ? エッチなしで作ってどうする、そんなもん! 蛇の生殺しじゃねえか! 断固改善を要求する!」
何となく、「危険な世界」「魔法がある」「英雄」と言った単語から、九郎も薄々予想していたが、そんな事より今はこの問題の方が重要だ。
九郎は最近
「わ、わかった! 一度っ! 上に、確認を取るからっ! だからっ! 羽毟るのやめてーーっ!」
ソリストネの必死の叫びに九郎がやっと羽を毟る手を止めた時、白い部屋に羽毛の雪が降り積もっていた。
☠ ☠ ☠
「……じゃあ……上に確認してくるからちょっと待ってて…………」
「――おう! しっかり上司に事の重要性を伝えてこいっ!」
疲れ切った様子を体全体で表して、何やらぶつぶつと唱えるとソリストネの姿は掻き消えるようにいなくなる。
九郎はしっしと手を振りソリストネが消えると舌打ちしながら椅子に腰を下ろす。
(――まったく……。これから『真実の愛』を『10人分』も集めなきゃならねってのに、エロい事できねってそりゃなんて拷問だよ! 向けられる好意に対して手もアレも出せねえってのは! 俺はどこぞの鈍感系ハーレム漫画の草食主人公じゃねえっての!)
いまだに苛立ちは収まらない。ご都合主義の未来を見ていただけに、一瞬で瓦解したソリストネの言葉は、彼が何者であろうとも怒りを押さえつける障害にはなりはしなかった。
そんな九郎の態度を、面白そうに眺めていたグレアモルが笑みを噛み殺しながら近づいて来る。
「―――面白いのね、あなた……。この部屋に来て泣きだす人や呆然とする人、無気力そうな人は数多く見てきたけど、文句を言ったのはあなたが初めてよ」
面白そうに笑うグレアモルに九郎は鼻を鳴らす。
「俺は現状に慣れやすい
九郎は大げさに手を動かしながら現状の不満を表す。
「ますます面白い事を言うのね。気に入ったわ。」
「そりゃどーも。これで後9人分の『愛情』でいーな! 幸先いいぜ。ちくしょう!」
ふてくされながら軽口を叩く九郎にますます笑みを浮かべたグレアモルは九郎の額に人差し指を充て、少し困った表情を浮かべた。
「残念ながら私たちに『愛』はよく解らないの。でもあなたは本当に気に入ったわ……。――だからこれは『愛情』の代わり」
そう言うとグレアモルは目を閉じ何か祈のような言葉を呟く。
とたん九郎は体が「ドクン」と脈打つ。そしてなんとも言えない全能感が九郎を包み込む。
「――何を――」
驚いて自分の体を見渡す九郎にグレアモルは片目を瞑り、
「先程あなたに私が授けた『
そう言って元いた場所へと戻って行った。
何やらサービスしてくれたようだが、一体なにをされたのか分からず、九郎は呆けた表情でグレアモルを見る。神様に近い存在であろうソリストネ達に、無礼千万の態度であった九郎の何を気に入ったのか。力を得て豹変してしまったこれまでの人々と違い、この場で素を表したことを気に入ったのだろうか。
丁度、ソリストネが疲れた感を全身で表現しながら戻ってきたので、九郎は何か礼を言うタイミングを逃してばつが悪そうにソリストネに目を向ける。
「……条件付きだけど許可が降りたよ…………」
疲れ切った声色でソリストネが羊皮紙を九郎に渡す。
「――条件付きだぁ?」
羊皮紙を受け取りながら九郎は訝しんだ声を上げる。
「――そう……、書いてある通り、キミに本心から体を許しても良いと思う女性が5人現れた時点で、この禁止項目を解除する……。それが僕がなんとか上から引き出せた精一杯……」
そう言うとソリストネはヘタリと床に落ちる。本当に疲れた様子だ。心なしか羽も減ったような気がする。
(5人か……。英雄になれれば可能――なのか? 街を危機から救って「キャー! 素敵! 抱いてっ!」てなるのか? そんな簡単にはいかねぇよなあ……。――でも数が多けりゃ5人くらいミーハーな奴がいても……)
九郎は頭の中で現状を整理し、続く未来に頭を悩ます。
これ以上ごねて暴れても、譲歩が引き出せるとは思えない。グレアモルはそんな態度の九郎を気に入ったと言っていたが、考えてみれば自分の運命は目の前の二人に未だに握られたままの状態だ。
無機物と少女と言う神様っぽく無い二人だからこそ、九郎も素が出てしまった感があるが……逆にこれ以上暴れて御破算にされ、自分の行方が不確かになる方が怖くなってきた。
「わーったよ。この条件でやってやるよ。だがもう一つ『
この辺が落とし所か――と九郎は納得の姿勢を見せる。
転がったソリストネがヨタ付きながら体を起こして羽を上げた。
「――ああ、ちゃんとキミの望む『
力なく起き上がったソリストネは、何とか契約をとれた疲れたサラリーマンによく似ていた。
☠ ☠ ☠
「それじゃぁ、時間もかかっちゃったし最後の説明だ。これから僕らはキミを僕らの世界『アクゼリート』に転移させる。場所はランダムだから転移直前にしか分からない。だから、向こうの転移担当者のナビゲートは注意して聞いておいてね。それから僕からの『
「ああ、了解した」
短くそう頷く九郎を確認すると、ソリストネとグレアモルは大きな球体型の魔法陣を展開させる。九郎が目を瞠る中、魔法陣は形を変えながらさらに膨張していき、そして中心部に空間の歪みを生み出し始める。
その歪みは九郎を徐々に包み込み―――。
「じゃあ富士九郎、キミが『
「じゃあね九郎。私も期待しているからがんばってね」
奇妙な天使と死神からの言葉に、九郎は「まかしとけよ」とでも言うように右手を掲げる。歪みが九郎の背丈の倍ほどの大きさになった瞬間、九郎は歪みに飲み込まれるように掻き消え―――
―――パシュンッ!
水袋が弾けるような音が一度鳴り響いた白い部屋は、元の静寂に包まれていた。
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